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気づいてしまった
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アレックスの顔が、ふにゃりとだらしなく崩れる。
「なーんだ、そういうこと」
アレックスは無事なほうの手で、震えているエヴァンジェリンの手を取った。
なんだかそうせずにはいられなかったのだ。
「あ……っ、だ、ダメですアレクさん、動いちゃ」
初めて握った彼女の手は、冷たくて――おもちゃみたいに華奢で小さかった。
引き抜こうと控えめに動くその手を逃がさない、ときゅっと包む。
「大丈夫。こっちの手は無事だから。イヴの手、冷たいね」
「す、すみません……」
「謝んないでよ。俺――大丈夫だから。むしろ怪我して、よかったな」
「え?」
アレックスはにっと唇の端をあげてエヴァンジェリンを見上げた。
「だってイヴがこんなに、俺のこと心配してくれるなんて」
「そ、そんな――そんなの当たり前ですよ、だってアレクさんは、友達、なんですから……」
エヴァンジェリンは必死に言った。
「だ、大事な友達が、大けがをしたら心配、するのは普通、でしょう。アレクさんは、怪我、する必要なんて、ないのに……!」
そう言い切った彼女に、アレックスはいたずらっぽくきいた。
「そう――やっとわかってくれた? 俺が君に、決闘術やめなよって言った気持ち」
するとエヴァンジェリンははっとしたあと、バツの悪そうな顔になった。
「そ、それは……たしかに、でも……私は、どうしても……強くならないと、いけないから」
「強く……? なんで? だって、イヴはもう、十分強いと思うよ」
そう言うと、エヴァンジェリンは困ったように笑った。
「そんなわけ、ないじゃないですか。見てのとおり、私は本当に弱くて……」
「そんなことないよ。だってイヴはさ――最初、あんなことがあったのに、ココを助けようとしてくれてたじゃん」
アレックスは仲良くなってからは避けていた過去のことを、あえて言った。
「ひどい事をされたのに、ココを助けるために呪いまで肩代わりして……それって強くなきゃ、できないことだろ? 俺、君が弱いなんてちっとも思わない。むしろ、俺よりも強いよ」
するとエヴァンジェリンの動きが、ピタリと止まった。
表情も固まっている。
「イヴ? どうしたの?」
「い……え、いえ、なんでもないんです。『肩代わり』ですか……そうですね」
うつむいた彼女はふわりと笑った。
それはなんだか悲し気な笑いだった。
「ごめん、俺、なんか無神経な事言った……?」
エヴァンジェリンは首を振った。
「いいえ。とんでもないです。私は強くなんてありませんが……アレクさんにそう言っていただけて、嬉しいです」
ふっ、と微笑んで彼女が目を閉じる。プラチナの睫毛が伏せて、濃い影を頬に落としている。
「肩代わり……言い得て妙、ですね。アレクさんとお話をしていると、いつもはっとさせられます」
「イヴ……?」
「ありがとう、アレクさん」
そう言って、エヴァンジェリンはすっとアレックスの手から、自分の手を引き抜いた。
また、まただ。彼女は謎めいた微笑みを浮かべ、ヴェールの向こうにたたずんでいるのだ。
どんなに近くても、その内側をのぞくことはかなわない。
アレックスの指が、エヴァンジェリンを取り戻すように宙をかく。しかしエヴァンジェリンの手はもう、届かないところへいってしまっていた。
――もう二度とつかめないかもしれない。ふいにそんな想像が頭に湧いて、空気を掴む手のその感触にぞっとする。
(なんで……一体何を隠しているんだ、どうしてそんなに…‥悲しそうなんだ……!)
アレックスが困惑したその時、エヴァンジェリンは目を開いた。美しい紅玉の瞳が、まっすぐアレックスを見つめていた。
「ごめんなさい。私こそ、止めるだなんて、無神経な事を言いました。アレクさんにとって、きっとメガロボールは大事なものなのに」
かちゃん、とガラス瓶の音がする。彼女がココの持ってきた薬をグラスに注いで、水差しを傾ける。
「一般的な痛み止めですね。でもこれ……ちょっと苦いんですよね」
そう言って、彼女はグラスをアレックスに渡しながら、首をかしげた。
「本当はいけないけれど……少し甘くする魔法を、かけましょうか。私もよくやっていたんです」
いたずらを持ちかけるような微笑みに、アレックスの心臓がどきんと跳ね上がる。
「ぐはっ、」
同時に肋骨が痛んだ。
「だ、大丈夫ですか⁉ 先生を呼びましょうか」
「いい、だい、ダイジョブ……」
首を振りながら、まだ胸のあたりが痛い。
まったく―――エヴァンジェリンはなんて女の子だ。
(ずっるいなぁ。こんなに遠いのに……こんなに、近い)
エヴァンジェリンの背後には、常にグレアム・トールギスがいる。その存在を、近づけば近づくほどに感じる。
彼女の心の中に、踏み込むことはできない。
それなのに、エヴァンジェリンはアレックスに、混じりけない友情を、一心に捧げてくれているのだ。
(けど……けどさ。俺はそれだけじゃ足りないよ)
わかっている。エヴァンジェリンは何も悪くない。
「アレクさん……本当に、平気ですか?」
だから、アレックスは無理やり微笑んだ。
「うん、平気。それじゃ、少し、甘くしてもらっていい? イヴの魔法で」
そう頼むと、エヴァンジェリンは嬉し気にうなずいた。
「はい!」
エヴァンジェリンがグラスを持ち上げて、口元に近づける。しかし唇に触れないぎりぎりの場所で、彼女は呪文を詠唱した。
「Aqua amara, dulce(苦い水よ、甘くなれ)……」
一心に呪文を紡ぐ唇を、アレックスは切ない気持ちで見つめた。
――あの薄い桃色の唇に、グレアムは触れたことがあるのだろうか。
そう思うと、柄にもなく嫉妬の炎が燃え上がって、また心臓がどくんと痛く脈打つ。
(くっ……そ、こんな、気持ち)
初めてだ。しかしアレックスの胸の内などつゆ知らぬエヴァンジェリンは無邪気にグラスを差し出した。
「はい、できました。できることなら、一気に飲んだほうが」
「うん……」
エヴァンジェリンの魔力が溶け込んで、甘くなったはずの水。
(せめて、間接キス――だったらよかったのに)
そんな未練がましい事を想いながら、水を飲み下す。
(たしかに、苦い――でも、少しだけ、甘い)
エヴァンジェリンの魔法の味。キスより手前の、ほんのり優しい、ハチミツのような魔法。
その味を飲み下して、初めて、アレックスは認めた。
(俺は……君のことが好きだ、イヴ)
液体と同じように――この気持ちも、飲み下して、なかったことにできればいいのに。
アレックスはそう思いながら、グラスを戻した。
「ありがとう、イヴ。おかげで楽に飲めた」
「よかった。さぁ、アレクさん、休んでください」
「……もう行くの?」
エヴァンジェリンは穏やかな顔でうなずいた。
「はい。今のアレクさんには、休養が必要です。私がずっといては、体を休める邪魔になってしまいます」
最後にエヴァンジェリンは、ふわりと笑った。
「メガロボール……これからも頑張って、下さいね。応援しています。でも……次はどうか、怪我に気を付けてくださいね」
アレックスは苦笑いした。
「はは、どうかなぁ。毎回試合ごとにけが人が出るスポーツ、だからな」
「そうですか……まぁ、そうですよね」
「タックルありきの、ボールの奪い合いだからね。でもまぁ……」
アレックスは言葉を切った。
きっとこれからは、タックルをかける前も、かけられる直前も、彼女の顔が頭の中に浮かぶだろう。
そう思うと、激しい無茶はできないな。プレイヤーのくせに、そんな気持ちになってしまう。
「頑張るよ。気を付けてみる。怪我、しないに越したことないしね」
すると彼女は、少しほっとした顔になっていった。
うつむいて、ぽそりという。
「よかった……アレクさん、いつまでも健康でいてくださいね」
「どしたの、いきなりそんな」
「あはは……すみません、なんだかつい」
そう言って、愛しい少女はそっとドアを締めて、医務室から去った。
「なーんだ、そういうこと」
アレックスは無事なほうの手で、震えているエヴァンジェリンの手を取った。
なんだかそうせずにはいられなかったのだ。
「あ……っ、だ、ダメですアレクさん、動いちゃ」
初めて握った彼女の手は、冷たくて――おもちゃみたいに華奢で小さかった。
引き抜こうと控えめに動くその手を逃がさない、ときゅっと包む。
「大丈夫。こっちの手は無事だから。イヴの手、冷たいね」
「す、すみません……」
「謝んないでよ。俺――大丈夫だから。むしろ怪我して、よかったな」
「え?」
アレックスはにっと唇の端をあげてエヴァンジェリンを見上げた。
「だってイヴがこんなに、俺のこと心配してくれるなんて」
「そ、そんな――そんなの当たり前ですよ、だってアレクさんは、友達、なんですから……」
エヴァンジェリンは必死に言った。
「だ、大事な友達が、大けがをしたら心配、するのは普通、でしょう。アレクさんは、怪我、する必要なんて、ないのに……!」
そう言い切った彼女に、アレックスはいたずらっぽくきいた。
「そう――やっとわかってくれた? 俺が君に、決闘術やめなよって言った気持ち」
するとエヴァンジェリンははっとしたあと、バツの悪そうな顔になった。
「そ、それは……たしかに、でも……私は、どうしても……強くならないと、いけないから」
「強く……? なんで? だって、イヴはもう、十分強いと思うよ」
そう言うと、エヴァンジェリンは困ったように笑った。
「そんなわけ、ないじゃないですか。見てのとおり、私は本当に弱くて……」
「そんなことないよ。だってイヴはさ――最初、あんなことがあったのに、ココを助けようとしてくれてたじゃん」
アレックスは仲良くなってからは避けていた過去のことを、あえて言った。
「ひどい事をされたのに、ココを助けるために呪いまで肩代わりして……それって強くなきゃ、できないことだろ? 俺、君が弱いなんてちっとも思わない。むしろ、俺よりも強いよ」
するとエヴァンジェリンの動きが、ピタリと止まった。
表情も固まっている。
「イヴ? どうしたの?」
「い……え、いえ、なんでもないんです。『肩代わり』ですか……そうですね」
うつむいた彼女はふわりと笑った。
それはなんだか悲し気な笑いだった。
「ごめん、俺、なんか無神経な事言った……?」
エヴァンジェリンは首を振った。
「いいえ。とんでもないです。私は強くなんてありませんが……アレクさんにそう言っていただけて、嬉しいです」
ふっ、と微笑んで彼女が目を閉じる。プラチナの睫毛が伏せて、濃い影を頬に落としている。
「肩代わり……言い得て妙、ですね。アレクさんとお話をしていると、いつもはっとさせられます」
「イヴ……?」
「ありがとう、アレクさん」
そう言って、エヴァンジェリンはすっとアレックスの手から、自分の手を引き抜いた。
また、まただ。彼女は謎めいた微笑みを浮かべ、ヴェールの向こうにたたずんでいるのだ。
どんなに近くても、その内側をのぞくことはかなわない。
アレックスの指が、エヴァンジェリンを取り戻すように宙をかく。しかしエヴァンジェリンの手はもう、届かないところへいってしまっていた。
――もう二度とつかめないかもしれない。ふいにそんな想像が頭に湧いて、空気を掴む手のその感触にぞっとする。
(なんで……一体何を隠しているんだ、どうしてそんなに…‥悲しそうなんだ……!)
アレックスが困惑したその時、エヴァンジェリンは目を開いた。美しい紅玉の瞳が、まっすぐアレックスを見つめていた。
「ごめんなさい。私こそ、止めるだなんて、無神経な事を言いました。アレクさんにとって、きっとメガロボールは大事なものなのに」
かちゃん、とガラス瓶の音がする。彼女がココの持ってきた薬をグラスに注いで、水差しを傾ける。
「一般的な痛み止めですね。でもこれ……ちょっと苦いんですよね」
そう言って、彼女はグラスをアレックスに渡しながら、首をかしげた。
「本当はいけないけれど……少し甘くする魔法を、かけましょうか。私もよくやっていたんです」
いたずらを持ちかけるような微笑みに、アレックスの心臓がどきんと跳ね上がる。
「ぐはっ、」
同時に肋骨が痛んだ。
「だ、大丈夫ですか⁉ 先生を呼びましょうか」
「いい、だい、ダイジョブ……」
首を振りながら、まだ胸のあたりが痛い。
まったく―――エヴァンジェリンはなんて女の子だ。
(ずっるいなぁ。こんなに遠いのに……こんなに、近い)
エヴァンジェリンの背後には、常にグレアム・トールギスがいる。その存在を、近づけば近づくほどに感じる。
彼女の心の中に、踏み込むことはできない。
それなのに、エヴァンジェリンはアレックスに、混じりけない友情を、一心に捧げてくれているのだ。
(けど……けどさ。俺はそれだけじゃ足りないよ)
わかっている。エヴァンジェリンは何も悪くない。
「アレクさん……本当に、平気ですか?」
だから、アレックスは無理やり微笑んだ。
「うん、平気。それじゃ、少し、甘くしてもらっていい? イヴの魔法で」
そう頼むと、エヴァンジェリンは嬉し気にうなずいた。
「はい!」
エヴァンジェリンがグラスを持ち上げて、口元に近づける。しかし唇に触れないぎりぎりの場所で、彼女は呪文を詠唱した。
「Aqua amara, dulce(苦い水よ、甘くなれ)……」
一心に呪文を紡ぐ唇を、アレックスは切ない気持ちで見つめた。
――あの薄い桃色の唇に、グレアムは触れたことがあるのだろうか。
そう思うと、柄にもなく嫉妬の炎が燃え上がって、また心臓がどくんと痛く脈打つ。
(くっ……そ、こんな、気持ち)
初めてだ。しかしアレックスの胸の内などつゆ知らぬエヴァンジェリンは無邪気にグラスを差し出した。
「はい、できました。できることなら、一気に飲んだほうが」
「うん……」
エヴァンジェリンの魔力が溶け込んで、甘くなったはずの水。
(せめて、間接キス――だったらよかったのに)
そんな未練がましい事を想いながら、水を飲み下す。
(たしかに、苦い――でも、少しだけ、甘い)
エヴァンジェリンの魔法の味。キスより手前の、ほんのり優しい、ハチミツのような魔法。
その味を飲み下して、初めて、アレックスは認めた。
(俺は……君のことが好きだ、イヴ)
液体と同じように――この気持ちも、飲み下して、なかったことにできればいいのに。
アレックスはそう思いながら、グラスを戻した。
「ありがとう、イヴ。おかげで楽に飲めた」
「よかった。さぁ、アレクさん、休んでください」
「……もう行くの?」
エヴァンジェリンは穏やかな顔でうなずいた。
「はい。今のアレクさんには、休養が必要です。私がずっといては、体を休める邪魔になってしまいます」
最後にエヴァンジェリンは、ふわりと笑った。
「メガロボール……これからも頑張って、下さいね。応援しています。でも……次はどうか、怪我に気を付けてくださいね」
アレックスは苦笑いした。
「はは、どうかなぁ。毎回試合ごとにけが人が出るスポーツ、だからな」
「そうですか……まぁ、そうですよね」
「タックルありきの、ボールの奪い合いだからね。でもまぁ……」
アレックスは言葉を切った。
きっとこれからは、タックルをかける前も、かけられる直前も、彼女の顔が頭の中に浮かぶだろう。
そう思うと、激しい無茶はできないな。プレイヤーのくせに、そんな気持ちになってしまう。
「頑張るよ。気を付けてみる。怪我、しないに越したことないしね」
すると彼女は、少しほっとした顔になっていった。
うつむいて、ぽそりという。
「よかった……アレクさん、いつまでも健康でいてくださいね」
「どしたの、いきなりそんな」
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