上 下
185 / 220
ノアズアーク編

第185話 45日目⑧お風呂を準備する

しおりを挟む
──コンコンコン……コンコンコン……

 木釘を打ち込む音が静かな林の中に響いている。
 すでに半分ほど床材を張り終えた作りかけのウッドデッキ。休憩前までで土台と床を支える梁材を組み上げ、休憩後に梁材に床材を木釘で固定する作業をここまで進めてきた。
 初めは二人で足場に登って作業していたが、固定し終えた床材が足場にできるぐらいの幅になってからはガクちゃんが床材の上に登り、あたしが下からサポートする形になった。

 作業の流れとしては、あたしが下から床材の丸太を何本か上のガクちゃんに渡し、ガクちゃんはそれを梁材に交差するようにして仮置きする。
 次いであたしが梁材の下に置いた足場に登り、梁の隙間から上半身を出してこれから固定する床材を手で支え、それにガクちゃんが手回しドリルで床材と梁が交差している場所に釘を打ち込むための穴を穿うがっていく。梁の数は八本だから穴を開ける場所も床材一本につき八ヶ所。
 穴を開け終えたら、接着剤であるにかわをまぶした木釘を穴に差し込み、木槌で梁材まで叩き込んでしっかりと固定する。
 そんな感じで一本ずつ確実に固定していき、ガクちゃんが上にある床材を使い切ったらあたしが足場を下りて再び何本か床材を下から上に渡し、膠や木釘が足りなくなったら補充したり、とサポートに徹する。
 あたしってば、働く夫を縁の下の力持ちとして支える健気な妻じゃん! と自分の仕事っぷりにニヨニヨしつつ、デッキ作りは進んでいく。

 しかし、秋は夕暮れが早い。半分ぐらい床材を張り終えた頃にはだいぶ薄暗くなってきた。
 デッキに上げてあった最後の床材を固定し終えたガクちゃんが額に浮かんだ汗を拭い、腕時計で時間を確認する。

「ふぃー、そろそろ4時半だな。今日の作業はここまでにしようか」

「そっすね。灯りが必要になるぐらい暗くなる前に洗濯物の片付けとかお風呂の準備もしたいっすし」

「だな。俺もそろそろ晩飯の仕度をしなきゃな。……それにしても暗くなるのがだいぶ早くなってきたから作業できる時間がどうしても短くなるな。本当は今日中にデッキを完成させたかったんだが。……この調子なら明日には完成できそうではあるけど」

 そう言いながら作りかけのデッキからガクちゃんが降りてくる。

「いやいや、手付かず状態から今日だけでここまで出来たんだから上出来じゃない?」

「……ん。まあ、順調ではあるな。みさちのいいサポートがあったからこそここまで出来たわけだし。一日でデッキ完成はさすがに欲張りすぎか」

 さすがに自分でも高望みが過ぎたと納得したのかガクちゃんが苦笑気味に肩を竦めてみせる。

「ハイッ! あたしもガクちゃんも今日一日よく頑張って働いたんだから、できなかった後悔よりできた成果を誇るべきだと思います! 具体的には、とても良いサポートをした嫁ちゃんをねぎらうためにハグと撫で撫でとチューはすぐにすべきかと!」

 ビシッと挙手しながら要求を伝えると、ガクちゃんが楽しそうに笑い、真面目な仕事モードからプライベートのじゃれあいモードに切り替わる。

「おお、なるほど! それは名案だな! 俺も今すぐにもそれをしたい。……だが、今の俺もみさちも汗だくな上に手は膠でベトベトだからハグと撫で撫でをしたら大惨事になると思うんだが如何いかがすればいいんだろうか?」

「むむ、それは確かに由々しき事態です。しかしそんなあなたに朗報です! なんと分割払いも可能になりました! 初回は金利分に相当するチューのみでのお支払いがオススメです」

「なにその悪魔の契約リボルビング。金利だけ払うとか永久に元金が減らないやつじゃん」

「ご利用は勢いに任せて無計画に! ささ、難しいことは考えずに今すぐこちらの契約書に捺印を! ……ん」

 勢いだけで適当なことを口走りながら、汚れた両手を後ろに回して、顔を上げて目を閉じて唇をつき出してキス待ち体勢になる。
 ガクちゃんからしょーがないなぁと苦笑気味な雰囲気が伝わってきたが、それでもちゃんとあたしの意図を理解して優しくキスしてくれた。
 あとでたっぷりイチャイチャはするんだけど、甘えたいのをずっと我慢してて旦那さま成分がすでに枯渇気味だからせめてちょっとでも補充しておかないと。ということでキスをおねだりしてしてもらったわけだが……。

「これでよろしいでしょうか?」

「……どうしよう。こんなんじゃぜんぜん足りないんだけど」

 4日間もイチャイチャを控えてたから、触れるだけのキスではぜんぜん物足りない。むしろ火がついてしまったまである。

「奇遇だな。実は俺もそうだ。でも……あともう少しだけ残りの支払いは待ってほしいな。あとで利息もつけて一括返済させてもらうからさ」

「うぅ……わかってるんだけどさぁ……」

 頭では分かってるけど抑え難い衝動があたしを突き動かそうとする。あたしはガクちゃんの胸にトンと頭突きしてそのままグリグリを額を押し付ける。しばらくそうしてちょっと落ち着いてきた。

「…………ふう。よし! ちょっとだけ急速充電できたからもうちょっとだけ頑張るよ。やらなきゃいけないことを急いで終わらせていっぱいイチャイチャしようね?」

「おう。それはもちろん。嫁さんが満足するまで付き合うよ」

「言ったね? 生理の時と違って今回の4日間のお預けは身体が欲しがってるのにずっと我慢してたから、あたしもすぐには満足しないかもよ?」

 あたしの挑発にガクちゃんが不敵に笑って応じる。

「受けて立とうじゃないか。4日間我慢してたのは俺だって同じだぞ。……晩飯食ったら一緒に風呂に入ってたくさん愛し合おうな」

「ん。じゃあ、あたしお風呂の準備してくるね」

 もう一度ちゅっと唇を重ねてから、あたしは洗濯物の片付けとお風呂の準備のために風呂小屋に向かうのだった。



 風呂小屋と立ち木の間に渡したロープに吊るされている洗濯物と葛の繊維──葛緒くずおはすっかり乾いていた。葛緒はリース状に巻き、洗濯物はたたみ、それぞれ所定の位置に戻しておく。

 小川の川底を掘り下げて深くして水を酌みやすくしてある水酌み場から、バケツで水を酌み上げては大型クーラーボックスのバスタブとその隣の湯沸かし釜に移していく。バスタブに15杯と湯沸かし釜に5杯。それなりに重労働ではあるけど、小川のすぐそばだから畑の水やりよりは楽。
 バスタブと湯沸かし釜に水を張り終えたら、バスタブの横に設置してある湯沸かし専用のかまどを使ってお湯を沸かし始める。
 この湯沸かし専用のかまどは、石と粘土で作ったドーム状のかまどで、上の穴から洞窟で見つけた大きめの甕《かめ》をすっぽりと嵌め込んで固定して湯沸かし釜としている。空焚きすると割れる可能性があるから、必ず水を入れてから火を点けるのがルール。

 釜の湯が沸いてきたら、バスタブの水と順次入れ換えていく。何度か繰り返せばバスタブからも湯気が立ち上り始め、お風呂の準備が調ってくる。だいたい1時間ぐらいの作業になるので終わる頃にはすっかり暗くなっている。多少暗くても問題ない作業ではあるけど。
 今から先に晩ごはんだから、少し冷めればちょうどいいぐらいの熱めの湯加減で準備を終える。湯沸かし釜にはまだ熱い湯が沸いているから、使っているうちにお風呂の湯が冷めたらまた継ぎ足せばいい。

 お風呂の準備をした者の特権として、きれいな温かいお湯で顔と手を洗ってさっぱりしてから、あたしは美味しそうな匂いを漂わせている仮拠点のタープ屋根に向かうのだった。




【作者コメント】
 サバイバル術……というか実用的なライフハックとして作者が普段からやっていることですが、百均の小型のケースに風邪薬、頭痛薬、胃薬、鼻炎薬、湿布などを少しずつ小分けしたミニ救急箱を自分が普段持ち歩くカバンに入れておくと意外と重宝します。出先で足を挫いたり、急にアレルギー性鼻炎で鼻水が止まらなくなったり、風邪の初期症状が出たりって割とあるんですよね。自分じゃなくても同行者がそうなる場合もありますし。
 今日、一緒に仕事をしていた相方が急に風邪の症状が出て苦しそうにしていて「そういや風邪薬とサバイバー(エナドリ)持ってるわ」と差し入れたら「なんで持っとんねん。でも助かる」とめっちゃ感謝されました。
 ……ちなみに、上記のミニ救急箱以外にも、裁縫セットとかミニ工具セットとかも常に持ち歩いているので、一部の友人たちからは海凪のトートバッグは『ドラえもんポッケ』とか『真田バッグ』などと呼ばれてます。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無人島ほのぼのサバイバル ~最強の高校生、S級美少女達と無人島に遭難したので本気出す~

絢乃
ファンタジー
【ストレスフリーの無人島生活】 修学旅行中の事故により、無人島での生活を余儀なくされる俺。 仲間はスクールカースト最上位の美少女3人組。 俺たちの漂着した無人島は決してイージーモードではない。 巨大なイノシシやワニなど、獰猛な動物がたくさん棲息している。 普通の人間なら勝つのはまず不可能だろう。 だが、俺は普通の人間とはほんの少しだけ違っていて――。 キノコを焼き、皮をなめし、魚を捌いて、土器を作る。 過酷なはずの大自然を満喫しながら、日本へ戻る方法を模索する。 美少女たちと楽しく生き抜く無人島サバイバル物語。

強制無人島生活

デンヒロ
ファンタジー
主人公の名前は高松 真。 修学旅行中に乗っていたクルーズ船が事故に遭い、 救命いかだで脱出するも無人島に漂着してしまう。 更に一緒に流れ着いた者たちに追放された挙げ句に取り残されてしまった。 だが、助けた女の子たちと共に無人島でスローライフな日々を過ごすことに…… 果たして彼は無事に日本へ帰ることができるのか? 注意 この作品は作者のモチベーション維持のために少しずつ投稿します。 1話あたり300~1000文字くらいです。 ご了承のほどよろしくお願いします。

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

第一次世界大戦はウィルスが終わらせた・しかし第三次世界大戦はウィルスを終らせる為に始められた・bai/AI

パラレル・タイム
SF
この作品は創造論を元に30年前に『あすかあきお』さんの コミック本とジョンタイターを初めとするタイムトラベラーや シュタインズゲートとGATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて・斯く戦えり アングロ・サクソン計画に影響されています 当時発行されたあすかあきおさんの作品を引っ張り出して再読すると『中国』が経済大国・ 強大な軍事力を持つ超大国化や中東で 核戦争が始まる事は私の作品に大きな影響を与えましたが・一つだけ忘れていたのが 全世界に伝染病が蔓延して多くの方が無くなる部分を忘れていました 本編は反物質宇宙でアベが艦長を務める古代文明の戦闘艦アルディーンが 戦うだけでなく反物質人類の未来を切り開く話を再開しました この話では主人公のアベが22世紀から21世紀にタイムトラベルした時に 分岐したパラレルワールドの話を『小説家になろう』で 『青い空とひまわりの花が咲く大地に生まれて』のタイトルで発表する準備に入っています 2023年2月24日第三話が書き上がり順次発表する予定です 話は2019年にウィルス2019が発生した 今の我々の世界に非常に近い世界です 物語は第四次世界大戦前夜の2038年からスタートします

異世界に行ったら才能に満ち溢れていました

みずうし
ファンタジー
銀行に勤めるそこそこ頭はイイところ以外に取り柄のない23歳青山 零 は突如、自称神からの死亡宣言を受けた。そして気がついたら異世界。 異世界ではまるで別人のような体になった零だが、その体には類い稀なる才能が隠されていて....

じいちゃんから譲られた土地に店を開いた。そしたら限界集落だった店の周りが都会になっていた。

ゆうらしあ
ファンタジー
死ぬ間際、俺はじいちゃんからある土地を譲られた。 木に囲まれてるから陽当たりは悪いし、土地を管理するのにも金は掛かるし…此処だと売ったとしても買う者が居ない。 何より、世話になったじいちゃんから譲られたものだ。 そうだ。この雰囲気を利用してカフェを作ってみよう。 なんか、まぁ、ダラダラと。 で、お客さんは井戸端会議するお婆ちゃんばっかなんだけど……? 「おぉ〜っ!!? 腰が!! 腰が痛くないよ!?」 「あ、足が軽いよぉ〜っ!!」 「あの時みたいに頭が冴えるわ…!!」 あ、あのー…? その場所には何故か特別な事が起こり続けて…? これは後々、地球上で異世界の扉が開かれる前からのお話。 ※HOT男性向けランキング1位達成 ※ファンタジーランキング 24h 3位達成 ※ゆる〜く、思うがままに書いている作品です。読者様もゆる〜く呼んで頂ければ幸いです。カクヨムでも投稿中。

チュートリアル場所でLv9999になっちゃいました。

ss
ファンタジー
これは、ひょんなことから異世界へと飛ばされた青年の物語である。 高校三年生の竹林 健(たけばやし たける)を含めた地球人100名がなんらかの力により異世界で過ごすことを要求される。 そんな中、安全地帯と呼ばれている最初のリスポーン地点の「チュートリアル場所」で主人公 健はあるスキルによりレベルがMAXまで到達した。 そして、チュートリアル場所で出会った一人の青年 相斗と一緒に異世界へと身を乗り出す。 弱体した異世界を救うために二人は立ち上がる。 ※基本的には毎日7時投稿です。作者は気まぐれなのであくまで目安くらいに思ってください。設定はかなりガバガバしようですので、暖かい目で見てくれたら嬉しいです。 ※コメントはあんまり見れないかもしれません。ランキングが上がっていたら、報告していただいたら嬉しいです。 Hotランキング 1位 ファンタジーランキング 1位 人気ランキング 2位 100000Pt達成!!

処理中です...