女騎士と皇子

かい

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第二章:ユリアの兄であるジンに会いに行く二人

2-3 意外な一面

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誰かを救うには…勇気が必要だった。力だけでは、人を救うことはできなかった。
それを…私は経験から知っている…。
それなのに…誰かを救いたい、守りたいという気持ちばかり焦って――結局は何の役にも立たない。
そんなの、悔しいよ。悲しいよ、

――――だから…兄さん、私は貴方に従えそうにないです。

大切な誰かを救うために…この力があるのなら、団長の命令にだって背く。
だって、私は…戦うべきときに戦えない騎士になんて、なりたくないから…。
…嫌なんだよ。……悲しいんだよ。
こんなとこに居たって何もできない。
そして、私も戦地へと足を進める。


***


多くの在中していた騎士たちが敵地に向かう中、ロイドとユリアは…団長室に残っていた。
「―――こちら、第三部隊です。只今、敵と交戦中。こちらが不利です…」
静かな部屋に無線がなり響いた。ユリアはぴくりと肩を揺らす。

(……死なないで、みんな…)


「ユリア」
ふいにロイドの声がした。ユリアはゆっくりと顔を上げる。
「…ここから出るぞ。」
ロイドは…立ち上がってユリアに手を差し延べる。ロイドは想う。
(こんなとこに居たって何もできない、ってお前は思ってるんだろ? …だから、泣きそうになっているんじゃないか。俺は、そんなお前を――見ていると辛いんだ…)


「でも…」
「でもじゃねーよ。お前の騎士道はなんだ? 大切なやつを守るためじゃないのか? 諦めちまうのかよ、こんなところで。」
こんな安全な場所で……大切な命が散ってゆく感覚を感じていなければならないなんて――私は嫌、です。そんなの我慢なんてできない。
(それを…ロイド様は分かって……?)
「ありがとうございます、ロイド様。私……仲間のところに行きます!」
何かが吹っ切れたようにユリアは微笑んだ。
「そうだな…行こう」
つられてロイドも笑みを浮かべる。そして…何気ない言葉を口にする。
「…そんなお前の、いつも他人ばかりを気にしているトコ嫌いじゃないぞ、俺は。」
「え………?」
ユリアは顔を赤らめた。
「バーカ、嫌いじゃないだけだ。別に好きだとか…言ってないからな!」
「は、はい…?」
ユリアは首を傾げてロイドを見遣る。
「あ゛ーもういい! とにかく、ジンさんの所に行くぞ。力抜いとけ」
理解するまもなく、ユリアはロイドに唇を奪われた。
ロイドの舌がユリアの舌を絡めとる―――これは深いキス。
「…………んっ」
「力抜けって……俺がもたないだろ。」
(…なんで、こんなことするの?)
ユリアは正常に働かない、思考をふる回転させ考えた。

「………イケ、―――――」

ロイドの口から理解できない言葉が発せられ、それと同時にユリアたちは別の空間へと飛ばされたのだった…。


***


「だぁーーーーーー!」
ロイドは息を思いっきり吸う。
「死ぬかと思った……」

空間内でずっとロイドたちは口付けをしていた。それは、いわゆる"空間移動"のためだったのだが。それは…貴族だけが使える魔術だ…。
しかし、そんなことはどうでもいい。ユリアにとっては、ロイドと深いキスをしたことが重要なのだから。

「……………私は別の意味で死にそうです、」
真っ赤な顔でユリアは恥ずかしそうに俯いた。
「なんだ? キスなら前にもやっただろ。今さら何を恥ずかしがるってんだ?」
乙女心が分かっていないロイドには理解できない答えだ。
「だ、だって慣れません。ロイド様にとっては挨拶みたいなことなんでしょうけど…」
「俺だってお前としかやらねーよ。てか、急げ。ジンさんマジでやばそうだ」
(え……?)
ユリアの疑問は尽きなかったけれども…そんなこと言っていられなくなった。
目の前で激しい戦いが繰り広げられていたから…。

おぞましいほどの血が流れていた。
やりと槍との戦いが―――激しく、強く、ぶつかりあっていた。
騎士たちの切り裂くような悲鳴や、槍とたてとがぶつかる音が、連なる山々にこだまする。まさに戦場だった。
「――――――っ」
血の滴る腕を振り上げて敵の騎士に立ち向かうジンの姿を目にしてユリアは言葉を失った。
「……………………ああああ゛ー!!」
男たちの雄叫びが響く。
槍をしならせ地面に叩きつけ、岩を飛び散らす。けれども、敵には当たらず………。
「……兄さん!」
「ユリア?! 何でお前がここに?!」
妹に目を反らした瞬間、ジンは敵にスキを与えていた。
「兄さん、危ないっ!」
勢いで敵の槍がジンの体を貫いた。重傷を負ってしまったことは、見るからに明らかだった………。
「………うわ、オレ…だせぇ」
「そんなことない! ……それよりも、私のせいで」
「本当に、お前は……オレの罰則を破るンじゃねぇよ。分かってンのか、騎士として最低限のコトできてないんだぞ。」
「…しゃべらないで。傷が広がる……」
「…るせぇ………前を見ろ、まえを。敵がまだ残ってンぞ。あのクサレ皇子を見習って戦え、ユリア。」
弱々しくではあるけれども、相変わらずの強がりに呆れてしまうではないか。
「……私も兄さんもバカですね…戦うことでしか皆を守れない。分かり合えないんだから―――」
「そうだよ、悪いか。戦いを止めたら世界は何も変わっちゃくンねぇからな。………てか、ユリア……早く戦え、バカ。」
急かすように言う。

そして―――ユリアは静かに戦いに歩みを向けた。
槍に剣は不利だと思うけれど、ユリアは一心不乱に戦った。戦いの流儀をすべてつぎ込んで。
ついに、最悪な戦いは敵の親玉の首筋に剣を突きつけて終わった。


「……はぁ…はぁ…貴方は何のために領土を侵すのですか!?」
「……小娘、それは愚問だろう?」
死が直前にあるというのに…誇り高き騎士は恐怖におののくことはなかった。
「ならば、なぜ土地、権力、富を欲するのです?」
「そんなの世界を征服したいに決まっている、女には分からんことだろうが。」
――――クダラナイ。そんなの、無意味じゃないの。
ユリアは静かな怒りを感じた。早くこんな奴らなんか消してしまえばいい…ユリアはダークな心になっていた。
誰も責めはしない、むしろ喜ばれる――――…
剣先を奥へ突き刺そうとした、その時……ロイドの手がユリアの手首を掴んだ。

「…何やってんだ、ユリア。そいつ一応、生かしておくべきだから…分かってるか?」
「あ、あああ…………わた…し、」
(…本当に何をやっているのだろうか……汚い心に埋めつくされてしまうなんて…)

「ごめんな、さい……」
「謝んな。別にユリアの気持ちが分からんでもないからな。」
「へ」
「誰でも、憎いとか許せないとか…そーゆう気持ちはあるだろ? 行き過ぎそうになったら誰かに止めてもらえばいい。さっきみたいにさ」
「………ロイド様…ありがとうございます」
こんな風に言われたのは初めて。
(ああ、ロイド様……あなたはいつまで私の心を揺さぶり続けるのですか…?)
しかし、二人の甘い雰囲気は長くはつづかなかった。…重傷を負ったジンがそれをぶち壊したのだ。
「…あのーお前ら、オレ死にそうなんですけど?」
「あ、え。…兄さん? ごめんなさいっっ」
そう言って、ユリアは慌ててジンの手当てに向かった。
(……ジンさん、気を使えって…)
と、ロイドが思ったとか思わなかったとか…それは定かではないが―――こうして本当の意味での戦いは終わった。


***


そして――彼らは日常に戻ってゆく。

「ねぇ、ユリアちゃん。皇子にちゃんと告白した?」
「いえ、まだ……」
「何でよ! じゃあ今ここで、」
場所は団長室だ。そこで、女同士の恋話に花を咲かせているところに不機嫌な声が舞い降りる。
「…リン、話をしてないで報告書を書いてくれ。オレは怪我して動けねぇンだから。」
「分かってるわよ。でも、それより…先日の戦いでウチの団は大きな被害が出たのに……ラキスくんは帰ってこないのかしら? あの子が居ると助かるのにぃ」
「………ラキスは長い間、修行に出てるからな…ウチの団のエースだってのにな。」

「呼んだかい、団長さん?」

なぜか分からないが、天井から人が現れた。
「うわあぁあ?! …ラキス、普通に出てこいコラ!」
アイリス騎士団のエースである、ラキスという青年がふわりと地面に降り立った。
年齢は―――おそらく、ユリアより二つくらい上だろうか…つまり、十八歳くらいだろう。
見た目は、好青年ではある…しかし中身は…?

「ヒーローは遅れてやってくるって、言うでしょ。どう、嬉しい?」
「……ラキスくん、嬉しいことには嬉しいわよ。でも、」
「遅すぎンだよ、帰ってくるのが。でも、まぁーお帰り。」
呆れたように、リンとジンが交互に話す。

「ただいま――そして、そこのアンタ…僕と勝負してくれる?」

いきなり、話の矛先がロイドに向かう。
気のせいなんかじゃない…ラキスはロイドを睨んでいた。
その理由をロイドが分かるはずもなく―――青年、二人の間には深い溝ができたのは間違いのないことだった。
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