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本編
第四話 「帰ってきて」と言う彼女はとても可愛らしく彼の欲を刺激した
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「ずっとそばにいて」ーーと初めて会ったときに彼と約束したことを、セシリアは今でも覚えている。
それなのに、彼は……レグナルドは、隣国へ兵法を学びに行くというのだ。
「……ねぇ、私がいつも無理ばかりいうからなの?」
だから、自分のもとを離れて外国に行くなんていうのかと、セシリアは嘆いた。
彼に約束を破られて怒ればいいのか、悲しめば良いのか、よく分からない。
「違いますよ、姫様。俺が指名されたからです」
悪びれもせず、彼は言う。
忘れてしまったの、とつい責める言い方になりそうになったのを急いで飲み込んだ。
「……姫様、俺は忘れていませんよ」
あの、約束を。とかすかに聞こえた気がした。
「! なら、どうして」
行かないで、というのは簡単だ。
そうすれば、彼は私のそばにいてくれると、セシリアは確信していた。
(……でもそれは、ルーナ王国がどうなってもいい、ということだわ)
12歳になったばかりのセシリアでも、自分の国が小国で、隣国が大きな国だということを知っていて逆らったら生き抜けないと理解していた。
(だから、わがままを言ってはダメなのよ、セシリア)
自分で自分をたしなめる。
そんな小さな彼女を17歳のまだ大人になりきれていない彼はいとおしそうに見つめていた。
自分たちは決して『好き』同士にはなれない、と理解していながら二人はお互いを求めずにはいられなかった。
たとえいつか、セシリアは政略結婚の道具としてだれかの妻になるのだとしてもーー今だけは、レグナルドを想っていたかった。
想うだけなら許されると思っていた。その『想い』が確実に育っていくとも知らずに。
「どうしても、行くの?」
将来、レグナルドが生涯の伴侶になれなくても、一生自分のそばにいると思っていた彼女は彼との突然の別れに驚いて引き留めたくなるのは仕方のないことだった。
「すみません。どうしても、です」
「………帰ってきて」
「え?」
「私のもとにかならず帰ってきて」
「ーーそれは、命令ですか?」
「ええ、命令よ」
「そうですか。嬉しいです」
「そう?」
「俺はあなたの側を離れますが、いつまでもあなたを想っています」
「ほんと?」
急に甘い言葉をささやかれ、少し驚いてしまう。
いつも兄のように優しく接する彼だったのだが、今は愛しい相手を見るように視線が甘くもどかしい。
「はい。姫様、だから待っていてください」
レグナルドがゆっくりと地面に片膝をついた。セシリアの手をとり、甲にキスをする。
彼女はとても驚いてほんのり頬を赤く染めた。
「レ、レグナルド……!?」
「お嫌でしたか?」
「嫌、ではないわ」
(すごく、嬉しいの)
素直に言えたらどんなに楽になれるだろうか。
「……待っているわ、レグナルド。だからーー」
(私だけを見ていて)
本音を心の中だけに留めておく。
恋人同士でもないのに、束縛する権利はないのだと、セシリアは子供ながら理解していたから。
「だから? なんですか、姫様」
「ううん。何でもないのよ。レグナルド、風邪を引かないように気をつけて」
「はい。でも、姫様も気をつけて下さい」
風邪を引かれたら心配で自分は戻ってきてしまう、とレグナルドは真剣に言うものだからセシリアは呆れてしまった。
「ルーナ王国の城からフォレス王国まで馬で何日かかると思っているのよ」
すぐに着ける距離ではないのは彼だって分かっているだろうに。
「……俺は、いつまでも姫様が心配なんです」
「もう。私、一人で寝れるようになったのよ?」
以前は手を握ってくれなければ寝れなかった。
兄弟がいない自分には大人たちしか周りにいなくて、寂しくて寂しくて……そんなときにレグナルドと出会ったものだから、セシリアは素直に甘えてしまっていた。
夜は寂しいから一緒に寝て、と言ったのだ。
「……ああ、添い寝してと言われたときにはどうしようかと思いました。陛下に殺される覚悟がなければできませんし」
「父様はそんなに怖い人ではないわよ?」
「知ってますよ。お優しい方です」
「なら、一緒に寝てくれてもいいのに」
「……っ」
「俺を殺す気ですか。そして犯罪者にする気ですか」
「なっ、なにを言ってるのよ。そんなわけないじゃない」
忘れているかもしれないので、もう一度記すが、セシリア12歳、レグナルドは17歳だ。手を出したら、犯罪だ!
「……俺は姫様が思っているほど、純粋でも無欲でもありません」
「そうなの……?」
「はい」
ニッコリと邪気のない笑顔をセシリアは向けられ、
(どこが、純粋じゃないと言うの?)
12歳の姫様は、レグナルドの欲を見抜くことはできなかった。
今も、無垢な少女にとても言葉では言えないような感情を抱いているのに。
「人間はいろいろな『欲』を持っているのですよ」
「……じゃあ、レグナルドの欲はなあに?」
「それはーー」
彼のくちびるが、ふいに顔に近づいてきた。
「……っ」
吐息が耳にかかる。
「セシリア姫が大人になったら教えてあげます」
◆
ーー妙に恥ずかしくて頬が熱くなったことを、18歳になったセシリアは今でも思い出す。
あれから六年になる。
(……18歳になったのだから、私は大人よね)
この国では、18歳は成人の仲間入りなのだが、果たして過保護なレグナルドは認めてくれるだろうか。
いや、それよりもーー、レグナルドは明日隣国から帰ってくるのだ。
大好きなレグナルドに会えると思うと興奮して眠れない。
会えない日々は、彼への『想い』が膨れ上がり、どうしていいか分からなくなった。
手紙を書いているときだけは、レグナルドへの想いを抑えることができたのだが。
(……私、ダメね。レグナルドがいなくなってから六年も経っているのに、あなたから離れられないのよ)
レグナルドから届いた手紙を机の引き出しから出して読む。
眠れないのなら、彼を想って夜を過ごしたらいいのでは、と思ったからだ。
(レグナルドの言葉はいつだって優しいわ)
自分の体を労り、いつでも自分のことを想っていると綴ってくれている。
それは、自分が姫だからと理解してくれているがーー。
(私はあなたが大切で、大好きなのよ)
だから、帰ってきたらもう手放さないと、彼女は自分の心に誓ったのだった。
それなのに、彼は……レグナルドは、隣国へ兵法を学びに行くというのだ。
「……ねぇ、私がいつも無理ばかりいうからなの?」
だから、自分のもとを離れて外国に行くなんていうのかと、セシリアは嘆いた。
彼に約束を破られて怒ればいいのか、悲しめば良いのか、よく分からない。
「違いますよ、姫様。俺が指名されたからです」
悪びれもせず、彼は言う。
忘れてしまったの、とつい責める言い方になりそうになったのを急いで飲み込んだ。
「……姫様、俺は忘れていませんよ」
あの、約束を。とかすかに聞こえた気がした。
「! なら、どうして」
行かないで、というのは簡単だ。
そうすれば、彼は私のそばにいてくれると、セシリアは確信していた。
(……でもそれは、ルーナ王国がどうなってもいい、ということだわ)
12歳になったばかりのセシリアでも、自分の国が小国で、隣国が大きな国だということを知っていて逆らったら生き抜けないと理解していた。
(だから、わがままを言ってはダメなのよ、セシリア)
自分で自分をたしなめる。
そんな小さな彼女を17歳のまだ大人になりきれていない彼はいとおしそうに見つめていた。
自分たちは決して『好き』同士にはなれない、と理解していながら二人はお互いを求めずにはいられなかった。
たとえいつか、セシリアは政略結婚の道具としてだれかの妻になるのだとしてもーー今だけは、レグナルドを想っていたかった。
想うだけなら許されると思っていた。その『想い』が確実に育っていくとも知らずに。
「どうしても、行くの?」
将来、レグナルドが生涯の伴侶になれなくても、一生自分のそばにいると思っていた彼女は彼との突然の別れに驚いて引き留めたくなるのは仕方のないことだった。
「すみません。どうしても、です」
「………帰ってきて」
「え?」
「私のもとにかならず帰ってきて」
「ーーそれは、命令ですか?」
「ええ、命令よ」
「そうですか。嬉しいです」
「そう?」
「俺はあなたの側を離れますが、いつまでもあなたを想っています」
「ほんと?」
急に甘い言葉をささやかれ、少し驚いてしまう。
いつも兄のように優しく接する彼だったのだが、今は愛しい相手を見るように視線が甘くもどかしい。
「はい。姫様、だから待っていてください」
レグナルドがゆっくりと地面に片膝をついた。セシリアの手をとり、甲にキスをする。
彼女はとても驚いてほんのり頬を赤く染めた。
「レ、レグナルド……!?」
「お嫌でしたか?」
「嫌、ではないわ」
(すごく、嬉しいの)
素直に言えたらどんなに楽になれるだろうか。
「……待っているわ、レグナルド。だからーー」
(私だけを見ていて)
本音を心の中だけに留めておく。
恋人同士でもないのに、束縛する権利はないのだと、セシリアは子供ながら理解していたから。
「だから? なんですか、姫様」
「ううん。何でもないのよ。レグナルド、風邪を引かないように気をつけて」
「はい。でも、姫様も気をつけて下さい」
風邪を引かれたら心配で自分は戻ってきてしまう、とレグナルドは真剣に言うものだからセシリアは呆れてしまった。
「ルーナ王国の城からフォレス王国まで馬で何日かかると思っているのよ」
すぐに着ける距離ではないのは彼だって分かっているだろうに。
「……俺は、いつまでも姫様が心配なんです」
「もう。私、一人で寝れるようになったのよ?」
以前は手を握ってくれなければ寝れなかった。
兄弟がいない自分には大人たちしか周りにいなくて、寂しくて寂しくて……そんなときにレグナルドと出会ったものだから、セシリアは素直に甘えてしまっていた。
夜は寂しいから一緒に寝て、と言ったのだ。
「……ああ、添い寝してと言われたときにはどうしようかと思いました。陛下に殺される覚悟がなければできませんし」
「父様はそんなに怖い人ではないわよ?」
「知ってますよ。お優しい方です」
「なら、一緒に寝てくれてもいいのに」
「……っ」
「俺を殺す気ですか。そして犯罪者にする気ですか」
「なっ、なにを言ってるのよ。そんなわけないじゃない」
忘れているかもしれないので、もう一度記すが、セシリア12歳、レグナルドは17歳だ。手を出したら、犯罪だ!
「……俺は姫様が思っているほど、純粋でも無欲でもありません」
「そうなの……?」
「はい」
ニッコリと邪気のない笑顔をセシリアは向けられ、
(どこが、純粋じゃないと言うの?)
12歳の姫様は、レグナルドの欲を見抜くことはできなかった。
今も、無垢な少女にとても言葉では言えないような感情を抱いているのに。
「人間はいろいろな『欲』を持っているのですよ」
「……じゃあ、レグナルドの欲はなあに?」
「それはーー」
彼のくちびるが、ふいに顔に近づいてきた。
「……っ」
吐息が耳にかかる。
「セシリア姫が大人になったら教えてあげます」
◆
ーー妙に恥ずかしくて頬が熱くなったことを、18歳になったセシリアは今でも思い出す。
あれから六年になる。
(……18歳になったのだから、私は大人よね)
この国では、18歳は成人の仲間入りなのだが、果たして過保護なレグナルドは認めてくれるだろうか。
いや、それよりもーー、レグナルドは明日隣国から帰ってくるのだ。
大好きなレグナルドに会えると思うと興奮して眠れない。
会えない日々は、彼への『想い』が膨れ上がり、どうしていいか分からなくなった。
手紙を書いているときだけは、レグナルドへの想いを抑えることができたのだが。
(……私、ダメね。レグナルドがいなくなってから六年も経っているのに、あなたから離れられないのよ)
レグナルドから届いた手紙を机の引き出しから出して読む。
眠れないのなら、彼を想って夜を過ごしたらいいのでは、と思ったからだ。
(レグナルドの言葉はいつだって優しいわ)
自分の体を労り、いつでも自分のことを想っていると綴ってくれている。
それは、自分が姫だからと理解してくれているがーー。
(私はあなたが大切で、大好きなのよ)
だから、帰ってきたらもう手放さないと、彼女は自分の心に誓ったのだった。
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