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うまくいかない、なにもかも
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エヴァンジェリンは立ち上がって、隣の修練室へと向かった。
ピィピィのためにも、グレアムの言いつけ通りに自分の力を鍛えなくてはいけない。
(なにしろ、来年の今ごろには、ココさんもこの学園も――)
ココも生徒たちも、森の中からやってくる『呪い』に殺されてしまうそうだ。抵抗もむなしく、グレアムも呪いに殺されるところで――なぜか、時間が巻き戻り、気が付いたら、学園入学前の自分になっていたのだという。
愛しい恋人の死を目の当たりにしたグレアムは、それからココを救うための方法を必死に探してきた。
そしてたどり着いた方法が、ホムンクルスを作る事だった。
森からやってきた『呪い』は人間にしか作用しない。だから、その呪いを潰してココを救うためには、人間でない存在を作って、呪いに立ち向かわせるしかなかった。
(禁忌の魔術に対抗するにはは、同じ禁忌の魔術、というわけ)
ホムンクルスを作る事は、今の魔法界では固く禁じられている。グレアムは少ない参考文献を必死に読み漁り、理論を構築し、実際にエヴァンジェリンを作り上げた。
しかしエヴァンジェリンは体も弱く、最初は言葉もろくにしゃべれない出来損ないだった。それをグレアムは根気よく魔力供給をし、言葉を教え、呪いとの戦いに備えて魔術を身につけられるよう、一緒にこの学園へと入学した。
グレアムは、とても慎重に事を進めていた。エヴァンジェリンが禁忌の産物だと疑われないよう、自身の婚約者に仕立て上げ、クラスに友人をつくる事を禁じた。
『婚約者』であれば、頻繁に一緒にいても、多少束縛が激しくても、あまり疑われずに済む。
そういう理由で、エヴァンジェリンは表向きは『婚約者』として扱われていたのだった。
グレアムが下した謹慎の期間が終わり、エヴァンジェリンは数日ぶりに教室へと顔を出すことになった。
(まだ……アレックスさんやココさんが怒っていたら、どうしよう)
その不安はあったが、エヴァンジェリンは逆に彼女から目を離さないようにしようと決めていた。
(ココさんに本当に嫌がらせをしているのが誰か……見つけたい)
どういう目的か知らないが、かなり悪質な行為を繰り返している。自分がこれ以上疑われないためにも、そしてココやグレアムの安全のためにも、犯人をちゃんと見つけたい。
(だって、これ以上ココさんに何かあったら……グレアム様は、今度こそ私を捨てるかもしれないもの)
かかわるなと言われているが、真犯人が別にいることを知っているのはココだけなのだ。一体誰がどんな目的でいやがらせをしているのか、確認だけでもしないと。
そう決意しながら、エヴァンジェリンは一限目の授業がある温室へと向かい、ココとグレアムからやや近い場所に陣取った。
(ここなら、ココさんが良く見えるわ)
「みなさん、今日はキツネツグミの実を収穫して、雄と雌に選別してもらいます。見分け方と注意点がわかる人は?はい、ミス・サンディ」
ココがまっさきに手を上げる。彼女の故郷の地方は緑が豊富で、薬草や魔法動物に詳しいらしい。
「キツネツグミの実の雌雄は、色で見分けられます。黄色に近いものが雄、赤色に近いものが雌です。注意点は、害虫が付きやすい事です。キツネツグミの実に擬態しているやっかいなものもあります。が、基本的には害虫除けのスプレー薬で無効化できます」
その説明に、先生はうなずいた。
「その通り。特にクロハガネの幼虫には注意して。見つけたらすぐに私を呼ぶこと。とても攻撃的な虫で、最悪、指をかみきられます」
それを聞いた生徒たちの間に、緊張が広がる。
エヴァンジェリンも、虫は正直、得意ではない――。が、先生の言う通りに、作業に当たる。キツネツグミの実はふわふわで可愛らしいが、その周りにはびっしりアブラムシがついていたりして、楽しい作業とはいいがたい。ついでにミミズや毛虫も顔を覗かせる。
(うう……て、手袋越しでも怖い)
そう思いながら、エヴァンジェリンはちらりと斜め前のココの様子を伺い見た。彼女はエヴァンジェリンと違って、いきいきと楽しそうに作業に当たっている。隣のグレアムも笑顔だ。
(私も早く、自分の分を収穫しちゃわないと……)
しかしその時。ココが収穫しようとしている実の後ろで、何かがキラリと光るのが見えた。
小さいけど、黒い鋼のような羽と鋭い歯。あれは――
(クロハガネの、成虫!? なんでこんな所に!)
危険さは幼虫の比ではない。もしかまれたら、病院待ったなしだ。
先生を呼んでいる暇はない。エヴァンジェリンは考えるより早く、手持ちの害虫スプレーを斜め前に向けて噴射していた。
「きゃっ!? なに……ッ!?」
あたりが赤色の霧につつまれる。スプレーが突然放たれて、ココは驚いたような声を上げた。
しかしその瞬間、怒ったクロハガネは攻撃をしてきた相手、エヴァンジェリンの方へと飛んできた。
(っ……!)
とっさの事で避けられず、クロハガネはスプレーを持つエヴァンジェリンの手に嚙みついた。
(痛っ……! でも、ダメよ。ここで仕留めないと!)
痛みも傷もなんのその。だってエヴァンジェリンはずっと、ココの代わりに死ぬ訓練をしているのだから。
エヴァンジェリンはひるまず薬の噴射を続け、もう片方の手で魔術を放った。
(≪滅せよ!≫)
エヴァンジェリンの手から、魔術の光が発される。凶悪だが小さいクロハガネは、為す術もなくその体を塵に変えて散った。
そしてスプレーの赤い霧が晴れた時には、手から血を流すエヴァンジェリンだけが残された。
「ミス・ハダリー! 一体どうしたというのですか」
慌てて駆け付けた先生が、エヴァンジェリンを問い詰める。
斜め前のココは、疑い深い視線でエヴァンジェリンを見ていた。グレアムも不機嫌そうに、眉をひそめてこちらを見ている。
(あ……私また、ココさんにいじわるしたって……思われて、る……?)
ピィピィのためにも、グレアムの言いつけ通りに自分の力を鍛えなくてはいけない。
(なにしろ、来年の今ごろには、ココさんもこの学園も――)
ココも生徒たちも、森の中からやってくる『呪い』に殺されてしまうそうだ。抵抗もむなしく、グレアムも呪いに殺されるところで――なぜか、時間が巻き戻り、気が付いたら、学園入学前の自分になっていたのだという。
愛しい恋人の死を目の当たりにしたグレアムは、それからココを救うための方法を必死に探してきた。
そしてたどり着いた方法が、ホムンクルスを作る事だった。
森からやってきた『呪い』は人間にしか作用しない。だから、その呪いを潰してココを救うためには、人間でない存在を作って、呪いに立ち向かわせるしかなかった。
(禁忌の魔術に対抗するにはは、同じ禁忌の魔術、というわけ)
ホムンクルスを作る事は、今の魔法界では固く禁じられている。グレアムは少ない参考文献を必死に読み漁り、理論を構築し、実際にエヴァンジェリンを作り上げた。
しかしエヴァンジェリンは体も弱く、最初は言葉もろくにしゃべれない出来損ないだった。それをグレアムは根気よく魔力供給をし、言葉を教え、呪いとの戦いに備えて魔術を身につけられるよう、一緒にこの学園へと入学した。
グレアムは、とても慎重に事を進めていた。エヴァンジェリンが禁忌の産物だと疑われないよう、自身の婚約者に仕立て上げ、クラスに友人をつくる事を禁じた。
『婚約者』であれば、頻繁に一緒にいても、多少束縛が激しくても、あまり疑われずに済む。
そういう理由で、エヴァンジェリンは表向きは『婚約者』として扱われていたのだった。
グレアムが下した謹慎の期間が終わり、エヴァンジェリンは数日ぶりに教室へと顔を出すことになった。
(まだ……アレックスさんやココさんが怒っていたら、どうしよう)
その不安はあったが、エヴァンジェリンは逆に彼女から目を離さないようにしようと決めていた。
(ココさんに本当に嫌がらせをしているのが誰か……見つけたい)
どういう目的か知らないが、かなり悪質な行為を繰り返している。自分がこれ以上疑われないためにも、そしてココやグレアムの安全のためにも、犯人をちゃんと見つけたい。
(だって、これ以上ココさんに何かあったら……グレアム様は、今度こそ私を捨てるかもしれないもの)
かかわるなと言われているが、真犯人が別にいることを知っているのはココだけなのだ。一体誰がどんな目的でいやがらせをしているのか、確認だけでもしないと。
そう決意しながら、エヴァンジェリンは一限目の授業がある温室へと向かい、ココとグレアムからやや近い場所に陣取った。
(ここなら、ココさんが良く見えるわ)
「みなさん、今日はキツネツグミの実を収穫して、雄と雌に選別してもらいます。見分け方と注意点がわかる人は?はい、ミス・サンディ」
ココがまっさきに手を上げる。彼女の故郷の地方は緑が豊富で、薬草や魔法動物に詳しいらしい。
「キツネツグミの実の雌雄は、色で見分けられます。黄色に近いものが雄、赤色に近いものが雌です。注意点は、害虫が付きやすい事です。キツネツグミの実に擬態しているやっかいなものもあります。が、基本的には害虫除けのスプレー薬で無効化できます」
その説明に、先生はうなずいた。
「その通り。特にクロハガネの幼虫には注意して。見つけたらすぐに私を呼ぶこと。とても攻撃的な虫で、最悪、指をかみきられます」
それを聞いた生徒たちの間に、緊張が広がる。
エヴァンジェリンも、虫は正直、得意ではない――。が、先生の言う通りに、作業に当たる。キツネツグミの実はふわふわで可愛らしいが、その周りにはびっしりアブラムシがついていたりして、楽しい作業とはいいがたい。ついでにミミズや毛虫も顔を覗かせる。
(うう……て、手袋越しでも怖い)
そう思いながら、エヴァンジェリンはちらりと斜め前のココの様子を伺い見た。彼女はエヴァンジェリンと違って、いきいきと楽しそうに作業に当たっている。隣のグレアムも笑顔だ。
(私も早く、自分の分を収穫しちゃわないと……)
しかしその時。ココが収穫しようとしている実の後ろで、何かがキラリと光るのが見えた。
小さいけど、黒い鋼のような羽と鋭い歯。あれは――
(クロハガネの、成虫!? なんでこんな所に!)
危険さは幼虫の比ではない。もしかまれたら、病院待ったなしだ。
先生を呼んでいる暇はない。エヴァンジェリンは考えるより早く、手持ちの害虫スプレーを斜め前に向けて噴射していた。
「きゃっ!? なに……ッ!?」
あたりが赤色の霧につつまれる。スプレーが突然放たれて、ココは驚いたような声を上げた。
しかしその瞬間、怒ったクロハガネは攻撃をしてきた相手、エヴァンジェリンの方へと飛んできた。
(っ……!)
とっさの事で避けられず、クロハガネはスプレーを持つエヴァンジェリンの手に嚙みついた。
(痛っ……! でも、ダメよ。ここで仕留めないと!)
痛みも傷もなんのその。だってエヴァンジェリンはずっと、ココの代わりに死ぬ訓練をしているのだから。
エヴァンジェリンはひるまず薬の噴射を続け、もう片方の手で魔術を放った。
(≪滅せよ!≫)
エヴァンジェリンの手から、魔術の光が発される。凶悪だが小さいクロハガネは、為す術もなくその体を塵に変えて散った。
そしてスプレーの赤い霧が晴れた時には、手から血を流すエヴァンジェリンだけが残された。
「ミス・ハダリー! 一体どうしたというのですか」
慌てて駆け付けた先生が、エヴァンジェリンを問い詰める。
斜め前のココは、疑い深い視線でエヴァンジェリンを見ていた。グレアムも不機嫌そうに、眉をひそめてこちらを見ている。
(あ……私また、ココさんにいじわるしたって……思われて、る……?)
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