【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる

文字の大きさ
上 下
205 / 227
ノアズアーク編

第205話 51日目⑤海竜をO・MO・TE・NA・SHI (前編)

しおりを挟む
 害意がないことを示すために、陸に上がるだけでなく、俺の前で五体投地までしてみせたノアの願いが、おそらく群れ全員で安全に子育てができるこの場所に移住したいということらしいと思い至った俺たちはノアの望み通りにすることに決めたが、問題はその決定をノアたちにどうやって伝えるかだ。

 そもそもノアの望みに気づけたのだって、あくまで美岬の観察眼と洞察力によるところが大きく、現時点でのノアとのやり取りはフィーリング頼りなので正確な意思の疎通が出来ているとは到底言えない。
 そんな中、俺たちの考えをどのようにノアと群れに伝えたらいいだろうと俺は内心頭を抱えていたのだが、その課題は美岬のおかげであっさり解決することとなった。いわく、昨晩シーバスをノアと分け合ったのと同じく、群れの全員に魚を振る舞えばいいんじゃないか、と。

「…………天才かよ。確かにあれなら手っ取り早くてこの上なく分かりやすい信頼の証になるな。先にゴマフとノア相手にデモンストレーションしてみせれば他の連中にもこちらの意図はちゃんと伝わるだろうし。いや、よく思い付いたな」

「うへへへ。誉められちった」

 正直、目から鱗だった。意志疎通を図るとか移住の許可を出すとか出さないとか、そんな面倒くさいことはそもそも考えなくてよかったんだ。
 もっとシンプルに、ただ俺たちはノアの群れを歓迎し、ここから追い出す素振りを見せなければそれだけでよかったんだと気づかされた。俺たちが追い出そうとしないなら、ここに棲むも棲まないもノアたちの自由なんだから。

 本来、野生動物にとって自分たちの縄張りテリトリーは死守すべきもので、そこに別のグループがやってきたら追い出すのが普通だ。ノアにしてみればこの場所は俺たちの縄張りで、あとからやってきた自分たちは排除されるのが当然という認識なのだろう。だが、身重のメスが群れにいるので早急に安全な場所を確保する必要があり、俺たちの縄張りを侵すというタブーを自覚した上で、なんとか平和的に受け入れてもらえないかとあのような捨て身の交渉に臨んだということだろう。

 そうと分かればやるべきことははっきりと見えてくる。

「お・も・て・な・し。だね?」

 俺の顔を下から覗きこんで、にへらっと笑う美岬に頷く。

「そうだな。おもてなしだ。とっておきの根魚ごちそうでもてなしてやろう」



 岩場に棲む根魚は基本的に生命力が強いので、篭の中が過密状態でも海水に浸けてさえいればそうそう死ぬことはない。むしろしばらく絶食させて海水だけで活かしておくことで身が引き締まり、胃腸が空っぽになって内臓モツの味が良くなるメリットもある。

 そんなわけで、俺たちが必要な時に食べるため、そしてゴマフのエサ用として活かしたままストックしてあった根魚たちをノアの群れに友好の証として振る舞うことになった。

 わざわざ取り分けてあっただけあってゴマフ用以外はサイズも形も最高級の魚揃いだが、ここでならこれぐらいのレベルの魚はまた釣れるし、俺たちには昨晩釣った分の魚もあるからここは惜しまずに気前良くご馳走してやるとしよう。

 大きめの蓋つきの篭に漁網用のフロートを取り付け、潮の干満に合わせて常に水面下ギリギリを浮遊するようにしてある魚活かし用の篭──浮き篭を回収して砂浜に引き上げれば、20匹近い大きめの根魚が入っているのでかなり重く、まだまだ元気いっぱいなので篭の中でビチビチと跳ね回り、周囲に飛沫が飛びまくる。

「ゴマフ~、出ておいで。怖くないよ。ご飯だよ」

「キュウゥ……キュイ」

 巨大なノアの群れを警戒して囲いの中で身を潜めていたゴマフだったが、美岬の呼びかけるとオズオズと這い出してきた。しかし、ゴマフの姿を見るなり群れがざわつきだしたので驚いて硬直してしまい、結局美岬に抱っこされて運ばれることになった。

 砂浜で俺たちを待っていたノアの前に戻り、美岬がゴマフをノアの前に降ろすと、ゴマフはビビりながらも興味津々でノアを見上げ、ノアも頭を下げてゴマフと同じ高さで向き合い、ちょっと俺の声では再現できない謎の鳴き声で歌うようにゴマフに話し掛け始めた。しいて言えばアルペンホルンみたいな音だ。
 ゴマフもなにやら返事をするように鳴いているのでどうやら意志疎通はできてるっぽい。産まれてここまで俺たちの話す日本語に晒されてきたとはいえ、胎生だから生まれる前からプレシオサウルス独自のコミュニケーション方法は身に付いているのかもしれないな。

 ひとしきりノアとやり取りをして気が済んだらしいゴマフは美岬の方に寄ってきてキュイキュイと餌をねだって鳴き始めた。

「みさち、このままゴマを波打ち際まで誘導してくれ。そうすればノアも海に戻るだろ。そこでもてなすとしよう」

「あい。おまかせられ。ゴマフ~、ご飯だよ! こっちおいで」

「キュイキュイッ!」

 砂の坂を小走りに降りていく美岬を追いかけてゴマフが転がるように波打ち際に駆け降りていく。

「さあ、ノアも海に戻ろうか」

 俺が魚の入った篭を抱えて美岬とゴマフに続いて波打ち際に向かって歩き出せば、ノアものっそりと方向転換をして着いてきた。
 俺が波打ち際で足を止めれば、その横を通り過ぎてノアが水に入り、数㍍先で停止して、少し先で固まってこちらの様子を窺っていた群れに対して例のアルペンホルンみたいな声でなにやら呼びかけ始めた。
 すると群れが一斉にこちらに向かって動き出して近づいてきた。うん。もう安心だとは分かっていてもなかなかの迫力だな。美岬が無言でそばに寄り添ってきたのでその手を握ってまっすぐに群れを見据えて立つ。

「クアッ!」

 ノアのすぐ後ろまで近づいてきた群れがノアの一声で一斉に停止する。そして、ノアがもたげていた鎌首を下げて俺たちと目線の高さを合わせれば、残りのプレシオサウルスたちも同様に鎌首を下げて頭の高さを俺たちに合わせてくる。
 さっきから何度も見ているこの仕草、相手と目線の高さを合わせるのがプレシオサウルス流の相手を尊重していることを示す動作なんだろう。実際、群れの全員が頭を下げてくれたおかげで確かに圧迫感は小さくなり、俺たちの緊張も緩んだ。

「……まずは見本だな。ゴマ、エサだぞ」

「キュイ! キュイキュイ!」

 篭の中からゴマフ用に取り分けてあった小さめのアイナメを1匹、下顎を掴んで取り出し、群れからもよく見えるように大袈裟な仕草で掲げて見せる。待ちきれない様子で俺の足に首をスリスリしているゴマフの頭を撫で、鼻先にアイナメを近づけてやればパクンとくわえ、何度かガブガブと噛んで弱らせてから、頭から丸呑みにしていく。ちなみに魚を丸呑みにする場合、頭からじゃないと喉に背鰭せびれの棘が引っ掛かって呑み込めなくなるらしいが、ゴマフはそれを本能的に理解しているのか教えていないのにちゃんと必ず頭から呑み込む。うちの子賢い。
 1匹食べ終えておかわりをねだるのでもう1匹同じように与える。とりあえずこのサイズのアイナメならゴマフは2匹も食べれば満足する。

「次はノアだな」

 篭の中から、一番大物の40㌢オーバーのタケノコメバルを出し、びったんびったんと大暴れするのを押さえつけてナイフを手早くエラの隙間に差し入れて首の付け根の動脈を切ってしめ、ややグッタリとなったそれを高く掲げてノアを呼ぶ。

「ノア! これはお前の分だ!」

「クルルル」

 ノアが喉を鳴らしながらいそいそと近づいてきて、俺が下顎を掴んで提げているタケノコメバルを首を伸ばしてがぶりとくわえて受け取り、ばりばりと何度か噛んで骨を砕いてから頭から丸呑みにする。
 ノアの巨体を維持するにはこれ1匹では足りないだろうが、これはあくまで一種の儀式というか通過儀礼みたいなものだからな。ノアもそれが分かっているようでそのまま横にずれて俺の前のスペースを空ける。

 俺は次の魚を出して〆、ノアの時と同じように高く掲げて群れに向かって声をかける。

「さあ、次に欲しいのは誰だ?」

「クアックルル」

 ノアが声をかけると、群れの中から4㍍級の中でも大きい黒と赤の2頭が進み出て近づいてきて、俺の前で横並びになって頭を俺の顔の高さまで下げた。

「おっと、2頭同時か。ちょっと待ってくれよ。あ、みさち、ちょっとこれ持っててくれ」

「あいあい」

 持っていた魚を美岬に預け、魚をもう1匹手早く〆てから、両手に1匹ずつ持ち、2頭の鼻先に差し出せば、少々戸惑いつつも魚をくわえて受け取り、その場でバリモシャと食べ、そのままノアの方に移動してその後ろに控えた。この2頭はどうやらノアのつがいっぽいな。

「ねえガクちゃん、今の2頭ってたぶんノアの番だよね?」

「たぶんな。もっと身体が大きい奴はいるのにノアが先にこの2頭を呼んだのも、群れのボスとその番が率先することで他のみんなを安心させようとしたんだと思う」

「やっぱりそうだよね。あとね、プレシオサウルスのオスとメスの見分け方が分かったかも」

「マジか。俺はまだ分からないから教えてくれ」

「尻尾の長さが違うね。ゴマフの母親もそうだったけどメスは尻尾が短くて雄は長いよ」

「……そうなのか。まったく気にしてなかったけど、この後はそのあたりも注意して見ておくよ。ありがとな」

 言われてみればカメもオスの方が尻尾が長いから、そういう雌雄の特徴の違いは十分にありうる話だな。




【作者コメント】
 物語的に大事なシーンなので丁寧に書いているうちに気づけば普段の2話分に相当する文字数になってきてしまったので分割します。元々が1話だったものなので次回も引き続き岳人視点です。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

処理中です...