上 下
144 / 220
箱庭スローライフ編

第144話 14日目⑦おっさんはヨメをピヨピヨグチの刑に処す

しおりを挟む
 作業に没頭していると体感で時間があっという間に過ぎる。

「あー……出来たぁ……けど腰が痛てぇ」

 帽子が完成して俺はふーっと大きく息を吐き、ずっと同じ前屈みの姿勢で作業していたせいですっかり痛くなった腰をさする。

「……すごい集中してたっすもんねぇ」

 と横で篭を編みながら美岬。すでに完成品が一つ出来ていて二つ目に取りかかっている。

「……あれ? ドングリの殻剥きやってなかったか?」

「……とっくに終わったっすよ。本当にすごい集中してたっすもんねぇ」

 同じセリフを繰り返す美岬の声には若干の呆れと拗ねが混じっている。周りを見回せば、火床は完全に燃え尽きて鎮火しているし、陽はすでに傾き、箱庭上空からはその姿を消している。時計を見れば夕方の5時を回っていた。

「あー……なんか、すまん。もしかして話しかけてるのを無視したり生返事してたりしてた?」

「いや、それはないっすけど。……あたしも邪魔したくなかったんであえて話しかけなかったすし。……でも、ガクちゃん、話しかけなかったらあたしの方にちっとも関心を向けてくれないんすね」

 ぷくっと軽く頬を膨らませる美岬。どうやら寂しかったらしい。集中しすぎるとついつい周りが見えなくなるのは昔からだが悪いことをしたな。

「……別に話しかけてくれてよかったのに」

「だってぇ……あたしのために集中して帽子を作ってくれてるガクちゃんの手を止めてまで話したいことがあったわけじゃなくて、ちょっとお喋りしたいなーってだけだったっすから話しかけるのも躊躇ためらうっすよ」

「あーまあそうか。でも、おかげで集中できたから早くできたよ。はい、お待たせ」

 出来上がったばかりの麦わら帽子を美岬の頭にカポッと被せる。何度もサイズ調整した甲斐あってジャストフィットだ。飾りとか何もない実用一点張りのシンプルなデザインだが、ボーダーのTシャツにジーンズ姿の美岬にはよく似合っている。

「うん。いい感じだな。サイズはもちろんだけどよく似合ってる」

 美岬が両手で帽子をフワッと押さえながらテレテレとはにかむ。

「えへへ。……ありがとっす。大事にするっすね。農作業の時は毎日使わせてもらうっす」

「おう。喜んで使ってもらえれば俺も作った甲斐があったってもんだ」

 新しい帽子にはしゃいでいた美岬がすっと真顔になる。

「ところで……さっき腰が痛いって言ってたっすけど、ガクちゃんって腰痛持ちなんすか?」

「いや、慢性的なやつは無いぞ。さっきのはずっと同じ前屈みの姿勢で作業してたのが原因の一時的なやつだし」

「そっか。よかったっす。なら大丈夫っすね」

 とやけに安心した様子の美岬。

「……? なにが大丈夫なんだ?」

 なにか俺に運んでもらいたい重い物でもあるのか?
 聞き返すと見る見るうちに美岬の顔が真っ赤に染まり、はわわわと慌てふためいて帽子で顔を隠そうとする。

「美岬?」

「……あぅ……いやその、腰痛がないなら、エッチなことも……その、問題なくできるかなぁって。……あはは」

「…………くっ」

 潤んだ目で上目遣いにそんなことを言われ、瞬間的に沸き上がってきた性衝動をなんとか抑えこむ。
 ほんっとにこいつはもう、予想外のタイミングで不意打ちで誘惑してくるから困る。危うく理性がふっ飛んで押し倒してしまうところだった。

「ちょっとこっち向け」

 美岬をこっちに向かせて頬を指で挟んでむにっと押しつぶしてピヨピヨグチの刑に処す。

にゃにゃにをなにをしゅるんしゅかするんすか?」

「なぁ美岬、俺の記憶が間違いじゃなければ今日までは危険日だったよな?」

ひゃいはいしょうでしゅそうです

「危険日には例え避妊するとしてもセックスはしないってのは美岬の方から言い出したルールだよな? そもそもテレビン油の精製は出来てるけど殺精子ゼリーまでは作れていない現状、まだ中途半端な避妊しかできないわけだが」

しょしょうでしゅそうです

「それなのに俺の理性を試すような誘惑をしてくるのは良くないと思うんだよな。正直、今のはちょっと、いやかなり理性を必要としたぞ?」

しょんなつもりでわそんなつもりでは……」

「こうやって美岬を変顔にでもさせてないと今も押し倒したい衝動に負けそうなんだけど」

ごめんなしゃいごめんなさい

「……ぷっ」

 堪えきれずに吹き出してしまい、美岬を解放する。

「まったく……美岬の耳年増っぷりにも困ったもんだな。美岬は……その、初めてなのに怖くないのか?」

 ピヨピヨグチの刑のせいでちょっと赤くなった頬をさすりながら美岬が答える。

「ううー……その、初めては痛いって聞いてるから、そこだけはちょっとだけ不安もあるっすけど、世のカップルはみんなそれを乗り越えてきてるんすから、そんな耐えられないほどの痛みじゃないと思ってるんでそんなに怖くはないっす。ガクちゃんのこと信頼してるっすし。……優しくしてくれるっすよね?」

「それは当然」

「なら全然大丈夫っす。それより……あたしは、あたしの身体でちゃんとガクちゃんを満足させてあげられるのか、そっちの方が不安だったんすよぅ。ガクちゃんが抱きたいって思う女になりたくて、それでガクちゃんがどんな感じが好みなのか知りたくて、わざとそういう行動セックスアピールしてたところはあるっす」

 無自覚かと思いきや、意識的にやってたのか。それにしても……

「美岬、お前はバカだなぁ」

「ひどっ! そんなにしみじみ言わなくても」

「努力の方向性が完全に間違ってる。身体の相性ってのはさ、そもそも愛情に比べればものすごく些細なもの、というか俺的にはどうでもいいものだからな?」

「……そうなんすか?」

「人間は感情の生き物だ。元々身体の相性が良かったとしても相手のことが嫌いになればセックスも苦痛になるし、愛し合ってる者同士なら身体の相性なんてどうでもよくなる。
 それに、セックスも経験を通して巧くなるものだからな。最初はあまり相性が良くないと思えても、相手のことを知って相手を悦ばせようとお互いに努力していくうちにだんだん相性が良くなってきて満足度も上がっていくものだ」

「あぅ。確かに言われてみれば納得っす」

「俺は美岬のことを愛してるからセックスでも自分だけじゃなくて美岬のことも満足させたいと思ってる。美岬もそうだろ? 俺のことを愛してるからこそ俺に抱かれたいと思ってくれてるわけだし、自分の身体で俺を満足させたいと思ってくれてるんだろ? お互いにそう思ってるなら身体の相性なんて心配するだけ無駄だ。もし、身体の相性が悪かったら別れるのか?」

「あうぅ。あたし、バカっすね。そんな理由で別れるなんてあり得ないっす」

「ああ、バカだな。そんなバカで健気で可愛い嫁にも分かるように言うけど、俺の好みドストライクで、最高に可愛くて、本当に抱きたいと思ってる女は、美岬、お前だけだ。身体の相性なんてどうでもいいけど、それでも一度抱いてしまったら俺はお前の身体に完全に夢中になるだろうな。それぐらい、俺はお前のすべてが愛しくて、お前を欲しいと思ってる」

 美岬が俺の胸にトンッと軽く頭突きしてくる。

「もう、なんすかそれぇ。そこまでバカなあたしでも分かるように求められちゃったら、応えるしかないじゃないっすかぁ」

 美岬の背中に手を回して軽くハグして、その耳元で囁く。

「……美岬、明日の晩、お前を抱きたい。いいか?」

「……うん。その言葉を待ってたっす。もちろんいいっすよ。喜んで!」












【作者コメント】
 ツンデレ、難聴、聞き間違い、勘違い、すれ違い、意地っ張り、プライド、ライバル。言わずもがなこれらはラブストーリーをいい感じに盛り上げるスパイスなわけですが、この二人には何一つ使えないというね( ;´・ω・`)ナンナノコイツラ
 当初はここで軽めのケンカをさせて雨降って地固まるつもりだったのに、この二人はぜんぜん険悪な雰囲気にならず、なんかそのまま上手くまとまってしまいました( ;´・ω・`)マジデナンナノコイツラ

 ラブストーリーのセオリーからは外れてるけど、この二人に関してはもうこれでいいんじゃね? と思っていただけたらいいねボタンで応援いただけると嬉しいです。

 ちなみにピヨピヨグチの刑という表現は、今は懐かしFF8のラグナのセリフで登場したもので、詳しく説明せずとも意味がだいたい分かるいい表現だと思ったので採用しました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無人島ほのぼのサバイバル ~最強の高校生、S級美少女達と無人島に遭難したので本気出す~

絢乃
ファンタジー
【ストレスフリーの無人島生活】 修学旅行中の事故により、無人島での生活を余儀なくされる俺。 仲間はスクールカースト最上位の美少女3人組。 俺たちの漂着した無人島は決してイージーモードではない。 巨大なイノシシやワニなど、獰猛な動物がたくさん棲息している。 普通の人間なら勝つのはまず不可能だろう。 だが、俺は普通の人間とはほんの少しだけ違っていて――。 キノコを焼き、皮をなめし、魚を捌いて、土器を作る。 過酷なはずの大自然を満喫しながら、日本へ戻る方法を模索する。 美少女たちと楽しく生き抜く無人島サバイバル物語。

強制無人島生活

デンヒロ
ファンタジー
主人公の名前は高松 真。 修学旅行中に乗っていたクルーズ船が事故に遭い、 救命いかだで脱出するも無人島に漂着してしまう。 更に一緒に流れ着いた者たちに追放された挙げ句に取り残されてしまった。 だが、助けた女の子たちと共に無人島でスローライフな日々を過ごすことに…… 果たして彼は無事に日本へ帰ることができるのか? 注意 この作品は作者のモチベーション維持のために少しずつ投稿します。 1話あたり300~1000文字くらいです。 ご了承のほどよろしくお願いします。

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

第一次世界大戦はウィルスが終わらせた・しかし第三次世界大戦はウィルスを終らせる為に始められた・bai/AI

パラレル・タイム
SF
この作品は創造論を元に30年前に『あすかあきお』さんの コミック本とジョンタイターを初めとするタイムトラベラーや シュタインズゲートとGATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて・斯く戦えり アングロ・サクソン計画に影響されています 当時発行されたあすかあきおさんの作品を引っ張り出して再読すると『中国』が経済大国・ 強大な軍事力を持つ超大国化や中東で 核戦争が始まる事は私の作品に大きな影響を与えましたが・一つだけ忘れていたのが 全世界に伝染病が蔓延して多くの方が無くなる部分を忘れていました 本編は反物質宇宙でアベが艦長を務める古代文明の戦闘艦アルディーンが 戦うだけでなく反物質人類の未来を切り開く話を再開しました この話では主人公のアベが22世紀から21世紀にタイムトラベルした時に 分岐したパラレルワールドの話を『小説家になろう』で 『青い空とひまわりの花が咲く大地に生まれて』のタイトルで発表する準備に入っています 2023年2月24日第三話が書き上がり順次発表する予定です 話は2019年にウィルス2019が発生した 今の我々の世界に非常に近い世界です 物語は第四次世界大戦前夜の2038年からスタートします

異世界に行ったら才能に満ち溢れていました

みずうし
ファンタジー
銀行に勤めるそこそこ頭はイイところ以外に取り柄のない23歳青山 零 は突如、自称神からの死亡宣言を受けた。そして気がついたら異世界。 異世界ではまるで別人のような体になった零だが、その体には類い稀なる才能が隠されていて....

じいちゃんから譲られた土地に店を開いた。そしたら限界集落だった店の周りが都会になっていた。

ゆうらしあ
ファンタジー
死ぬ間際、俺はじいちゃんからある土地を譲られた。 木に囲まれてるから陽当たりは悪いし、土地を管理するのにも金は掛かるし…此処だと売ったとしても買う者が居ない。 何より、世話になったじいちゃんから譲られたものだ。 そうだ。この雰囲気を利用してカフェを作ってみよう。 なんか、まぁ、ダラダラと。 で、お客さんは井戸端会議するお婆ちゃんばっかなんだけど……? 「おぉ〜っ!!? 腰が!! 腰が痛くないよ!?」 「あ、足が軽いよぉ〜っ!!」 「あの時みたいに頭が冴えるわ…!!」 あ、あのー…? その場所には何故か特別な事が起こり続けて…? これは後々、地球上で異世界の扉が開かれる前からのお話。 ※HOT男性向けランキング1位達成 ※ファンタジーランキング 24h 3位達成 ※ゆる〜く、思うがままに書いている作品です。読者様もゆる〜く呼んで頂ければ幸いです。カクヨムでも投稿中。

チュートリアル場所でLv9999になっちゃいました。

ss
ファンタジー
これは、ひょんなことから異世界へと飛ばされた青年の物語である。 高校三年生の竹林 健(たけばやし たける)を含めた地球人100名がなんらかの力により異世界で過ごすことを要求される。 そんな中、安全地帯と呼ばれている最初のリスポーン地点の「チュートリアル場所」で主人公 健はあるスキルによりレベルがMAXまで到達した。 そして、チュートリアル場所で出会った一人の青年 相斗と一緒に異世界へと身を乗り出す。 弱体した異世界を救うために二人は立ち上がる。 ※基本的には毎日7時投稿です。作者は気まぐれなのであくまで目安くらいに思ってください。設定はかなりガバガバしようですので、暖かい目で見てくれたら嬉しいです。 ※コメントはあんまり見れないかもしれません。ランキングが上がっていたら、報告していただいたら嬉しいです。 Hotランキング 1位 ファンタジーランキング 1位 人気ランキング 2位 100000Pt達成!!

処理中です...