26 / 65
ふふん、いいでしょう
しおりを挟む
訓練を増やす、と約束したのに、雪道を歩いた無理がたたって、エヴァンジェリンは久々に熱を出して寝込んでしまった。
グレアムは忌々しそうな顔をしていたものの、熱の理由については追及しなかった。
いつものことだ、と思っているのだろう。
(よかった……ばれてない)
やはり、町まで出かけることは、エヴァンジェリンには過ぎたことだったのかもしれない。
(『次』はないな……でも、だからこそ、行っておいてよかった)
一度でも、あんな素晴らしいものを食べることができてよかった。
そんなことを思いながら、数日の療養を経て、エヴァンジェリンは授業に復帰した。
「ハダリーさん、大丈夫だった?」
教室の席についたとたん、すぐ隣にアレックスが座った。
エヴァンジェリンはちらりと前方のグレアムを見たあと、声をひそめた。
「ええ、なんともありません。ですがサンディさん……あの日の外出の事は、あの、あまり言わないではもらえませんか」
アレックスは少し怪訝な顔をしたものの、うなずいてくれた。
「ココさんはお元気ですか? お姿が見えませんが…‥」
「うん、治ってぴんぴんしてるよ。あいつ、この授業は取ってないからさ」
たしかに、彼女は植物生物が専門だった。かぶる授業は限られている。
「キャンディのこと、お礼言ってたよ。そんで、逆に君のこと、心配してた。怒られちゃったよ。君を無理やり寒い中連れだしたって」
「あ……それは、サンディさんのせいじゃないので、どうぞお気になさらず」
控えめに微笑んだエヴァンジェリンを、アレックスは覗き込んだ。
「ほんとうに体調はもういいの。俺のせいで、って思うと申し訳なくて。見舞いにも行ったんだけど、入口で追い返されちゃってさ」
「え……そんな事が。申し訳ありません。でも、私なんかにそんなこと、大丈夫ですよ」
「だからその……さ。今日、温室いくなら、俺もいっていいかな」
「えっ」
「渡したいものがあって」
その時、グレアムがふと後ろを振り返った。ばっちりと彼と目が合い、二人は慌てて黙り込んだ。
授業終わり、彼は声を出さずにこういった。
『昼休み、いつもの温室で』
それだけ言って、にかっと笑って彼は教室を出て行った。
雪の石畳を踏みしめながら、お昼、エヴァンジェリンは温室に向かっていた。
(サンディさんが、待ってるって言ってたけど……)
ここ数日寝込んでいたせいで、バナナの世話をさぼってしまった。そっちの方が気がかりだった。
「あ、イヴ! 寒いでしょう、入って入って」
温室にたどり着くと、ココが扉を開けてエヴァンジェリンを迎え入れてくれた。
「ココさん! お久しぶりです」
ココさんがいるなら、バナナも平気だろう。
一気に気が抜けたエヴァンジェリンは、彼女に笑顔を見せた。するとその後ろから、ひょいとアレックスが顔を出す。
「イヴ? どういうこと?」
アレックスがココにきく。
「あら、エヴァンジェリンの愛称よ」
「二人とも、いつのまに名前で呼び合う仲に……?」
ココはバナナを指さした。
「この木を通じて、私たち友だちになったのよ。ね?」
そう笑いかけられて、エヴァンジェリンは驚いた。
「と、と、とも、だち……?」
ココの表情が、ちょっとくもる。
「あ、ごめん……嫌だった?」
エヴァンジェリンは慌てて首を振った。
「そんな。う、嬉しいです、そう言っていただけて……でも、私なんかがココさんのお友だちなんて、いいのかな、って」
するとココは優しく笑った。
「何言ってるの、いいに決まってるじゃない。だってイヴ、私の事心配して、アレックスと町まで行ってくれたんでしょ?」
アレックスがついてきたのは想定外だったが、エヴァンジェリンはうなずいた。そして背後に青々と育つバナナの木を見た。
「ココさんも、私がいない間、バナナのお世話をありがとうございます。枯れてるかなって、心配だったので……」
ほらね、とココは言った。
「私たち、寮は違くても、こうやってお互いのこと心配してあれこれ動いているじゃない。それってもう、友だちってことよ」
「そっか……そうですね」
エヴァンジェリンの表情が、嬉しさにふわりと緩む。
ともだち。この自分に、そう呼べる存在ができるなんて。
するとココは、ちょっと目を見張った。
「イヴ、笑うととってもかわいい! いつも笑っていればいいのに」
「えっ」
予想外の言葉に、なんだか頬が熱くなる。するとココは肘でアレックスをつついた。
「な、なんだよ」
「ふふん、いいでしょう」
するとアレックスがくっと唇を噛む。
それを無視して、ココはつづけた。
「今日の分の肥料は、もうあげておいたわ。お水もね。私、植物委員会の集まりがあるもんだから、今日はもう行くね、イヴ。会えてよかった!」
「あ…‥わかりました。お忙しい中、ありがとうございました」
ぺこりと真面目に頭を下げたエヴァンジェリンに、ココは言って去った。
「キャンディ、ほんとありがとうね! からかったけど、おかげでなおった! アレク、例のモノ、ちゃんと渡してよね!」
ぱたぱたと彼女が去り、温室にはエヴァンジェリンとアレックス二人だけになった。
「ココさん、お忙しいんですね」
エヴァンジェリンは、ぽつんとつぶやいた。
「無駄にいろいろ引き受けてるからな」
エヴァンジェリンのバナナの面倒をみてくれているように、きっと他の人も助けてあげているんだろう。エヴァンジェリンは納得がいってうなずいた。
「ココさんは優しいですからね」
「あー……そうか?」
「そうですよ。サンディさんも、親しいからよくご存じでしょう」
「うーん……俺には厳しいな」
「そうなんですか?」
「そうだよ! でもまぁ確かに、女の子とか動物には優しいんだよな……」
エヴァンジェリンはくすっと笑った。ココさんらしい。
するとアレックスはちらっとエヴァンジェリンを見て、ぽろっとこぼした。
「うん、やっぱ……いいな」
グレアムは忌々しそうな顔をしていたものの、熱の理由については追及しなかった。
いつものことだ、と思っているのだろう。
(よかった……ばれてない)
やはり、町まで出かけることは、エヴァンジェリンには過ぎたことだったのかもしれない。
(『次』はないな……でも、だからこそ、行っておいてよかった)
一度でも、あんな素晴らしいものを食べることができてよかった。
そんなことを思いながら、数日の療養を経て、エヴァンジェリンは授業に復帰した。
「ハダリーさん、大丈夫だった?」
教室の席についたとたん、すぐ隣にアレックスが座った。
エヴァンジェリンはちらりと前方のグレアムを見たあと、声をひそめた。
「ええ、なんともありません。ですがサンディさん……あの日の外出の事は、あの、あまり言わないではもらえませんか」
アレックスは少し怪訝な顔をしたものの、うなずいてくれた。
「ココさんはお元気ですか? お姿が見えませんが…‥」
「うん、治ってぴんぴんしてるよ。あいつ、この授業は取ってないからさ」
たしかに、彼女は植物生物が専門だった。かぶる授業は限られている。
「キャンディのこと、お礼言ってたよ。そんで、逆に君のこと、心配してた。怒られちゃったよ。君を無理やり寒い中連れだしたって」
「あ……それは、サンディさんのせいじゃないので、どうぞお気になさらず」
控えめに微笑んだエヴァンジェリンを、アレックスは覗き込んだ。
「ほんとうに体調はもういいの。俺のせいで、って思うと申し訳なくて。見舞いにも行ったんだけど、入口で追い返されちゃってさ」
「え……そんな事が。申し訳ありません。でも、私なんかにそんなこと、大丈夫ですよ」
「だからその……さ。今日、温室いくなら、俺もいっていいかな」
「えっ」
「渡したいものがあって」
その時、グレアムがふと後ろを振り返った。ばっちりと彼と目が合い、二人は慌てて黙り込んだ。
授業終わり、彼は声を出さずにこういった。
『昼休み、いつもの温室で』
それだけ言って、にかっと笑って彼は教室を出て行った。
雪の石畳を踏みしめながら、お昼、エヴァンジェリンは温室に向かっていた。
(サンディさんが、待ってるって言ってたけど……)
ここ数日寝込んでいたせいで、バナナの世話をさぼってしまった。そっちの方が気がかりだった。
「あ、イヴ! 寒いでしょう、入って入って」
温室にたどり着くと、ココが扉を開けてエヴァンジェリンを迎え入れてくれた。
「ココさん! お久しぶりです」
ココさんがいるなら、バナナも平気だろう。
一気に気が抜けたエヴァンジェリンは、彼女に笑顔を見せた。するとその後ろから、ひょいとアレックスが顔を出す。
「イヴ? どういうこと?」
アレックスがココにきく。
「あら、エヴァンジェリンの愛称よ」
「二人とも、いつのまに名前で呼び合う仲に……?」
ココはバナナを指さした。
「この木を通じて、私たち友だちになったのよ。ね?」
そう笑いかけられて、エヴァンジェリンは驚いた。
「と、と、とも、だち……?」
ココの表情が、ちょっとくもる。
「あ、ごめん……嫌だった?」
エヴァンジェリンは慌てて首を振った。
「そんな。う、嬉しいです、そう言っていただけて……でも、私なんかがココさんのお友だちなんて、いいのかな、って」
するとココは優しく笑った。
「何言ってるの、いいに決まってるじゃない。だってイヴ、私の事心配して、アレックスと町まで行ってくれたんでしょ?」
アレックスがついてきたのは想定外だったが、エヴァンジェリンはうなずいた。そして背後に青々と育つバナナの木を見た。
「ココさんも、私がいない間、バナナのお世話をありがとうございます。枯れてるかなって、心配だったので……」
ほらね、とココは言った。
「私たち、寮は違くても、こうやってお互いのこと心配してあれこれ動いているじゃない。それってもう、友だちってことよ」
「そっか……そうですね」
エヴァンジェリンの表情が、嬉しさにふわりと緩む。
ともだち。この自分に、そう呼べる存在ができるなんて。
するとココは、ちょっと目を見張った。
「イヴ、笑うととってもかわいい! いつも笑っていればいいのに」
「えっ」
予想外の言葉に、なんだか頬が熱くなる。するとココは肘でアレックスをつついた。
「な、なんだよ」
「ふふん、いいでしょう」
するとアレックスがくっと唇を噛む。
それを無視して、ココはつづけた。
「今日の分の肥料は、もうあげておいたわ。お水もね。私、植物委員会の集まりがあるもんだから、今日はもう行くね、イヴ。会えてよかった!」
「あ…‥わかりました。お忙しい中、ありがとうございました」
ぺこりと真面目に頭を下げたエヴァンジェリンに、ココは言って去った。
「キャンディ、ほんとありがとうね! からかったけど、おかげでなおった! アレク、例のモノ、ちゃんと渡してよね!」
ぱたぱたと彼女が去り、温室にはエヴァンジェリンとアレックス二人だけになった。
「ココさん、お忙しいんですね」
エヴァンジェリンは、ぽつんとつぶやいた。
「無駄にいろいろ引き受けてるからな」
エヴァンジェリンのバナナの面倒をみてくれているように、きっと他の人も助けてあげているんだろう。エヴァンジェリンは納得がいってうなずいた。
「ココさんは優しいですからね」
「あー……そうか?」
「そうですよ。サンディさんも、親しいからよくご存じでしょう」
「うーん……俺には厳しいな」
「そうなんですか?」
「そうだよ! でもまぁ確かに、女の子とか動物には優しいんだよな……」
エヴァンジェリンはくすっと笑った。ココさんらしい。
するとアレックスはちらっとエヴァンジェリンを見て、ぽろっとこぼした。
「うん、やっぱ……いいな」
2
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる