199 / 227
ノアズアーク編
第199話 50日目⑪ノア
しおりを挟む
あたしたちが取り逃がしたスズキを捕まえた大きなプレシオサウルスは砂浜にいるあたしたちに近づいてきて、スズキをあたしたちの前に置き、自分は少し下がってあたしたちの反応を待つような仕草を見せた。
「え? 返してくれるの?」
あまりにも意外な対応に驚いていると、ガクちゃんがその名を口のする。
「ノア……なのか?」
その名を聞いた瞬間、大きなプレシオサウルスは前ヒレで水をパチャパチャと叩き始め、ご機嫌な時のゴマフと同じように喉を鳴らし始めた。
「クルルルルル……」
「え? 本当に徳助大叔父さんのノートに書いてあったノアなの? 20年も前のことなのに……プレシオサウルスってそんなに長く生きるんだ」
「まぁ、カメなんかでも100年以上生きる奴はいるから不思議ではないけどな。だがこいつがノアで、今も徳助氏のことを覚えているというなら、俺たちとも友好関係を築ける可能性はあるな。美岬、俺は今からあいつから意識を外して隙だらけになるから、ちょっと様子を注意して見ててくれ」
「あ、うん。でも何するの?」
「せっかく返してはもらったけど、歯形が付いている部分は衛生的に俺たちの食用にはできないからな。だったらいっそ傷ついた部分を切り落としてノアにやろうと思うんだ。食べ物を分け合う行為は野生動物にとっては友好の証だからな」
そう言いながらガクちゃんはあたしに石槍を渡してきて、そのままサバイバルナイフを抜いてスズキの前にしゃがむ。歯形は頭と首の付け根のあたりにあるので、ガクちゃんはスズキを胴の真ん中辺りから頭側と尾側に切り分けはじめた。
背鰭の真ん中から背中に切り込み、背骨を関節の継ぎ目に刃を入れて切り離し、そのまま肛門まで真っ直ぐに切り裂き、反対側も同じようにして、内臓を含む腹腔が頭側に残るようにしている。
「……あたしたちの取り分が食べやすい尾の身ってズルくない?」
「いやいや、それは人間の価値観だ。野生動物にとっては獲物の内臓はご馳走だぞ。ノアからすれば内臓付きの方が上等の部位なはずだ。……逆に俺たちは食べやすい尾の身の方が嬉しいからWinWinだけどな」
そういうものかぁ。確かにゴマフも普通に丸呑みだし、そもそも身と内臓を別にするという選択肢が存在しなかったね。
ガクちゃんがスズキを切り分けているのを横目に見つつ、ノアの様子にも注意を払っていたけど、今の隙だらけのガクちゃんに襲いかかろうとするような素振りは見せず、喉を鳴らしながら待っている。……これはガクちゃんがこれから何をしようとしてるのかちゃんと理解している気がするね。
ちなみにゴマフはこの間ずっと、少し離れた焚き火のそばから動かずに静かにこちらの様子を窺っている。まだ危険度が分からない相手に対して不用意に近づいてこない分別があって助かった。
「よし。こんなもんだろ」
ガクちゃんが右手にサバイバルナイフを握ったまま、左手にスズキの頭側の半分を提げて波打ち際に近づいていく。あたしも内心ハラハラしながら付いていく。
「ノア、これはお前の取り分だ」
「クルル」
ガクちゃんがスズキの半分を近づいてきたノアに向けて投げる。数㍍先にバシャッと飛沫を上げて着水したそれにノアが首を伸ばして拾い上げ、バリバリと何度か噛んで骨を砕いてから呑み込んでいく。
「おお、あの骨を噛み砕くとはけっこう噛む力は強いな」
「あんな大きいのを一呑みにできるんだね」
「蛇なんかも大きい獲物を丸呑みできるから喉の拡張性はけっこうあるんだろうな」
明らかに不自然なほど喉が膨らんでいるが、ノアは苦しそうな様子を見せず、長い首を伸縮させることで上手く喉の膨らみを嚥下していく。
やがて完全に呑み込んだノアはクルルルと喉を鳴らしながらガクちゃんとあたし、そして焚き火のそばにいるゴマフを順にじっと見つめ、ゴマフに対して小さく鳴く。
「クワッ」
「キュッ?」
ゴマフの分かっているのか分かっていないのか判別できない返事を聞き、あたしたちの顔を再びじっと見てからノアはくるりと身を翻し、浮上したまま沖へと泳ぎ去って行く。星明かりに照らされるその姿はあの有名なネッシーの写真そのものだった。
やがて、ノアは外洋に繋がるトンネルの手前で水に潜り、姿を消した。そこまで見送ってから、あたしたちは揃って大きなため息と共に脱力してその場に座り込んでしまった。
「「はあぁぁぁ」」
少しの沈黙の後で、疲れきった声でガクちゃんが言う。
「……なんとか乗り切ったなー」
「……だねー。とりあえず、ファーストコンタクトは成功ってことでいいんじゃない?」
「そうだな。少なくともゴマフを誘拐した敵とまでは思われてないだろ」
「でも疲れたね。正直怖かったよ」
夜にあんな大きな海竜と至近距離で遭遇するとか怖すぎる。ずっと足がガクガク震えていた。
「確かに。全長で少なくとも6㍍はありそうだったし、すごい迫力だったな。結果的には平和的に接触できたけど、一つ間違えば問答無用で襲われてもおかしくない状況だったからな。……俺も怖かった」
すごく冷静に対応してるように見えてたけど、やっぱりガクちゃんも怖かったんだね。でもノアが最初に近づいてきた時もガクちゃんはあたしの手を引いて逃げてくれたし、その後もあたしを背後に庇ってくれていた。とっさの時にこそ人の本性が出るっていうけど、ガクちゃんは全然ブレなくて安心する。
「キュイ! キュイキュイ!」
いつの間にかそばに来ていたゴマフがあたしの背中に抱きついて肩越しに首を伸ばして顔に頬擦りしてくる。
「ゴマフもちゃんといい子にしててえらかったねぇ」
喉を掻いてやるとクルルルとご機嫌で喉を鳴らしてなおも甘えてくる。そうしているとガクちゃんがズボンについた砂をぱんぱん払いながら立ち上がる。
「…………さて、いつまでもこうしてるわけにもいかんな。釣った魚の処理をして、風呂にも入らなきゃな。みさち、俺が魚の処理をしている間に風呂を沸かしておいてもらえるか? なんなら先に入ってもいいぞ」
「おまかせられ。でもお風呂は一緒に入りたいかな。……SAN値の回復には旦那さまと一緒にお風呂に入るのが一番だと思うので」
「……おぅ、こんなに正しい意味でSAN値という言葉を使ってる人間を初めて見た」
「今使わずしていつ使うの? 本物のUMAに遭遇したのに 」
「それなー。おっけ。じゃあ釣り道具を片付けて、さっさと魚の処理を終わらせるとするか」
「あたしもゴマフを囲いに戻してお風呂の準備をするね」
それから焚き火を消火して、釣り道具を砂浜の拠点に収納し、ゴマフを囲いに戻してから、真っ暗な林道にポツンポツンと灯る小さな炎を目印に仮拠点に帰った。
その後、ガクちゃんが釣ってきた魚の処理をしている間にあたしはお風呂を沸かし、ガクちゃんの作業が終わってから二人で一緒にゆっくりと風呂に浸かって一日の疲れを癒した。
でも、ノアとの遭遇は思った以上にあたしたちのSAN値を削っていたようで、身体の疲れは取れてもメンタル的には疲労が蓄積していて、二人ともイチャイチャするよりさっさと寝たいというのが正直なところだったから、その日は軽めのスキンシップだけで早々に眠りについたのだった。
◻️◻️◻️ノア視点◻️◻️◻️
昼間に若き戦士が見に行った洞窟の先、本能的な恐怖ゆえに今まで近づいたことがない場所、かつて自分にノアという名を付けてくれた友が赴いてついに戻ってこなかったその場所に、意を決して自ら赴くと決めた。
一緒に付いてこようとした若き戦士は群れの守りとして残し、日が沈んで潮目が変わろうとする頃合いを見計らって洞窟に進入した。若き戦士は先ほど満ち始めの潮流に逆らって戻ってくるのに苦労したようなので、満ち潮が終わる頃まで待っていたのだ。今から行けば、戻る頃には潮目が変わっているから引き潮の潮流に乗って楽に戻ってくることができる。
洞窟の中を泳ぎながら、かつての友に思いを馳せる。
友は定期的に遥か沖合いから恐ろしく足の速い大きな生き物に乗ってやってきては、大きな生き物が触手で魚を捕らえるのを手伝い、それからたくさん捕れた魚のうち小さなものや大きいものの頭や内臓を自分と当時の群れの仲間たちに分けてくれた。
その後、満腹になった大きな生き物が眠りにつくと、友はいつも、おそらく大きな生き物の仔であろう小さな生き物に乗ってこの洞窟に入っていった。自分は怖くて付いていったことはないが、洞窟の奥に行った友はいつも数日すると戻ってきて、再び目覚めた大きな生き物に乗って遠い海へと帰っていった。
しかし、ある時いつものように洞窟の奥に向かった友はいくら待っても戻ってくることはなく、洞窟の外に残されていた大きな生き物もいつの間にか眠ったまま死んでいたようで息を吹き返すこともなく、しばらくそこを漂っていたがいつしか何処かへ流されていなくなっていた。
やはりこの洞窟の奥には恐ろしい敵がいて、友も喰われてしまったのだとその時は思っていた。しかし、若き戦士によれば、この先に一族の仔と共にかつての友に似た生き物が暮らしているという。ならば友はあの時、この先に営巣地を見出し、そこで繁殖したのかもしれない。
そこにいるのがかつての友自身なのか、その子孫である別の者なのか、友と同じく自分たちに友好的に接してくれるのか、それを確かめるのが群れの長である自分の為すべき務めだ。
そして洞窟を抜けた先で、かつての友ではないが友と似たような外見で、自分のノアという名を知っており、獲物を自分と分け合って友好的に接してくれる新たな友と出会った。番である彼らの元で一族の仔はすくすくと順調に育っているようだった。
自分の目で見て確認し、知りたいことを知ることができ、腹も満たされて満足したので、自分を待つ群れに戻ることにした。
【作者コメント】
SAN値──元々は正気度を表すパラメーターでクトゥルフ神話を題材にしたTRPGに由来する。得体の知れない怪物などに遭遇してメンタルが削られて正気度がだんだん失われることを、SAN値が削られると表現する。現在では派生的な意味合いとして、オーバーワークなどでボロボロになっている状態を指す場合もある。
ということで作中の50日目はここまでとなります。物語的に重要な島の秘密が次第に明らかになっていき、第三部ノアズアーク編のキーパーソンともいえるプレシオサウルスの群れの長ノアがついに登場です。いかがだったでしょうか? 楽しんでいただけたらいいねボタンやコメントで応援お願いします。
「え? 返してくれるの?」
あまりにも意外な対応に驚いていると、ガクちゃんがその名を口のする。
「ノア……なのか?」
その名を聞いた瞬間、大きなプレシオサウルスは前ヒレで水をパチャパチャと叩き始め、ご機嫌な時のゴマフと同じように喉を鳴らし始めた。
「クルルルルル……」
「え? 本当に徳助大叔父さんのノートに書いてあったノアなの? 20年も前のことなのに……プレシオサウルスってそんなに長く生きるんだ」
「まぁ、カメなんかでも100年以上生きる奴はいるから不思議ではないけどな。だがこいつがノアで、今も徳助氏のことを覚えているというなら、俺たちとも友好関係を築ける可能性はあるな。美岬、俺は今からあいつから意識を外して隙だらけになるから、ちょっと様子を注意して見ててくれ」
「あ、うん。でも何するの?」
「せっかく返してはもらったけど、歯形が付いている部分は衛生的に俺たちの食用にはできないからな。だったらいっそ傷ついた部分を切り落としてノアにやろうと思うんだ。食べ物を分け合う行為は野生動物にとっては友好の証だからな」
そう言いながらガクちゃんはあたしに石槍を渡してきて、そのままサバイバルナイフを抜いてスズキの前にしゃがむ。歯形は頭と首の付け根のあたりにあるので、ガクちゃんはスズキを胴の真ん中辺りから頭側と尾側に切り分けはじめた。
背鰭の真ん中から背中に切り込み、背骨を関節の継ぎ目に刃を入れて切り離し、そのまま肛門まで真っ直ぐに切り裂き、反対側も同じようにして、内臓を含む腹腔が頭側に残るようにしている。
「……あたしたちの取り分が食べやすい尾の身ってズルくない?」
「いやいや、それは人間の価値観だ。野生動物にとっては獲物の内臓はご馳走だぞ。ノアからすれば内臓付きの方が上等の部位なはずだ。……逆に俺たちは食べやすい尾の身の方が嬉しいからWinWinだけどな」
そういうものかぁ。確かにゴマフも普通に丸呑みだし、そもそも身と内臓を別にするという選択肢が存在しなかったね。
ガクちゃんがスズキを切り分けているのを横目に見つつ、ノアの様子にも注意を払っていたけど、今の隙だらけのガクちゃんに襲いかかろうとするような素振りは見せず、喉を鳴らしながら待っている。……これはガクちゃんがこれから何をしようとしてるのかちゃんと理解している気がするね。
ちなみにゴマフはこの間ずっと、少し離れた焚き火のそばから動かずに静かにこちらの様子を窺っている。まだ危険度が分からない相手に対して不用意に近づいてこない分別があって助かった。
「よし。こんなもんだろ」
ガクちゃんが右手にサバイバルナイフを握ったまま、左手にスズキの頭側の半分を提げて波打ち際に近づいていく。あたしも内心ハラハラしながら付いていく。
「ノア、これはお前の取り分だ」
「クルル」
ガクちゃんがスズキの半分を近づいてきたノアに向けて投げる。数㍍先にバシャッと飛沫を上げて着水したそれにノアが首を伸ばして拾い上げ、バリバリと何度か噛んで骨を砕いてから呑み込んでいく。
「おお、あの骨を噛み砕くとはけっこう噛む力は強いな」
「あんな大きいのを一呑みにできるんだね」
「蛇なんかも大きい獲物を丸呑みできるから喉の拡張性はけっこうあるんだろうな」
明らかに不自然なほど喉が膨らんでいるが、ノアは苦しそうな様子を見せず、長い首を伸縮させることで上手く喉の膨らみを嚥下していく。
やがて完全に呑み込んだノアはクルルルと喉を鳴らしながらガクちゃんとあたし、そして焚き火のそばにいるゴマフを順にじっと見つめ、ゴマフに対して小さく鳴く。
「クワッ」
「キュッ?」
ゴマフの分かっているのか分かっていないのか判別できない返事を聞き、あたしたちの顔を再びじっと見てからノアはくるりと身を翻し、浮上したまま沖へと泳ぎ去って行く。星明かりに照らされるその姿はあの有名なネッシーの写真そのものだった。
やがて、ノアは外洋に繋がるトンネルの手前で水に潜り、姿を消した。そこまで見送ってから、あたしたちは揃って大きなため息と共に脱力してその場に座り込んでしまった。
「「はあぁぁぁ」」
少しの沈黙の後で、疲れきった声でガクちゃんが言う。
「……なんとか乗り切ったなー」
「……だねー。とりあえず、ファーストコンタクトは成功ってことでいいんじゃない?」
「そうだな。少なくともゴマフを誘拐した敵とまでは思われてないだろ」
「でも疲れたね。正直怖かったよ」
夜にあんな大きな海竜と至近距離で遭遇するとか怖すぎる。ずっと足がガクガク震えていた。
「確かに。全長で少なくとも6㍍はありそうだったし、すごい迫力だったな。結果的には平和的に接触できたけど、一つ間違えば問答無用で襲われてもおかしくない状況だったからな。……俺も怖かった」
すごく冷静に対応してるように見えてたけど、やっぱりガクちゃんも怖かったんだね。でもノアが最初に近づいてきた時もガクちゃんはあたしの手を引いて逃げてくれたし、その後もあたしを背後に庇ってくれていた。とっさの時にこそ人の本性が出るっていうけど、ガクちゃんは全然ブレなくて安心する。
「キュイ! キュイキュイ!」
いつの間にかそばに来ていたゴマフがあたしの背中に抱きついて肩越しに首を伸ばして顔に頬擦りしてくる。
「ゴマフもちゃんといい子にしててえらかったねぇ」
喉を掻いてやるとクルルルとご機嫌で喉を鳴らしてなおも甘えてくる。そうしているとガクちゃんがズボンについた砂をぱんぱん払いながら立ち上がる。
「…………さて、いつまでもこうしてるわけにもいかんな。釣った魚の処理をして、風呂にも入らなきゃな。みさち、俺が魚の処理をしている間に風呂を沸かしておいてもらえるか? なんなら先に入ってもいいぞ」
「おまかせられ。でもお風呂は一緒に入りたいかな。……SAN値の回復には旦那さまと一緒にお風呂に入るのが一番だと思うので」
「……おぅ、こんなに正しい意味でSAN値という言葉を使ってる人間を初めて見た」
「今使わずしていつ使うの? 本物のUMAに遭遇したのに 」
「それなー。おっけ。じゃあ釣り道具を片付けて、さっさと魚の処理を終わらせるとするか」
「あたしもゴマフを囲いに戻してお風呂の準備をするね」
それから焚き火を消火して、釣り道具を砂浜の拠点に収納し、ゴマフを囲いに戻してから、真っ暗な林道にポツンポツンと灯る小さな炎を目印に仮拠点に帰った。
その後、ガクちゃんが釣ってきた魚の処理をしている間にあたしはお風呂を沸かし、ガクちゃんの作業が終わってから二人で一緒にゆっくりと風呂に浸かって一日の疲れを癒した。
でも、ノアとの遭遇は思った以上にあたしたちのSAN値を削っていたようで、身体の疲れは取れてもメンタル的には疲労が蓄積していて、二人ともイチャイチャするよりさっさと寝たいというのが正直なところだったから、その日は軽めのスキンシップだけで早々に眠りについたのだった。
◻️◻️◻️ノア視点◻️◻️◻️
昼間に若き戦士が見に行った洞窟の先、本能的な恐怖ゆえに今まで近づいたことがない場所、かつて自分にノアという名を付けてくれた友が赴いてついに戻ってこなかったその場所に、意を決して自ら赴くと決めた。
一緒に付いてこようとした若き戦士は群れの守りとして残し、日が沈んで潮目が変わろうとする頃合いを見計らって洞窟に進入した。若き戦士は先ほど満ち始めの潮流に逆らって戻ってくるのに苦労したようなので、満ち潮が終わる頃まで待っていたのだ。今から行けば、戻る頃には潮目が変わっているから引き潮の潮流に乗って楽に戻ってくることができる。
洞窟の中を泳ぎながら、かつての友に思いを馳せる。
友は定期的に遥か沖合いから恐ろしく足の速い大きな生き物に乗ってやってきては、大きな生き物が触手で魚を捕らえるのを手伝い、それからたくさん捕れた魚のうち小さなものや大きいものの頭や内臓を自分と当時の群れの仲間たちに分けてくれた。
その後、満腹になった大きな生き物が眠りにつくと、友はいつも、おそらく大きな生き物の仔であろう小さな生き物に乗ってこの洞窟に入っていった。自分は怖くて付いていったことはないが、洞窟の奥に行った友はいつも数日すると戻ってきて、再び目覚めた大きな生き物に乗って遠い海へと帰っていった。
しかし、ある時いつものように洞窟の奥に向かった友はいくら待っても戻ってくることはなく、洞窟の外に残されていた大きな生き物もいつの間にか眠ったまま死んでいたようで息を吹き返すこともなく、しばらくそこを漂っていたがいつしか何処かへ流されていなくなっていた。
やはりこの洞窟の奥には恐ろしい敵がいて、友も喰われてしまったのだとその時は思っていた。しかし、若き戦士によれば、この先に一族の仔と共にかつての友に似た生き物が暮らしているという。ならば友はあの時、この先に営巣地を見出し、そこで繁殖したのかもしれない。
そこにいるのがかつての友自身なのか、その子孫である別の者なのか、友と同じく自分たちに友好的に接してくれるのか、それを確かめるのが群れの長である自分の為すべき務めだ。
そして洞窟を抜けた先で、かつての友ではないが友と似たような外見で、自分のノアという名を知っており、獲物を自分と分け合って友好的に接してくれる新たな友と出会った。番である彼らの元で一族の仔はすくすくと順調に育っているようだった。
自分の目で見て確認し、知りたいことを知ることができ、腹も満たされて満足したので、自分を待つ群れに戻ることにした。
【作者コメント】
SAN値──元々は正気度を表すパラメーターでクトゥルフ神話を題材にしたTRPGに由来する。得体の知れない怪物などに遭遇してメンタルが削られて正気度がだんだん失われることを、SAN値が削られると表現する。現在では派生的な意味合いとして、オーバーワークなどでボロボロになっている状態を指す場合もある。
ということで作中の50日目はここまでとなります。物語的に重要な島の秘密が次第に明らかになっていき、第三部ノアズアーク編のキーパーソンともいえるプレシオサウルスの群れの長ノアがついに登場です。いかがだったでしょうか? 楽しんでいただけたらいいねボタンやコメントで応援お願いします。
65
お気に入りに追加
565
あなたにおすすめの小説
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…
小桃
ファンタジー
商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。
1.最強になれる種族
2.無限収納
3.変幻自在
4.並列思考
5.スキルコピー
5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる