上 下
47 / 65

失恋?

しおりを挟む
「聞いた聞いた? 北寮の姫と王子の話!」



「聞いたよぉ! 南寮の6年生が、お姫様に告白したんでしょ? ほら、今朝食の席にいる、あの人よ」



「姫、新年明けても姿見えないねぇ。王子に監禁されてんの?」



「あのトールギスも、姫様を横取りされて大激怒、ってか」



「いや、フツーに体調不良かもよ?」



「でもさぁ、自分は最初に浮気しといて、姫が告白されただけで怒る、って、器ちいさいよねぇ」



 ――身を切る1月の寒さの中、噂話を振り切るように、アレックスは広間から廊下へと出て行った。

 どいつもこいつも、好き勝手なことを。チッと舌打ちしたくなる。ココが慌てておいかけてくる。



「ごめん、アレク。私がグレアムを止められなかったせいで……」



「別にココは悪くねぇよ。気にすんな」



 ココがうつむく。あのパーティの後半、突然何かに気が付いたグレアムは、ココを振り切って会場を出て行ってしまったのだという。



「イヴ、大丈夫かな……グレアムに、怒られたりしてないかな」



 あれから年末の休暇をはさみ、2学期が始まった。

 しかし1学期と同様、グレアムはめったに姿を見せず、エヴァンジェリンに至ってはまったく誰も見ていないという。

 ココが南寮を訪ねても、アレックスがグレアムを呼び出しても、すべて断られ、なしのつぶてだった。



「グレアムの野郎、視界に現れたらとっちめてやるのに」



「……あっちもそれを見越して、うちらの前に姿を現さないのかも」



 6年次の生徒は、もともと研究のためにひきこもって外を歩かないものも多い。それが災いして、まったくグレアムと遭遇することができない。

 しかしココは首を振った。



「なんにしても、私たちも彼らのことばっかり、かまってられないわよ。6年次の2学期なんて、あっという間なんだから。3学期までには、卒業後の身の振り方を固めておかないと」



「……ココは、農場戻って手伝うんだろ」



「ええ。そうできたらと思っているわ。将来的にはね」



「すぐには戻らないのか」



 するとココはちょっと迷ってから言った。



「実は、魔法植物研究所の就職試験、受けてみようと思って」



 アレックスは眉をあげた。初耳だ。



「へぇ。難しいっていうけど……すごいじゃん」



「それは受かってから言ってちょーだい。じゃ、私委員会あるから」



 そう言って、この寒い中、ココは温室へと向かってしまった。植物委員の活動は、この極寒の冬でも温室の植物を枯らさないことにあるという。



 去っていく彼女を見送り、アレックスは廊下に立ち止まってため息をついた。



(なんだろ……皆、ちゃんと先のこと考えてんな)



 ココはもちろん、アレックスの周りの悪友たちも、ふだんはさんざん馬鹿なことを言っているくせに、きっちり進路を決めていた。

 大手の魔法企業を狙うやつ、実家に戻って家業を継ぐやつ、研究職に推薦されたやつ――いろいろだった。

 けど、自分は。



(ん~~~~~、何かこう、すぱっと決められないんだよなあ)



 実のところ、アレックスにもオファーはあったのだ。

 今年のメガロボールの試合を見に来てくれた、プロチームの監督から、声をかけられている。



(ブレイズ・グロリア……北地方でいちばんの、でっかいチームだけど……)



 もちろん、一流の選手たちに混ざって、プロリーグの競技場の芝を踏みたい。その気持ちがないわけじゃない。しかし。



(俺は、イヴのためなら、メガ球やめてもいいって、思った。そんな俺が、一級のチームでやってけるんだろうか)



 そして当のエヴァンジェリンは、もう何週間も姿を現さない。



(イヴに話して……それで、イヴがいいねって言ってくれたら。応援するって、言ってくれたら……)



 彼女をさらって、今すぐにでも、前に進めるのに。



「くそ……っ」



 こうしている間にも、エヴァンジェリンがグレアムに、ひどい目にあわされているかもしれないのだ。

 北寮の塔に閉じ込められ、あの鳥とひとりぼっちで、寒い中バナナを食べているかもしれない――。

 そう思うと、いてもたってもいられないし、食事も味がしない。温かい食事を前にすると、罪悪感すら湧く。



(イヴが辛い目にあってるかもしれないっていうのに、俺だけこんな飯、食えねぇ……)





◆◆◆





 周りが次々と卒業論文を仕上げ、次へと進んでいくうちに、雪が溶け、春風とともに3月がやってきた。



「アレク、どうしちまったんだ?」



「……しっ、からむな。奴は今ナーバスになってる。病みゴリラに襲い掛かられるぞ」



「そういや姫様はまだ見ねぇし……これは、学園去った説も濃厚だな」



「ゴリラもとうとう、失恋確定か……」



「失恋には新しい恋しかないだろ」



「俺たちが一肌ぬぐか。もーすぐプロムもあることだし」



 談話室でひそひそ話す男子たちの頭を、ココはぺしっとはたいた。



「なーに勝手な事いってんのよ」



「ココ、盗み聞きしたのはそっちだろ」



「ふつーに聞こえてるっつうの」

 

 肩をすくめて振り返ったアレックスに、友人たちは慌てた。



「わっアレク、ちがうんだ、俺たちはお前を心配してだな……」



「わかってる、いいって。お前らはお前らのこと考えてろよ」



 まったくアレックスらしくない、分別くさい言葉に、男子たちはかえって心配になったように口々に言う。



「おいおいマジかよ、もうすぐ卒業なんだぜ俺たち!」



「そうだよ。なーんもしなくていい三学期と夏休みが待ってんだ! な、夏休み皆で海とか行かね?」



「いやいやその前に卒業式だろ、プロムだろ!」



 男子の一人が、わざとらしい猫撫で声でココにきく。



「そういえば、時にココさん、あなたや周りのご友人たちは、パートナーはもうお決まりですか?」
しおりを挟む
感想 67

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

処理中です...