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第一部 高嶺の蝶

はぐれものふたりの

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昼休み。最近は暑くなってきたのでさすがの玲奈も自席に座って昼食をとる。メニューはいつも代わり映えしない。コンビニの紅茶と、栄養ゼリーだ。

 これらをごくごく飲みながら、参考書を片手に昼休みはあっという間に過ぎる。が、その日は違った。


「葦原さん」


「ん、なに?」


 隣の席の学が声をかけてきたので、玲奈は参考書から目を上げた。


「ちょっと教えてほしいんだけど・・・」


 学がそういってきたので玲奈は驚いた。


「いいよ、なに?」


「この設定なんだけど」


 学はそういってスマホを取り出した。が、その目が急にぎゅっと細められた。怒っている顔だ。


「どうしたの?・・・ああ」


 振り返ると、クラスメイトが悪意のある目でこちらを見て笑っていた。玲奈はちらりとそれを見てから立ち上がった。


「いこ。他んとこでお昼でも食べながら話そ」






 暑い季節が近づいてきているので、広い屋上には誰もいない。玲奈と学は壁際の影になっているところを選んで座った。


「あ、そんなことね。ここを・・そうそう、こうすれば大丈夫」


 玲奈はラインの通知の設定をオフにしてあげた。


「これで画面にトークは出ないよ」


「そうか、設定ページか・・・助かった」


「誰かに見られると困るの?」


「ああ・・親がな」


「そっか」


 彼もきっとわけありだろう。玲奈は深くは聞かず、ゼリーをちゅーっと吸った。


「あっついね・・・夏休み、三上くんはやっぱり夏期講習?」


「まぁ、そうだな。葦原さんは」


「うーん、バイトで忙しいかな」


「バイト?そんな事してて大丈夫なのか」


「・・・時間を見つけて勉強するしかないね」


 そういって玲奈は笑った。彼も、玲奈の事情を察した。


「そうか・・・悪い。無神経なこと言った」


「別にいいよ。そんなん」


 夏の入道雲の上に、飛行機雲の白い線がのびている。


「夏って感じだね・・・でも今年の夏休みは、クラスのみんな夏休みらしいことなしだろうね」


 進学校たるこの学校の3年生の夏休みは、みんな勉強漬けだろうから。そう思うと玲奈はわけもなくほっとした 

孤独な夏の夜。夏祭りの音も、花火の音を聞こえると訳もなく辛くなった。みんな楽しんでいるのに、自分はそこにいけない。世界からはじかれたような気持ちになる。


 だけど今年は、少なくともこの学校の3年生全員楽しみはお預けだ。そう思うといくらか辛さも緩和される。今年は一番平和な夏休みかもしれなかった。

 一方、学の見解はもっと悲惨だった。


「夏らしいことって、なんだ?」


「え、いくらでもあるじゃん?プールとか、花火とか、カキ氷とか・・・」


「・・・よくわからないな。どれも経験がない」


「そうなの?!」


「学校の水泳以外プールで泳いだことはない。花火も近くで見たことはないし、カキ氷も食べたことがない」


「えー!?」


 さすがの玲奈も驚いた。だが学はクールに言った。


「俺は、施設育ちだから」


「え」


「今の両親に引きとられたのは、小学校高学年だ」


 そこで玲奈は、理解した。なぜ彼に同じ孤独を感じるのか。


「私も、似たようなもんだよ。家族はいなくて。いろんな所転々として、今は親戚に面倒みてもらってる」


 それを聞いて、学は少し微笑んだ。少しだけ。


「そうか・・・」


「でも高校でたら、一人暮らししたくてさ。だから国立狙ってるんだ・・・自力で通うには、私立は高いからさ。学くんは?」


「一人暮らしか・・・考えたことなかった」


 母からの支配は、高校を出ようが大学を出ようがずっと続くのだと思っていた。が、そういう可能性もあるのかと思うとふと学の心は日が差したように明るくなった。


「三上くんも私と同じで国立狙いでしょ?頑張ればギリ、親の援助なしでも一人暮らしできないかな?」


 親の援助なしで。そう考えると学の気持ちは軽くなった。戒められた鎖をほどかれて、羽が生えたように。だが。


「資金がいるな・・・」


 玲奈は笑っていった。


「うちら2人でルームシェアする?東京ってどこも家賃高いからね」


「ルームシェアか、いいな・・」


 学はそうつぶやいた。が、あの母が許すはずはないとは思った。


「・・・無事大学に合格できるといいね、お互いに」


「そうだな・・・」


 そういって、2人とも夏の空をなんとはなしに見上げた。

 おおきな入道雲と飛行機雲が、まぶしかった。
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