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モラハラ気質の事故物件?
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「……なん、ですか?」
質問の意味がよくわからなかったエヴァンジェリンは、聞き返した。
「だから、何か欲しいものはないのかと聞いている!」
「え……必要なものはすべて用意していただいていますし、とくには……」
するとグレアムは顔をしかめて、ため息をついた。
「何でもいい。何か言ってみろ。用意するから」
嫌々なその声を聞いて、エヴァンジェリンはピンときた。
「あの、もしかして……それは、サンディさんのご希望、とかですか……?」
そうでもなければ、グレアムが進んでエヴァンジェリンに余計なものを与えるなど、考えられない。
案の定、グレアムは不服げにうなずいた。
「……そうだ。やっかいな事だが、彼女は事情を知らない。一般常識にあてはめれば、俺はモラハラDV気質の事故物件だそうだ」
「??なんて?」
その単語の意味がよくわからなかったエヴァンジェリンは首をかしげた。
「つまり彼女には、俺はか弱い婚約者がいながら他の女を口説くようなクズに見えてしまっているというわけだ」
「……は、はぁ」
否定も肯定もしづらくて、エヴァンジェリンはとりあえず曖昧にうなずいた。
「たしかに、何も知らなければ……そう見えてしまうのもやむなし……でしょうか」
するとグレアムは頭をかかえた。
「これはすべて、ココを救うためにやっているというのに……っ」
いつもは冷徹なグレアムだが、ココの事となるとその鉄壁の仮面も崩れる。エヴァンジェリンは控えめに提案してみた。
「あの、それなら……とりあえず婚約破棄をする、というのはどうでしょう」
「は?」
怪訝に聞き返される。
「私たちの婚約は、あくまで方便でしょう。入学して5年もたった今なら、もうその方便を使わなくてもいいのではないでしょうか」
ふん、とグレアムがそれを一蹴した。
「なら、俺たちが毎晩同衾するのをどう説明するんだ」
「で、でも、一緒に寝ている事自体がバレているわけじゃありませんし、ココさんにも知らせなければいいじゃないですか。別にやましい事をしているわけではないし、婚約を解消すれば、サンディさんもまた、グレアム様とよりを戻すかも……」
しかしグレアムはその言葉をさえぎった。
「却下だ。話にならないな。お前が今まで学園で無事に過ごせたのは、俺との婚約のおかげだとわからないのか」
「えっ……?」
「俺のものだから、誰もお前に手出ししなかったんだ。今婚約を解消すれば、ディック・イーストみたいなやつが次々湧いて出てくるだろう。お前、一人で対処できるか?」
そう言われると、ぐうの音も出ない。
エヴァンジェリンはディック・イーストに勝てず、グレアムに助け出されたのだから。
「トールギス家には敵も多い。お前はまだ危なっかしいし、とうてい婚約破棄はできない。好む好まざると、俺とお前は来年のその時まで一蓮托生だ」
「わ……わかりました。短絡的な事を言って、すみません」
「そうだ、まったく……」
やれやれと首を振る彼に、エヴァンジェリンはせめてもの慰めを言った。
「全てが終わったその時には――どうぞ本当のことをサンディさんにお話しください。わたしはサンディさんのための存在だったのだと」
するとグレアムは一瞬、ぐっと唇を噛んで顔をしかめた。
「――言われなくても。それで、何かないのか」
「えっ」
「だから、欲しいものだ!」
苛々そう言うグレアムを前に、エヴァンジェリンは困惑した。
「あの、だから、とくにありません」
「それじゃ困るんだ。お前が俺にいじめられていると、ココは思い込んでいるから」
「はぁ……」
「もっとお前に優しくしろ、ときつく言われた」
それで何かものを与えたい、ということか。
ココの気遣いは至極まっとうなのかもしれないが、とつぜんグレアムにそんな事を言われても、困る。
「早く決めろ。10秒以内だ」
しかしグレアムが苛々しながら数を数え始めたので、エヴァンジェリンは慌てて考え始めた。
(どうしよう! 私、欲しいものなんてないのに!)
着るものも済む場所も困っていない。
自分もピィピィも、一日分のバナナはたっぷりもらっている。
(そうだ、ピィピィ)
そこでエヴァンジェリンはひらめいた。
「もし可能なら――バナナの木が、ほしいです」
「は?木?」
聞き返したグレアムに、エヴァンジェリンは説明した。
「私がいなくなっても、ピィピィが食べ物に困らないように、今から育てておきたいんです」
その言葉に、グレアムはなぜかはっと目を見開いた。紫の虹彩が、きゅっと細くなって色が濃くなる。
――アメジストの結晶みたいだ。
無感動にそう思っていると、グレアムは咳払いをして、うなずいた。
「……わかった。用意しよう」
「え……いいんですか?」
「なんでもと言っただろう」
まさか本当に希望が通るとは思っていなかったので、素直に嬉しい。
ぱっと顔も心も明るくなる。
「ありがとうございます……!」
「別にお前のためじゃない」
そう言って、グレアムはエヴァンジェリンの部屋を去った。
「よかった、ピィピィ。私たち、木からバナナを取る練習をしないと」
嬉し気にそう言うエヴァンジェリンを見て、ピィピィはくるると喉をならした。
「ココ……どうか、やり直させてくれないか」
「お断りです」
真摯に頼み込むグレアムを、ココはふいと顔を背けて拒否する。
教室の真ん前の席でそれを見せられているエヴァンジェリンは、笑ったほうがいいのか悲しんだほうがいいのかよくわからない気持ちで二人を見ていた。
(グレアム様……可哀想に)
しかし、エヴァンジェリンに対しては強気なグレアムが、ココに冷たくあしらわれてなすすべもないのは、見ていてなんだか――
(いい気味、じゃないけど、ちょっとスッとするような)
しかしそれを顔には出さず、あくまで無表情を装って、エヴァンジェリンは先生が来るまで予習していようと教科書を開いた。
「隣、いい?」
少しためらいがちな声がして、エヴァンジェリンはちらりと隣を見た。
アレックスが、そこに立っていた。
質問の意味がよくわからなかったエヴァンジェリンは、聞き返した。
「だから、何か欲しいものはないのかと聞いている!」
「え……必要なものはすべて用意していただいていますし、とくには……」
するとグレアムは顔をしかめて、ため息をついた。
「何でもいい。何か言ってみろ。用意するから」
嫌々なその声を聞いて、エヴァンジェリンはピンときた。
「あの、もしかして……それは、サンディさんのご希望、とかですか……?」
そうでもなければ、グレアムが進んでエヴァンジェリンに余計なものを与えるなど、考えられない。
案の定、グレアムは不服げにうなずいた。
「……そうだ。やっかいな事だが、彼女は事情を知らない。一般常識にあてはめれば、俺はモラハラDV気質の事故物件だそうだ」
「??なんて?」
その単語の意味がよくわからなかったエヴァンジェリンは首をかしげた。
「つまり彼女には、俺はか弱い婚約者がいながら他の女を口説くようなクズに見えてしまっているというわけだ」
「……は、はぁ」
否定も肯定もしづらくて、エヴァンジェリンはとりあえず曖昧にうなずいた。
「たしかに、何も知らなければ……そう見えてしまうのもやむなし……でしょうか」
するとグレアムは頭をかかえた。
「これはすべて、ココを救うためにやっているというのに……っ」
いつもは冷徹なグレアムだが、ココの事となるとその鉄壁の仮面も崩れる。エヴァンジェリンは控えめに提案してみた。
「あの、それなら……とりあえず婚約破棄をする、というのはどうでしょう」
「は?」
怪訝に聞き返される。
「私たちの婚約は、あくまで方便でしょう。入学して5年もたった今なら、もうその方便を使わなくてもいいのではないでしょうか」
ふん、とグレアムがそれを一蹴した。
「なら、俺たちが毎晩同衾するのをどう説明するんだ」
「で、でも、一緒に寝ている事自体がバレているわけじゃありませんし、ココさんにも知らせなければいいじゃないですか。別にやましい事をしているわけではないし、婚約を解消すれば、サンディさんもまた、グレアム様とよりを戻すかも……」
しかしグレアムはその言葉をさえぎった。
「却下だ。話にならないな。お前が今まで学園で無事に過ごせたのは、俺との婚約のおかげだとわからないのか」
「えっ……?」
「俺のものだから、誰もお前に手出ししなかったんだ。今婚約を解消すれば、ディック・イーストみたいなやつが次々湧いて出てくるだろう。お前、一人で対処できるか?」
そう言われると、ぐうの音も出ない。
エヴァンジェリンはディック・イーストに勝てず、グレアムに助け出されたのだから。
「トールギス家には敵も多い。お前はまだ危なっかしいし、とうてい婚約破棄はできない。好む好まざると、俺とお前は来年のその時まで一蓮托生だ」
「わ……わかりました。短絡的な事を言って、すみません」
「そうだ、まったく……」
やれやれと首を振る彼に、エヴァンジェリンはせめてもの慰めを言った。
「全てが終わったその時には――どうぞ本当のことをサンディさんにお話しください。わたしはサンディさんのための存在だったのだと」
するとグレアムは一瞬、ぐっと唇を噛んで顔をしかめた。
「――言われなくても。それで、何かないのか」
「えっ」
「だから、欲しいものだ!」
苛々そう言うグレアムを前に、エヴァンジェリンは困惑した。
「あの、だから、とくにありません」
「それじゃ困るんだ。お前が俺にいじめられていると、ココは思い込んでいるから」
「はぁ……」
「もっとお前に優しくしろ、ときつく言われた」
それで何かものを与えたい、ということか。
ココの気遣いは至極まっとうなのかもしれないが、とつぜんグレアムにそんな事を言われても、困る。
「早く決めろ。10秒以内だ」
しかしグレアムが苛々しながら数を数え始めたので、エヴァンジェリンは慌てて考え始めた。
(どうしよう! 私、欲しいものなんてないのに!)
着るものも済む場所も困っていない。
自分もピィピィも、一日分のバナナはたっぷりもらっている。
(そうだ、ピィピィ)
そこでエヴァンジェリンはひらめいた。
「もし可能なら――バナナの木が、ほしいです」
「は?木?」
聞き返したグレアムに、エヴァンジェリンは説明した。
「私がいなくなっても、ピィピィが食べ物に困らないように、今から育てておきたいんです」
その言葉に、グレアムはなぜかはっと目を見開いた。紫の虹彩が、きゅっと細くなって色が濃くなる。
――アメジストの結晶みたいだ。
無感動にそう思っていると、グレアムは咳払いをして、うなずいた。
「……わかった。用意しよう」
「え……いいんですか?」
「なんでもと言っただろう」
まさか本当に希望が通るとは思っていなかったので、素直に嬉しい。
ぱっと顔も心も明るくなる。
「ありがとうございます……!」
「別にお前のためじゃない」
そう言って、グレアムはエヴァンジェリンの部屋を去った。
「よかった、ピィピィ。私たち、木からバナナを取る練習をしないと」
嬉し気にそう言うエヴァンジェリンを見て、ピィピィはくるると喉をならした。
「ココ……どうか、やり直させてくれないか」
「お断りです」
真摯に頼み込むグレアムを、ココはふいと顔を背けて拒否する。
教室の真ん前の席でそれを見せられているエヴァンジェリンは、笑ったほうがいいのか悲しんだほうがいいのかよくわからない気持ちで二人を見ていた。
(グレアム様……可哀想に)
しかし、エヴァンジェリンに対しては強気なグレアムが、ココに冷たくあしらわれてなすすべもないのは、見ていてなんだか――
(いい気味、じゃないけど、ちょっとスッとするような)
しかしそれを顔には出さず、あくまで無表情を装って、エヴァンジェリンは先生が来るまで予習していようと教科書を開いた。
「隣、いい?」
少しためらいがちな声がして、エヴァンジェリンはちらりと隣を見た。
アレックスが、そこに立っていた。
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