聖植物園日誌

小達出みかん

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サチたちの正体

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「大ちゃんっ!いるならいるって言ってよ!」
 大樹は頭をかきながらロビーへ足を踏み入れた。
「はじめまして、サチさん。俺が大樹です。せっかく頼まれたのに取り逃がしちゃってすみません」
 ところがサチの目線は大樹を通り越して松田に注がれていた。
「なぜ、あなたが一緒に?大樹、これはどういう事ですか」
 大樹はまっすぐサチを見た。
「実はサチさん、あなたから電話をもらってから、俺は松田さんに相談したんだ。リスクもあったけど、彼は信頼できる気がしたから。幸い俺の読みがあたって、手を貸してくれている」
 サチは疑わしげに松田を見た。
「では、あなたも文書を見たと?酒流の息のかかったあなたが、なぜ大樹と接触を?」
 松田は争う意志はないというように両手を広げた。
「サチさんが疑う気持ちもわかる。だけど…僕は他の研究員とちがってエリート育ちじゃない。物資も水も足りない地方のドームから出てきた田舎者だ。だから、利益重視で人を人と思わないような社の方針にはずっと疑問を持っていた。確かに芹花さんの事に関しては、酒流さんに釘をさされていたよ。でも大樹に文書を見せられて目が覚めた。僕はもうあの会社を辞めようと思う。それなら大樹に手を貸したって関係ないだろう」
 会話から置いてけぼりにされていた芹花が話にわって入った。
「その文書って何?それがサチさんの言ってた『有利に交渉を進める方法』?」
 全く、妙な所で鋭い。サチは大樹を見た。
「隠してもしょうがない、見せよう」
 大樹が自分の携帯を芹花によこした。芹花は驚きと共に表示された文章を読んだ。
「 サチへ
 これをお前が目にするころ、私はもう島にいないでしょう。この文章を書くか迷ったが、ここで私から説明することにする。
 この文書は、東谷幸矢博士が着任して以来ずっと記録されてきた、我がGNG社の不正を記したレポートだ。
 東谷博士がサンクチュアリに来たころ、ちょうどGNG社は莫大な利益を上げ大企業へと成長した。だがその影には様々な不正があり、それは今も続いている。言ってしまえば、我々の存在自体が国際法に反している。それらを公表し、社の存在を世に問うため、私たちは記録を続けてきた。
 ならばなぜ、もっと前に公表しなかったのか?お前はそう疑問に思うだろう。
 最後だ、正直に書こう。東谷博士は様々な不正に気がつき、極秘でこの文書を作成した。きっと彼は志のある、高潔な人物だったのだろう。だが、彼のコピーである我々は、どこまで行っても結局社のいいなりになるしかなかった。つまり、逆らうことなどできなかった。
 逆らったらどうなる?我々は人間ではない。誰も助けてなどくれないし、社の保護がなければ生きられない。GNGが崩壊したら、行き場はなくなる。
 だが、お前の代で流れは変わる。我々は東谷博士の強靭な肉体をもとにコピーされ続けてきたが、年月を経るにつれ博士のDNAは環境に合わなくなり、劣化しつつある。私も、お前も、身体に欠陥を抱え寿命も短い。だから社は東谷博士に代わる新しい人柱を探している。そのうち見つけ出してつれてくる事だろう。
 そこでサチ、お前にこの文書を託す。願わくば、これを世間に公表し、150年にわたる悪しき流れを断ち切ってほしい。
 だが、強制はしない。いや、できない。私ですら自分可愛さに出来なかったことを、お前にやれとはいえない。
 だからこの文書をどうするかは、お前次第だ。
 最後まで勝手ですまないが、そういう事だ   」
 その独白の下には、膨大な文書が連なっていた。
「これは…つまり、内部告発ということ?」
「そうです。GNGの初期のころから現在まで行ってきた不正…脱税、癒着、環境汚染や被害の隠蔽…それらの証拠となる文書や議事録、メールや録音が記されています」
 芹花は食い入るように文字を見つめた。その文書の最後のページには、「次世代サンクチュアリ計画」すなわち芹花を見つけてきてクローンを作成し、オリジナルは殺害する計画が記されてた。
(…ひどい。使い捨ての人形か何かみたいに…こんな事って)
 酒流の約束は全部、嘘だった。芹花はだまされて知らぬうちに命を売っていた。
 事の重大さをやっと実感した芹花に、サチは言った。
「これですべて話しました。私が一緒に行けない理由が、わかったでしょう。さあ、あなたは行くんです」
 芹花は口を真一文字に結んだ。
―嫌だ。このまま自分も、サチも、GNGの言いなりに死んでたまるもんか。
 感じたことがないほどの怒りが、芹花の胸の中に湧き上がった。自分と、自分の家族をだまして、サチを苦しめた奴らに一矢報いてやりたい。そうしない事にはこの気持ちは収まらない。
「いやだ、ただ逃げるだけなんて!」
 こうなると力づくもムダと知っている大樹は、芹花の肩に手を置いた。
「じゃあ、芹花はどうしたいんだい?」
 芹花はいったん息をついて考えた。相手にしっぺ返しをくらわせてやりたい。そして、そして…サチを助けなければ。彼の体を、治さなくては。
「逃げないで、立ち向かう。博士が言っているように、この文書を公開した方がいい。GNGの悪いやつらが、これ以上勝手をしないように……!」
 サチが額に手をあててため息をついた。
「あなたなら、そういうと思ってましたよ」
「なんで?いい考えでしょ?」
 サチは諭すように言った。
「GNG社は、今や世界の人々の命を握っているといって良い企業です。これを公表すれば、悪いやつらも困るでしょうが一般市民にも影響が出る。そして、あなたの身も危なくなる。社は火消しのためにあなたを殺しかねない」
 芹花は松田の方を向いた。
「松田さん。GNGの人は全員悪いひとなの?松田さんみたいな人は他にいないの?」
「…ほとんどの研究員は何も知らず仕事をしているだけです。私もそうでした。酒流さんに目をかけられるまでは」
「じゃあこの文書に書かれてることは、上の人達だけがしてるって事ね?」
 松田はうなずいた。2人の間で一つの解が出た。
「この文書を理由に、幹部達を追放する、そして…」
 松田がその先を続けた。
「GNG社を、中から変える」
 芹花の顔がぱっと明るくなった。
「それがいい!そしたらサチさんも堂々とここを出て、大きい病院で治してもらえる!」
 サチは苦い顔をした。
「私の身体は、たとえ大きい病院でも治せるものではありません。それに…酒流を含め、役員達はあなたが想像するよりずっと悪どい。そう簡単に首をたてに振らないでしょう」
「その通り!さすがはサチだ」
 突然響いたその声に、4人はぎょっとして振り向いた。
「酒流さん…!?」
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