ひどい目

小達出みかん

文字の大きさ
上 下
52 / 54

大空を求めて(11)

しおりを挟む
松風は、梓に語りながら水芽の面影を思い出していた。


「男の私は母の遊女が死んですぐ、下級の見世へ奉公へ出されました。奉公というと聞こえがいいですが、実質投げ売りされたのと同じでした。・・・あの時は、水芽を恨みましたよ。彼女が生まれたせいで、私はワリを食った、とね」


 そう、私は彼女を一生許さないだろう。その息子も逃がすものか。・・・・だが、そんな表情は露ほども出さず、涼しい顔で松風目の前の梓に話しを続けた。


「そのまま時がたち、彼女は見世の思惑どおりに人気の遊女になりました。ところがそんな人気絶頂のとき、彼女が私を訪ねてきたのです・・・。不審に思って話をきくと、子どもがおなかにいる、誰の子かわからない。こんな生き方はもういやだ・・・というのです」


 梓はすっかり松風の話しに夢中になっていた。松風は語りながら内心でほくそ笑んだ。松風の話をやすやすと信じ込むバカさ加減は、まったく母親ゆずりだ。


「そしてこの町で頼れるのは、唯一の肉親である私だけだと泣きつかれました。そこで私は・・・今では考えられないほどおろかでしたからね・・・彼女を連れて逃げようとしました。あとは、わかるでしょう?」


「・・・・お前も、足抜け経験者だったのかよ・・・」


 梓は信じられない思いでつぶやいた。


「私はつかまり、罰を受けました。私が仕置きで半死半生なのをいいことに、水芽は、すべて罪をかぶせました。彼が私を無理やりさらって逃げた、とね」


「そんな・・・うそだろ・・・」


「そして彼女はあなたを産んでのうのうと金持ちに身請けされることになりました。なので私は最後に、彼女に要求したのです。唯一に肉親に対する仕打ちがこれか、と。せめて誠意を見せろとね」


 そして松風は衝撃を受けている梓にとどめをさした。


「すると、彼女は、あなたを差し出して好きにしていいといったのです。育てればきっと稼ぐ子になるだろうと。うそでない証拠に、こうして証文もあります」


 松風はふところから古びた紙を取り出し、それを広げた。




「 この子どもを、松風のものとします

  私、水芽は今後一切この子に関わらないことを約束します 」

 

 急いで書いたものなのか、字は乱れて墨がところどころ跳ねている。梓は食い入るようにその書面を見つめた。


「これでわかりましたか?あなたは一生、私のものだという事が」


 勝ち誇って宣言する松風に、梓は何も言い返せなかった。


「さあ、そこで盗み聞きしている2人も!おとなしく出てきなさい」


 外で固唾をんでいた千寿たちはギクっとした。


「ど、どうしましょう、ししょ・・・・って・・・・・・!」


 千寿は隣をふり見て絶句した。


「いない・・・・!」


 師匠はいつのまにかいなくなっていた。


(自由すぎる・・・・!)


 頭を抱える千寿に、菊染が耳打ちした。


「きっと先生は何か腹があるんだ。だからここは時間稼ぎしよう。」







「ふん、そこにいるのはわかっていましたよ」


 座敷へ入ってきた2人に松風は冷たく言い捨てた。


「菊染、あなたもバカですね。とっとと逃げればよかったものを。もう目こぼししませんからね」


「ああ。おとといきやがれだ」


「松風、そんなひどい取引、今でも有効なんですか」


 千寿はできるだけ冷静に切り出した。今の松風の身の上話に、多少動揺していた。


「あなたに関係ありません・・・ま、いいでしょう」


 松風は小バカにして言った。


「世間知らずのあなたにも教えてあげましょう。この文書は、梓の母が、私に梓をくれたという証明なのです。2人の間の合意があるかぎり、この文書を破ろうが梓が抵抗しようがその取り決めは続くのです。それが証文というものなのですよ」


 千寿は反論した。


「でも・・・でも梓はものじゃない!人です!」


「だまらっしゃい。千寿、あなた自分の立場がわかっているのですか?いますぐ木に縛り付けてもいいのですよ、この間みたいにね」


 菊染は目で彼女を制した。そうだ、彼を逆上させてはいけない。あくまで時間稼ぎをしなくては・・・。千寿は神妙な面持ちを作った。このまま松風がしゃべり続けるよう仕向けなければ。


「それは承知しています・・・ですが、梓は借金はすべて返したと。それは事実なのでしょう?」


「困ったものですね、梓。あなたそんな話を吹聴してまわっていたのですか」


 松風は梓に矛先を向けた。その言葉が耳に入っているのかいないのか、梓は唇をかんでうつむしている。先ほどの話にかなりの衝撃を受けているようだった。


「誤解があるようですが、水芽は私に金など借りていません。あれは売れっ子でしたからね。出産費用は客に借りていたようですよ。どうせ話は聞いていたんでしょう?ならわかりますよね。彼の借金は、金ではないのです。」


 あんまりな言葉に、千寿はがまんできず再びくってかかった。


「そんな・・・そんなの理不尽です!それでは梓は一生、あなたの奴隷と変わらないじゃないですか!」


「何をおろかな事を。借りたものを返すまでは、自由がないのは当たり前のこと。遊女とて同じではありませんか。金に縛られた奴隷ですよ」


「では梓はいつそれを返すことができるのですか?どこまで稼いだら、あなたは彼を自由にしてやるのですか!」

 松風は黙った。それは不気味な沈黙だった。あせった菊染は再び千寿を止めようとしたが、間に合わなかった。



「それは本来なら、彼の母に返してもらうべきものではないのですか!?行って、その女性と交渉すべきです!梓にすべてを負わせるのは、どう考えてもおかしいです!」


 やばい、と菊染が思った瞬間、すばやい平手が千寿の頬に飛んだ。あまりの力に、千寿は畳の上に勢いよくたおれた。


「千寿!」


 菊染めが千寿を助け起こした。


「てめぇ!」


 それと同時に梓が松風につかみかかった。


 しかし松風はそれをあっさりかわし、逆に梓の足を払った。


「っ・・・」


 梓は体勢をくずし、手をついた。


「・・・・けんかの下手さは相変わらずですね」

 梓に馬乗りになった松風の横顔はぞっとするほど歪んでいた。千寿はその顔の上に口の裂け上がった般若を見た気がした。あまりの迫力に、千寿も菊染も動けない。



「なぜそう逃げようとするのです・・・?あなたを育てたのはこの私。もっと感謝すべきではないですか?」


「はっ!お前が親だなんて思ったこと、一度もねえよ。早く逃げたいって、そればっか思ってたぜ。お前が渚を殺した時からな」


 言い返す梓の言葉には、ありありと憎しみがこめられていた。


「渚・・・千寿・・・・なぜ・・・・」


 そう言い。松風は梓の首に手のばした。


「っ・・・殺すつもりかよ。ああ、やれよ。渚にやったようにな!」


 梓はなおも憎まれ口を叩いた。


「やめろっ・・・・!」


「梓!!」


 2人が止めようと走りよった瞬間、パン!と威勢よく襖があいた。


「そこまでだよ!」


 明らかに寝起きの灯紫と、その後ろには師匠が立っていた。


「まったく、朝からさわいでくれて。松風」


 灯紫は松風へ視線を向けた。


「とりあえず、梓から下りたらどうだい」


 並んでいる2人を見てすべて察したのか、松風は千寿を見て憎憎しくつぶやいた。


「私をハメましたね、千寿」


「おや、先に私をハメようとしたのはそちらでしょう。しかし・・・・あんな男一人でどうにかできると思われたとは。私も舐められたものです」


 千寿がこたえる前に、筝琴がそう言い返した。


「・・・結局こんなことになっちまって、すまなかったね。」


 灯紫はそう言いながら梓を助けおこした。


「たしかに早朝からお騒がせしましたが、足抜けしようとした彼を止めたまでです。灯紫様はどうぞ、部屋にお戻り下さい」


 松風は先ほどの事などなかったかのように落ち着き払って灯紫をけん制した。

 灯紫はそれを聞いてハアとため息をついた。


「梓に出て行ってもいいって言ったのは私だよ。だから、良いんだよ」


「なぜ、そのような事を?勝手をされてはこまります」


 松風は眉を寄せ、灯紫を問いただした。


「はぁ~~・・・・」


 灯紫は先ほどより盛大にため息をついた。だがこれも、自分の読みが甘かったせい。そう思った灯紫は意を決した。


「あんたの言い分は、今先生から聞いたよ。水芽との間で交わした証文があるんだろ」


「ええ。これは私と彼女の間の契約です。なので手出しは無用です」


 松風ははっきりと言った。


「あんたには、梓が出て行ってから穏便に話しを切り出そうと思ってたんだけどね・・・こうなっちゃ仕方ない」


 灯紫は懐から紙束を取り出した。


「これ、彼女からの手紙。私がごちゃごちゃ説明するより手っ取り早いから、読み上げるよ」


 一同がぽかんとする中、灯紫は読み出した。


「拝啓、灯紫さま。春もふかまってきましたこのごろ、いかがお過ごしでしょうか。

突然このように手紙を出す無礼をおゆるしくださいね。・・・最近、よくあなたと過ごした時間を思い出すのです。思えばあなたは、唯一の友でした。

私は今、死の床についています」


 そこで松風が身じろいだ。どんな手紙か悟ったらしい。


「男たち。ぼさっとしてないで松風をおさえていておくれ。逃げ出すかもしれないからね」


 筝琴が一番に動き、続いて梓、菊染ががっちり松風を包囲した。


「っ・・・うっとうしいですよ、お放しなさい」


 3人に抑えられては、さすがの松風も身動きできない。


「ダメだよ。こうなったからには、あんたにもしっかり聞いてもらうからね」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】

階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、 屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話 _________________________________ 【登場人物】 ・アオイ 昨日初彼氏ができた。 初デートの後、そのまま監禁される。 面食い。 ・ヒナタ アオイの彼氏。 お金持ちでイケメン。 アオイを自身の屋敷に監禁する。 ・カイト 泥棒。 ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。 アオイに協力する。 _________________________________ 【あらすじ】 彼氏との初デートを楽しんだアオイ。 彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。 目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。 色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。 だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。 ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。 果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!? _________________________________ 7話くらいで終わらせます。 短いです。 途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

蛇神様の花わずらい~逆ハー溺愛新婚生活~

ここのえ
恋愛
※ベッドシーン多めで複数プレイなどありますのでご注意ください。 蛇神様の巫女になった美鎖(ミサ)は、同時に三人の蛇神様と結婚することに。 優しくて頼りになる雪影(ユキカゲ)。 ぶっきらぼうで照れ屋な暗夜(アンヤ)。 神様になりたてで好奇心旺盛な穂波(ホナミ)。 三人の花嫁として、美鎖の新しい暮らしが始まる。 ※大人のケータイ官能小説さんに過去置いてあったものの修正版です ※ムーンライトノベルスさんでも公開しています

処理中です...