ひどい目

小達出みかん

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大空を求めて(6)

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「おい、どうしたんだ千寿。そんな黙り込んで」


 朝五ツ(8時)。空気はほどよい湿気を含んで瑞々しい。夏が近づきつつあった。

 そんなさわやかな朝、菊染と千寿は2人で裏茶屋へ向かっていた。


「だって・・・師匠に会うの、何年ぶりかと思うと・・・」


 千寿は動きがぎこちない。


「も、もし、期待はずれになったって思われたら・・・・幻滅されたらどうしよう・・・」


 菊染は千寿の背中をばしんと叩いた。


「なーにバカなこと言ってんだよ。そんな半端な気持ちなら、梓の企みになんか乗らないだろ」


「うん・・・そうだよね・・・」


 また、励まされてしまった。そう思った千寿は菊染のほうへ向き直った。


「そうだ、菊染・・・」


「な、なんだよ急に」


 真剣な千寿の様子に、菊染は身構えた。


「あ、あの・・・その・・・・」


「だからなんだよ!」


「えと・・・あ、ありがとうね」


「は?」


 千寿はすーっと深呼吸した。


「ずっと、お礼いいたかったの。遅くなっちゃったけど・・・・。菊染は、いつも私を元気付けてくれたし・・・・今も、梓と協力して私を助けてくれてる。」


 そっちかよ。なんとなく菊染はがっかりした。いや、期待した俺がバカだった。


「菊染?どうしたの」


「いや、どうもしねーけどさ・・・ハア、ったく」


 2人の間に、ふっと風がそよいだ。千寿の髪がさらさらと揺れる。菊染は思った。言うなら、今だ。しかし、この後におよんで菊染は強がってしまった。


「・・・・そんな、礼を言われるようなことしてねえよ」


「ううん・・・・夕那にふられた時も、夢政にいじめれれた時も・・・はげましてくれたじゃない」


「え・・・?ああ、あの時か・・・」


 数々の思い出が菊染の頭の中に浮かんだ。そういえばあの時、2人は体を重ねたんだっけか。あの日心の中に芽生えた気持ちは、今日もたしかに胸の中に息づいている。それを思い出すと自然と言葉が口をついて出た。


「千寿…好きだ」


「え・・・」


 突然のその一言に、千寿は目を見開いた。


「最初さ、お前のこと、嫌いだった。いや・・・羨んでた。俺はお前の舞に勝てるようなモノなんて、一つももってないから」


 あっけにとられている千寿を、菊染は面白そうに見つめた。


「なのにさ、お前、死にかけたネズミみてえだった。何度噛んでも、引っ掻いても反応なしで。俺はイラついたよ。俺に勝ったくせに何でって。」


「・・・なんで、そんな死にかけのネズミを好きになってくれたんですか」


 千寿は静かに聞いた。


「俺が怒ったら、お前ちょっと生き返っただろ」


 千寿は驚いた。あの時、彼がぶつけた素直な気持ちに触れて、たしかに千寿は救われた。それに菊染も気がついていたのか。


「だから・・・完全に生き返ったところを見てみてえなって、思ったんだ」


 そう言って、菊染は笑った。


「菊染・・・・」


 それを見て、千寿の頭にこれまでの出来事が次々と浮かんだ。いろいろな事があった。


 姫から遊女への転落。

 夢政という難しい客。

 乱暴な男たち。

 ゆきを受け入れた夜。

 純四朗が来て心をかき乱された日。

 夕那と別れて、死のうとまで思いつめたこと・・・・。


 そして、まだ生きていること。


「もう・・・・生き返りました。あなたの、おかげです」


 千寿の目から、一筋の涙が流れた。


 瑞々しい初夏の日差しの中、菊染はそっと彼女と唇を重ねた。







 裏茶屋に入ったら、玄関で梓が待っていた。


「よし、これで全員そろったな。先生が奥で待ってるぜ」


「ありがとう、梓、朝なのに・・・・」


「お前が早起きなんてな・・・」


 梓はむっとした顔をした。


「お前らなあ・・・誰のせいで。しかも遅いぞ。何してたんだよ」


 用心に越したことはない、と2手に別れて行こうと提案したのは梓だった。


「えっいやなにも」


 あわてた2人を見て、梓はピンときた。菊染のヤツ、とうとう言ったな。


「ふーん。ま、別にいいけど。行くぞ」


 3人は部屋へ向かった。


「いやー、あんたの師匠、かなりの男前だよなあ。びっくりしたぜ」


 梓が歩きつつ言う。


「えっ・・・あ、そうですよね」


 と、言いつつ千寿は上の空だった。先ほどの菊染の告白で忘れていた緊張がまたじわじわと復活してきた。


「お待たせしました、先生」


 梓が襖の前で立ち止まって、声をかけた。


「どうぞ、」


 襖が開いて、3人は中へと入った。


「し、師匠・・・・」


 彼は、ゆっくりと視線を上げた。


「撫子・・・・・・」


 2人はお互いをしっかりと見た。


「撫子、なのですね・・・・。生きて、また会えるとは」


 師匠はそっと目頭をおさえた。懐かしい優雅なその手の動き。


「し、師匠・・・お変わりなく・・・」


 千寿もつい、涙ぐんでしまった。しばし皆沈黙したが、梓が明るくその沈黙をやぶった。


「さっ、話しを始めようか?」


「ええ、そうしましょう、梓さん」


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