149 / 227
箱庭スローライフ編
第149話 14日目⑫おっさんは海竜を解体する ※微グロ注意
しおりを挟む母竜の身体をひっくり返して腹を上にして、だいぶ手元が暗くなってきたので松明を灯し、美岬にLEDライトを持ってもらう。
過去にカメは何度か解体したことはあるが、あれ、かなりグロテスクなんだよな。
「……正直、今まで見てきた魚の解体に比べると桁違いにグロいから無理だったら言ってくれよ」
「……あい。気合い入れていくっす」
脇腹が食い破られてあばら骨が露出し、腸の一部が引きずり出されているが、そっちはとりあえず後回しで、さっき子竜が胎内に残されていないか調べるために総排泄口から腹部にかけて切り割いた切り口を利用する形で、内臓を傷つけないように注意しながら、腹部から首の付け根までの皮を正中線で切り開いていく。
腹側に甲羅やあばら骨は無く、ヒレを動かすための非常に発達した筋肉と骨が前肢の付け根から胸にかけて、後肢の付け根から下腹部にかけてあった。
ヒレそのものには筋肉はほとんど無くて骨と皮ばかりみたいなのでヒレの根元のこの筋肉で自由自在に動かすのだろう。ウミガメの胸筋も発達しているがプレシオサウルスのそれはその上をいく。これは水中では相当速く泳げそうだな。
腹部の中央付近にはほとんど筋肉はついておらず、皮と皮下脂肪の下にすぐ腸などの内臓がある。あばら骨は脇腹の途中までしかないから、骨も筋肉もないこの部分が特に弱いってことだな。
「思ってたほどは血まみれじゃないっすね」
「もうかなり流れ出たんだろうな。それでも内臓や肉にはまだ血は残ってるからそれは抜かなきゃいけないけどな」
「血があまり出てないとそこまでグロテスクじゃないんでまだ見てられるっす」
「確かにな。ついでにカメに比べると内臓そのものがなんというか割とスッキリと収まってる感じはするな。カメの内臓は……なんというかごちゃごちゃしててグロいからな」
「そうなんすか?」
「実際に見てみたら納得すると思う。さて、じゃあここで一旦スケッチするぞ」
腹部の皮をめくった状態で一度手を止めて胸部や下腹部の筋肉の付き方をスケッチしてから解体を続ける。
胸部と下腹部の筋肉を正中線に沿って切り開き、腹腔内の内臓を露出させる。
握りこぶしサイズの心臓が首と胴体の境目あたりにあり、内臓では肺が一番大きく、次いで肝臓、そして胃袋と続く。肺は細長い2本が平行に並び、湾曲した背骨の内側に収まっている。おそらく浮き袋も兼ねていると思われる。
胃袋の出口付近が大きく肥大していて、触ってみるとグリグリとした硬い肉の塊だった。最初は腫瘍かと思ったが、筋肉の塊のようなその触感で正体に気づく。
「あ、なるほど。これは砂肝だな」
「ああ、鶏のコリコリした部位っすね」
「胃で消化しきれなかった殻や骨をここで擦り潰して腸に送るんだな」
砂肝から続く小腸の太さはおおよそ親指ぐらいで長さはそんなに長くなくせいぜい3㍍程度、草食動物に比べて肉食動物の腸はそんなに長くないからこんなものだろう。続く大腸は太さは直径2㌢ぐらいで長さは約1㍍。
サメに引きずり出されて食いちぎられていたのはどうやら大腸だったようで、体外に引き出された部分は完全に壊死して海水に洗われて白くふやけ、傷口から体内にも海水が入っていて海水に浸かった一部の組織も壊死していた。
直腸と総排泄口の間に膀胱への分岐と生殖器への分岐があり、膀胱の先にあるのがおそらく腎臓で、生殖器の先にある肥大した袋状の内臓が子宮……いや、この場合は受精した卵巣がそのまま肥大しているみたいだから子宮ではないのか。ゴマフが入っていた卵巣の周りには葡萄の房のような未成熟の卵巣が鈴なりになっている。鶏でいうところのキンカンだな。
とりあえず大雑把ではあるが内臓の配置と形と色をスケッチした。こうしてみると、プレシオサウルスは進化途上の中途半端な生き物ではなく、このデザインとしてすでに完成した生き物であることが分かる。少なくともどの内臓がどんな役割の臓器であるかが見て分かる程度には現生生物との相違は少ない。まあそうでなきゃ白亜期から形を変えずに生き残ってくることなんてできないよな。
独特な肺の位置や砂肝や胎生のための生殖器の構造など、他の爬虫類にはあまり見られない特徴もあり、これは恐竜全般に言えることだが、そもそも爬虫類と分類してしまっていいものか悩む。
ま、そのへんは後代の学者におまかせするとしよう。プレシオサウルスの現生種がいるとなればいずれは詳しい調査がなされるだろうから、俺たちにできることは将来の調査に役立つようにこの記録をきちんと保管しておくことぐらいだな。
いずれこの島から脱出できるなら一緒に持っていけばいいし、それが叶わないなら土器にでも封じて洞窟にでも入れておけば、俺たちがこの島で生きた証にもなるだろう。死海文書の例からもちゃんと土器を封印しておけば朽ちやすい紙でも1000年ぐらい保つことは証明されているわけだし。
「…………」
そんなことを考えたところでふと頭の中で点と点が繋がる。
もし、過去にこの場所まで漂流者が辿り着いていたとしたら? この場所から出ることが叶わず、ここで生涯を終えた過去の漂流者はなんらかの方法で自分が生きた証を遺していないだろうか?
もしそんな記録を遺しておくとしたらどこだろうか?
「どしたんすか? なんか長考モードに入ってるっすよ?」
「……ああ。この記録が無駄にならないように保管する方法を考えててな。死海文書みたいに土器の中に入れて蓋を粘土で封印した状態で洞窟に仕舞っておけばいいかな、などと考えたんだが……」
「……なるほど。いい方法だと思うっすよ」
「そこで思い至ったんだが、過去に俺たちみたいな漂流者がこの箱庭に辿り着いていたとしたら、自分が生きた証を遺しているんじゃないかと思ってな。そしてそれを遺すとしたら……」
「……っ! 洞窟ってことっすか」
「そういうことだ。今までは拠点にするつもりがなかったからあえて洞窟の調査は後回しにしていたが、一度洞窟も調べておいた方がいいかもしれんな」
「そうっすね。なにか重要な情報が遺されてるかもしれないっすもんね。……あ!」
「む! 雨が当たってきたな。急いで処理だけ終わらせよう」
ポツン、ポツンと雨粒が落ち始めている。本降りになる前になんとか作業に目処をつけたいところだ。
開いた腹腔から内臓を両手で掴んで取り出してはすぐ横の小川の水に落としていく。この辺りはほとんど流れはなく、小川の水が砂に吸収されて伏流水になる直前の場所だから流される心配はない。
まずは尿の入った膀胱を破らないように気をつけながら外し、次いで食道から胃腸の消化器系を全部繋がったままで腹腔の外に出す。腸の内容物をぶちまけてしまうと肉が臭くなってしまうから、特に食いちぎられている辺りは注意しながら、消化器系を全部一旦外に出してから、上の食道と下の直腸を胴体から切り離す。
だいぶスッキリした腹腔の中心にある肝臓を周囲の癒着物を切り離して取り出し、肝臓に付着している胆嚢──これは魚で言うところの苦玉で使いようがないので切り離して捨てる。
心臓から延びる太い血管を切ればさすがに大量の血が出て腹腔内が真っ赤に染まる。軽く水で流してから、心臓を取り出し、背骨のすぐ内側に張り付いている肺を剥ぎ取る。これで腹腔内は空っぽになった。ちなみに腎臓は膀胱と一緒に、卵巣と脾臓は消化器系と一緒にすでに取ってある。
「ううぅ……暗くて良かったっす。さすがにこれは明るいところでは直視できなかったと思うっす」
「だろうな。よく頑張ってると思うぞ。まあこの処理さえ終わってしまえば後はそこまでビジュアル的にキツくはないと思うけどな」
「血塗れになってこの作業ができるガクちゃんのこと、本当に尊敬するっす」
「はは。ありがとよ。ぶっちゃけニカラグアで捌いたウミガメの方が俺的にはキツかったな」
「マジすかぁ……それで、これで一応終わりっすか?」
「そうだな。中をざっと洗って首を切り落として吊るせば夜のうちに重さで自然に血抜きができるはずだ。出した内臓のうち、使える物は今夜中に処理しなきゃいけないがそれはみさちは付き合わなくていいよ。吊るすところまで手伝ってくれ」
「了解っす」
首を胴体との境目あたりから切り落とし、まずは首の方を頭を上にしてパラコードで小川の上に延びている枝に吊るす。切り口が下にあるのですぐにポタポタと内部に残っていた血が水に落ち始める。
次に首なしの胴体だが、逆さに吊った時にヒレがだらーんと広がった状態というのは良くないので、先にヒレを胴体に密着させた状態で縛り、それから後肢の付け根にパラコードを括り、太めの枝に二人がかりで逆さ吊りにする。こちらも首の切り口から重力に従って内部に残っていた血がボトボトと落ち始める。
「よし。こんなところだな。じゃあ、俺はこのまま内臓の処理を続けるけど、みさちは胃袋だけ持ってゴマフのところに戻るか?」
「うーん、胃袋ごと持っていった方がいいっすか?」
「胃の内容物が見たいのか? 臭いもけっこうキツいと思うが。これごと持って行って、ゴマフに胃袋に顔を突っ込ませて直接食わせれば中身は見ないで済むと思うんだけどな」
「おふ……胃袋ごと持っていくっす」
胃袋に砂肝を付けた状態で十二指腸から切り離す。砂肝は生きている間は蠕動によって中の物を移動させるが、死んだ状態ではぴったりと塞がった肉の塊になるので胃袋の内容物が流れ出すのを塞き止めてくれる。
胃袋は要するに上と下に穴のある袋なわけだから、せめて下を塞いでおけば多少は持ち運びしやすいと思う。
量は多くないとはいえ、それでも多少はタプタプしている胃袋を微妙に嫌そうな顔で持った美岬がゴマフの待つ浜辺に向かうのを見送り、俺は残りの内臓の処理を続けるべく、小川の中に足を踏み入れた。
【作者コメント】
砂肝は鳥類には基本的に備わっている器官ですが、爬虫類だとワニの一部にある程度備わっている程度ですね。ちなみに恐竜にはだいたい備わっていたようです。恐竜ってホントに爬虫類? 翼竜とか魚竜ってホントに爬虫類でいいの? 爬虫類でも鳥類でもない別の分類にした方がいいのでは、と思う今日この頃です。
44
お気に入りに追加
565
あなたにおすすめの小説

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました
夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。
スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。
ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。
驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。
※カクヨムで先行配信をしています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる