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箱庭スローライフ編
第145話 14日目⑧おっさんは手作りマグカップでコーヒーブレイクする
しおりを挟む火床の灰の山に半ば埋もれた土器を掘り出し、手で触れるぐらいまで冷ましてから二人でそれを一度小川に持っていって水洗いしてこびりついた灰を洗い流す。
完成した土器は赤茶色ベースで白が少し混じり、透明なガラスのような部分もところどころに混じっていて、イメージとしては備前焼っぽくなったように思う。焼き時間が短いから備前焼ほど頑丈ではないだろうが、とりあえず粘土が溶け出したり水が洩れたりせずに使えれば十分だ。
「おぉー、ちゃんとしっかりした陶器になったっすねー」
「ああ。大成功だな。ここの粘土が陶器に使えるってことがこれで分かったからこれから本格的に作っていけるな。みさちの作ったマグカップも割れなくてよかった」
「あは。じゃあさっそくこのペアマグを使ってみたいんすけど?」
「んー。じゃあ湯を沸かしつつ、みさちにはコーヒー用にドングリを煎っておいてもらおうか。俺はどうも天気が崩れそうだから濡れたら困るものを先にしまってくるから」
「あい。おまかせられ」
さっきまでは雲の合間に青空も見えていたが、今は一面厚い雲に覆われており、日暮れまではまだ時間があるはずなのにだんだん暗くなってきている。この様子なら夕方遅くには降りだすだろう。
かまどの火を起こすだけやってからそこは美岬に任せ、干していた洗濯物やシイタケ、葛緒や葛ワラなどを順々に回収しては拠点内にしまっていく。
一通り濡れては困るものを片付け終えて炊事場に戻れば、美岬が小コッヘルでドングリを煎っていて、辺りには芳ばしい香りが漂っていた。
「おお、いい香りになってきたな」
「でしょー。 でももうちょっと煎った方がいいっすよね?」
覗いてみればコーヒーの焙煎度合いでいえばシナモンロースト。
「そうだな。もっとしっかり焦げ茶色になるまで煎った方が色と苦味が出て見た目も味もコーヒーらしくなると思うぞ」
「了解っす」
やがて、いい感じに焙煎できたドングリを石で軽く潰し、すり鉢に入れてゴリゴリと擂って細かくしていく。
「あは。すり鉢があるだけで細かく砕く作業が段違いっすね」
「ほんとそれな。粗く細かくする作業はすり鉢があるとかなり時短ができるよな。これで石臼も造れたら粉挽きなんかもできるようになるから楽になるんだけどな」
「石臼は陶器で作るのは無理っすか?」
「まあ現実的ではないな。まずちゃんと粘土が乾かないだろうし、野焼きでは内部まで焼けないだろうからな」
「そっかぁ。石臼はいったん諦めるしかないっすね。ちなみにすり鉢でジュズダマの殻剥きってできないっすかね?」
「うーん、殻が硬くてツルツルしてるから難しいんじゃないかな」
「やっぱりそっすよねぇ。ドングリはともかく、ジュズダマをもうちょっと楽に殻剥きできるといいんすけど」
「確かにジュズダマは殻が硬すぎるんだよなぁ。いっそ殻ごと煎って、それを茹でて、茹で汁はそのままハトムギ茶として消費して、ふやけたジュズダマの殻を剥くって形にしてみたらどうだろうな?」
「あー、なるほど。その方がまだ剥きやすいかもっすね。でもそれだと中身は煮えてふやけてるからすぐ食べなきゃいけないんじゃないっすか?」
「いや、むしろその一度火の通ったジュズダマの中身を干して乾かせば糒になるんじゃないかと思ってな」
「おぉ! 糒って炊いた米を乾燥させた昔の保存食で忍者が任務中に食べてたやつっすよね。忍者のたまごの漫画で読んだことあるっす」
「おうそれだ。実際には忍者だけじゃなくて侍たちも合戦の時の行動食として食べてたんだけどな。それに、昔だけじゃなくて今でも糒はアルファ化米って名前で保存食に使われてるぞ。お湯を注いで食べるタイプのインスタントのご飯メニューはだいたいこれだな」
「え、インスタントのカレーリゾットとか?」
「そうそう」
「なんと。じゃああたし普段からかなりの頻度で糒を食べてたんすね」
「……本土に戻れたら美岬の食生活は徹底的に再指導だな」
「あははー。お手柔らかにお願いするっす。でも、糒にできるならやってみる価値はあるっすね」
「ああ。湯で戻すだけで食べれる手軽さは魅力だし、乾燥状態だと長く保つから保存食としても優秀だからな。……お、そろそろいいかな」
しゃべっているうちにすり鉢の中のドングリが細かく砕けたので、湯の沸いた中コッヘルに直接投入してかき混ぜながらしばらく抽出し、ガーゼで作ったフィルターで濾して、マグカップに注ぎ分ける。
「はい、みさち」
「わぁいっ! コーヒーだ!」
美岬が自分で作ったマグカップを大事に両手で持って嬉しそうに口を付ける。
「……あは。やっぱりこうやって飲むと一味違う気がするっす」
「そりゃ自分で粘土から作ったマグなんだから格別だろ」
「ですよねー」
本物のコーヒーに比べれば香りは弱く味も薄いが、それでもこうしてマグカップで飲むとやっぱり美味しく感じる。器って大事だな、と改めて実感する。
生死には直結しないからサバイバルにおける優先順位は低いが、こうして危機をとりあえず脱して生活を楽しむゆとりができた今なら、食事を楽しむために器にこだわる余裕もある。
「やー、陶芸って楽しいっすね。あたし今回のでちょっとハマりそうっす」
「ほー、なかなかいい趣味じゃないか。じゃあ次はちょっと大きめの皿とかスープ用の深めの鉢とか茶碗みたいなやつも作ってみるか?」
「あ、確かにそういうのも欲しいっすね。牡蠣皿は浅いから汁物にはやっぱり深い器がいいっすし。あとスプーン。レンゲみたいなのがあると便利っすよね」
「そうだな。今のアサリの殻に小枝を付けたスプーンはやっぱり使い勝手はイマイチだもんな。なら今夜の内職はそういうのを作ってみるか? たぶん雨になるから早めに引きこもることになるだろうし」
「いいっすね。粘土もあることっすし」
「でもその前に晩メシだな。潮もだいぶ引いてきているからコーヒーを飲み終わったら暗くなる前に何か獲りに行こうか」
「そっすね。雨も降りそうだからパッと獲ってきて、ささっと簡単に食べられるものがいいっすよね。なら、岩牡蠣とか穴ダコとかハマグリあたりがいいっすかね?」
「そのあたりが妥当かな。それ以外で獲れた物は昨日の素潜りの時に使ってた浮き篭に入れて干潮でも干上がらない辺りに浮かべておいて活かしておけばいいよな」
「いいっすね。それならアサリとか入れておけば自然に砂が抜けて手間が省けるっすし」
結論から言えば、コーヒーを飲みながら話し合っていた俺たちのこの後の計画は大幅な修正を余儀なくされることになる。
潮干狩りの準備をして砂浜から干潟に降りたところで美岬がソレに気づく。俺は岩場の方に注意が向いてて気づくのが遅れた。
「……ガクちゃん! あれ!」
「……ん? なんだ?」
「干潟の水際のあれ見て!」
干潮によって干上がった砂地の上に明らかに見覚えのない大きな物体が取り残されていて、パドル状の大きなヒレがパタン……パタン……と力なく砂を叩いている。
「ウミガメか!」
サメに追われて外洋から逃げ込んできたのだろうか。だが、せっかく逃げてきたところ悪いが、カメならこちらとしても逃がすわけにはいかないな。
「……先に言っておくが、カメが可哀想だから助けるってのは無しな。あれは貴重な肉と脂の塊だぞ」
「言わないっすよ。うちの島でもアオウミガメは食べるっすからね」
「ならいい。ずいぶん弱ってるようだから逃げはしないだろうが、近づいたらまずはひっくり返してから〆るぞ」
「いえっさー」
崖の影にいたので近づくまではその全貌が判りづらかったが、かなり大きく胴体だけで2㍍ぐらいはある。これはもしやウミガメの最大種のオサガメか? もしそうだとしたら一般的に食用にされるアオウミガメに比べると味は劣るらしいがそれでも一応は食べれる種類だ。
サメに噛まれたのであろう咬み傷が身体中にあり、流れ出した血によって周辺の砂地が赤く染まっており、力なくぐったりとしている。おそらく衰弱して自分ではもう動けないのだろう。こちらとしては好都合だが。
しかし、近づいてその全貌が明らかになった時、俺の心臓が一拍飛ばして打ち、美岬もヒュッと息を呑む。
「ガクちゃんっ! これっ!」
「違うっ! こいつはカメなんかじゃないぞ!」
シルエットは確かにウミガメに似ている。しかしウミガメと違って甲羅がなく、胴体のシルエットもすっきりしていて、何より特徴的なのはキリンのような長い首とその先の小さな頭部。顔はウミガメよりもイグアナに近く、口もクチバシではなく小さな尖った歯が並んでいる。
胴体から短い尾までの長さが約2㍍、首と頭部の長さが約1㍍。こんな特徴的なシルエットの生物は他にいない。
「首長竜だ!」
【作者コメント】
コーヒーブレイクシーンだけだとちょっと尺が足りなかったので座礁海竜の発見シーンまで書いたら今度は長くなりすぎるというね( ;´・ω・`)
一話あたりの文字数の管理って難しいなぁと思う今日この頃です。
いよいよSF らしくなってきましたが、この展開そのものは最初から予定していたもので、シーラカンスや三葉虫、また閑話2で触れていたこの島にまつわる龍神伝説などは一応ここに繋げる為の伏線でもありました。そして島の秘密に本格的に関わっていく第3部ノアズアーク編への導入でもあります。
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