【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい

小達出みかん

文字の大きさ
上 下
9 / 65

夫婦喧嘩

しおりを挟む
そう気が付いたエヴァンジェリンの目をみて、くくくと押し殺したようにディックは嗤った。



「くく――その通りだよ。本当は、もっとココをひどい目に遭わせて、君たちの仲を完全に裂いてから――俺は紳士的に君とお付き合いを開始して、味方に引き込むつもりだったんだけど。こうなったからには仕方ない」



「わ、私を……どうする、つもり」



 ディックの目に、キラリと残酷な光が浮く。



「君の事は、ずっと疑っていたんだよ――婚約者だっていうのに、なんだか君たちはぎこちない。トールギスは君を愛しているようには見えないのに、君たちはいつも一緒にいて、こそこそしている。君たちには何か大きな秘密がある。だろう?」



 もう力の入らないエヴァンジェリンの胸に、ディックが手を押し当てる。



「でもまさか、あの呪いが君に効くなんてね。成績は首席だけど、君は意外に弱かったんだね。こんな事なら、さっさと呪っておけばよかった」



 動けないエヴァンジェリンの胸の上で、彼の手が蠢く。



「さぁ、俺の目玉の呪いが君の心臓を食う前に――トールギスと君の秘密を、教えて?」



 それだけは――できない。逃げないと。

 でも――どうやって?

 エヴァンジェリンは切れ切れの言葉で言いかえすのが精いっぱいだった。



「こんな、こと……バレたら、あなたは退学、よ……。やめて……」

 

 しかしディックは聞き入れるどころか嘲笑った。



「大丈夫さ。バレないようにうまくやるから」



「おねがい、やめ……て。な、んで、そんなに……グレアム様、を」



 グレアムが、彼になにをしたって言うんだろう。ただ家どうし仲が悪いというだけで。

 するとディックは、初めて声を荒げた。



「なんで、って……当たり前だろう!あいつの家のせいで、俺の家はずっと割を食ってるんだ! イースト家よりも後にのしあがったくせに、偉そうにあれこれ決まりをつくって、何でも禁止、禁止って……!」



 ディックの手が、エヴァンジェリンの顎を掴む。



「禁止しておきながら、自分は禁忌に手を染めているなんてね……! 本当に、トールギスのやつらはやり方が汚い」



 バレている――。蒼白になるエヴァンジェリンに、ディックは迫った。



「さぁ、君の口から告白するんだ。僕の知りたい事を」



 エヴァンジェリンは必死で首を振った。



「そうか、そうか。それなら僕の目玉に君の心臓を解体してもらおう。そうすればはっきりする。君が実は――」



 その時、バンとものすごい音を立ててドアが開いた。



「そこまでだ」



 グレアムが短く叫んで、部屋に踏み込む。その瞬間、すでにディックは捕縛魔術をかけられて床に倒れていた。



「くっ……トールギス!」



 冷酷な表情のまま、グレアムはディックに近づき、手のひらをかざした。黄緑色の光が滴るように、ディックの額に落ちて沁み込んでいく。



(あ……忘れの魔術……!)



 ディックの記憶を消せば、エヴァンジェリンの正体はバレない。エヴァンジェリンはそれに気が付いて、思わず肩の力が抜けた。



「くそ……汚い、手を……」



 これ以上ないほど悔し気に、ディックの顔が歪む。同じように床に倒れている彼の顔が次第に緩み――そして目を閉じた。



(よかった。術、ちゃんと効いたのね……)



 グレアムのすることだ、ぬかりはないだろう。すでに声も出ず、呪いに体を食い荒らされて限界を迎えていたエヴァンジェリンの意識は、ここでふっと途切れたのだった。







「起きたか――エヴァンジェリン」



 冷静な声が上から降ってきて、エヴァンジェリンははっと目を覚ました。

 横になっている自室のベットの傍らに、グレアムが座っていた。



「グ――グレアム様。私は……」



 慌てて起き上がったエヴァンジェリンに、グレアムは淡々と説明した。



「呪いは取り除いて、身体の中も修復してある。具合はどうだ」



「ええ、痛みもなにもありません……あの、イーストさんは」



 一番気になっている事に、グレアムは簡潔に答えた。



「禁制品持ち込みと傷害のかどで、しばらくの間、停学だそうだ。もちろん、まずい記憶は消しておいた」



「そう、ですか……」



「お前ではなく、奴がココに嫌がらせを行っていたことも、すべて公になった。だからお前は、これまで通りに過ごしてくれ」



 その言葉に、エヴァンジェリンははじかれたように顔を上げた。



「グレアム様は……ご、ご存じだったのですか。私が、犯人じゃないって……!」



 すると彼は、あっさりうなずいた。



「ああ。当たり前だろう」



 淡々としたその声を聞いて、エヴァンジェリンは喉が詰まったようになった。



「そ、それなら……なんで……」



 皆と一緒になって、私を責めたんですか。ただの一度も助けてくれなかったんですか――。

 言葉を詰まらせたエヴァンジェリンに、彼はうんざりしたように首を振った。



「あのイーストが、お前に目をつけてちょっかいをかけているのは前々からわかっていた。

俺とお前を仲たがいさせて、お前を篭絡でもして秘密を聞き出すつもりだったんだろう」



 そんなこともわからないのか、というような目だった。



「鬱陶しかったから、騙されたふりをして泳がせていた。確実な証拠が出てから動こうと。だから俺は、お前に余計な事をするなと言っただろう」



「で――でも、それでココさんは、危ない目に! なんとも思わなかったんですか」



 おもわずそう責めるエヴァンジェリンを、グレアムは睨んだ。



「思わないわけがないだろう。だから温室で俺がクロハガネをつかまえて、証拠をつかもうと思ったのに――お前が邪魔をして、台無しになるし」



「それなら、なぜ……あの時にそう言ってくれなかったんですか。そしたら私は、今日ココさんの箱に手を出したりしないで、グレアム様にお任せしていました!」



 ココは震える声で訴えたが、グレアムはびくともしない。



「お前は嘘をつくのが下手だからな。俺とお前が連携すれば、お前の態度からすぐにあいつは気が付くだろう。俺があいつを故意に泳がせていることもばれる。そうすれば、あいつは警戒して尻尾を出さなくなる」



 ふぅ、とめんどうそうにグレアムはため息をついた。



「俺はこんな下らない事にかかわっている暇はないんだ。どうでもいい争いは、さっさと終わりにしたかった。以上が理由だ。わかったか?」



 きっぱりとそう言い切られ――エヴァンジェリンは、うなずくしかなかった。

 けれど一言だけ、絞り出すように言った。



「グレアム様のために、努力はしておりますが……今回は、つ……辛かったです。クラスの皆に嫌われて、良く知らない人にまで責められて……。グレアム様の計画はわかりましたが、せめて何か、一言でも言ってほしかった、です」



「だから、お前が犯人ではないと皆には報せた。もうお前を叩く奴もいないだろう」



(そういう事じゃなくて……!)



 あの時庇ってくれなかったのは、ディックを捕まえるためだったから仕方がないにしても。



(せめて……そのあとでもよかったから、一言フォローが欲しかったです……)



 しかし、エヴァンジェリンはその言葉をぐっと呑みこんだ。

 

(ダメ。きっと何を言っても、人形がバカなことを、って思われるだけだ)

 

 悲しいとか、嬉しいとか――そういった感情をエヴァンジェリンが表に出すのを、彼は認めないのだ。ないものとして扱っている。

 命令口調で、グレアムは言った。



「引き続き、身体を休めろ。本調子でなければ、明日の授業は休むといい」



「はい……」



 諦めに、エヴァンジェリンの肩が落ちる。何も言わなくなったエヴァンジェリンを置いて、グレアムは部屋を出て行った。



 バタンと閉まるドアを見たあと、エヴァンジェリンはベッドの柱にもたれかかった。わりと強い呪いを解呪された後遺症のせいか、身体がだるい。



(お腹、すいたな……)



 バナナを、窓辺に出しておかなかった……。そう思いながら、エヴァンジェリンは諦めて目を閉じた。



(いいや、つかれた。明日の朝は……甘くないバナナを食べよう)
しおりを挟む
感想 67

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】公爵家の妾腹の子ですが、義母となった公爵夫人が優しすぎます!

ましゅぺちーの
恋愛
リデルはヴォルシュタイン王国の名門貴族ベルクォーツ公爵の血を引いている。 しかし彼女は正妻の子ではなく愛人の子だった。 父は自分に無関心で母は父の寵愛を失ったことで荒れていた。 そんな中、母が亡くなりリデルは父公爵に引き取られ本邸へと行くことになる そこで出会ったのが父公爵の正妻であり、義母となった公爵夫人シルフィーラだった。 彼女は愛人の子だというのにリデルを冷遇することなく、母の愛というものを教えてくれた。 リデルは虐げられているシルフィーラを守り抜き、幸せにすることを決意する。 しかし本邸にはリデルの他にも父公爵の愛人の子がいて――? 「愛するお義母様を幸せにします!」 愛する義母を守るために奮闘するリデル。そうしているうちに腹違いの兄弟たちの、公爵の愛人だった実母の、そして父公爵の知られざる秘密が次々と明らかになって――!? ヒロインが愛する義母のために強く逞しい女となり、結果的には皆に愛されるようになる物語です! 完結まで執筆済みです! 小説家になろう様にも投稿しています。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

処理中です...