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みなまでいわずとも
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北寮の部屋に戻ると、グレアムはバタンと力任せにドアを閉めた。壁の絵が揺れる。
(ああ、怒ってらっしゃる……)
グレアムは、エヴァンジェリンに対して意味なく暴力をふるったりはしない。
けれど、エヴァンジェリンが粗相をすると、いつも厳しく責められた。
(先に謝ってしまおう。言いつけを破った私が悪いんだから)
エヴァンジェリンは頭を深々と下げた。
「すみません、グレアム様。言いつけをやぶりました」
「言いつけ? どの言いつけだ」
「禁じられていたのに、学園の生徒と、食堂で食事を摂りました。もう、このような事はしません」
するとグレアムは、ぎゅっと拳を握った。
「そんな事は当たり前だ……!」
「はい。以後は一層、訓練に励み、古代の呪いに打ち勝つためだけに時間を使います」
いつもめそめそ、おどおどしていたエヴァンジェリンだったが、今となっては堂々とその言葉を言うことができた。
「お前……以前とは、変わったな。本当に、そう思っているのか?」
疑うように、グレアムはエヴァンジェリンをにらみつけた。
「嘘を言っているんじゃないだろうな!?まさかアレックスが言ったことを、本気でとってはいないな?」
「アレクさんが……ですか?」
「ああそうだ。好きな事をする権利がお前にある……とかあいつは言っていたが、勘違いをしてはいないな? あいつはお前を何も知らないから、そんな事を言ったんだ」
「……存じています」
エヴァンジェリンは冷静にうなずいた。
しかしグレアムは逆に、焦って、怒っていた。
「そうだ! お前には好きなことをする権利も、人間を好きになる権利もない。なぜならお前は、俺の作った人形だからだ! お前は俺の命令を聞いて、使命を遂行するためだけに存在している……! 今更、他のやつの戯言に惑わされるなど、許さないからな……!」
エヴァンジェリンは苦笑した。
(そっか……グレアム様は、私が『自我』に目覚めて、ちゃんと仕事をしないんじゃないかって、不安になっているのね)
グレアムは、じっと目を細めて、憎々し気にエヴァンジェリンをにらんでいる。
昔のエヴァンジェリンなら、きっと身がすくんでいただろう。
彼が恐ろしくて、ただただ盲目的に、ひれ伏していただろう。
でも今は、そうではない。
エヴァンジェリンは穏やかに微笑みながら、顔を上げた。
「グレアム様。ご安心ください。私は心の底から、グレアム様の命令を遂行し、いただいたこの命を使いきりたいと思っています」
エヴァンジェリンの心からの笑みに、グレアムはなぜか一歩後ずさる。
「な……なぜだ」
「なぜって……それは」
エヴァンジェリンは目を閉じた。クリスマスパーティーで見た景色がよみがえる。
(アレクさんと、いっぱい美味しいものをたべて、クラッカーを交換して……楽しかった。今までの人生の中でいちばん、幸せな時間だった)
あの空間の事を、思い出す。ツリーの金粉を掴もうと飛んでいた一年生たち。お皿を手にして、笑いさざめきあう生徒たち。皆が幸せに過ごしていた、あの時間。
たしかにあの時間、エヴァンジェリンも幸福な生徒の一人だった。
だから……
(ココさんやアレクさんだけじゃない――この学園のみんなに、生きていてほしい。これからも続いていく、大事な日常を守りたい)
一年生も、リースを作ってくれた女の子たちも、笑いさざめきあっていた生徒も。
全員が、これからも傷ひとつなく生きて行ってほしい。
「私も、グレアム様と同じ気持ちです。ココさんも、アレクさんも、学園の皆さんも、誰一人として――死んでほしくなんてない。何事もなく、来年の春を迎えて、そして、長生きしてほしいです」
グレアムが目を見開く。
「ですから私、頑張って、ホムンクルスを倒します。呪いが遺跡から出る前に、すべて私が引き受けます。みなさんが無事でいられるように」
どうどうと胸を張って、エヴァンジェリンはそう言い切った。
するとグレアムは、顔をゆがめてエヴァンジェリンから目をそらした。
そしてそのまま、逃げるように出て行ってしまった。
「グレアム様……?」
バタンとドアが閉まる。彼の様子がなにかおかしかった。
(いつもなら、皮肉のひとつも返す感じなのに……)
エヴァンジェリンの言葉に反論も皮肉も言わず、逃げるように行ってしまうなんて。
不安になったエヴァンジェリンは、ドアにかけよって追いかけようとした。
しかし。
「あ……あかない?」
ドアノブをいくらつかんでも、開かない。
魔法で開けようとしても、効かなかった。
「どういうことなの……?」
エヴァンジェリンは諦めて、不安そうに見つめているピィピィのもとへと座った。
「閉じ込められちゃったみたい。いつまでかわからないけど」
ピ? と心配そうに、ピィピィは短くないた。
(ああ、怒ってらっしゃる……)
グレアムは、エヴァンジェリンに対して意味なく暴力をふるったりはしない。
けれど、エヴァンジェリンが粗相をすると、いつも厳しく責められた。
(先に謝ってしまおう。言いつけを破った私が悪いんだから)
エヴァンジェリンは頭を深々と下げた。
「すみません、グレアム様。言いつけをやぶりました」
「言いつけ? どの言いつけだ」
「禁じられていたのに、学園の生徒と、食堂で食事を摂りました。もう、このような事はしません」
するとグレアムは、ぎゅっと拳を握った。
「そんな事は当たり前だ……!」
「はい。以後は一層、訓練に励み、古代の呪いに打ち勝つためだけに時間を使います」
いつもめそめそ、おどおどしていたエヴァンジェリンだったが、今となっては堂々とその言葉を言うことができた。
「お前……以前とは、変わったな。本当に、そう思っているのか?」
疑うように、グレアムはエヴァンジェリンをにらみつけた。
「嘘を言っているんじゃないだろうな!?まさかアレックスが言ったことを、本気でとってはいないな?」
「アレクさんが……ですか?」
「ああそうだ。好きな事をする権利がお前にある……とかあいつは言っていたが、勘違いをしてはいないな? あいつはお前を何も知らないから、そんな事を言ったんだ」
「……存じています」
エヴァンジェリンは冷静にうなずいた。
しかしグレアムは逆に、焦って、怒っていた。
「そうだ! お前には好きなことをする権利も、人間を好きになる権利もない。なぜならお前は、俺の作った人形だからだ! お前は俺の命令を聞いて、使命を遂行するためだけに存在している……! 今更、他のやつの戯言に惑わされるなど、許さないからな……!」
エヴァンジェリンは苦笑した。
(そっか……グレアム様は、私が『自我』に目覚めて、ちゃんと仕事をしないんじゃないかって、不安になっているのね)
グレアムは、じっと目を細めて、憎々し気にエヴァンジェリンをにらんでいる。
昔のエヴァンジェリンなら、きっと身がすくんでいただろう。
彼が恐ろしくて、ただただ盲目的に、ひれ伏していただろう。
でも今は、そうではない。
エヴァンジェリンは穏やかに微笑みながら、顔を上げた。
「グレアム様。ご安心ください。私は心の底から、グレアム様の命令を遂行し、いただいたこの命を使いきりたいと思っています」
エヴァンジェリンの心からの笑みに、グレアムはなぜか一歩後ずさる。
「な……なぜだ」
「なぜって……それは」
エヴァンジェリンは目を閉じた。クリスマスパーティーで見た景色がよみがえる。
(アレクさんと、いっぱい美味しいものをたべて、クラッカーを交換して……楽しかった。今までの人生の中でいちばん、幸せな時間だった)
あの空間の事を、思い出す。ツリーの金粉を掴もうと飛んでいた一年生たち。お皿を手にして、笑いさざめきあう生徒たち。皆が幸せに過ごしていた、あの時間。
たしかにあの時間、エヴァンジェリンも幸福な生徒の一人だった。
だから……
(ココさんやアレクさんだけじゃない――この学園のみんなに、生きていてほしい。これからも続いていく、大事な日常を守りたい)
一年生も、リースを作ってくれた女の子たちも、笑いさざめきあっていた生徒も。
全員が、これからも傷ひとつなく生きて行ってほしい。
「私も、グレアム様と同じ気持ちです。ココさんも、アレクさんも、学園の皆さんも、誰一人として――死んでほしくなんてない。何事もなく、来年の春を迎えて、そして、長生きしてほしいです」
グレアムが目を見開く。
「ですから私、頑張って、ホムンクルスを倒します。呪いが遺跡から出る前に、すべて私が引き受けます。みなさんが無事でいられるように」
どうどうと胸を張って、エヴァンジェリンはそう言い切った。
するとグレアムは、顔をゆがめてエヴァンジェリンから目をそらした。
そしてそのまま、逃げるように出て行ってしまった。
「グレアム様……?」
バタンとドアが閉まる。彼の様子がなにかおかしかった。
(いつもなら、皮肉のひとつも返す感じなのに……)
エヴァンジェリンの言葉に反論も皮肉も言わず、逃げるように行ってしまうなんて。
不安になったエヴァンジェリンは、ドアにかけよって追いかけようとした。
しかし。
「あ……あかない?」
ドアノブをいくらつかんでも、開かない。
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「どういうことなの……?」
エヴァンジェリンは諦めて、不安そうに見つめているピィピィのもとへと座った。
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