【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる

文字の大きさ
上 下
160 / 227
箱庭スローライフ編

第160話 15日目⑦おっさんは最上位部位肉を手に入れた

しおりを挟む
 一個の氷砂糖のシェアからつい盛り上がってしまった濃厚なキスの余韻が未だ抜けぬままの美岬の手を引いて俺は解体現場に向かっていた。当初の目的である真鍮のバケツも空いた手に持っている。
 ちなみにゴマフも当然付いてこようとしていたが、解体現場では、すでに原形を留めていないとはいえ母親が解体中であるし、切り落とした頭もそのままそこにある。いずれコミュニティに帰す予定のゴマフに悪い影響を与えたくないし、刃物を使っているそばで遊ばれるのも危ないから、日陰に移動させた大型クーラーボックスの中で留守番である。

 美岬はさっきのキスの感触を思い出すかのように時折指先で自分の唇に触れながら、はふぅ……となまめかしい吐息を漏らしたりしている。

 繋いだ手のひらが何やら意味ありげにギュッと握られたので美岬の顔を見れば、彼女は真っ赤な顔で目を潤ませながら俺を見上げていた。

「……あたし、ガクちゃんとキスするのがすごく好きで……だから、いつも触れるだけのキスで終わるのが……その、ちょっと不満だったんすよ。もっと大人なキスがしたいってずっと思ってて、いつものキスでもすごく幸せになるなら、大人のキスはもっとすごくイイんだろうなって思ってたんすよね。……でも、ガクちゃんがなんで今日までそのキスをしなかったのか、なんか分かっちゃったっす」

「あー、分かっちゃったか」

「うん。分かっちゃったっす。……あのキスはその、エッチな気分が盛り上がり過ぎちゃうんすね」

「まあ、そういうことだな。あれは、なんというか気持ちがたかぶり過ぎて、それだけで止めるのがかなりしんどくなるんだよな。避妊ができないからセックスを控えてる状態であんなキスをしてたら正直身体がもたないって」

「あー、わかりみしかないっす。もし、今夜の約束がなかったら、あたしも我慢できなくなってたと思うっす。胸がキュンキュンして頭がぽーっとなって、もうガクちゃんのことがだいしゅきって気持ちでいっぱいになっちゃって。……はうぅ、もうおあずけが切なすぎるっすよぅ」

 自分の胸の内を吐露しながら、美岬が自分を落ち着かせるようにギュッギュッと何度も俺の手をにぎにぎする。
 なにこの可愛いすぎるうちの嫁。どれだけ俺を萌え殺せば気が済むのか。

 俺も今の美岬がお預けで悶々している辛さはわかりすぎるぐらいよくわかる。あのままマットレスに押し倒してしまいたい衝動を抑えるのはかなり大変だった。
 でも、さすがに解体途中のプレシオサウルスを放りだして事に及ぶわけにはいかない。美岬もそれが分かっているからこそ懸命に自分を抑えようとしているのだから俺も自制しないと。

 それに、ここまでお互いに我慢してきたのに、初めてのセックスが勢い任せの成り行きという雑な結果は俺も望んでいない。
 二人の記憶に残る大切な日なんだから、美岬にとって思い返す度に失敗したと苦笑いするような黒歴史ではなく、本当に幸せな思い出になるようにしてやりたい。
 ……ちなみに俺の初めての時は、まあ若かったからとつい言い訳したくなるようなちょっと苦い記憶だ。

「正直俺もかなり我慢するのがしんどくなってるけどな。でも、解体途中の生の肉を放置できないってのも大きな理由だけど、今の血と脂と汗で汚れた状態で美岬を抱きたくないってのもあるんだ」

 美岬がハッとした顔をして、さっきまでしていた遺品整理で汚れた自分の手や服を見、また自分のシャツの胸元を摘まんでクンクンと匂いを嗅ぐ。

「あぅ。あ、あたしもそうっす。ガクちゃんに全部見られる前にせめて水浴びで身を清めたいっす。こんな汗臭い汚い状態での初めてなんて嫌っす!」

「うん。だから汚れる作業を全部ちゃんと終わらせて、お互いにちゃんと準備できてから、な?」

「あい。これはおあずけじゃなくて、まだ準備ができてない状態っすね。やば。キスでテンション上がり過ぎちゃっててそういう大事なことが丸々抜け落ちてたっす。気づかせてもらえてよかったぁ」

「ふふ。そしてたぶんみさちはまだ気づいていないことがもうひとつ」

「うぇ! あたしまだ大事なことを見落としてるっすか?」

「ゴマフのケージ代わりに使ってるあの大型クーラーボックスだけどな、あれ、風呂として使えるぞ」

「…………あっ! ああっ! ほんとっすね! 氷と魚を入れるものってイメージで固まってたっすけど、丈夫だし断熱性も高いし、お湯を入れればお風呂になるじゃないっすか! やばっ! すぐにゴマフから取り返して……」

 身を翻して戻ろうとした美岬の手を握る手に力を入れて引き留める。

「待て待て待て! 今ゴマフにこっちに来られても困るだろ。まずはこっちの作業を終わらせてからだ」

「あ、はは。そうっすね。ついお風呂と聞いてテンションが針が振り切ってしまったっす」

「気持ちは分かるけどな。じゃあ、解体と素材の処理をさっさと終わらせよう」

「あいあいっ!」

 そして解体現場に到着する。

「おー、もうかなり進んでるっすね。あたしは何をすればいいっすか?」

「そうだな。まずは大コッヘルで湯を沸かして、取り分けてある脂身を茹でて、浮いてくる脂を回収する作業から始めてもらおうかな。脂身はまだまだ追加で出るからな。それと平行して剥いだ皮の内側にこびりついている皮下脂肪もスプーンでこそぎ取ってほしいな」

「あい、おまかせられ!」

 可愛く敬礼してさっそく小川で手を洗ってから作業を始める美岬。俺も回収してきた真鍮のバケツを洗い、中断していた解体作業を再開する。

 背中の皮を剥いで、分厚い脂肪の層を取ろうとしたところで中断したからそこから。
 脂肪と肉はナイフで切った感覚からして全然違う。肉は刃を当てただけでは切れず、刃を前後に動かすことで初めて切れるが、脂肪は刃を当ててちょっと力を入れるだけで切れる。硬めのゼリーみたいな感じだな。
 背側を覆っている脂肪へ背骨沿いに切り込みを入れ、そこから少しずつ削ぎ取っては真鍮のバケツに入れていく。
 脂肪の層の下、背骨の上突起とあばら骨の間に美しい赤身の肉が見つかった。いわゆるヒレ肉だな。あまり動かさないからすじがなくて柔らかい稀少部位だ。この肉は他の部位と混ざらないように別に取り分けておこう。

 背側が終わったので、今度は腹側に移る。
 人間でいうところの胸部に相当する、左右の前ヒレ間の部分に発達した筋肉とそれを支える骨がある。肉に覆われているので骨の形状はよく分からないが、ヒレの付け根の腕骨と肩甲骨があるはずだ。これらは左右対象になっているから、正中線で切り分けて片方ずつ処理しよう。

 昨日、内臓を出す時に腹部を正中線に沿って開いたが、その時に胸部も少し切り開いていた。そこから首に向かって胸の中心を切り開いていく。発達した左右の胸筋の間ならば刃が通りやすい。
 途中、左右の肩骨の繋ぎ目で一度刃が止まるが、骨の繋ぎ目は簡単に切り離せるので、軟骨でできたそこをブツッと切ってしまえば後は首の付け根の切り口まで切り開くことができた。

 それから、まず左側の胸肉と肩肉と骨を一塊で胴体から切り離してまな板に乗せ、部位ごとに切り分けて骨と皮を外してむね肉と肩肉とササミに分ける。
 一回やってしまえば骨の形状なんかも理解できたので、反対の右側の処理はより手早く効率よくこなすことができた。


 ここまでで吊るしてある胴体に残っているのは、あばら骨周りの肉とロープで括ってある後ヒレとその周りの肉だけになった。
 解体作業を再開したのは11時頃だったが、今はすでに12時を回っている。腹も減ってきたし1時までには終わらせたい。
 ここまですればだいぶ軽くなっているしサイズも小さくなったから、残りはまな板の上に移動させて一気に終わらせるとしよう。









【作者コメント】
 ヒレ肉は牛だと背骨の腰周りにある筋肉でテンダーロインとも呼ばれますね。あまり動かさないので筋肉でありながら筋がなくて柔らかく、最高級の赤身肉とされています。そしてこのヒレ肉の中の最も良い部分がシャトーブリアンと呼ばれる最上位部位となります。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

処理中です...