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ふふん、いいでしょう
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訓練を増やす、と約束したのに、雪道を歩いた無理がたたって、エヴァンジェリンは久々に熱を出して寝込んでしまった。
グレアムは忌々しそうな顔をしていたものの、熱の理由については追及しなかった。
いつものことだ、と思っているのだろう。
(よかった……ばれてない)
やはり、町まで出かけることは、エヴァンジェリンには過ぎたことだったのかもしれない。
(『次』はないな……でも、だからこそ、行っておいてよかった)
一度でも、あんな素晴らしいものを食べることができてよかった。
そんなことを思いながら、数日の療養を経て、エヴァンジェリンは授業に復帰した。
「ハダリーさん、大丈夫だった?」
教室の席についたとたん、すぐ隣にアレックスが座った。
エヴァンジェリンはちらりと前方のグレアムを見たあと、声をひそめた。
「ええ、なんともありません。ですがサンディさん……あの日の外出の事は、あの、あまり言わないではもらえませんか」
アレックスは少し怪訝な顔をしたものの、うなずいてくれた。
「ココさんはお元気ですか? お姿が見えませんが…‥」
「うん、治ってぴんぴんしてるよ。あいつ、この授業は取ってないからさ」
たしかに、彼女は植物生物が専門だった。かぶる授業は限られている。
「キャンディのこと、お礼言ってたよ。そんで、逆に君のこと、心配してた。怒られちゃったよ。君を無理やり寒い中連れだしたって」
「あ……それは、サンディさんのせいじゃないので、どうぞお気になさらず」
控えめに微笑んだエヴァンジェリンを、アレックスは覗き込んだ。
「ほんとうに体調はもういいの。俺のせいで、って思うと申し訳なくて。見舞いにも行ったんだけど、入口で追い返されちゃってさ」
「え……そんな事が。申し訳ありません。でも、私なんかにそんなこと、大丈夫ですよ」
「だからその……さ。今日、温室いくなら、俺もいっていいかな」
「えっ」
「渡したいものがあって」
その時、グレアムがふと後ろを振り返った。ばっちりと彼と目が合い、二人は慌てて黙り込んだ。
授業終わり、彼は声を出さずにこういった。
『昼休み、いつもの温室で』
それだけ言って、にかっと笑って彼は教室を出て行った。
雪の石畳を踏みしめながら、お昼、エヴァンジェリンは温室に向かっていた。
(サンディさんが、待ってるって言ってたけど……)
ここ数日寝込んでいたせいで、バナナの世話をさぼってしまった。そっちの方が気がかりだった。
「あ、イヴ! 寒いでしょう、入って入って」
温室にたどり着くと、ココが扉を開けてエヴァンジェリンを迎え入れてくれた。
「ココさん! お久しぶりです」
ココさんがいるなら、バナナも平気だろう。
一気に気が抜けたエヴァンジェリンは、彼女に笑顔を見せた。するとその後ろから、ひょいとアレックスが顔を出す。
「イヴ? どういうこと?」
アレックスがココにきく。
「あら、エヴァンジェリンの愛称よ」
「二人とも、いつのまに名前で呼び合う仲に……?」
ココはバナナを指さした。
「この木を通じて、私たち友だちになったのよ。ね?」
そう笑いかけられて、エヴァンジェリンは驚いた。
「と、と、とも、だち……?」
ココの表情が、ちょっとくもる。
「あ、ごめん……嫌だった?」
エヴァンジェリンは慌てて首を振った。
「そんな。う、嬉しいです、そう言っていただけて……でも、私なんかがココさんのお友だちなんて、いいのかな、って」
するとココは優しく笑った。
「何言ってるの、いいに決まってるじゃない。だってイヴ、私の事心配して、アレックスと町まで行ってくれたんでしょ?」
アレックスがついてきたのは想定外だったが、エヴァンジェリンはうなずいた。そして背後に青々と育つバナナの木を見た。
「ココさんも、私がいない間、バナナのお世話をありがとうございます。枯れてるかなって、心配だったので……」
ほらね、とココは言った。
「私たち、寮は違くても、こうやってお互いのこと心配してあれこれ動いているじゃない。それってもう、友だちってことよ」
「そっか……そうですね」
エヴァンジェリンの表情が、嬉しさにふわりと緩む。
ともだち。この自分に、そう呼べる存在ができるなんて。
するとココは、ちょっと目を見張った。
「イヴ、笑うととってもかわいい! いつも笑っていればいいのに」
「えっ」
予想外の言葉に、なんだか頬が熱くなる。するとココは肘でアレックスをつついた。
「な、なんだよ」
「ふふん、いいでしょう」
するとアレックスがくっと唇を噛む。
それを無視して、ココはつづけた。
「今日の分の肥料は、もうあげておいたわ。お水もね。私、植物委員会の集まりがあるもんだから、今日はもう行くね、イヴ。会えてよかった!」
「あ…‥わかりました。お忙しい中、ありがとうございました」
ぺこりと真面目に頭を下げたエヴァンジェリンに、ココは言って去った。
「キャンディ、ほんとありがとうね! からかったけど、おかげでなおった! アレク、例のモノ、ちゃんと渡してよね!」
ぱたぱたと彼女が去り、温室にはエヴァンジェリンとアレックス二人だけになった。
「ココさん、お忙しいんですね」
エヴァンジェリンは、ぽつんとつぶやいた。
「無駄にいろいろ引き受けてるからな」
エヴァンジェリンのバナナの面倒をみてくれているように、きっと他の人も助けてあげているんだろう。エヴァンジェリンは納得がいってうなずいた。
「ココさんは優しいですからね」
「あー……そうか?」
「そうですよ。サンディさんも、親しいからよくご存じでしょう」
「うーん……俺には厳しいな」
「そうなんですか?」
「そうだよ! でもまぁ確かに、女の子とか動物には優しいんだよな……」
エヴァンジェリンはくすっと笑った。ココさんらしい。
するとアレックスはちらっとエヴァンジェリンを見て、ぽろっとこぼした。
「うん、やっぱ……いいな」
グレアムは忌々しそうな顔をしていたものの、熱の理由については追及しなかった。
いつものことだ、と思っているのだろう。
(よかった……ばれてない)
やはり、町まで出かけることは、エヴァンジェリンには過ぎたことだったのかもしれない。
(『次』はないな……でも、だからこそ、行っておいてよかった)
一度でも、あんな素晴らしいものを食べることができてよかった。
そんなことを思いながら、数日の療養を経て、エヴァンジェリンは授業に復帰した。
「ハダリーさん、大丈夫だった?」
教室の席についたとたん、すぐ隣にアレックスが座った。
エヴァンジェリンはちらりと前方のグレアムを見たあと、声をひそめた。
「ええ、なんともありません。ですがサンディさん……あの日の外出の事は、あの、あまり言わないではもらえませんか」
アレックスは少し怪訝な顔をしたものの、うなずいてくれた。
「ココさんはお元気ですか? お姿が見えませんが…‥」
「うん、治ってぴんぴんしてるよ。あいつ、この授業は取ってないからさ」
たしかに、彼女は植物生物が専門だった。かぶる授業は限られている。
「キャンディのこと、お礼言ってたよ。そんで、逆に君のこと、心配してた。怒られちゃったよ。君を無理やり寒い中連れだしたって」
「あ……それは、サンディさんのせいじゃないので、どうぞお気になさらず」
控えめに微笑んだエヴァンジェリンを、アレックスは覗き込んだ。
「ほんとうに体調はもういいの。俺のせいで、って思うと申し訳なくて。見舞いにも行ったんだけど、入口で追い返されちゃってさ」
「え……そんな事が。申し訳ありません。でも、私なんかにそんなこと、大丈夫ですよ」
「だからその……さ。今日、温室いくなら、俺もいっていいかな」
「えっ」
「渡したいものがあって」
その時、グレアムがふと後ろを振り返った。ばっちりと彼と目が合い、二人は慌てて黙り込んだ。
授業終わり、彼は声を出さずにこういった。
『昼休み、いつもの温室で』
それだけ言って、にかっと笑って彼は教室を出て行った。
雪の石畳を踏みしめながら、お昼、エヴァンジェリンは温室に向かっていた。
(サンディさんが、待ってるって言ってたけど……)
ここ数日寝込んでいたせいで、バナナの世話をさぼってしまった。そっちの方が気がかりだった。
「あ、イヴ! 寒いでしょう、入って入って」
温室にたどり着くと、ココが扉を開けてエヴァンジェリンを迎え入れてくれた。
「ココさん! お久しぶりです」
ココさんがいるなら、バナナも平気だろう。
一気に気が抜けたエヴァンジェリンは、彼女に笑顔を見せた。するとその後ろから、ひょいとアレックスが顔を出す。
「イヴ? どういうこと?」
アレックスがココにきく。
「あら、エヴァンジェリンの愛称よ」
「二人とも、いつのまに名前で呼び合う仲に……?」
ココはバナナを指さした。
「この木を通じて、私たち友だちになったのよ。ね?」
そう笑いかけられて、エヴァンジェリンは驚いた。
「と、と、とも、だち……?」
ココの表情が、ちょっとくもる。
「あ、ごめん……嫌だった?」
エヴァンジェリンは慌てて首を振った。
「そんな。う、嬉しいです、そう言っていただけて……でも、私なんかがココさんのお友だちなんて、いいのかな、って」
するとココは優しく笑った。
「何言ってるの、いいに決まってるじゃない。だってイヴ、私の事心配して、アレックスと町まで行ってくれたんでしょ?」
アレックスがついてきたのは想定外だったが、エヴァンジェリンはうなずいた。そして背後に青々と育つバナナの木を見た。
「ココさんも、私がいない間、バナナのお世話をありがとうございます。枯れてるかなって、心配だったので……」
ほらね、とココは言った。
「私たち、寮は違くても、こうやってお互いのこと心配してあれこれ動いているじゃない。それってもう、友だちってことよ」
「そっか……そうですね」
エヴァンジェリンの表情が、嬉しさにふわりと緩む。
ともだち。この自分に、そう呼べる存在ができるなんて。
するとココは、ちょっと目を見張った。
「イヴ、笑うととってもかわいい! いつも笑っていればいいのに」
「えっ」
予想外の言葉に、なんだか頬が熱くなる。するとココは肘でアレックスをつついた。
「な、なんだよ」
「ふふん、いいでしょう」
するとアレックスがくっと唇を噛む。
それを無視して、ココはつづけた。
「今日の分の肥料は、もうあげておいたわ。お水もね。私、植物委員会の集まりがあるもんだから、今日はもう行くね、イヴ。会えてよかった!」
「あ…‥わかりました。お忙しい中、ありがとうございました」
ぺこりと真面目に頭を下げたエヴァンジェリンに、ココは言って去った。
「キャンディ、ほんとありがとうね! からかったけど、おかげでなおった! アレク、例のモノ、ちゃんと渡してよね!」
ぱたぱたと彼女が去り、温室にはエヴァンジェリンとアレックス二人だけになった。
「ココさん、お忙しいんですね」
エヴァンジェリンは、ぽつんとつぶやいた。
「無駄にいろいろ引き受けてるからな」
エヴァンジェリンのバナナの面倒をみてくれているように、きっと他の人も助けてあげているんだろう。エヴァンジェリンは納得がいってうなずいた。
「ココさんは優しいですからね」
「あー……そうか?」
「そうですよ。サンディさんも、親しいからよくご存じでしょう」
「うーん……俺には厳しいな」
「そうなんですか?」
「そうだよ! でもまぁ確かに、女の子とか動物には優しいんだよな……」
エヴァンジェリンはくすっと笑った。ココさんらしい。
するとアレックスはちらっとエヴァンジェリンを見て、ぽろっとこぼした。
「うん、やっぱ……いいな」
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