【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる

文字の大きさ
上 下
136 / 227
箱庭スローライフ編

第136話 13日目⑭おっさんは過去を語る②

しおりを挟む
 菜月と別れてから二年後。その時にはすでに調理専門学校は卒業し、バイトしていたレストランのオーナーからの紹介でホテルの厨房で働いていたが、そこに、俺と菜月が付き合っていた頃のバイト仲間だった女の子がたまたま異動してきて、彼女と互いに近況報告をし合う話の中で、菜月の訃報を知らされた。


「……え? は? 嘘でしょ。訃報って……ナッちゃんってもう亡くなってるんすか? まさか、別れた理由って難病が見つかったから、とか?」

「……それならまだ納得もできたし、諦めもついたんだけどな。死因は練炭自殺。車の中で間もなく二歳になる娘と一緒に見つかったそうだ」

「そんな。自殺ってなんで! しかも二歳になる娘って、まさか!?」

「そのまさかだ。別れた時、彼女は俺の子供を身籠ってて、別に好きな男ができたってのもどうやら嘘で、結局一人で子供を産んで育てようとしたけど上手くいかなくて、不況で職も失って、最後は追い詰められて娘と無理心中したっていうのが後から調べて分かった事の真相だ」

「そんなぁ! なんで? なんでナッちゃんはそんなことしたんすか! そもそもなんでお腹に赤ちゃんがいるって分かってるのに別れようなんて思うんすか! 一人で育てようとして上手くいかなかったなら、なんでガクちゃんに助けを求めなかったんすか! なんで無理心中なんて結論になっちゃうんすか!」

 美岬がぼろぼろと涙を流しながら何度もなんで? と繰り返す。そして、それはまさに事の真相を知った時に俺が思ったそのままだった。
 
 付き合ってた頃、俺も菜月もお互いに初めての相手だったということもあって危険日とか避妊とかあまりよく分かっていなくて、妊娠の可能性をあまり考えずにコンドームは着けたり着けなかったりだった。お互いにたぶん生理前が危険日なんだろうと思っていたからそういう時だけ意識していた。
 ガラケーがようやく普及し始めていたあの頃は今と違って個人がネットで簡単に調べものができる時代じゃなかったし、学校でも性教育はわりとタブー視されていたから普段の生活ではあまり知る機会がなかった。
 菜月と別れてからは誰とも付き合わずにこの歳になった俺自身、危険日については昨日ようやく正しく理解できたところだし。そして今なら分かる。あんなセックスをしてたら当然妊娠するだろうと。


 菜月と名も知らない娘の死を知り、そこに至るまでの彼女の苦しみを、すべてが手遅れになって初めて知った時の絶望感と喪失感と後悔は筆舌の尽くしがたいものがあった。
 さっきの美岬と同じように俺はなんでだよと何度も思った。

 その時になって思い返してみれば、いくつもの不自然な仕草があったことに気付く。

 別に好きな男ができたと言った時の彼女はしきりに髪を指に巻き付けていたがそれは彼女の嘘をつく時の癖だった。
 自分から切り出した別れのくせに俺が了承した瞬間に彼女はざっくりと傷ついた顔をしていた。
 別れてから彼女がレストランのバイトを辞めるまでの期間、職場で顔を合わせる度に彼女は何か言いたげな表情をしていた。

 なんで俺は別れ話の時に彼女を引き留めなかった? なんであとで落ち着いて二人で話そうとしなかった? なんで俺は別れた後、彼女の今を知ろうとしなかった? なんで妊娠初期の性交痛という分かりやすいサインに気づけなかった? なんで彼女が妊娠している可能性を一瞬たりとも考えなかった?
 なんで彼女は全部自分で抱え込もうとした? なんで何も教えてくれなかった? なんで追い詰められて命を絶つ前にダメ元でも頼ってくれなかった?


 あまりにも悲しすぎて、なにもかもが嫌になって、自暴自棄な思いで俺はすべてを投げ出し、自殺の名所として有名な富士の青木ヶ原樹海に車を走らせ、車を乗り捨てて何も持たずに樹海に入った。

「……! 自殺……しようとしたんすか?」

「んー、そこまで明確に死ぬつもりではなかったが、別に死んでもかまわない。もうどうにでもなれって投げやりな気持ちではあったな」

「うう~……そんな辛い経験をしたら、仕方ないような気はするっす。でも、その時ガクちゃんが死ななくて本当によかったっす」

「……実際に遭難して死にかけたけどな」

「どうやって生き延びたんすか?」


 樹海に入って当てもなくさまよい歩いて丸一日が経ったところで不意に我に返った。樹海の中で一夜を明かしてちょっと頭が冷えたというのもある。とにかく自暴自棄になってこんなことをしている自分のことがひどく馬鹿らしく思えてきて、帰ろうと思ったが、その時にはすでに完全に方向感覚を失っていて自分がどこにいるのかさっぱり分からなかった。
 そもそもがどこに車を乗り捨てたかも記憶が曖昧なのに現在地が分かるはずもなく、なんとなく来た方だと思う方に歩いてみたが、通った記憶のない急斜面に行き当たって完全に遭難したと悟った。

 幸いにして沢を見つけたので飲み水は確保できたが、持ち歩く容器も持っていなかったので沢を離れるわけにもいかず、結局沢沿いに下って人里を目指すことにした。
 それから三日ほど沢沿いに移動したが樹海から抜けられず、沢の水とそこで捕まえた小魚や両生類や甲殻類を食べてなんとか生き延びていた。

「ナイフも無くよく生き延びれたっすね。ある意味今よりも過酷なサバイバルじゃないっすか」

「まったくだ。その当時はストレスからタバコを吸ってたからライターを持ち歩いてたのが救いだったな。それで一応火を起こせたし。ただ、タバコは初日で尽きて結果的にニコチンが抜けて禁煙に成功したんだから人生分からんもんだな」

「ライターのおかげで命拾いしたんすね。それでそれからどうなったんすか?」


 四日目、行き倒れの遺体を見つける。死んでしばらく経っているようで白骨化が進んでいたが、荷物と一緒にあった遺言の綴られた日記ノートから身元と経緯は知ることができた。
 彼は自殺志願者ではなく、登山道から外れて迷ったハイカーで、滑落して足を骨折して立ち往生したものらしかった。

 ノートは防水バッグに大切に仕舞われており、家族の連絡先とメッセージも記されていたので、遺言を届けてやることがさしあたっての俺の目的となった。

 食料こそなかったものの、彼の遺品である登山用品を拝借したおかげでその後は生き延びるのが楽になり、遭難してから一週間後、俺は自力で樹海を抜けて生還して彼の遺族に彼の遺品と遺言を届けることができた。


 樹海での遭難から生還し、俺自身はもう死ぬ気はなくなっていたとはいえ、普段の仕事に戻れるような精神状態でもなく、しばらくは独りで自分自身を見つめ直す時間がほしかったので仕事を辞め、今度はちゃんと準備してからバックパッカーとしての旅を始めた。自分の中で気持ちに折り合いがつくまでのリハビリのつもりだった。

 樹海での遭難の時は家族や同僚たちにかなりの心配と迷惑をかけてしまったので、あくまでも自分の生存報告としてSNSで旅の様子を呟いていたらそれがいつしか人気になり、アウトドア雑誌【バックパッカーズ】の編集の目に留まって雑誌にコラムを掲載することになり、それが好評だったので公式企画として予算が出るようになり、俺はそれを仕事として世界中を旅して回ってはその様子をコラムにして掲載するという生活を数年続けることになり、気づけばいつしかサバイバルマスターなどと呼ばれるようになった。

「それがシェルパ谷川のぶらり旅日記の始まりの経緯なんすね」

「そういうことだ。情けない話だろ?」

 結局は死にぞこない男の自分探しの旅だったってわけだ。自嘲する俺に美岬がゆっくりと首を横に振り俺を優しくハグしてくれる。

「あたしはそう思わないっす。ナッちゃんが結局なにを考えてたかはあたしには分からないっすけど、二人の別れは決してガクちゃんが一方的に悪いものじゃなかったと思うし……悲しい結果だったっすけど、ガクちゃんが自分を責めるようなものじゃないと思うっす。……確かに、もうちょっとなんとかならなかったのかなって思う部分もあるっすけど、この話を始める前にガクちゃんが言ってたように、その時はお互いに心が大人になってなかったんだから、もうその時はどうしようもなかったんすよ。
 それに、あたしは子供の頃からバックパッカーズのぶらり旅日記を楽しみにしてたんすよ。始まりがどうあれ、ガクちゃんの仕事はたくさんの読者を楽しませてきたし、その経験があったからこそあたしも命を救われて今ここにいるんすよ。誰が何と言おうとあたしはガクちゃんの人生を肯定するっす」

 ずっと、誰にも言えずに自分の心の奥に押し込めていた身の上話を肯定してくれた美岬の言葉が、草木に落ちる優しい雨のようにじわりじわりと心に染み入ってきて、ずっと前から固く渇いていた心の一部を潤して柔らかくしてくれるのが分かった。
 胸の奥から熱いものがこみあげてきて、それが涙となって頬を伝って落ちていく。

「……あ。…………ううっ……ふぐっ…………」

 嗚咽が漏れる。抑えようとしても堰を切ったように涙が止めどなく後から後から溢れてくる。でも、その涙は決して不快なものではなく、心が次第に軽くなっていくように感じていた。

 自分の弱い情けないところを見られたくないという気恥ずかしさはあったが、美岬はそんな俺の弱さを受け入れ肯定し、ただ優しく抱き締めてくれていた。それがただ嬉しく、なお一層彼女を愛しく思えた。

 親しい大切な人たちをすでに全員亡くしている俺にとって、こんなに愛せる存在に出会えたことはまるで奇跡で、今度こそは、彼女だけは絶対に失いたくない、どんなことがあっても大切にしたい、ずっと彼女と共に生きていきたいという思いを新たにしたのだった。





【作者コメント】
 という訳で岳人の過去話、どこにでもいる普通の青年だった岳人がなぜバックパッカーとして活動するようになり、サバイバルマスターと呼ばれるようになったかという始まりの話でした。

 いいねボタンやコメントでの応援お願いします。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…

小桃
ファンタジー
 商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。 1.最強になれる種族 2.無限収納 3.変幻自在 4.並列思考 5.スキルコピー  5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

処理中です...