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箱庭スローライフ編
第172話 15日目⑲おっさんはヨメと結ばれる
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お互いの背中を流したり、髪を洗ったりといったスキンシップがだんだんエスカレートして最終的に互いの局部への愛撫──ペッティングへと移行してしまったのは不可抗力というか当然の帰結だろう。
互いに愛し合う男女が本番の行為を前に一緒に風呂に入っていてそうならない方がおかしいし、本番の前にお互いに昂め合うのは、むしろ前戯として正しいまである。
問題は、美岬が初めてであるがゆえに文字通りに手加減を知らなかったことだ。そこに美岬の持ち前の好奇心が加わった結果…………俺は今、賢者モードになり、とても穏やかな気持ちで風呂に浸かりながら、身体を洗い終えた美岬が入ってくるのを眺めている。
「じゃあ、お邪魔するっすね」
「おーぅ」
いくら大型のクーラーボックスといえども二人で一緒に浸かるにはさすがに狭い。後から入ってきた美岬が開いた俺の足の間に体育座りするとスペースの余裕は全然無くなり、風呂の湯がざばーと大量に溢れ出る。
俺に背を向けた状態で座った美岬はそのまま俺の胸に背中を密着させたポジションに収まり、ふいーと一息つく。
「なんとかギリギリ収まったなー」
「ふぅ。フィット感すごいっすね。お湯、めっちゃ溢れちゃったっすけど」
「それはしょうがない」
美岬が俺を背もたれにしたまま、首を後ろにコテンと反らせて俺の顔を見上げてくる。この体勢だと美岬の顔越しに美しい曲線を描く胸の双丘が否応なしに目に入ってくる。俺の目線に気づいた美岬がいたずらっぽく笑いながらそれを両手で寄せて強調してみせる。
「うふふ。そんなにあたしのおっぱい気に入ったっすか? 好きに揉んでもいいっすよ? さっきもだいぶ揉んでたっすけど」
「……ん。それはまた後でたっぷり堪能させてもらうつもりだけど、今は遠慮しとく。それより、今はこうして一緒に風呂に浸かってまったりできる時間の方を大切にしたいからな」
言いながら美岬の額に張り付いた前髪を掻き上げておでこに口付けると、美岬が不満そうに頬を軽く膨らませる。
「むぅー、なんかすっかりいい塩梅になってほっこりしちゃってるっすねぇ。聞いてはいたけど男の人って本当にエッチなスイッチのオンオフがきっちり切り替わるんすね。……まさか、今日はこのまま終わりとか言わないっすよね?」
「言わない言わない。今はスマホに例えるならバッテリーが0になって強制終了して急速充電してる状態だから、もう少しして最低限充電できたら自然に再起動するから」
「……ならいいっすけど。それにしても男の人の身体っておもしろいっすね。さっきまであんなに大きくてガチガチだったのに、一度出しちゃったらこんなに軟らかくなるなんて」
「まあな。むしろこっちの状態がデフォなんだけどな。普段から勃ちっぱなしだと日常生活に支障をきたすし。……あと、後ろ手でこっそり揉み揉みして強制再起動しようとするな。まだ最低限の充電量まで回復してないから」
「だってぇ……ガクちゃんがこうなっちゃったのはあたしのせいだから自業自得なんすけど、あたしもガクちゃんに色々触られて身体に火が着いちゃった状態のまま不完全燃焼で燻ってるから落ち着かないんすよぅ」
「あー……女の身体は火が着くのは遅いけど、一度火が着いてしまったらなかなか消えないもんな。ここまできてお預け状態なのはちょっと申し訳ないけどこればかりはなぁ……。とりあえず、俺の方は一度抜いて気持ちにゆとりができたから、本番はもっと優しくできると思うのでそれで許してほしいな」
「むぅ。ならそれで手を打つっす。でも、そこまで言ったからにはしっかりあたしを満足させてもらうっすよ?」
「おぅ……ハードル上げるなー。なるべく痛くしないようには頑張るけど、こればかりは個人差あるから、初めてでいきなり満足できるかは約束はできないぞ。でも、俺が気持ちよくなることより美岬が気持ちよくなれることの方を優先するから」
「……あい。今はその答えで十分っす。……それにしても、久しぶりにお風呂に浸かるのはやっぱり気持ちいいっすね」
「ああ。二人で一緒に入るには狭すぎるけど、美岬はこれがいいんだろ?」
「うん。そっすね。好きな人と一緒にお風呂に入るのってずっと憧れてたシチュエーションなんすよ。夢が一つ叶ったっす」
「まあ、すごくロマンチックなイメージはあるよな。どうだ? 実際に入ってみて」
「もう堪んないっすね。この密着しないと入れない狭さがいいっす。この裸という無防備過ぎる上に屋外という開放状態なのにガクちゃんに包み込まれているような安心感がすごくいいなぁって感じっす」
「うん。俺も美岬が安心しきった無防備な姿で俺にすべてを委ねてくれているのを実感できて、俄然守ってやりたいって思ってるよ」
両腕を肩越しに美岬の前に回してぎゅっと抱き締める。
「あぅ……これはヤバいっす。裸で密着したまま、そんな甘い言葉を耳元で囁かれて後ろからハグされるとか、キュン死にするっす。……てかガクちゃんって今はまだエッチなスイッチがオフな状態っすよね? なのになんでそんなに甘々モードが継続してるんすか?」
「……ん? ごめん。何が言いたいのかよく分からんからもう少し説明頼む」
「男の人って、一度達したらエッチなスイッチが切れちゃって、充電完了するまで素っ気なくなるって聞いてたんすけど、ガクちゃんってそんなことないっすよね。エッチなスイッチは切れてるっすけど、甘やかし度はむしろ上がるみたいな」
「…………あー、そういうことか。その情報源は例の大学生のオネーサマ方だな?」
「そっす」
「うーん、若いうちの恋人同士のセックスって確かにそんな感じになることが多いってのはよく聞くけど、まぁぶっちゃけると、事後に男が素っ気なくなるのは、相手に対して本気になってないからだと思うぞ」
「遊びの付き合いってことっすか?」
「言い方は悪いがそういうことだ。特に若い男の恋心はほぼ性欲と紙一重だからな。相手のことをよく知らずに見た目が好みだからとか性的な魅力だけに惹かれて付き合ってるような関係だと、セックス後に性欲が減退すると同時に相手への関心も薄れて、それが素っ気ない態度に表れるんだろう」
「じゃあガクちゃんが賢者モードに入っても甘々が継続するのは……」
「そりゃあ性欲がいい感じに抜けて、美岬への純粋な愛情だけが残るからだろうな。だから、今この瞬間も美岬のことが愛しくてたまらない。あーもう、ホントにお前は可愛いな。大好きだぞ」
腕の中の可愛い生き物をたまらずもう一度ぎゅっと抱き締めて頬擦りすれば変な悲鳴が上がる。
「うひぃ! ここで大好きとか言っちゃうのは反則っす。あと、頬擦りはおヒゲがこそばゆいから止めてぇ! あひゃひゃひゃ」
無精髭をくすぐったがって口ではやめてと言いつつも、本気でいやがる素振りは見せず、むしろ自分からも頬を擦り付けてくるのが本当に可愛い。
ひとしきり頬擦りして美岬を可愛いがって満足したので軽く伸びをして、特に何も考えずに首を後ろにコテンと倒して満天の夜空を見上げた。
両手で軽く抱き締めている美岬の身体は力が抜けていて柔らかく、裸の胸に密着した背中からは温かさと信頼の重みが伝わってきて、つい本音がポロリと溢れる。
「あー、なんか今すごく幸せだなー」
「もー、なに勝手に一人で満ち足りちゃってるんすかー。あたしも同感っすけどー。幸せっすねー」
「なー……」
そのまま自然に会話が途切れて訪れる心地よい沈黙。
周囲に立ち並ぶ木々の梢とそびえ立つ崖のシルエットの額縁に納められた、夜空の一部だけ切り取った絵のような満天の星は、そこに描き込まれた星の数があまりにも多すぎてかえって非現実的にさえ思えてくる。
そんな幾多の輝きの中から夏の大三角形を構成する白鳥座のデネブ、鷲座のアルタイル、琴座のベガを見つけ出したところで美岬が口を開く。
「そういえば、七夕の織姫と彦星って夏の大三角形の星でしたっけ?」
「ああ。あの琴座のベガが織姫、こっちの鷲座のアルタイルが彦星だな。その2つの星の間の白っぽいモヤの帯みたいなのが天の川」
一つ一つ指差していくと、美岬がくくっと忍び笑いを漏らす。
「織姫と彦星って、夫婦でいちゃラブし過ぎてお互いに仕事を疎かにしちゃって皆に迷惑かけたせいで、仲人だった上司をキレさせて天の川の両岸に別れさせられたんすよね」
「ぶふっ! ざっくりまとめたな。でも元ネタは確かにそんな感じだった」
「でも引き離したらもっと使い物にならなくなったから上司が譲歩して真面目に仕事をする代わりに1年に1日だけ会えるようになったのが七夕っすよね」
「身も蓋もねぇな。……でも、いくら飴と鞭といっても年に1日しか会えないのは可哀想だと思うけどな。俺が美岬とそんなことになったら寂しすぎて発狂するかもしれん」
「んもー、ガクちゃんたら! でも、あたしもそうなったら多分似たようなことになるっすね。寂しすぎて死にたくなっちゃうかも」
「会えなくなったとしても死なれるよりはましだ。……頼むから、もう俺を独りにしないでくれ」
織姫と彦星の話からつい想像力を膨らませてしまい、自分が同じような状況になったらとつい考えてしまい、菜月と娘を、両親を、妹を亡くした時の喪失感がフラッシュバックしてきて、つい美岬を抱き締める手に力が込もり、弱音が口から溢れる。
「ごめんなさい。死ぬとか冗談でも口にしていいことじゃなかったっすね。分かってるっすよ。大丈夫。あたしは大好きなガクちゃんのことを絶対に独りにはしないっすから。どんなことがあっても生きることを諦めたりしないっすから」
「……ごめん。つい色々と思い出して、ちょっと取り乱した」
「うん。いいんすよ。……それより、こうして夜空を一緒に見上げてると漂流初日を思い出しません? あの時の夜空も星が綺麗だったっすよね」
ちょっと無理のある話題の転換だが、気を遣ってくれたことが分かるからそのまま話題に乗っかり、再び夜空を見上げる。
「ああ。そうだったな。なんだか色々ありすぎてずいぶん前のことのようにも思えるけど、まだあれから半月ぐらいしか経ってないんだよな。少なくともあの時はこんな恵まれた環境でこんなに幸せになれるとは想像もできなかったな」
「そっすね。あの時はお互いガッツリ心に傷を負っててメンタルぼろぼろだったっすからね。あの時の自分に教えてあげたいっす。あたしはこんなに愛されて幸せになるんだぞって」
「ああそうだな。俺も美岬と出会えて本当によかった。俺のことを好きになってくれて本当にありがとう」
「なに言ってんすか。あたしだって、あたしこそガクちゃんにありがとうって言いたいっすよ。あたしの命を助けてくれて、あたしのことを大切にしてくれて、好きになってくれて、あたしに自信を取り戻させてくれて本当にありがとうっす。大好きっすよ」
美岬の心からの言葉に感極まり、もう一度美岬を強く抱き締める。
「ああ、美岬! 俺も大好きだ。……早く一つになりたい」
すでに再起動は完了している。
「あたしも……もう待てないっす」
「じゃあ、上がろうか」
二人で手を取り合って風呂桶から出たところで、美岬が俺の胸に飛び込んできて俺の背中に両手を回してぎゅっと抱き締めてきたので、俺もまた彼女を抱き締め返す。裸の胸が密着し、ふにゅりと柔らかく潰れる。
「……後ろからのハグは、ハグを返せないのが一番の問題っす。さっきからガクちゃんがハグしてくれるたびにあたしもハグしたくてもどかしかったっす」
「そっか。俺も、後ろから抱き締めるのもいいけど、やっぱりこうやって正面から抱き合う方がいいな。さっきからずっとキスしたかった」
「奇遇っすね。あたしもっす」
超至近距離で見つめ合い、唇を重ね、舌を絡め合い、唾液を交換し、お互いに相手の唇を激しく何度も貪り合う。もう性衝動が昂りすぎてしまわないようにセーブしなくていいから、今までの欲求不満をすべてぶつけるかのように貪欲に求め合い、今までで一番濃厚なキスを交わす。
「……はぁ、はぁ。まったく濡れた身体も拭かないでなにやってんだか」
「はぁ、はぁ……ふふ。ほんとに困った人たちっすよね。これはバカップルのそしりを受けても仕方ないかも」
荒くなった呼吸を整え、濡れた身体を拭き取り、そのまま一糸まとわぬ姿で互いの指を絡めて手を繋ぎ、星明かりの道を拠点へと歩いて戻る。
拠点の中に灯された簡易ランプの弱いオレンジの光は、それでも星明かりに慣れた目には十分すぎるほど明るく、鮮明にお互いの生まれたままの姿を照らし出す。
マットレスに並んで腰を下ろし、愛を囁き合い、愛撫を繰り返し、何度もディープキスを交わし、昂め合う。
避妊を含めた互いの準備が整ったところで美岬がマットレスに仰向けに寝そべり、頬を赤く染めながら俺に向かって両手を伸ばして囁く。
「来て」
そしてその夜、俺と美岬は初めて一つに結ばれ、愛し合った。
【作者コメント】
前回に引き続き、いつもの一話分の文字数を大幅にオーバーしていますが、中途半端で切れない内容だったので増量版としての投稿です。
ようやく結ばれました。といっても二人はまだスタートラインに立ったところなので引き続き見守っていただけると嬉しいです。……などと締めの挨拶みたいなことを書いていますが、実はあともう一話あります。次の話で第二部は完結となりますので次回もどうぞお楽しみに。
それと、作者からのお願いです。物語的にも一つの大きな区切りということで、よろしければこの辺りで作品のレビューをいただけると嬉しいです。ここまで頑張った作者へのご褒美としてこの作品を宣伝していただけると今後のモチベーションにもなりますのでどうぞご協力よろしくお願いします。
互いに愛し合う男女が本番の行為を前に一緒に風呂に入っていてそうならない方がおかしいし、本番の前にお互いに昂め合うのは、むしろ前戯として正しいまである。
問題は、美岬が初めてであるがゆえに文字通りに手加減を知らなかったことだ。そこに美岬の持ち前の好奇心が加わった結果…………俺は今、賢者モードになり、とても穏やかな気持ちで風呂に浸かりながら、身体を洗い終えた美岬が入ってくるのを眺めている。
「じゃあ、お邪魔するっすね」
「おーぅ」
いくら大型のクーラーボックスといえども二人で一緒に浸かるにはさすがに狭い。後から入ってきた美岬が開いた俺の足の間に体育座りするとスペースの余裕は全然無くなり、風呂の湯がざばーと大量に溢れ出る。
俺に背を向けた状態で座った美岬はそのまま俺の胸に背中を密着させたポジションに収まり、ふいーと一息つく。
「なんとかギリギリ収まったなー」
「ふぅ。フィット感すごいっすね。お湯、めっちゃ溢れちゃったっすけど」
「それはしょうがない」
美岬が俺を背もたれにしたまま、首を後ろにコテンと反らせて俺の顔を見上げてくる。この体勢だと美岬の顔越しに美しい曲線を描く胸の双丘が否応なしに目に入ってくる。俺の目線に気づいた美岬がいたずらっぽく笑いながらそれを両手で寄せて強調してみせる。
「うふふ。そんなにあたしのおっぱい気に入ったっすか? 好きに揉んでもいいっすよ? さっきもだいぶ揉んでたっすけど」
「……ん。それはまた後でたっぷり堪能させてもらうつもりだけど、今は遠慮しとく。それより、今はこうして一緒に風呂に浸かってまったりできる時間の方を大切にしたいからな」
言いながら美岬の額に張り付いた前髪を掻き上げておでこに口付けると、美岬が不満そうに頬を軽く膨らませる。
「むぅー、なんかすっかりいい塩梅になってほっこりしちゃってるっすねぇ。聞いてはいたけど男の人って本当にエッチなスイッチのオンオフがきっちり切り替わるんすね。……まさか、今日はこのまま終わりとか言わないっすよね?」
「言わない言わない。今はスマホに例えるならバッテリーが0になって強制終了して急速充電してる状態だから、もう少しして最低限充電できたら自然に再起動するから」
「……ならいいっすけど。それにしても男の人の身体っておもしろいっすね。さっきまであんなに大きくてガチガチだったのに、一度出しちゃったらこんなに軟らかくなるなんて」
「まあな。むしろこっちの状態がデフォなんだけどな。普段から勃ちっぱなしだと日常生活に支障をきたすし。……あと、後ろ手でこっそり揉み揉みして強制再起動しようとするな。まだ最低限の充電量まで回復してないから」
「だってぇ……ガクちゃんがこうなっちゃったのはあたしのせいだから自業自得なんすけど、あたしもガクちゃんに色々触られて身体に火が着いちゃった状態のまま不完全燃焼で燻ってるから落ち着かないんすよぅ」
「あー……女の身体は火が着くのは遅いけど、一度火が着いてしまったらなかなか消えないもんな。ここまできてお預け状態なのはちょっと申し訳ないけどこればかりはなぁ……。とりあえず、俺の方は一度抜いて気持ちにゆとりができたから、本番はもっと優しくできると思うのでそれで許してほしいな」
「むぅ。ならそれで手を打つっす。でも、そこまで言ったからにはしっかりあたしを満足させてもらうっすよ?」
「おぅ……ハードル上げるなー。なるべく痛くしないようには頑張るけど、こればかりは個人差あるから、初めてでいきなり満足できるかは約束はできないぞ。でも、俺が気持ちよくなることより美岬が気持ちよくなれることの方を優先するから」
「……あい。今はその答えで十分っす。……それにしても、久しぶりにお風呂に浸かるのはやっぱり気持ちいいっすね」
「ああ。二人で一緒に入るには狭すぎるけど、美岬はこれがいいんだろ?」
「うん。そっすね。好きな人と一緒にお風呂に入るのってずっと憧れてたシチュエーションなんすよ。夢が一つ叶ったっす」
「まあ、すごくロマンチックなイメージはあるよな。どうだ? 実際に入ってみて」
「もう堪んないっすね。この密着しないと入れない狭さがいいっす。この裸という無防備過ぎる上に屋外という開放状態なのにガクちゃんに包み込まれているような安心感がすごくいいなぁって感じっす」
「うん。俺も美岬が安心しきった無防備な姿で俺にすべてを委ねてくれているのを実感できて、俄然守ってやりたいって思ってるよ」
両腕を肩越しに美岬の前に回してぎゅっと抱き締める。
「あぅ……これはヤバいっす。裸で密着したまま、そんな甘い言葉を耳元で囁かれて後ろからハグされるとか、キュン死にするっす。……てかガクちゃんって今はまだエッチなスイッチがオフな状態っすよね? なのになんでそんなに甘々モードが継続してるんすか?」
「……ん? ごめん。何が言いたいのかよく分からんからもう少し説明頼む」
「男の人って、一度達したらエッチなスイッチが切れちゃって、充電完了するまで素っ気なくなるって聞いてたんすけど、ガクちゃんってそんなことないっすよね。エッチなスイッチは切れてるっすけど、甘やかし度はむしろ上がるみたいな」
「…………あー、そういうことか。その情報源は例の大学生のオネーサマ方だな?」
「そっす」
「うーん、若いうちの恋人同士のセックスって確かにそんな感じになることが多いってのはよく聞くけど、まぁぶっちゃけると、事後に男が素っ気なくなるのは、相手に対して本気になってないからだと思うぞ」
「遊びの付き合いってことっすか?」
「言い方は悪いがそういうことだ。特に若い男の恋心はほぼ性欲と紙一重だからな。相手のことをよく知らずに見た目が好みだからとか性的な魅力だけに惹かれて付き合ってるような関係だと、セックス後に性欲が減退すると同時に相手への関心も薄れて、それが素っ気ない態度に表れるんだろう」
「じゃあガクちゃんが賢者モードに入っても甘々が継続するのは……」
「そりゃあ性欲がいい感じに抜けて、美岬への純粋な愛情だけが残るからだろうな。だから、今この瞬間も美岬のことが愛しくてたまらない。あーもう、ホントにお前は可愛いな。大好きだぞ」
腕の中の可愛い生き物をたまらずもう一度ぎゅっと抱き締めて頬擦りすれば変な悲鳴が上がる。
「うひぃ! ここで大好きとか言っちゃうのは反則っす。あと、頬擦りはおヒゲがこそばゆいから止めてぇ! あひゃひゃひゃ」
無精髭をくすぐったがって口ではやめてと言いつつも、本気でいやがる素振りは見せず、むしろ自分からも頬を擦り付けてくるのが本当に可愛い。
ひとしきり頬擦りして美岬を可愛いがって満足したので軽く伸びをして、特に何も考えずに首を後ろにコテンと倒して満天の夜空を見上げた。
両手で軽く抱き締めている美岬の身体は力が抜けていて柔らかく、裸の胸に密着した背中からは温かさと信頼の重みが伝わってきて、つい本音がポロリと溢れる。
「あー、なんか今すごく幸せだなー」
「もー、なに勝手に一人で満ち足りちゃってるんすかー。あたしも同感っすけどー。幸せっすねー」
「なー……」
そのまま自然に会話が途切れて訪れる心地よい沈黙。
周囲に立ち並ぶ木々の梢とそびえ立つ崖のシルエットの額縁に納められた、夜空の一部だけ切り取った絵のような満天の星は、そこに描き込まれた星の数があまりにも多すぎてかえって非現実的にさえ思えてくる。
そんな幾多の輝きの中から夏の大三角形を構成する白鳥座のデネブ、鷲座のアルタイル、琴座のベガを見つけ出したところで美岬が口を開く。
「そういえば、七夕の織姫と彦星って夏の大三角形の星でしたっけ?」
「ああ。あの琴座のベガが織姫、こっちの鷲座のアルタイルが彦星だな。その2つの星の間の白っぽいモヤの帯みたいなのが天の川」
一つ一つ指差していくと、美岬がくくっと忍び笑いを漏らす。
「織姫と彦星って、夫婦でいちゃラブし過ぎてお互いに仕事を疎かにしちゃって皆に迷惑かけたせいで、仲人だった上司をキレさせて天の川の両岸に別れさせられたんすよね」
「ぶふっ! ざっくりまとめたな。でも元ネタは確かにそんな感じだった」
「でも引き離したらもっと使い物にならなくなったから上司が譲歩して真面目に仕事をする代わりに1年に1日だけ会えるようになったのが七夕っすよね」
「身も蓋もねぇな。……でも、いくら飴と鞭といっても年に1日しか会えないのは可哀想だと思うけどな。俺が美岬とそんなことになったら寂しすぎて発狂するかもしれん」
「んもー、ガクちゃんたら! でも、あたしもそうなったら多分似たようなことになるっすね。寂しすぎて死にたくなっちゃうかも」
「会えなくなったとしても死なれるよりはましだ。……頼むから、もう俺を独りにしないでくれ」
織姫と彦星の話からつい想像力を膨らませてしまい、自分が同じような状況になったらとつい考えてしまい、菜月と娘を、両親を、妹を亡くした時の喪失感がフラッシュバックしてきて、つい美岬を抱き締める手に力が込もり、弱音が口から溢れる。
「ごめんなさい。死ぬとか冗談でも口にしていいことじゃなかったっすね。分かってるっすよ。大丈夫。あたしは大好きなガクちゃんのことを絶対に独りにはしないっすから。どんなことがあっても生きることを諦めたりしないっすから」
「……ごめん。つい色々と思い出して、ちょっと取り乱した」
「うん。いいんすよ。……それより、こうして夜空を一緒に見上げてると漂流初日を思い出しません? あの時の夜空も星が綺麗だったっすよね」
ちょっと無理のある話題の転換だが、気を遣ってくれたことが分かるからそのまま話題に乗っかり、再び夜空を見上げる。
「ああ。そうだったな。なんだか色々ありすぎてずいぶん前のことのようにも思えるけど、まだあれから半月ぐらいしか経ってないんだよな。少なくともあの時はこんな恵まれた環境でこんなに幸せになれるとは想像もできなかったな」
「そっすね。あの時はお互いガッツリ心に傷を負っててメンタルぼろぼろだったっすからね。あの時の自分に教えてあげたいっす。あたしはこんなに愛されて幸せになるんだぞって」
「ああそうだな。俺も美岬と出会えて本当によかった。俺のことを好きになってくれて本当にありがとう」
「なに言ってんすか。あたしだって、あたしこそガクちゃんにありがとうって言いたいっすよ。あたしの命を助けてくれて、あたしのことを大切にしてくれて、好きになってくれて、あたしに自信を取り戻させてくれて本当にありがとうっす。大好きっすよ」
美岬の心からの言葉に感極まり、もう一度美岬を強く抱き締める。
「ああ、美岬! 俺も大好きだ。……早く一つになりたい」
すでに再起動は完了している。
「あたしも……もう待てないっす」
「じゃあ、上がろうか」
二人で手を取り合って風呂桶から出たところで、美岬が俺の胸に飛び込んできて俺の背中に両手を回してぎゅっと抱き締めてきたので、俺もまた彼女を抱き締め返す。裸の胸が密着し、ふにゅりと柔らかく潰れる。
「……後ろからのハグは、ハグを返せないのが一番の問題っす。さっきからガクちゃんがハグしてくれるたびにあたしもハグしたくてもどかしかったっす」
「そっか。俺も、後ろから抱き締めるのもいいけど、やっぱりこうやって正面から抱き合う方がいいな。さっきからずっとキスしたかった」
「奇遇っすね。あたしもっす」
超至近距離で見つめ合い、唇を重ね、舌を絡め合い、唾液を交換し、お互いに相手の唇を激しく何度も貪り合う。もう性衝動が昂りすぎてしまわないようにセーブしなくていいから、今までの欲求不満をすべてぶつけるかのように貪欲に求め合い、今までで一番濃厚なキスを交わす。
「……はぁ、はぁ。まったく濡れた身体も拭かないでなにやってんだか」
「はぁ、はぁ……ふふ。ほんとに困った人たちっすよね。これはバカップルのそしりを受けても仕方ないかも」
荒くなった呼吸を整え、濡れた身体を拭き取り、そのまま一糸まとわぬ姿で互いの指を絡めて手を繋ぎ、星明かりの道を拠点へと歩いて戻る。
拠点の中に灯された簡易ランプの弱いオレンジの光は、それでも星明かりに慣れた目には十分すぎるほど明るく、鮮明にお互いの生まれたままの姿を照らし出す。
マットレスに並んで腰を下ろし、愛を囁き合い、愛撫を繰り返し、何度もディープキスを交わし、昂め合う。
避妊を含めた互いの準備が整ったところで美岬がマットレスに仰向けに寝そべり、頬を赤く染めながら俺に向かって両手を伸ばして囁く。
「来て」
そしてその夜、俺と美岬は初めて一つに結ばれ、愛し合った。
【作者コメント】
前回に引き続き、いつもの一話分の文字数を大幅にオーバーしていますが、中途半端で切れない内容だったので増量版としての投稿です。
ようやく結ばれました。といっても二人はまだスタートラインに立ったところなので引き続き見守っていただけると嬉しいです。……などと締めの挨拶みたいなことを書いていますが、実はあともう一話あります。次の話で第二部は完結となりますので次回もどうぞお楽しみに。
それと、作者からのお願いです。物語的にも一つの大きな区切りということで、よろしければこの辺りで作品のレビューをいただけると嬉しいです。ここまで頑張った作者へのご褒美としてこの作品を宣伝していただけると今後のモチベーションにもなりますのでどうぞご協力よろしくお願いします。
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2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
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俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
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