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箱庭スローライフ編
第175話 閑話3:とある少年の後悔
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彼女と初めて会ったのは高校受験の日だった。まだ雪が残る早春なのに小麦色に日焼けしていて、最初は外国からの留学生かと思った。ちょうど席が前後だったのでちょっと話したところ、伊豆の離島から受験に来ているとのことで、島には同級生が一人もいなかったからこんなにたくさんの同年代に囲まれてめちゃくちゃ緊張していると話してくれた。
僕自身も受験生だったから、その時は互いに頑張ろうと励まし合うだけで自己紹介もせずに終わった。
二度目に会ったのは、合格発表の時。相変わらず日焼けしているのですぐに分かったし、この時はお父さんと思われる同じく日焼けしたおじさんが一緒だから余計に目立っていた。
さりげなく近づいて声をかける。
「や。また会ったね。どうだった?」
「あ……君はこの前の。……その、まだ、見てない……す」
僕のことを覚えてはくれていたけど、相変わらず人と話すのは緊張するらしくアワアワしていてちょっと可愛いと思った。
「僕もまだだから一緒に見に行こうよ」
「あ、あい。……そすね。よろしく……す」
「美岬、知ってる子か?」
「うん。受験の時に前の席だった男子だよ」
あ、お父さん相手だと普通にしゃべるんだ。
そんなことを思っている僕に筋骨隆々で真っ黒に日焼けしたいかにも海の男って感じのお父さんが真っ白な歯を見せて笑う。
「坊主、二人とも合格してたら同級生だな。娘と仲良くしてやってくれよ」
「あ、はい」
「もう、父ちゃんってば気が早いよ」
「ははは。美岬なら大丈夫さ」
ミサキちゃんの頭をお父さんがワシワシと雑に撫でる。その時、長い前髪で隠れていた目元があらわになったが、素顔の彼女はすごい美少女だった。
メカクレ系美少女って本当にいるんだな。僕はこの瞬間、彼女に一目惚れしていた。
その後、二人揃って合格したことを知って喜び合い、改めて自己紹介し合った。
浜崎美岬。それが彼女の名前だった。
彼女は高校近くにアパートを借りて一人暮らしをするとのことで、無事合格できたからこのまま部屋探しに不動産屋に向かう、と学校前で別れた。
「……じゃあ、また。4月から……よろしく……す」
「ああ。4月から楽しみにしてるね」
4月から美岬ちゃんと同級生になれるのが楽しみで僕は浮かれていた。
偶然とはいえ誰よりも早く仲良くなれたのはラッキーだった。あの前髪の下があんなに美少女なんて他の男子たちは知らないから彼女の魅力が知られる前に僕と付き合ってしまえば、他の奴らはもう手出しできない。
しかも美岬ちゃんは一人暮らしだから親の邪魔も入らないし、付き合うとなれば、あんなことやこんなこともできちゃうわけで。それこそ週末を一緒に過ごして週明けは彼女の家から一緒に登校とか…………なにそれ最高じゃん!
お父さんからも娘を頼むと言われたし、もはや親公認といってもいいよね。
僕は美岬ちゃんとのバラ色のスクールライフを信じて疑わなかった。
しかし、高校進学と同時に隠れ美少女な美岬ちゃんと一緒に大人の階段を登ってリア充デビューという僕の妄想は入学初日に粉々に打ち砕かれた。
美岬ちゃんは前髪をバッサリ切っていて、その非常に整った顔をあらわにしてて、周囲の注目を集めまくっていた。
いかにもモテそうな顔面偏差値の高い男子たちが次から次に彼女に声を掛けていて、その様子を女子たちが苦々しい顔で睨んでいて、当の美岬ちゃん自身は複数の男子に同時に声をかけられることに完全にパニクッてアワアワしている状態だった。
『た・す・け・て』
僕に気づいた美岬ちゃんはあの時間違いなく僕に向かってそう口を動かした。
あの時、僕が彼女の盾になれていたら、僕は彼女の特別な存在になれていたんだろうか? あの時、僕は助けを求める彼女の心の叫びに気づいていたのに、彼女とお近づきになろうとするイケメンたちと妬みを隠そうともしない女子たちにビビり、日和ってしまった。彼女のSOSに気付かないふりをしてしまった。
そんな状態がしばらく続き、最初は美岬ちゃんをちやほやしていたイケメンたちも何を言ってもまともに答えない彼女に飽きて離れていき、女子たちも彼女を妬んで近づこうとせず、僕も罪悪感から自分から話しかけることができずにいた。
美岬ちゃんの前髪が再び長くなって目元を隠すようになった頃には、彼女はすっかりクラスで孤立し、猫背でいつもオドオドしていて、挙動不審なコミュ症の陰キャとして認知されるようになっていた。
その後、学校近くのコンビニでバイトするようになってからはコミュ症は多少改善したものの今度は太ってぽっちゃり体型になり、最初の美少女っぷりはすっかり影を潜めてしまった。誰が言い出したか知らないが、いつしかデブス呼びが定着し、そう呼ばれた本人もへらへらと曖昧な笑みを浮かべるのが常となっていた。
僕がそんな彼女に勇気を出して近づき、謝罪することができていたら、僕と彼女の関係は改善できていただろうか? 僕は結局勇気を出すことが出来ず、彼女が僕を見る目は他のクラスメイトたちに向けるのと同じ、どうでもいい相手を見る無関心な眼差しのままだった。
それからしばらくして、美岬ちゃんは大学生の女の人たちと一緒にいることが多くなった。
僕たちの高校は農大附属高校だから、サークルによっては高校生から大学生まで所属しているものもあり、そんなサークルの一つに入会したらしい。
高1の僕にとって一つ上の高2の先輩ですら頭が上がらない相手なのに、女子大生なんて雲の上の存在で、そんな大人女子たちと一緒にいる美岬ちゃんがますます遠い存在になったと感じた。
それはクラスの男子たちも同様だったようで、イジメに近い弄りをしていたのがアンタッチャブルな扱いに変わり、美岬ちゃんのことをまるでいないかのように振る舞うようになった。
勝手にチヤホヤして、勝手に妬んで、勝手に幻滅して、勝手にイジメて、勝手にいないもののように扱って……本当に勝手でしょうもない奴らだ。
でもそんな奴らにビビッて美岬ちゃんと距離を置いた僕はそれ以上にしょうもない奴だ。
そんな風にクラスでは理不尽な目に遇いながらも、美岬ちゃんは一度も休むことなくいつも真面目に授業を受けて、サークル活動に参加して、一生懸命にバイトをして、折れずに真っ直ぐに頑張っていた。クラス持ち上がりで高2になってもそれは変わらなかった。
そんな彼女の様子をずっと見ているうちに、僕は本気で彼女のことが好きになっていることに気づいた。今の彼女は、僕が最初に外見だけに一目惚れした美少女ではない。辛くても頑張って前を向こうとする強い人だ。
僕は今度こそ彼女に勇気を出して近づき、彼女の味方になろうと決意した。
これまでの僕の振る舞いを謝罪し、信用を取り戻せるように努力し、まずは友だちから始めて、彼女が許してくれたなら、今度こそ彼女に交際を申し込もう。
すでに高2の夏休みは始まっているから、夏休み明けの新学期から、僕は彼女との関係を改善するために行動しようと心に決めた。
しかし、その僕の決意はあまりにも遅すぎた。
その夏休みの8月13日に伊豆の離島に向かっていたフェリーが沈没するという大事故が起きた。
連日トップニュースとして扱われ、行方不明の2人の顔写真は何度も何度も目にすることになった。あろうことか、行方不明になった2人のうちの1人が美岬ちゃんだった。
彼女は行方不明になった後、4日後にもう1人の行方不明者と一緒に筏で漂流しているところを一度発見されたが、その後の台風で再び行方不明になり、今度はもう見つからなかった。
しばらく捜索が続けられ、壊れた筏は見つかったが、それ以上の情報は出ず、やがてひっそりと捜索は打ち切られ、夏休みが終わる頃にはニュースでもあまり扱われなくなっていた。
特別失踪者──状況的にほぼ死亡が確実視されているものの、実際に遺体が見つかっていないので行方不明扱いとされ、失踪日から1年後に遺族は死亡届けを申請できる。
美岬ちゃんはそのような扱いになり、学校はとりあえず休学扱いということになったらしい。
テレビでもネットでも美岬ちゃんの最期のグッドラックサインの動画が幾度となく再生されているのに、僕はイマイチ彼女がもういないという実感を持てずにいた。
新学期が始まり、皆勤賞だった美岬ちゃんの席に花が置かれ、誰も座っていないのを見た瞬間、僕は彼女が本当にいなくなってしまったことを実感してしまい、堪えきれずに泣き崩れてしまったのだった。
ーーーーーー
初めて結ばれた夜から数日。俺たちの日々のルーティーンはそんなに変わっていない。朝、俺が先に起きて葛を採集して、蔓の処理とトイレットペーパー代わりの葉の補充と洗濯を済ませ、後から起きてきた美岬はゴマフへのエサやりと畑仕事から始める。
朝の作業が一区切りついたところで二人で一緒に食事をしながらその日の予定を話し合い、その後は採集やクラフトに勤しむ。まあこの数日は海竜素材の加工や徳助氏の遺品整理がメインだったが。
昼食は基本的に摂らないことが多いが、新しい食材を見つけた時とかに試食と称して気まぐれに間食を摂ることもある。
箱庭は日が陰るのが早いから、夕方の早めの時間から夕食の支度を始め、風呂の準備もしておく。炊事場と風呂は距離が離れているのでこれは基本的に分業で俺が食事担当、美岬が風呂担当で朝に俺が干した洗濯物の片付けもこの時にやってくれている。
夜、一緒に食事を摂りながらその日の出来事をまったりと話し合う。その後、ゴマフを寝かしつけ、一緒に風呂に入って疲れを癒し、そのまま夫婦の夜のコミュニケーションに突入し、愛し合ってから眠りにつく。
毎日寝る前にしていたクラフト作業ができなくなったのが変化といえば変化だな。蛇足だが、避妊方法は最初はシーラカンスの浮き袋のコンドームを使っていたが、海綿のスポンジが完成してからは、避妊ゼリーをスポンジに染み込ませた避妊スポンジ法に切り替えた。こっちの方がお互いに満足度が高いので当分はこれでいくことになった。
なんだかんだでやることが多く、忙しくも充実した日々。気づけば俺の腕時計のカレンダーの日付は9月に切り替わっていた。
8月末から9月始めの数日間はちょうど大潮で干満の水位が2㍍近く変動する。この機会に俺たちは潮干狩りを計画した。しばらく海竜の肉三昧だったから貝が食べたくなったのもある。
ラッシュガードに身を包んだ俺と美岬は、採集篭を持って干潮で干上がった干潟のさらに先、膝下まで水に浸かる場所まで進出していた。
美岬いわく、大潮の干潮でも干上がらない場所は、常に海の底なので普段なら潜らないと獲れないような貝が簡単に獲れるとのこと。
ゴマフも俺たちの周りをグルグルとご機嫌で泳ぎ回っている。
今回のメインターゲットは、以前に美岬が素潜り漁で一度獲ってきた高級貝のタイラギだ。
「こんな歩けるようなところでタイラギが獲れるなんて不思議だな」
「んふふ。大潮の干潮で陸になる場所とならない場所はほんの数㍍しか離れてなくても生態系がガラッと変わるんすよ」
「楽しみだな。どんな感じなんだ?」
「尖った方を下にして砂に七割ぐらい埋まってて、上の三割ぐらいが出てるっすね。お、噂をすればっすね。こんな感じっす」
美岬が足元の砂地から突き出ている黒っぽい板状の石のような物を爪先で指し示す。水の透明度が高いのでそれが二枚貝の殻の一部で、僅かに口が開いていることも目視で確認できる。
「おお、これか。ひっこ抜けばいいのか?」
「一気にやっちゃってどうぞっす」
「よし、ふんぬっ」
軍手をはめた手で掴んで引っ張れば、最初だけ抵抗があったもののブチブチと雑草の根が切れるような感覚があって一気に抜ける。
「おお、なかなか立派なタイラギだな」
それはオリーブグリーンと黒が混ざったような色で形はムール貝に似たハートを半分に割ったような形の二枚貝。殻の長さは30㌢ぐらいあるなかなか大物のタイラギだった。
「見分け方さえ分かっちゃえば、ハマグリみたいに完全に埋まってないから見つけやすいっしょ?」
「確かに。じゃあ、この調子でどんどん獲っていくか」
見分け方を理解してしまえば、そこら中にタイラギの殻の一部が海底の砂から突き出ていうことに気付く。
「……めっちゃいるな」
「手付かずの縄文の海っすからね。何個ぐらい獲っていきます?」
「そうだな。全部で10個ぐらいにしとこうか」
「了解っす。今夜はタイラギ尽くしっすね」
「贅沢だなぁ」
「こんな贅沢に慣れちゃったら苦学生の極貧生活には戻れないっすね」
「まあそこはそれ。戻ったら戻ったで俺が美岬の食事の面倒ぐらいみてやるから心配しなくていいさ。簡単な料理は出来るように教えるけど」
「え、戻っても一緒に住んでくれるんすか?」
「まあ、さすがにJKと一緒に暮らすのは色々問題になるだろうけど、美岬のアパートの近くに俺が部屋を借りて美岬が自主的に遊びに来るのならありだろ? そのくらいの余裕はあるし、俺も美岬と離れたくないからな」
「もぅ~。そんなん通い妻やるしかないじゃないっすか。社会復帰した時にガクちゃんと一緒に住めなくなるのだけが不安要素だったのに旦那様の甲斐性であっさり問題解決しちゃったっす」
「ま、そこは経済的に親に頼ってる学生とは違うからな。嫁に不自由な生活はさせないと約束するよ」
「やば。なんというリア充! あたしの旦那様ってばすっごい優良物件じゃないっすか!」
「その優良物件を射止めたのは美岬なんだから自信を持っていいぞ。俺は他の誰でもない美岬だからこそ不自由なく生活させてやりたいと思ってるんだからな」
そう言った直後、首の後ろに両手を回されてぐいっと引かれて前屈みにさせられ、強引に唇を奪われる。
耳元で美岬が甘い声で囁く。
「…………今夜は寝かさないっすからねダーリン」
【作者コメント】
こちらは本来なら34話になるはずだった閑話ですが、タイミングを逸して入れ損ねてしまったので、後半の潮干狩りシーンを追加して第二部と第三部の間の閑話になりました。
ターニングポイントで選択肢を間違えてしまってヒロインと親しくなれずに終わった哀れなモブ男子Aの物語でした。
次は美岬と仲が良かった女子大生たちの閑話です。
僕自身も受験生だったから、その時は互いに頑張ろうと励まし合うだけで自己紹介もせずに終わった。
二度目に会ったのは、合格発表の時。相変わらず日焼けしているのですぐに分かったし、この時はお父さんと思われる同じく日焼けしたおじさんが一緒だから余計に目立っていた。
さりげなく近づいて声をかける。
「や。また会ったね。どうだった?」
「あ……君はこの前の。……その、まだ、見てない……す」
僕のことを覚えてはくれていたけど、相変わらず人と話すのは緊張するらしくアワアワしていてちょっと可愛いと思った。
「僕もまだだから一緒に見に行こうよ」
「あ、あい。……そすね。よろしく……す」
「美岬、知ってる子か?」
「うん。受験の時に前の席だった男子だよ」
あ、お父さん相手だと普通にしゃべるんだ。
そんなことを思っている僕に筋骨隆々で真っ黒に日焼けしたいかにも海の男って感じのお父さんが真っ白な歯を見せて笑う。
「坊主、二人とも合格してたら同級生だな。娘と仲良くしてやってくれよ」
「あ、はい」
「もう、父ちゃんってば気が早いよ」
「ははは。美岬なら大丈夫さ」
ミサキちゃんの頭をお父さんがワシワシと雑に撫でる。その時、長い前髪で隠れていた目元があらわになったが、素顔の彼女はすごい美少女だった。
メカクレ系美少女って本当にいるんだな。僕はこの瞬間、彼女に一目惚れしていた。
その後、二人揃って合格したことを知って喜び合い、改めて自己紹介し合った。
浜崎美岬。それが彼女の名前だった。
彼女は高校近くにアパートを借りて一人暮らしをするとのことで、無事合格できたからこのまま部屋探しに不動産屋に向かう、と学校前で別れた。
「……じゃあ、また。4月から……よろしく……す」
「ああ。4月から楽しみにしてるね」
4月から美岬ちゃんと同級生になれるのが楽しみで僕は浮かれていた。
偶然とはいえ誰よりも早く仲良くなれたのはラッキーだった。あの前髪の下があんなに美少女なんて他の男子たちは知らないから彼女の魅力が知られる前に僕と付き合ってしまえば、他の奴らはもう手出しできない。
しかも美岬ちゃんは一人暮らしだから親の邪魔も入らないし、付き合うとなれば、あんなことやこんなこともできちゃうわけで。それこそ週末を一緒に過ごして週明けは彼女の家から一緒に登校とか…………なにそれ最高じゃん!
お父さんからも娘を頼むと言われたし、もはや親公認といってもいいよね。
僕は美岬ちゃんとのバラ色のスクールライフを信じて疑わなかった。
しかし、高校進学と同時に隠れ美少女な美岬ちゃんと一緒に大人の階段を登ってリア充デビューという僕の妄想は入学初日に粉々に打ち砕かれた。
美岬ちゃんは前髪をバッサリ切っていて、その非常に整った顔をあらわにしてて、周囲の注目を集めまくっていた。
いかにもモテそうな顔面偏差値の高い男子たちが次から次に彼女に声を掛けていて、その様子を女子たちが苦々しい顔で睨んでいて、当の美岬ちゃん自身は複数の男子に同時に声をかけられることに完全にパニクッてアワアワしている状態だった。
『た・す・け・て』
僕に気づいた美岬ちゃんはあの時間違いなく僕に向かってそう口を動かした。
あの時、僕が彼女の盾になれていたら、僕は彼女の特別な存在になれていたんだろうか? あの時、僕は助けを求める彼女の心の叫びに気づいていたのに、彼女とお近づきになろうとするイケメンたちと妬みを隠そうともしない女子たちにビビり、日和ってしまった。彼女のSOSに気付かないふりをしてしまった。
そんな状態がしばらく続き、最初は美岬ちゃんをちやほやしていたイケメンたちも何を言ってもまともに答えない彼女に飽きて離れていき、女子たちも彼女を妬んで近づこうとせず、僕も罪悪感から自分から話しかけることができずにいた。
美岬ちゃんの前髪が再び長くなって目元を隠すようになった頃には、彼女はすっかりクラスで孤立し、猫背でいつもオドオドしていて、挙動不審なコミュ症の陰キャとして認知されるようになっていた。
その後、学校近くのコンビニでバイトするようになってからはコミュ症は多少改善したものの今度は太ってぽっちゃり体型になり、最初の美少女っぷりはすっかり影を潜めてしまった。誰が言い出したか知らないが、いつしかデブス呼びが定着し、そう呼ばれた本人もへらへらと曖昧な笑みを浮かべるのが常となっていた。
僕がそんな彼女に勇気を出して近づき、謝罪することができていたら、僕と彼女の関係は改善できていただろうか? 僕は結局勇気を出すことが出来ず、彼女が僕を見る目は他のクラスメイトたちに向けるのと同じ、どうでもいい相手を見る無関心な眼差しのままだった。
それからしばらくして、美岬ちゃんは大学生の女の人たちと一緒にいることが多くなった。
僕たちの高校は農大附属高校だから、サークルによっては高校生から大学生まで所属しているものもあり、そんなサークルの一つに入会したらしい。
高1の僕にとって一つ上の高2の先輩ですら頭が上がらない相手なのに、女子大生なんて雲の上の存在で、そんな大人女子たちと一緒にいる美岬ちゃんがますます遠い存在になったと感じた。
それはクラスの男子たちも同様だったようで、イジメに近い弄りをしていたのがアンタッチャブルな扱いに変わり、美岬ちゃんのことをまるでいないかのように振る舞うようになった。
勝手にチヤホヤして、勝手に妬んで、勝手に幻滅して、勝手にイジメて、勝手にいないもののように扱って……本当に勝手でしょうもない奴らだ。
でもそんな奴らにビビッて美岬ちゃんと距離を置いた僕はそれ以上にしょうもない奴だ。
そんな風にクラスでは理不尽な目に遇いながらも、美岬ちゃんは一度も休むことなくいつも真面目に授業を受けて、サークル活動に参加して、一生懸命にバイトをして、折れずに真っ直ぐに頑張っていた。クラス持ち上がりで高2になってもそれは変わらなかった。
そんな彼女の様子をずっと見ているうちに、僕は本気で彼女のことが好きになっていることに気づいた。今の彼女は、僕が最初に外見だけに一目惚れした美少女ではない。辛くても頑張って前を向こうとする強い人だ。
僕は今度こそ彼女に勇気を出して近づき、彼女の味方になろうと決意した。
これまでの僕の振る舞いを謝罪し、信用を取り戻せるように努力し、まずは友だちから始めて、彼女が許してくれたなら、今度こそ彼女に交際を申し込もう。
すでに高2の夏休みは始まっているから、夏休み明けの新学期から、僕は彼女との関係を改善するために行動しようと心に決めた。
しかし、その僕の決意はあまりにも遅すぎた。
その夏休みの8月13日に伊豆の離島に向かっていたフェリーが沈没するという大事故が起きた。
連日トップニュースとして扱われ、行方不明の2人の顔写真は何度も何度も目にすることになった。あろうことか、行方不明になった2人のうちの1人が美岬ちゃんだった。
彼女は行方不明になった後、4日後にもう1人の行方不明者と一緒に筏で漂流しているところを一度発見されたが、その後の台風で再び行方不明になり、今度はもう見つからなかった。
しばらく捜索が続けられ、壊れた筏は見つかったが、それ以上の情報は出ず、やがてひっそりと捜索は打ち切られ、夏休みが終わる頃にはニュースでもあまり扱われなくなっていた。
特別失踪者──状況的にほぼ死亡が確実視されているものの、実際に遺体が見つかっていないので行方不明扱いとされ、失踪日から1年後に遺族は死亡届けを申請できる。
美岬ちゃんはそのような扱いになり、学校はとりあえず休学扱いということになったらしい。
テレビでもネットでも美岬ちゃんの最期のグッドラックサインの動画が幾度となく再生されているのに、僕はイマイチ彼女がもういないという実感を持てずにいた。
新学期が始まり、皆勤賞だった美岬ちゃんの席に花が置かれ、誰も座っていないのを見た瞬間、僕は彼女が本当にいなくなってしまったことを実感してしまい、堪えきれずに泣き崩れてしまったのだった。
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初めて結ばれた夜から数日。俺たちの日々のルーティーンはそんなに変わっていない。朝、俺が先に起きて葛を採集して、蔓の処理とトイレットペーパー代わりの葉の補充と洗濯を済ませ、後から起きてきた美岬はゴマフへのエサやりと畑仕事から始める。
朝の作業が一区切りついたところで二人で一緒に食事をしながらその日の予定を話し合い、その後は採集やクラフトに勤しむ。まあこの数日は海竜素材の加工や徳助氏の遺品整理がメインだったが。
昼食は基本的に摂らないことが多いが、新しい食材を見つけた時とかに試食と称して気まぐれに間食を摂ることもある。
箱庭は日が陰るのが早いから、夕方の早めの時間から夕食の支度を始め、風呂の準備もしておく。炊事場と風呂は距離が離れているのでこれは基本的に分業で俺が食事担当、美岬が風呂担当で朝に俺が干した洗濯物の片付けもこの時にやってくれている。
夜、一緒に食事を摂りながらその日の出来事をまったりと話し合う。その後、ゴマフを寝かしつけ、一緒に風呂に入って疲れを癒し、そのまま夫婦の夜のコミュニケーションに突入し、愛し合ってから眠りにつく。
毎日寝る前にしていたクラフト作業ができなくなったのが変化といえば変化だな。蛇足だが、避妊方法は最初はシーラカンスの浮き袋のコンドームを使っていたが、海綿のスポンジが完成してからは、避妊ゼリーをスポンジに染み込ませた避妊スポンジ法に切り替えた。こっちの方がお互いに満足度が高いので当分はこれでいくことになった。
なんだかんだでやることが多く、忙しくも充実した日々。気づけば俺の腕時計のカレンダーの日付は9月に切り替わっていた。
8月末から9月始めの数日間はちょうど大潮で干満の水位が2㍍近く変動する。この機会に俺たちは潮干狩りを計画した。しばらく海竜の肉三昧だったから貝が食べたくなったのもある。
ラッシュガードに身を包んだ俺と美岬は、採集篭を持って干潮で干上がった干潟のさらに先、膝下まで水に浸かる場所まで進出していた。
美岬いわく、大潮の干潮でも干上がらない場所は、常に海の底なので普段なら潜らないと獲れないような貝が簡単に獲れるとのこと。
ゴマフも俺たちの周りをグルグルとご機嫌で泳ぎ回っている。
今回のメインターゲットは、以前に美岬が素潜り漁で一度獲ってきた高級貝のタイラギだ。
「こんな歩けるようなところでタイラギが獲れるなんて不思議だな」
「んふふ。大潮の干潮で陸になる場所とならない場所はほんの数㍍しか離れてなくても生態系がガラッと変わるんすよ」
「楽しみだな。どんな感じなんだ?」
「尖った方を下にして砂に七割ぐらい埋まってて、上の三割ぐらいが出てるっすね。お、噂をすればっすね。こんな感じっす」
美岬が足元の砂地から突き出ている黒っぽい板状の石のような物を爪先で指し示す。水の透明度が高いのでそれが二枚貝の殻の一部で、僅かに口が開いていることも目視で確認できる。
「おお、これか。ひっこ抜けばいいのか?」
「一気にやっちゃってどうぞっす」
「よし、ふんぬっ」
軍手をはめた手で掴んで引っ張れば、最初だけ抵抗があったもののブチブチと雑草の根が切れるような感覚があって一気に抜ける。
「おお、なかなか立派なタイラギだな」
それはオリーブグリーンと黒が混ざったような色で形はムール貝に似たハートを半分に割ったような形の二枚貝。殻の長さは30㌢ぐらいあるなかなか大物のタイラギだった。
「見分け方さえ分かっちゃえば、ハマグリみたいに完全に埋まってないから見つけやすいっしょ?」
「確かに。じゃあ、この調子でどんどん獲っていくか」
見分け方を理解してしまえば、そこら中にタイラギの殻の一部が海底の砂から突き出ていうことに気付く。
「……めっちゃいるな」
「手付かずの縄文の海っすからね。何個ぐらい獲っていきます?」
「そうだな。全部で10個ぐらいにしとこうか」
「了解っす。今夜はタイラギ尽くしっすね」
「贅沢だなぁ」
「こんな贅沢に慣れちゃったら苦学生の極貧生活には戻れないっすね」
「まあそこはそれ。戻ったら戻ったで俺が美岬の食事の面倒ぐらいみてやるから心配しなくていいさ。簡単な料理は出来るように教えるけど」
「え、戻っても一緒に住んでくれるんすか?」
「まあ、さすがにJKと一緒に暮らすのは色々問題になるだろうけど、美岬のアパートの近くに俺が部屋を借りて美岬が自主的に遊びに来るのならありだろ? そのくらいの余裕はあるし、俺も美岬と離れたくないからな」
「もぅ~。そんなん通い妻やるしかないじゃないっすか。社会復帰した時にガクちゃんと一緒に住めなくなるのだけが不安要素だったのに旦那様の甲斐性であっさり問題解決しちゃったっす」
「ま、そこは経済的に親に頼ってる学生とは違うからな。嫁に不自由な生活はさせないと約束するよ」
「やば。なんというリア充! あたしの旦那様ってばすっごい優良物件じゃないっすか!」
「その優良物件を射止めたのは美岬なんだから自信を持っていいぞ。俺は他の誰でもない美岬だからこそ不自由なく生活させてやりたいと思ってるんだからな」
そう言った直後、首の後ろに両手を回されてぐいっと引かれて前屈みにさせられ、強引に唇を奪われる。
耳元で美岬が甘い声で囁く。
「…………今夜は寝かさないっすからねダーリン」
【作者コメント】
こちらは本来なら34話になるはずだった閑話ですが、タイミングを逸して入れ損ねてしまったので、後半の潮干狩りシーンを追加して第二部と第三部の間の閑話になりました。
ターニングポイントで選択肢を間違えてしまってヒロインと親しくなれずに終わった哀れなモブ男子Aの物語でした。
次は美岬と仲が良かった女子大生たちの閑話です。
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萌の物語が始まる。
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日本列島、時震により転移す!
黄昏人
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2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
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俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
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俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
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