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ノアズアーク編
第198話 50日目⑩邂逅
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今はまだ空に残照が残っているので林道もなんとか歩けるぐらいの明るさはあるが、帰りは完全に真っ暗になるから帰り道が分かるように林道におよそ20㍍間隔で設置してある松明に点火しながら進んでいく。この松明は地面に垂直に刺した1㍍ぐらいの棒杭の先端に粘土を焼いて作った陶器のランプを取り付けた物で、シーラカンスの液体蝋を燃料におよそ3時間ほど燃え続ける。風が吹くとすぐに消えてしまうので、携行用には向かないが、風があまり吹かない場所に定点で設置して通り道を照らす程度なら十分に使える。
ちなみに手に持って歩き回る時に使う携行用松明も別にあるが、そっちは松ヤニと木炭を使った固形燃料タイプなので燃焼時間は短いが明るく、火力が強いので小雨に降られたぐらいでは消えないという特色がある。
今の俺たちが足元を照らすための灯りとして携行しているのは、ブリキとガラスでできたランタンの中にロウソクを灯してある徳助氏の遺品のキャンドルランタンだ。松明に比べればだいぶ暗いが足元を照らすぐらいなら十分だ。
林を抜け、今は倉庫となっている砂浜の拠点まで歩いていく。最初の頃は自作の釣り道具で釣りをしていたが、徳助氏の遺品を引き継いでからはちゃんとした釣竿とリールと仕掛けが使えるようになったので穴釣り以外にも出来る釣りの幅が広がり、投げ釣りなんかもできるようになった。
拠点で釣り道具一式と餌をピックアップして砂浜に近づけば、当然の如くゴマフが俺たちに気付いて出せ出せと柵の中で騒ぎ始める。
「キュイ! キュイキュイ!」
「ガクちゃんどうする? 出したら邪魔すると思うけど」
「かといって出さないとずっと騒ぎ続けるだろうしな。とりあえず出して、危なくないように見とくしかないだろ」
「まあそうだよね。いいよ。あたしが目を離さないように見とくから」
「いつもすまんのぅ。おまいさん」
「それは言いっこなしだよぉ。あんた」
「……それはそうと、昼間に感じたって視線は今はどうだ?」
「んー……今は感じないね。やっぱり鳥だったのかなぁ」
「キュイ!」
「あー……はいはいゴマフ、今開けるからね~」
美岬が柵を開けるとゴマフがご機嫌で飛び出してきて砂浜の上をひょこひょこと美岬に着いてくる。
大潮の満潮なので水位はかなり上がっており、昼間に俺たちが潮干狩りをしていたあたりはおそらく2㍍ぐらいの深さがあるだろう。引き潮の間は深みに行っていた魚たちも満ち潮と共に戻ってきてその辺を悠々と泳いでいるはずだ。大物が釣れるといいな、と期待しつつ釣りの準備をする。
今回使うのは、伸ばすと3㍍ぐらいになるシーバスロッドと5号のナイロンラインが巻かれたスピニングリール。竿にリールを取り付けて、ラインをガイドに通して竿の先端から引き出し、投げ用の錘を結び、その先に万能投げ針であるセイゴ針を一本だけ結んだだけのシンプルなブッコミ仕掛けを用意する。底が砂地になっている場所で投げ釣りするならこれが一番だ。
針にイソメを刺し、リールのペールアームを上げ、糸を指で押さえながら竿を振りかぶり、振り下ろすと同時に糸を押さえていた指を離せば、シュルシュルと仕掛けが飛んでいき、やがて陸から30㍍ほどの海面に落ちて水しぶきを立てる。
錘が着底するのを待ち、リールのハンドルを何回か巻いて糸の弛みを取り、ピンと張る。
そのへんで拾った木の棒2本をXになるように砂に刺し、交差するところに竿を立て掛けてアタリが来るのを待ち、しばらく待ってアタリがなければ竿をシャクって海底の仕掛けを移動させ、再度糸の弛みを取ってしばらく待つ……というのが投げ釣りの基本なのだが……如何せんここは人間の手付かずの縄文の海。魚がまったくスレていない上に大潮の満潮の夕マズメ。置き竿して待つまでもなくいきなりアタリが来て竿先が激しく揺れ動く。
「おわっ! 一投目からいきなりか」
竿を一度大きくシャクってフッキングすればしっかりと針が掛かったようで確かな重みと逃げようとする魚のビクンビクンとした振動が竿越しに腕に伝わってくる。
「おお、いきなり本命かな?」
「いや、エラ洗いがないからたぶん違うな。あまり走らないし」
本命のセイゴ──シーバスは針に掛かるとそれを外すために水面を跳ねる習性、いわゆるエラ洗いをするのですぐ分かるし、右に左に泳ぎ回るが、今掛かっている魚は重さからそれなりに大きいと思われるが、泳ぐ力はあまり強くない。
抵抗虚しく波打ち際まで引き寄せた魚を波に合わせて一気に砂浜に引きずり上げれば、平べったい魚体がびったんびったんと跳ねる。それを見て美岬が納得の声を上げる。
「あー、なるほど。カレイかぁ~。そりゃいるよね」
「前にも潮溜まりに取り残されてたやつを捕まえたことあるもんな。ここには結構な数が棲息してるんじゃないか」
「本命じゃないけど十分アタリだよね」
「勿論。普通に釣れたら嬉しい魚だ」
釣れたカレイはおよそ40㌢。薄暗いので特定は難しいがおそらくマガレイかマコガレイだと思う。いずれにしても旨いカレイだ。
カレイを手早く〆てクーラーボックスに収納したら、釣り針に新しいイソメを付けて再び投げる。
仕掛けが着底すると、待ってましたとばかりにアタリが来る。まさに入れ食いだ。
そのままカレイが3匹連続で釣れて、小さめだった1匹はそのままゴマフのおやつになった。その後、ちょっと引きがカレイと違うなと思いながら釣れた5匹目はハゼを上から押し潰したような平べったく細長い魚体のマゴチだった。カレイと同じく砂地の海底に棲息するメジャーな魚だが、歯が鋭く、毒はないが刺だらけなので素手で暴れる奴を触るのは危険だ。
釣ってすぐに〆てクーラーボックスに入れられたカレイと違い、マゴチは〆るのにちょっと手間取ってしまい、なんとか事を終えた時には日没の残照も消えてすっかり暗くなってしまっていた。
キャンドルランタンだけでは仕掛けを調整したりする細かい作業をするには暗すぎるので、追加の焚き火をすることにする。
砂浜の拠点には乾いた薪や着火用の松ぼっくりのストックも置いてあるのでそれを取ってきて、キャンドルランタンの火を松ぼっくりに移して火種にして組んだ薪を燃え上がらせる。
赤々と燃え上がる焚き火の炎が周囲を明るく照らし出す。
「落ち着く明るさだね」
「キュイキュイ」
「あ、ゴマフはあんまり火に近づいちゃ駄目だよ」
「キュッ」
前に一度火に近づきすぎて、はぜた火の粉痛い目に遭っているゴマフは焚き火に近づきすぎない程度の距離で砂にうずくまって寛ぎ始める。
「よし。じゃあもうちょっと釣るかな」
「まだ本命来てないもんね」
「だな。明日から家作りと寝間着作りに専念できるように今日は釣れるだけ釣っておきたいしな。ただ、もうそろそろ満潮のピークで潮止まりになるから釣れにくくなるかもだが」
そんなことを言いながら新しい餌を付けた仕掛けを投げて糸の弛みを取って置き竿にする。さっきまでは置き竿にするまでもなく入れ食いだったが、魚が一番活性化する時間を過ぎてしまったのでやはり入れ食いとはいかない。
美岬の隣に腰を下ろす。
「夕マズメは終わっちゃったかな」
「かもな。でも、シーバスは夜中でも釣れるし、同じく夜行性の珍しい魚も釣れるかもしれないぞ」
「シーラカンスとは別の古代魚とか?」
「ちょっと見てみたいけど食用としてはいらんなー」
「シーラカンスも美味しくないもんねぇ。ランプの灯油とか石鹸の材料としては使えるけど」
「ちょっと前に釣った3匹目のおかげで灯油も石鹸も余裕はあるから今はいいな。あいつら脂っこすぎてまな板もベットベトになって後始末が大変だし」
「あはは。確かにー。じゃあ釣ってもリリースだね」
駄弁りながらも竿先を見ていると、さっきからピクン、ピクンと小さくアタッている。小魚がつついているのかな?
「…………竿先、アタッてない?」
「うん。さっきから小さいアタリだから様子見なんだが、イソメが食われて無くなってるかもだから一度上げてみるか」
竿を一度ぐっと振り上げると、根掛かりしたようなゴンッとした重みがあり、その後、いきなり激しく引きがくる。
「うわっ? なんか大きいのが掛かってた! しかもなんか初めての引きだぞ」
「ほほう。それは正体を見なきゃっすね。重い引きならエイかな?」
「いや、エイならカレイの引きをもっと強くした感じでいきなり持っていくけど、そんなのとは違うな。なんか、グイッグイッて強い引きと無抵抗が交互にくるぞ」
「…………あ、分かったかも! それアナゴじゃないかな」
「あー、なるほど。……見えてきたぞ。長いやつがのたくってるから当たりっぽいな」
浜になんとか引き上げると、俺の手首ぐらいの太さで70㌢ぐらいの長さの立派なマアナゴだった。こんなデカいアナゴは初めて見たな。大型種のクロアナゴならこれぐらいになるのもざらにいるらしいが、マアナゴでこのサイズは珍しい。美岬曰く、アナゴは餌をその場で食べる居食いする習性があるらしく、最初のアタリが微弱なことがよくあるらしい。
「このでっかいアナゴのせいでクーラーボックスがいっぱいになっちゃったね。まだやる?」
「んー、じゃあラスト一回ってことで」
針に残っていたイソメをまとめて房掛けにして、思いっきり投げる。ドボンとかなり遠くに着水したのを確認し、錘の着底を待たずに竿をシャクって誘いを掛け、その後はリールを一巻きして竿を一回シャクり、リールを一巻きして竿を一回シャクるというのを繰り返すワンピッチジャークで誘う。すると……
ゴンッと大きなアタリが来ると同時に糸が横方向に高速で走り出す。
「お! きたか!」
竿をシャクって合わせると、直後、バシャッと大きな魚体が海面で跳ねる。
「あは! エラ洗いだ! 本命来たっすよ! でもあのサイズだとセイゴじゃなくて完全にスズキだね」
「でかかったな! それにすごい引きだ! ちょっと相手が疲れるまでは寄せられそうにないぞ」
無理に寄せようとすると糸を切られかねない。リールのドラグを弛めて、一定以上の負荷が掛かると糸が引き出されるように調整する。
魚が横方向に走り、キリキリキリとリールから糸が引き出されていく。相手の力が緩んだ隙に一気にリールを巻き上げる。相手が再び暴れるとリールからキリキリと糸が引き出される。力が一瞬だけ緩んだ隙を見逃さずにリールを一気に巻き上げる。そんな駆け引きを繰り返しながら少しずつ浜に近づけていく。
「さすがにこのサイズだと砂浜に引きずり上げようとしたら重さで糸を切られると思うから、波打ち際近くまで寄せたら、手に軍手をはめてから下顎を掴んで引き上げてくれないか?」
「あい! お任せられ!」
美岬がさっそく軍手をはめて裸足になって波打ち際に下りていく。
──バシャッ! バシャバシャ!
だいぶ浅い所まで引き寄せて背中が海面から出ているシーバスが最後の抵抗と暴れているところに美岬が近づいていき、大きく開いた下顎を掴んで一気に砂浜に引き上げる。
「とったどーっ!」
「おう! さすがだな!」
リールを巻きながら近づくと、美岬が80㌢近くありそうな大物のシーバスの口から針を外そうとしていた。
「よし。取れた! うわわっ?」
針が外れた瞬間、それまで観念したように大人しくしていたシーバスがビッタンバッタンと大暴れし始める。美岬が慌てて押さえようとするが不安定な体勢だったので尻餅を着いてしまう。その間にシーバスは波打ち際まで戻ってしまう。
「まずい! 逃げる!」
「嘘嘘嘘!? 待って待って!」
陸に上げられたせいで多少は弱ってはいるものの、まさに水を得た魚。バシャバシャと尻尾で水を叩いて沖の方へと逃げていく。俺たちの足では追いつけない。
「あー……やられた」
「ガクちゃん……ごめんなさい。あたしが不用意に針を外しちゃったせいで」
「……いや、もうこれは奴の方が俺たちより一枚上手だったと思うしかない。詰めを誤った俺たちの負けだ」
ヨタヨタしながらも離れていくシーバスの後ろ姿を呆然と見送る。しかし次の瞬間、海面スレスレを泳いでいたシーバスが突然何者かに捕食されて海中に没する。
「「はぁっ!?」」
今見たものが信じられずに美岬と揃って唖然とする。80㌢のシーバスを捕食するっていったいどんな化け物だ!? しかもシーバスを捕食したであろう大きな影がこちらにまっすぐに近づいてくる。
「ヤバい! 波打ち際から離れろ!」
シャチは海岸にいるアザラシを捕まえるために勢いをつけて陸に乗り上げてくることがあるが、瞬間的にその光景が目に浮かび、とっさに美岬の手を引いて砂浜の上まで駆け上がり、そこに置いてあった石槍を拾い上げて身構える。
まず丸みのある背中が海面に浮上し、波を蹴立てて近づいてくる。しかし、浅くなったところで停止し──
──ざばっ……ざばばば……
ぐったりとしたシーバスを口に咬えた頭が波間から覗き、次いで長い首によって3㍍ぐらいの高さまで持ち上げられた。プレシオサウルス! しかも大きい。全長3㍍ぐらいだったゴマフの母親の2倍はありそうだ。
もしこいつが敵対的だったらなかなか厄介そうだな、と内心思いながら石槍を握る手に力を込める。だが、こいつが何を考えて近づいてきたのか意図がまだ分からない。ゴマフを間近でずっと見てきたし、徳助氏の手記にも記述があったからプレシオサウルスがかなり賢く好奇心も強いことは分かっているが。
俺がプレシオサウルスと目を合わせたまま出方を窺っていると、そいつはゆっくりと俺たちの方に首を伸ばしてきて、咬えていたシーバスを俺たちの前に置き、そのまま首を引っ込めて俺たちの反応を待つような様子を見せた。
「え? 返してくれるの?」
明らかに人に慣れているその様子にもしやと思い、徳助氏の手記に記されていた、誤って彼の魚網に掛かって一度捕まったもののリリースされ、その後も彼に懐いて度々餌をねだりに来ていたという若いプレシオサウルスの名を呼んでみる。
「ノア……なのか?」
【作者コメント】
ちなみにシーバスことスズキは成長と共に名前が変わる出世魚で地域によって呼び名は変わりますが関東だとセイゴ(20~30㌢)、フッコ(40~60㌢)、スズキ(60㌢~)。関西だとセイゴ(20~30㌢)、ハネ(40~60㌢)、スズキ(60㌢~)といった感じですね。
作者が住む伊勢は関東風の呼び方ですが、フッコとスズキの間にマダカ(50㌢前後)という呼び名もあります。
岳人たちの本命がセイゴだったことを考えると、二人は串焼きにしやすい30㌢前後のものを釣りたかったということですね。
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ちなみに手に持って歩き回る時に使う携行用松明も別にあるが、そっちは松ヤニと木炭を使った固形燃料タイプなので燃焼時間は短いが明るく、火力が強いので小雨に降られたぐらいでは消えないという特色がある。
今の俺たちが足元を照らすための灯りとして携行しているのは、ブリキとガラスでできたランタンの中にロウソクを灯してある徳助氏の遺品のキャンドルランタンだ。松明に比べればだいぶ暗いが足元を照らすぐらいなら十分だ。
林を抜け、今は倉庫となっている砂浜の拠点まで歩いていく。最初の頃は自作の釣り道具で釣りをしていたが、徳助氏の遺品を引き継いでからはちゃんとした釣竿とリールと仕掛けが使えるようになったので穴釣り以外にも出来る釣りの幅が広がり、投げ釣りなんかもできるようになった。
拠点で釣り道具一式と餌をピックアップして砂浜に近づけば、当然の如くゴマフが俺たちに気付いて出せ出せと柵の中で騒ぎ始める。
「キュイ! キュイキュイ!」
「ガクちゃんどうする? 出したら邪魔すると思うけど」
「かといって出さないとずっと騒ぎ続けるだろうしな。とりあえず出して、危なくないように見とくしかないだろ」
「まあそうだよね。いいよ。あたしが目を離さないように見とくから」
「いつもすまんのぅ。おまいさん」
「それは言いっこなしだよぉ。あんた」
「……それはそうと、昼間に感じたって視線は今はどうだ?」
「んー……今は感じないね。やっぱり鳥だったのかなぁ」
「キュイ!」
「あー……はいはいゴマフ、今開けるからね~」
美岬が柵を開けるとゴマフがご機嫌で飛び出してきて砂浜の上をひょこひょこと美岬に着いてくる。
大潮の満潮なので水位はかなり上がっており、昼間に俺たちが潮干狩りをしていたあたりはおそらく2㍍ぐらいの深さがあるだろう。引き潮の間は深みに行っていた魚たちも満ち潮と共に戻ってきてその辺を悠々と泳いでいるはずだ。大物が釣れるといいな、と期待しつつ釣りの準備をする。
今回使うのは、伸ばすと3㍍ぐらいになるシーバスロッドと5号のナイロンラインが巻かれたスピニングリール。竿にリールを取り付けて、ラインをガイドに通して竿の先端から引き出し、投げ用の錘を結び、その先に万能投げ針であるセイゴ針を一本だけ結んだだけのシンプルなブッコミ仕掛けを用意する。底が砂地になっている場所で投げ釣りするならこれが一番だ。
針にイソメを刺し、リールのペールアームを上げ、糸を指で押さえながら竿を振りかぶり、振り下ろすと同時に糸を押さえていた指を離せば、シュルシュルと仕掛けが飛んでいき、やがて陸から30㍍ほどの海面に落ちて水しぶきを立てる。
錘が着底するのを待ち、リールのハンドルを何回か巻いて糸の弛みを取り、ピンと張る。
そのへんで拾った木の棒2本をXになるように砂に刺し、交差するところに竿を立て掛けてアタリが来るのを待ち、しばらく待ってアタリがなければ竿をシャクって海底の仕掛けを移動させ、再度糸の弛みを取ってしばらく待つ……というのが投げ釣りの基本なのだが……如何せんここは人間の手付かずの縄文の海。魚がまったくスレていない上に大潮の満潮の夕マズメ。置き竿して待つまでもなくいきなりアタリが来て竿先が激しく揺れ動く。
「おわっ! 一投目からいきなりか」
竿を一度大きくシャクってフッキングすればしっかりと針が掛かったようで確かな重みと逃げようとする魚のビクンビクンとした振動が竿越しに腕に伝わってくる。
「おお、いきなり本命かな?」
「いや、エラ洗いがないからたぶん違うな。あまり走らないし」
本命のセイゴ──シーバスは針に掛かるとそれを外すために水面を跳ねる習性、いわゆるエラ洗いをするのですぐ分かるし、右に左に泳ぎ回るが、今掛かっている魚は重さからそれなりに大きいと思われるが、泳ぐ力はあまり強くない。
抵抗虚しく波打ち際まで引き寄せた魚を波に合わせて一気に砂浜に引きずり上げれば、平べったい魚体がびったんびったんと跳ねる。それを見て美岬が納得の声を上げる。
「あー、なるほど。カレイかぁ~。そりゃいるよね」
「前にも潮溜まりに取り残されてたやつを捕まえたことあるもんな。ここには結構な数が棲息してるんじゃないか」
「本命じゃないけど十分アタリだよね」
「勿論。普通に釣れたら嬉しい魚だ」
釣れたカレイはおよそ40㌢。薄暗いので特定は難しいがおそらくマガレイかマコガレイだと思う。いずれにしても旨いカレイだ。
カレイを手早く〆てクーラーボックスに収納したら、釣り針に新しいイソメを付けて再び投げる。
仕掛けが着底すると、待ってましたとばかりにアタリが来る。まさに入れ食いだ。
そのままカレイが3匹連続で釣れて、小さめだった1匹はそのままゴマフのおやつになった。その後、ちょっと引きがカレイと違うなと思いながら釣れた5匹目はハゼを上から押し潰したような平べったく細長い魚体のマゴチだった。カレイと同じく砂地の海底に棲息するメジャーな魚だが、歯が鋭く、毒はないが刺だらけなので素手で暴れる奴を触るのは危険だ。
釣ってすぐに〆てクーラーボックスに入れられたカレイと違い、マゴチは〆るのにちょっと手間取ってしまい、なんとか事を終えた時には日没の残照も消えてすっかり暗くなってしまっていた。
キャンドルランタンだけでは仕掛けを調整したりする細かい作業をするには暗すぎるので、追加の焚き火をすることにする。
砂浜の拠点には乾いた薪や着火用の松ぼっくりのストックも置いてあるのでそれを取ってきて、キャンドルランタンの火を松ぼっくりに移して火種にして組んだ薪を燃え上がらせる。
赤々と燃え上がる焚き火の炎が周囲を明るく照らし出す。
「落ち着く明るさだね」
「キュイキュイ」
「あ、ゴマフはあんまり火に近づいちゃ駄目だよ」
「キュッ」
前に一度火に近づきすぎて、はぜた火の粉痛い目に遭っているゴマフは焚き火に近づきすぎない程度の距離で砂にうずくまって寛ぎ始める。
「よし。じゃあもうちょっと釣るかな」
「まだ本命来てないもんね」
「だな。明日から家作りと寝間着作りに専念できるように今日は釣れるだけ釣っておきたいしな。ただ、もうそろそろ満潮のピークで潮止まりになるから釣れにくくなるかもだが」
そんなことを言いながら新しい餌を付けた仕掛けを投げて糸の弛みを取って置き竿にする。さっきまでは置き竿にするまでもなく入れ食いだったが、魚が一番活性化する時間を過ぎてしまったのでやはり入れ食いとはいかない。
美岬の隣に腰を下ろす。
「夕マズメは終わっちゃったかな」
「かもな。でも、シーバスは夜中でも釣れるし、同じく夜行性の珍しい魚も釣れるかもしれないぞ」
「シーラカンスとは別の古代魚とか?」
「ちょっと見てみたいけど食用としてはいらんなー」
「シーラカンスも美味しくないもんねぇ。ランプの灯油とか石鹸の材料としては使えるけど」
「ちょっと前に釣った3匹目のおかげで灯油も石鹸も余裕はあるから今はいいな。あいつら脂っこすぎてまな板もベットベトになって後始末が大変だし」
「あはは。確かにー。じゃあ釣ってもリリースだね」
駄弁りながらも竿先を見ていると、さっきからピクン、ピクンと小さくアタッている。小魚がつついているのかな?
「…………竿先、アタッてない?」
「うん。さっきから小さいアタリだから様子見なんだが、イソメが食われて無くなってるかもだから一度上げてみるか」
竿を一度ぐっと振り上げると、根掛かりしたようなゴンッとした重みがあり、その後、いきなり激しく引きがくる。
「うわっ? なんか大きいのが掛かってた! しかもなんか初めての引きだぞ」
「ほほう。それは正体を見なきゃっすね。重い引きならエイかな?」
「いや、エイならカレイの引きをもっと強くした感じでいきなり持っていくけど、そんなのとは違うな。なんか、グイッグイッて強い引きと無抵抗が交互にくるぞ」
「…………あ、分かったかも! それアナゴじゃないかな」
「あー、なるほど。……見えてきたぞ。長いやつがのたくってるから当たりっぽいな」
浜になんとか引き上げると、俺の手首ぐらいの太さで70㌢ぐらいの長さの立派なマアナゴだった。こんなデカいアナゴは初めて見たな。大型種のクロアナゴならこれぐらいになるのもざらにいるらしいが、マアナゴでこのサイズは珍しい。美岬曰く、アナゴは餌をその場で食べる居食いする習性があるらしく、最初のアタリが微弱なことがよくあるらしい。
「このでっかいアナゴのせいでクーラーボックスがいっぱいになっちゃったね。まだやる?」
「んー、じゃあラスト一回ってことで」
針に残っていたイソメをまとめて房掛けにして、思いっきり投げる。ドボンとかなり遠くに着水したのを確認し、錘の着底を待たずに竿をシャクって誘いを掛け、その後はリールを一巻きして竿を一回シャクり、リールを一巻きして竿を一回シャクるというのを繰り返すワンピッチジャークで誘う。すると……
ゴンッと大きなアタリが来ると同時に糸が横方向に高速で走り出す。
「お! きたか!」
竿をシャクって合わせると、直後、バシャッと大きな魚体が海面で跳ねる。
「あは! エラ洗いだ! 本命来たっすよ! でもあのサイズだとセイゴじゃなくて完全にスズキだね」
「でかかったな! それにすごい引きだ! ちょっと相手が疲れるまでは寄せられそうにないぞ」
無理に寄せようとすると糸を切られかねない。リールのドラグを弛めて、一定以上の負荷が掛かると糸が引き出されるように調整する。
魚が横方向に走り、キリキリキリとリールから糸が引き出されていく。相手の力が緩んだ隙に一気にリールを巻き上げる。相手が再び暴れるとリールからキリキリと糸が引き出される。力が一瞬だけ緩んだ隙を見逃さずにリールを一気に巻き上げる。そんな駆け引きを繰り返しながら少しずつ浜に近づけていく。
「さすがにこのサイズだと砂浜に引きずり上げようとしたら重さで糸を切られると思うから、波打ち際近くまで寄せたら、手に軍手をはめてから下顎を掴んで引き上げてくれないか?」
「あい! お任せられ!」
美岬がさっそく軍手をはめて裸足になって波打ち際に下りていく。
──バシャッ! バシャバシャ!
だいぶ浅い所まで引き寄せて背中が海面から出ているシーバスが最後の抵抗と暴れているところに美岬が近づいていき、大きく開いた下顎を掴んで一気に砂浜に引き上げる。
「とったどーっ!」
「おう! さすがだな!」
リールを巻きながら近づくと、美岬が80㌢近くありそうな大物のシーバスの口から針を外そうとしていた。
「よし。取れた! うわわっ?」
針が外れた瞬間、それまで観念したように大人しくしていたシーバスがビッタンバッタンと大暴れし始める。美岬が慌てて押さえようとするが不安定な体勢だったので尻餅を着いてしまう。その間にシーバスは波打ち際まで戻ってしまう。
「まずい! 逃げる!」
「嘘嘘嘘!? 待って待って!」
陸に上げられたせいで多少は弱ってはいるものの、まさに水を得た魚。バシャバシャと尻尾で水を叩いて沖の方へと逃げていく。俺たちの足では追いつけない。
「あー……やられた」
「ガクちゃん……ごめんなさい。あたしが不用意に針を外しちゃったせいで」
「……いや、もうこれは奴の方が俺たちより一枚上手だったと思うしかない。詰めを誤った俺たちの負けだ」
ヨタヨタしながらも離れていくシーバスの後ろ姿を呆然と見送る。しかし次の瞬間、海面スレスレを泳いでいたシーバスが突然何者かに捕食されて海中に没する。
「「はぁっ!?」」
今見たものが信じられずに美岬と揃って唖然とする。80㌢のシーバスを捕食するっていったいどんな化け物だ!? しかもシーバスを捕食したであろう大きな影がこちらにまっすぐに近づいてくる。
「ヤバい! 波打ち際から離れろ!」
シャチは海岸にいるアザラシを捕まえるために勢いをつけて陸に乗り上げてくることがあるが、瞬間的にその光景が目に浮かび、とっさに美岬の手を引いて砂浜の上まで駆け上がり、そこに置いてあった石槍を拾い上げて身構える。
まず丸みのある背中が海面に浮上し、波を蹴立てて近づいてくる。しかし、浅くなったところで停止し──
──ざばっ……ざばばば……
ぐったりとしたシーバスを口に咬えた頭が波間から覗き、次いで長い首によって3㍍ぐらいの高さまで持ち上げられた。プレシオサウルス! しかも大きい。全長3㍍ぐらいだったゴマフの母親の2倍はありそうだ。
もしこいつが敵対的だったらなかなか厄介そうだな、と内心思いながら石槍を握る手に力を込める。だが、こいつが何を考えて近づいてきたのか意図がまだ分からない。ゴマフを間近でずっと見てきたし、徳助氏の手記にも記述があったからプレシオサウルスがかなり賢く好奇心も強いことは分かっているが。
俺がプレシオサウルスと目を合わせたまま出方を窺っていると、そいつはゆっくりと俺たちの方に首を伸ばしてきて、咬えていたシーバスを俺たちの前に置き、そのまま首を引っ込めて俺たちの反応を待つような様子を見せた。
「え? 返してくれるの?」
明らかに人に慣れているその様子にもしやと思い、徳助氏の手記に記されていた、誤って彼の魚網に掛かって一度捕まったもののリリースされ、その後も彼に懐いて度々餌をねだりに来ていたという若いプレシオサウルスの名を呼んでみる。
「ノア……なのか?」
【作者コメント】
ちなみにシーバスことスズキは成長と共に名前が変わる出世魚で地域によって呼び名は変わりますが関東だとセイゴ(20~30㌢)、フッコ(40~60㌢)、スズキ(60㌢~)。関西だとセイゴ(20~30㌢)、ハネ(40~60㌢)、スズキ(60㌢~)といった感じですね。
作者が住む伊勢は関東風の呼び方ですが、フッコとスズキの間にマダカ(50㌢前後)という呼び名もあります。
岳人たちの本命がセイゴだったことを考えると、二人は串焼きにしやすい30㌢前後のものを釣りたかったということですね。
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※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
強制無人島生活
デンヒロ
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主人公の名前は高松 真。
修学旅行中に乗っていたクルーズ船が事故に遭い、
救命いかだで脱出するも無人島に漂着してしまう。
更に一緒に流れ着いた者たちに追放された挙げ句に取り残されてしまった。
だが、助けた女の子たちと共に無人島でスローライフな日々を過ごすことに……
果たして彼は無事に日本へ帰ることができるのか?
注意
この作品は作者のモチベーション維持のために少しずつ投稿します。
1話あたり300~1000文字くらいです。
ご了承のほどよろしくお願いします。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
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〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
全能で楽しく公爵家!!
山椒
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平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
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ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
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