33 / 65
よそ見、ダメ
しおりを挟む
「遅いぞ」
グレアムの用意した席は、最前線の席だった。他の人の前を謝りながら通りつつ、エヴァンジェリンはやっと腰を下ろした。
「すみません。何しろ初めてのもので……」
そうこうしているうちに、選手が立ち並んでホイッスルが鳴る。解説のハイテンションな声が響き渡る。
『ここで試合開始イィ! まずボールを奪ったのは南寮注目のエース、サンディ選手だ!』
青い炎に包まれたボールがふわりと宙に浮いたかと思うと、長身の選手がそのボールをかっさらって目にもとまらぬスピードで走り出した。
「あ……あれって、アレクさ……」
そう言いかけて、エヴァンジェリンは慌てて口をつぐんだ。愛称で呼んでいるとグレアムにばれたらまずい。
「なんだ? きこえない」
しかしどのみち、周りのヤジや歓声でろくに聞こえなかったようだ。エヴァンジェリンは別の事を言ってごまかした。
「あのボール、燃えていますが熱くないんですか? 大丈夫ですか?」
するとグレアムは肩をすくめた。そんな事も知らないのか、と言いたげだ。
「メガロボールは別に熱くない」
「そうですか……っひ……!」
次の瞬間、エヴァンジェリンは身体をすくませた。ボールを追いかける選手たちが、ちょうど応援席の目の前を通り過ぎたからだ。ボールをなんとか奪おうと、北寮の選手がアレックスの周りを固める南寮の選手に容赦のないタックルをかまして、選手がグラウンドにはじき出される。
おおおっと観客席がどよめく。その光景を目の当たりにしてエヴァンジェリンはくらっとした。
地面にのびた選手をものともせず、みんなボールを争いながらゴールポストまで駆けていく。
「おい、平気か。お前が見たいと言ったんだぞ」
傾いだエヴァンジェリンの身体を、グレアムが支える。
「あ、あんな、大丈夫なのですか、叩いたり、体当たりしたり……」
まさかこんな恐ろしい競技だったとは。エヴァンジェリンはアレックスが心配だった。
しかしグレアムは手を放し、肩をすくめただけだった。
「そういうスポーツだ」
◆◆◆
ホイッスルと同時に、魔術がかけられたボールが宙に浮く。
――試合開始。
8対8。合計16人の選手が、逃げ惑うそのボールを追いかける。
ルールは簡単だ。ボールを相手のゴールに入れれば勝ち。
「っし、仕掛けるぞ!」
上背を利用して開始直後にボールをもぎとったアレックスは、浮くボールを籠手で抑え込んで走り出した。次々と他の選手が、アレックスを守ろうと、そして敵がボールを奪おうと、追いかけてくる。
(よーし、開幕シュート決めんぞ!)
その意気で、アレックスは走り出した。走行魔法でスピードを上げる。メガロボールは、選手一人ひとりに、自身の身体能力を高める魔法をかける事が許されている。
足を速く、ジャンプ力を多く、そして肩を強くする、などだ。
アレックスは特にスピードとジャンプ力に特化していた。もともとも特性として、足が強かったからだ。
新緑のスタジアムの光景が、前方にどこまでも広がっている。ゴールまであと10メートル。一番にボールを獲った自分の、前を走るものは誰もいない。
(いいね――最高の景色だ!)
南寮の応援席からの歓声、そして北寮からのヤジが耳をかすめる。ふと目線を上げると、北寮の最前の良い席に――イヴが座っていた。
(あ……イヴ、きてくれたんだ!)
しかしその隣には、グレアムが我が物顔で座っていた。不機嫌そうに、試合を見もせず、じっとエヴァンジェリンの様子を観察している。その視線に気が付いて、エヴァンジェリンが彼を見上げる。何かを話しているようだ。
その瞬間、アレックスの目に、エヴァンジェリンの肩を抱くグレアムが映った。
「えっ」
全力疾走しながら一瞬目に移ったその光景に、思わず声が出る。
(どういうこと!? あの二人―――)
仮面夫婦みたい。そう見えていたのは嘘で、本当は仲がいいのだろうか。
エヴァンジェリンは、やはりグレアムの事が好き、なのだろうか――。
胸に正体不明の痛みが走ったその瞬間。
「っつ……!」
『ここで北寮ミンクスからの強烈なタックルゥ! ボールは北寮に移りました!』
油断した。
屈強な選手に弾き飛ばされたアレックスの身体が、地面に叩きつけられる。ごき、と体の中で嫌な音がしたのがわかった。
(うわ、折れたな……)
かすむ視界の中で、目だけ動かして観客席を見上げる。遠くに見えるエヴァンジェリンは――アレックスを見て、口を手で覆っていた。とても驚いた顔をしている。
(あーあ、俺、やっちまった……見に来てっていっといて……かっこ悪ぃとこ、見せちまった……)
起き上がって、ボールを追いかけろ。今からでも活躍を見せて、かっこいいところを見せるんだ――。そう思うが、打ちつけられたアレックスの身体は動かなかった。頭がガンガンする。
『これはどうした! サンディ選手立ち上がれない! まさかさきほどの行為は禁止タックルか! 審判によるイエローカードとドクターが入ります!』
だいじょうぶだ、大したことなんてない。いつもタックルで吹き飛ばされてるんだから――。アレックスはそう言いたかったが、結局言えずに、目を閉じた。
グレアムの用意した席は、最前線の席だった。他の人の前を謝りながら通りつつ、エヴァンジェリンはやっと腰を下ろした。
「すみません。何しろ初めてのもので……」
そうこうしているうちに、選手が立ち並んでホイッスルが鳴る。解説のハイテンションな声が響き渡る。
『ここで試合開始イィ! まずボールを奪ったのは南寮注目のエース、サンディ選手だ!』
青い炎に包まれたボールがふわりと宙に浮いたかと思うと、長身の選手がそのボールをかっさらって目にもとまらぬスピードで走り出した。
「あ……あれって、アレクさ……」
そう言いかけて、エヴァンジェリンは慌てて口をつぐんだ。愛称で呼んでいるとグレアムにばれたらまずい。
「なんだ? きこえない」
しかしどのみち、周りのヤジや歓声でろくに聞こえなかったようだ。エヴァンジェリンは別の事を言ってごまかした。
「あのボール、燃えていますが熱くないんですか? 大丈夫ですか?」
するとグレアムは肩をすくめた。そんな事も知らないのか、と言いたげだ。
「メガロボールは別に熱くない」
「そうですか……っひ……!」
次の瞬間、エヴァンジェリンは身体をすくませた。ボールを追いかける選手たちが、ちょうど応援席の目の前を通り過ぎたからだ。ボールをなんとか奪おうと、北寮の選手がアレックスの周りを固める南寮の選手に容赦のないタックルをかまして、選手がグラウンドにはじき出される。
おおおっと観客席がどよめく。その光景を目の当たりにしてエヴァンジェリンはくらっとした。
地面にのびた選手をものともせず、みんなボールを争いながらゴールポストまで駆けていく。
「おい、平気か。お前が見たいと言ったんだぞ」
傾いだエヴァンジェリンの身体を、グレアムが支える。
「あ、あんな、大丈夫なのですか、叩いたり、体当たりしたり……」
まさかこんな恐ろしい競技だったとは。エヴァンジェリンはアレックスが心配だった。
しかしグレアムは手を放し、肩をすくめただけだった。
「そういうスポーツだ」
◆◆◆
ホイッスルと同時に、魔術がかけられたボールが宙に浮く。
――試合開始。
8対8。合計16人の選手が、逃げ惑うそのボールを追いかける。
ルールは簡単だ。ボールを相手のゴールに入れれば勝ち。
「っし、仕掛けるぞ!」
上背を利用して開始直後にボールをもぎとったアレックスは、浮くボールを籠手で抑え込んで走り出した。次々と他の選手が、アレックスを守ろうと、そして敵がボールを奪おうと、追いかけてくる。
(よーし、開幕シュート決めんぞ!)
その意気で、アレックスは走り出した。走行魔法でスピードを上げる。メガロボールは、選手一人ひとりに、自身の身体能力を高める魔法をかける事が許されている。
足を速く、ジャンプ力を多く、そして肩を強くする、などだ。
アレックスは特にスピードとジャンプ力に特化していた。もともとも特性として、足が強かったからだ。
新緑のスタジアムの光景が、前方にどこまでも広がっている。ゴールまであと10メートル。一番にボールを獲った自分の、前を走るものは誰もいない。
(いいね――最高の景色だ!)
南寮の応援席からの歓声、そして北寮からのヤジが耳をかすめる。ふと目線を上げると、北寮の最前の良い席に――イヴが座っていた。
(あ……イヴ、きてくれたんだ!)
しかしその隣には、グレアムが我が物顔で座っていた。不機嫌そうに、試合を見もせず、じっとエヴァンジェリンの様子を観察している。その視線に気が付いて、エヴァンジェリンが彼を見上げる。何かを話しているようだ。
その瞬間、アレックスの目に、エヴァンジェリンの肩を抱くグレアムが映った。
「えっ」
全力疾走しながら一瞬目に移ったその光景に、思わず声が出る。
(どういうこと!? あの二人―――)
仮面夫婦みたい。そう見えていたのは嘘で、本当は仲がいいのだろうか。
エヴァンジェリンは、やはりグレアムの事が好き、なのだろうか――。
胸に正体不明の痛みが走ったその瞬間。
「っつ……!」
『ここで北寮ミンクスからの強烈なタックルゥ! ボールは北寮に移りました!』
油断した。
屈強な選手に弾き飛ばされたアレックスの身体が、地面に叩きつけられる。ごき、と体の中で嫌な音がしたのがわかった。
(うわ、折れたな……)
かすむ視界の中で、目だけ動かして観客席を見上げる。遠くに見えるエヴァンジェリンは――アレックスを見て、口を手で覆っていた。とても驚いた顔をしている。
(あーあ、俺、やっちまった……見に来てっていっといて……かっこ悪ぃとこ、見せちまった……)
起き上がって、ボールを追いかけろ。今からでも活躍を見せて、かっこいいところを見せるんだ――。そう思うが、打ちつけられたアレックスの身体は動かなかった。頭がガンガンする。
『これはどうした! サンディ選手立ち上がれない! まさかさきほどの行為は禁止タックルか! 審判によるイエローカードとドクターが入ります!』
だいじょうぶだ、大したことなんてない。いつもタックルで吹き飛ばされてるんだから――。アレックスはそう言いたかったが、結局言えずに、目を閉じた。
1
お気に入りに追加
2,089
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話
下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。
御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる