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ノアズアーク編
第197話 50日目⑨貝を食べる
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テーブルに並ぶ貝料理の数々。大皿にはアワビとタイラギとアカニシのお造りの盛り合わせ。どんぶり鉢にはアサリとモズクと葛切りのスープ。小鉢に塩茹でというか塩蒸しのキサゴ。
テーブルに向かい合って座り、食材となった貝への感謝を込めて手を合わせる。
「「いただきます」」
あたしはまずスープのどんぶりを両手で持ち上げて縁からずずっと一口すすり、透明のうどんみたいな葛切りとモズクを一緒に箸でつまんでちゅるんと吸い上げる。
もちもちした葛切りと粘りけのあるモズクにアサリのお出汁が絡んで美味しい。
「んー! この塩麹とアサリの旨味が美味しいねぇ」
「ああ。あと念願の薬味のネギがいい仕事してるなー。ミツカドネギ旨いなー」
「ネギが入るだけで一気に和風な感じになるよね」
「だな。ミツバも悪くないが俺はやっぱり汁物の薬味はネギが好きだな」
「あたしもー」
ガクちゃん謹製の『旨味出汁』にアワビの肝を溶かした肝醤油モドキにアカニシの刺身をくぐらせて口に運ぶ。茹でた貝は普通は硬くコリコリになるのに、アカニシは少し歯ごたえはあるけど柔らかくて焼いたエリンギに食感が似ている。味はそこまで濃くないけど、肝醤油モドキとの親和性は抜群なので注意してないといくらでも食べてしまいそう。
岩に付いた藻を主食とするアワビは、わずかに食べた藻の匂いが身に移っているので、噛み締めると濃厚な貝の味の奥から藻に由来する青っぽい香りが口に広がる。ここの場所は汚染や磯焼けや赤潮の影響を受けていない綺麗な海だから海藻の状態も良く、アワビに移った藻の風味も磯臭さではなく、キュウリのような上品な香りで爽やかさがある。
タイラギの貝柱は普段は干した物を戻して煮込むことが多いけど、潮干狩りした時はこうしてお刺身で食べられる。すでに何度も食べてるけど、食べる度に感動を新たにする。とろけるほどに柔らかくて甘いタイラギの刺身はこれだけで完成した芸術品みたい。でも違う個性のアワビやアカニシの刺身と合わせることでタイラギ単品で食べる以上の満足感がある。この感動を表現する語彙がないのがもどかしい。
「なんていうんだっけ? こういう違う個性の食材を組み合わせて一緒に食べると単体で食べるよりもっと美味しくなる感じ」
「相乗効果?」
「そうなんだけどそれじゃなくて、もっとオシャレな横文字の」
「マリアージュ?」
「そうそれ! ちなみにどういう意味?」
「フランス語の結婚を意味する言葉で英語のマリッジに相当するな。料理用語として使う場合は理想的な組み合わせという意味で使われる表現だな」
「おぉ、覚えとこ! この貝の盛り合わせもとてもいいマリアージュだよね」
「ふふふ、そうだな。その使い方で合ってる」
「何で笑うの」
「いや、覚えた知識をすぐに使おうとするそういうところも可愛いなと思って」
顔がかぁっと熱くなるのを感じる。事あるごとにしれっと愛してるだの好きだの可愛いだのと囁いてくるけど、心の準備ができてないといつも動揺させられる。
「も、もーっ! また不意討ちでそういうこと言う! あたしの反応見て楽しむためにわざと言ってない?」
「いやその、こういうのは狙って言ってるわけじゃなくてだな、鍋が吹きこぼれる感覚で本音がつい口から溢れてるだけだから……そのなんだ、気にするな」
「気にするわっ! あたし承認欲求強いんだから、そんなこと言われたら全力で耳ダンボになって口元のニヨニヨを抑えられなくなるから困るんだけど!」
「え、なにそれ可愛い」
もうその手は食わないよ。
「その手は桑名の焼きハマグリだよ!」
「…………」
「…………ちょとっ! なんでいきなりすーんと可哀想な子を見るような表情で無言になるんすか!?」
「……よし。キサゴを食べよう」
「しかも梯子まで外されたし! 嫁を置き去りにするなんてひどいっす。イケズっす!」
「さ、優しく受け止めてやるからそこから飛び降りておいで」
「わぁい! ……じゃないし! ひどいマッチポンプだよ」
「いやー昭和ギャグまではまだついていけるけど、江戸ギャグはさすがに古すぎてついていけないからな」
「明らかに理解してる人の反応だよね。てか前にもこのやり取りやったよね」
そして前回も同じような対応をされた気がする。
「まあそんなことはどうでもいいから、みさちが教えてくれた最高に旨いというキサゴを食べようじゃないか」
「くっ……これで勝ったと思うなよぅ」
あたしの負け惜しみでこの話は終わり。ぶっちゃけ悔しがってる振りだけでちっとも悔しくない。ガクちゃんと馬鹿話でじゃれ合えるのが楽しくてしょうがない。
たぶん今のあたしはセリフとは裏腹に満面で笑ってる。
ガクちゃんがナイフで小枝を削って尖らせた楊枝を一本くれる。
「はい。キサゴを殻から抜く為の楊枝」
「ありがとー」
キサゴを1個手に取り、殻の口から姿を見せている身に楊枝を刺してくりんと捻ればするんと身が尻尾の先まで綺麗に抜けるのでそのままパクッと口に運ぶ。
ギリギリ火が通ったキサゴの身はめちゃくちゃ柔らかく、磯臭さがまったく無く、濃縮された旨味とまろやかな肝のバランスが最高に美味しい。小さいけど満足度がすごい貝、それがキサゴ。
「うまっ! それにめっちゃ柔らかいな」
「でしょでしょ! 濃い塩味の熱湯に漬け込むだけの簡単料理だけど、このやり方が火の通り具合が絶妙になって一番美味しいんだよ」
「なるほど。確かに絶妙だな。ちゃんと火は通ってるのに柔らかくて、普通に茹でてはこうはならんよな。それにしてもキサゴは肝に苦味が無くて旨いよなー」
「サザエとかけっこう苦いけど、キサゴはなんか美味しいよね」
「なー。個人的には巻き貝では一番旨い気がするな」
あとは黙々とキサゴを殻から抜いて食べるを繰り返し、気づけばそれなりに量のあったキサゴが全部殻だけになっていた。
「あー……美味しかったねー」
「久しぶりの貝尽くしだったな」
「最近色々食べてたもんね。あ、このキサゴの殻もらうね」
「どうするんだこれ?」
「磨いてアクセサリーにしようかなって。キサゴは磨くと真珠層が出てくるから綺麗なんだよ」
「なにそれまるで女子じゃないか」
「女子ですぅー」
「殻を集めるのはいいけどさ、そのままだと殻に中に残った組織片なんかが臭ってくるから、アルカリ液にしばらく漬け込んでからの方がいいと思うぞ」
「あ、そうだね。木灰液でいいかな?」
どんぶり鉢に木灰液を作り、キサゴの殻を漬け込む。それから食事の片付けを終わらせると時刻は夕方の6時頃になっていた。見上げた空は群青が深くなり、気の早い星が瞬き始めていて、谷底の箱庭は灯りが必要なぐらい暗くなっている。
「さて、じゃあいい時間だからそろそろ釣りに行くとするか」
「そうだね」
あたしが腰に剣鉈を吊るしているとガクちゃんが怪訝な顔をする。
「いるか? 剣鉈」
「んー……取り越し苦労ならいいんだけど、昼間の視線がやっぱり気になるから、最低限の身を守る装備はしときたいかなって。ガクちゃんはサバイバルナイフがあるけど、あたしのアーミーナイフじゃ護身用にはちょっと心許ないし」
「……それなら、俺も石槍を一応持っておくか。杖代わりになるし、手ぶらより安心できるしな」
以前の洞窟探検でティラノサウルスの骸を見つけた後、危険な動物がまだ生き残っているかもしれないからと、護身用に木の棒の先端に尖らせた石器を膠と紐で固定した石槍も一応作ってあった。今まで出番はなくて基本的に物干し竿扱いだったけど。
「ただのあたしの勘違いだったらごめんね」
「それならそれでいいんだよ。でも、いじめられてて視線に敏感なみさちが視られてたというなら備えはしておいた方がいいだろな。相手の正体が分からないから大事な食料調達の夜釣りをキャンセルするほどではないけど、念のために自衛できる程度の装備はしておこう」
昼間に採った釣り餌と釣り道具一式は砂浜の拠点の方にあるので、あたしたちはいざという時のための装備とキャンドルランタンを手に、林道の各所に設置してある松明に火を灯しながら再び海に向かった。
◻️◻️◻️???視点◻️◻️◻️
洞窟の奥へ仔を迎えに行った若い戦士が戻ってきて長に状況を伝え、判断を委ねた。戦士は洞窟の先で我が仔を見つけたが、仔はそこで少なくとも二体の二足歩行の生き物と共に暮らしており、その生き物に対して親に向ける仕草をしていて無理に連れ帰ることはできないと判断して一旦戻ってきたとのこと。行方不明の番の姿はそこにはなかったらしい。
二足歩行の生き物について、長には心当たりがあった。ずっと昔、まだ長が仔竜の頃に海上を泳ぐ大きな硬い生き物に乗ってこの場所に時折現れては大量の魚を捕らえていたあの生き物だろう。ある時を境に姿を見せなくなったが、その者は大きな生き物が触手で捕らえた多くの魚のうちいらない魚を海に捨てていたので、その者が現れた時に近くにいればおこぼれにあずかることができた。
一度近づきすぎて大きな生き物の魚を捕る触手に捕まってしまったことがあるが、群れの戦士たちが大きな生き物を取り囲むとそれに乗っていた二足歩行の生き物は大きな生き物の触手から自分を助け出し、群れに戻してくれた。
それ以降もその者たちが来た時に近づけば魚のおこぼれにありつくことができた。そのうち、二足歩行の者が自分に対して特別な鳴き声で呼び掛けるようになった。その鳴き声が自分を指す名であると気づくのに時間はかからなかった。
その者は『ノア』と自分を呼び、それが群れの他の者は誰も知らない密かな自分の名となった。
長──ノアは思案し、決断する。
洞窟の先にいるのはあの者だろうか? それとも別の個体であろうか? もし別の個体であるなら友好的だろうか? まずは自分で行って確かめねばならない。
【作者コメント】
『その手は桑名の焼きハマグリ』のネタって前にも使った覚えがあるけどどこだったかなーと読み返してみると8日目③でしたね。そこの後書きで元ネタは東海道中膝栗毛だと書いてたのですが、どういう風に扱われているのか気になって、東海道中膝栗毛の該当部分である桑名宿の話を読んでみたんですよ。そして判明した事実! 『その手は桑名の焼きハマグリ』なんて表現、東海道中膝栗毛には出てきません。
あくまでもその時代の江戸で流行っていたダジャレだったようです。……っていうか、桑名宿の話はちょっとここに書くのがはばかられるレベルの下ネタ三昧でドン引きでしたわ。そもそもあの話、喜多さんは陰間で弥次さんの愛人で二人は駆け落ちで江戸に住んでるって設定だったそうな。知らんかった。……陰間ってなぁに? ってなった純粋なあなたはどうかそのままでいて。世の中には知らない方が幸せなこともあるのです。
いつも応援ありがとうございます。引き続き楽しんでいただければ幸いです。
テーブルに向かい合って座り、食材となった貝への感謝を込めて手を合わせる。
「「いただきます」」
あたしはまずスープのどんぶりを両手で持ち上げて縁からずずっと一口すすり、透明のうどんみたいな葛切りとモズクを一緒に箸でつまんでちゅるんと吸い上げる。
もちもちした葛切りと粘りけのあるモズクにアサリのお出汁が絡んで美味しい。
「んー! この塩麹とアサリの旨味が美味しいねぇ」
「ああ。あと念願の薬味のネギがいい仕事してるなー。ミツカドネギ旨いなー」
「ネギが入るだけで一気に和風な感じになるよね」
「だな。ミツバも悪くないが俺はやっぱり汁物の薬味はネギが好きだな」
「あたしもー」
ガクちゃん謹製の『旨味出汁』にアワビの肝を溶かした肝醤油モドキにアカニシの刺身をくぐらせて口に運ぶ。茹でた貝は普通は硬くコリコリになるのに、アカニシは少し歯ごたえはあるけど柔らかくて焼いたエリンギに食感が似ている。味はそこまで濃くないけど、肝醤油モドキとの親和性は抜群なので注意してないといくらでも食べてしまいそう。
岩に付いた藻を主食とするアワビは、わずかに食べた藻の匂いが身に移っているので、噛み締めると濃厚な貝の味の奥から藻に由来する青っぽい香りが口に広がる。ここの場所は汚染や磯焼けや赤潮の影響を受けていない綺麗な海だから海藻の状態も良く、アワビに移った藻の風味も磯臭さではなく、キュウリのような上品な香りで爽やかさがある。
タイラギの貝柱は普段は干した物を戻して煮込むことが多いけど、潮干狩りした時はこうしてお刺身で食べられる。すでに何度も食べてるけど、食べる度に感動を新たにする。とろけるほどに柔らかくて甘いタイラギの刺身はこれだけで完成した芸術品みたい。でも違う個性のアワビやアカニシの刺身と合わせることでタイラギ単品で食べる以上の満足感がある。この感動を表現する語彙がないのがもどかしい。
「なんていうんだっけ? こういう違う個性の食材を組み合わせて一緒に食べると単体で食べるよりもっと美味しくなる感じ」
「相乗効果?」
「そうなんだけどそれじゃなくて、もっとオシャレな横文字の」
「マリアージュ?」
「そうそれ! ちなみにどういう意味?」
「フランス語の結婚を意味する言葉で英語のマリッジに相当するな。料理用語として使う場合は理想的な組み合わせという意味で使われる表現だな」
「おぉ、覚えとこ! この貝の盛り合わせもとてもいいマリアージュだよね」
「ふふふ、そうだな。その使い方で合ってる」
「何で笑うの」
「いや、覚えた知識をすぐに使おうとするそういうところも可愛いなと思って」
顔がかぁっと熱くなるのを感じる。事あるごとにしれっと愛してるだの好きだの可愛いだのと囁いてくるけど、心の準備ができてないといつも動揺させられる。
「も、もーっ! また不意討ちでそういうこと言う! あたしの反応見て楽しむためにわざと言ってない?」
「いやその、こういうのは狙って言ってるわけじゃなくてだな、鍋が吹きこぼれる感覚で本音がつい口から溢れてるだけだから……そのなんだ、気にするな」
「気にするわっ! あたし承認欲求強いんだから、そんなこと言われたら全力で耳ダンボになって口元のニヨニヨを抑えられなくなるから困るんだけど!」
「え、なにそれ可愛い」
もうその手は食わないよ。
「その手は桑名の焼きハマグリだよ!」
「…………」
「…………ちょとっ! なんでいきなりすーんと可哀想な子を見るような表情で無言になるんすか!?」
「……よし。キサゴを食べよう」
「しかも梯子まで外されたし! 嫁を置き去りにするなんてひどいっす。イケズっす!」
「さ、優しく受け止めてやるからそこから飛び降りておいで」
「わぁい! ……じゃないし! ひどいマッチポンプだよ」
「いやー昭和ギャグまではまだついていけるけど、江戸ギャグはさすがに古すぎてついていけないからな」
「明らかに理解してる人の反応だよね。てか前にもこのやり取りやったよね」
そして前回も同じような対応をされた気がする。
「まあそんなことはどうでもいいから、みさちが教えてくれた最高に旨いというキサゴを食べようじゃないか」
「くっ……これで勝ったと思うなよぅ」
あたしの負け惜しみでこの話は終わり。ぶっちゃけ悔しがってる振りだけでちっとも悔しくない。ガクちゃんと馬鹿話でじゃれ合えるのが楽しくてしょうがない。
たぶん今のあたしはセリフとは裏腹に満面で笑ってる。
ガクちゃんがナイフで小枝を削って尖らせた楊枝を一本くれる。
「はい。キサゴを殻から抜く為の楊枝」
「ありがとー」
キサゴを1個手に取り、殻の口から姿を見せている身に楊枝を刺してくりんと捻ればするんと身が尻尾の先まで綺麗に抜けるのでそのままパクッと口に運ぶ。
ギリギリ火が通ったキサゴの身はめちゃくちゃ柔らかく、磯臭さがまったく無く、濃縮された旨味とまろやかな肝のバランスが最高に美味しい。小さいけど満足度がすごい貝、それがキサゴ。
「うまっ! それにめっちゃ柔らかいな」
「でしょでしょ! 濃い塩味の熱湯に漬け込むだけの簡単料理だけど、このやり方が火の通り具合が絶妙になって一番美味しいんだよ」
「なるほど。確かに絶妙だな。ちゃんと火は通ってるのに柔らかくて、普通に茹でてはこうはならんよな。それにしてもキサゴは肝に苦味が無くて旨いよなー」
「サザエとかけっこう苦いけど、キサゴはなんか美味しいよね」
「なー。個人的には巻き貝では一番旨い気がするな」
あとは黙々とキサゴを殻から抜いて食べるを繰り返し、気づけばそれなりに量のあったキサゴが全部殻だけになっていた。
「あー……美味しかったねー」
「久しぶりの貝尽くしだったな」
「最近色々食べてたもんね。あ、このキサゴの殻もらうね」
「どうするんだこれ?」
「磨いてアクセサリーにしようかなって。キサゴは磨くと真珠層が出てくるから綺麗なんだよ」
「なにそれまるで女子じゃないか」
「女子ですぅー」
「殻を集めるのはいいけどさ、そのままだと殻に中に残った組織片なんかが臭ってくるから、アルカリ液にしばらく漬け込んでからの方がいいと思うぞ」
「あ、そうだね。木灰液でいいかな?」
どんぶり鉢に木灰液を作り、キサゴの殻を漬け込む。それから食事の片付けを終わらせると時刻は夕方の6時頃になっていた。見上げた空は群青が深くなり、気の早い星が瞬き始めていて、谷底の箱庭は灯りが必要なぐらい暗くなっている。
「さて、じゃあいい時間だからそろそろ釣りに行くとするか」
「そうだね」
あたしが腰に剣鉈を吊るしているとガクちゃんが怪訝な顔をする。
「いるか? 剣鉈」
「んー……取り越し苦労ならいいんだけど、昼間の視線がやっぱり気になるから、最低限の身を守る装備はしときたいかなって。ガクちゃんはサバイバルナイフがあるけど、あたしのアーミーナイフじゃ護身用にはちょっと心許ないし」
「……それなら、俺も石槍を一応持っておくか。杖代わりになるし、手ぶらより安心できるしな」
以前の洞窟探検でティラノサウルスの骸を見つけた後、危険な動物がまだ生き残っているかもしれないからと、護身用に木の棒の先端に尖らせた石器を膠と紐で固定した石槍も一応作ってあった。今まで出番はなくて基本的に物干し竿扱いだったけど。
「ただのあたしの勘違いだったらごめんね」
「それならそれでいいんだよ。でも、いじめられてて視線に敏感なみさちが視られてたというなら備えはしておいた方がいいだろな。相手の正体が分からないから大事な食料調達の夜釣りをキャンセルするほどではないけど、念のために自衛できる程度の装備はしておこう」
昼間に採った釣り餌と釣り道具一式は砂浜の拠点の方にあるので、あたしたちはいざという時のための装備とキャンドルランタンを手に、林道の各所に設置してある松明に火を灯しながら再び海に向かった。
◻️◻️◻️???視点◻️◻️◻️
洞窟の奥へ仔を迎えに行った若い戦士が戻ってきて長に状況を伝え、判断を委ねた。戦士は洞窟の先で我が仔を見つけたが、仔はそこで少なくとも二体の二足歩行の生き物と共に暮らしており、その生き物に対して親に向ける仕草をしていて無理に連れ帰ることはできないと判断して一旦戻ってきたとのこと。行方不明の番の姿はそこにはなかったらしい。
二足歩行の生き物について、長には心当たりがあった。ずっと昔、まだ長が仔竜の頃に海上を泳ぐ大きな硬い生き物に乗ってこの場所に時折現れては大量の魚を捕らえていたあの生き物だろう。ある時を境に姿を見せなくなったが、その者は大きな生き物が触手で捕らえた多くの魚のうちいらない魚を海に捨てていたので、その者が現れた時に近くにいればおこぼれにあずかることができた。
一度近づきすぎて大きな生き物の魚を捕る触手に捕まってしまったことがあるが、群れの戦士たちが大きな生き物を取り囲むとそれに乗っていた二足歩行の生き物は大きな生き物の触手から自分を助け出し、群れに戻してくれた。
それ以降もその者たちが来た時に近づけば魚のおこぼれにありつくことができた。そのうち、二足歩行の者が自分に対して特別な鳴き声で呼び掛けるようになった。その鳴き声が自分を指す名であると気づくのに時間はかからなかった。
その者は『ノア』と自分を呼び、それが群れの他の者は誰も知らない密かな自分の名となった。
長──ノアは思案し、決断する。
洞窟の先にいるのはあの者だろうか? それとも別の個体であろうか? もし別の個体であるなら友好的だろうか? まずは自分で行って確かめねばならない。
【作者コメント】
『その手は桑名の焼きハマグリ』のネタって前にも使った覚えがあるけどどこだったかなーと読み返してみると8日目③でしたね。そこの後書きで元ネタは東海道中膝栗毛だと書いてたのですが、どういう風に扱われているのか気になって、東海道中膝栗毛の該当部分である桑名宿の話を読んでみたんですよ。そして判明した事実! 『その手は桑名の焼きハマグリ』なんて表現、東海道中膝栗毛には出てきません。
あくまでもその時代の江戸で流行っていたダジャレだったようです。……っていうか、桑名宿の話はちょっとここに書くのがはばかられるレベルの下ネタ三昧でドン引きでしたわ。そもそもあの話、喜多さんは陰間で弥次さんの愛人で二人は駆け落ちで江戸に住んでるって設定だったそうな。知らんかった。……陰間ってなぁに? ってなった純粋なあなたはどうかそのままでいて。世の中には知らない方が幸せなこともあるのです。
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