【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる

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箱庭スローライフ編

第134話 13日目⑫おっさんはトラウマをフラッシュバックする

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 食事の片付けを済ませてから俺も水浴びに向かう。だがその前に浜に広げていた断熱シートの上で乾かしていた製塩用の砂を一旦ビニール袋に戻して拠点に回収し、潮でベタベタになった断熱シートも小川で洗うために着替え類と一緒に小川に持っていく。これが使えないと俺たちが寝るときに困るからな。

 水浴びと洗濯を済ませ、日中ずっと木陰で干していたゼラチンをチェックしてみればすっかり乾いてパリパリの板ゼラチンになっていたので、これも回収していく。一応これで殺精子ゼリーの材料は全部揃ったな。

 小川には美岬が昨日から設置しっぱなしの、松葉からテレビン油を精製するための簡易蒸留器があり、太陽熱で揮発して小川の冷水で還元されたテレビン油混じりの水が還元用のビニール袋に少し溜まっていたが、2日でたったこれだけでは需要に供給が追い付かないだろう。
 日差しを遮るもののない海上を漂流していた時ならともかく、谷底の箱庭は日照時間が短いから太陽熱での自然蒸留にはあまり向いてないんだよな。

 そのまま簡易蒸留器も回収して拠点に戻る。この簡易蒸留器に入っている松葉にはまだ十分なテレビン油が含まれているはずだから、さっきの蒸し調理の応用で蒸留しなおして、できるだけ抽出しよう。

「おかえりっす。……あ、蒸留器も回収してきたんすね。テレビン油はちゃんと出来てたっすか?」

 木灰を混ぜた湯で海綿を煮ていた美岬が俺の手にある簡易蒸留器を見ながら問うてくる。

「うーん、出来てはいたがちょっとだけだな。今夜は美岬が今やってる海綿を茹でるのが終わればもうコッヘルを使う予定はないから、さっきの蒸し調理と同じ要領でテレビン油の蒸留精製をしようと思って引き上げてきたんだ」

「なるほど。納得っす」

「それで、海綿の方はどんな感じだ?」

「たぶんアルカリで溶け出した軟組織だと思うっすけど、茹で汁がだいぶドロドロになってきてるっすよ」

「うん。いい感じだな。じゃあこいつを軽く洗ってから発酵槽で2日ほど置いておくとしようか」

 酸性だと骨格が溶けるがアルカリ性だと軟組織が溶ける。
 海綿をスポンジとして利用するためには軟組織だけを溶かして網の目状の骨格を残したいので、軟組織の分解を促進するためにアルカリ液で茹でたというわけだ。
 
 地面に浅く掘った穴に葦の葉をまず敷き詰め、その上に茹でた海綿を置き、腐葉土と葦の葉を上から被せる。
 ススキや葦の葉にはたんぱく質を分解するバクテリアが常在しており、腐葉土も同様なので、海綿に被せておけば軟組織の分解が促進される。



 中コッヘルの半分ぐらいまで小石を詰めて、小石が被らない程度まで水を入れ、その上に松葉を詰める。
 粘土をひもにして鍋のふちにぐるっと被せて蓋を載せれば粘土がパッキンになって密封される。

「うん。ここまではイメージ通りでいい感じだな」

「蒸気の通り道のパイプはどうするっすか? ボールペンの軸じゃさすがに短すぎるっすよね」

「そうだな。だからあしくきを使おうと思ってるんだ」

「なるほど。でも節はどうするんすか?」

 葦は竹と同じで茎が中空のパイプ状になっていて節によって区切られている。

「細長い棒で節を突き破れば繋がった長いパイプになるだろ」

「あ、そうか。突き破ればいいんすね。節穴だけに盲点だったっす」

「誰が上手いこと言えと」

「へっへっへ。誰うま頂いたっす」

 先を尖らせた小枝で葦の節を抜いて1㍍ほどのパイプを作り、片方はパッキン粘土を通して中コッヘルの内側に差し入れ、隙間ができないように埋める。もう片方には還元用のビニール袋を取り付け、冷却用の冷水の入った大コッヘルに入れる。
 中コッヘルを加熱すれば、蒸気で蒸された松葉からテレビン油が揮発し、精油の混じった水蒸気がパイプを通って還元用ビニール袋に流れ込み、そこで冷却還元されて精油混じりの水──フローラルウォーターとなる。それをゼラチンで固めれば殺精子ゼリーになるという算段だ。

 かまどは大コッヘルサイズなので、かまどのそばの火床に熾火おきびを移してそこで中コッヘルを加熱していく。あまり火が強いと水蒸気ばかりになってしまうので火力は弱めでじっくりと松葉を蒸していく。
 しばらくすれば、葦のパイプを通って冷却用ビニール袋に蒸気が吹き出し始め、それと共に水滴がポタポタと滴り始める。
 吹き出した蒸気は一時的に袋を膨らませるが、すぐに冷やされて凝固して袋の壁に結露し、雫となって転がり落ちて袋の底に溜まっていく。

「おぉ~! ばっちりじゃないっすか。やっぱり直火蒸留だと効率いいっすね」

「ちゃんと密封できてるってのが大事だな。ただ、蒸留そのものは成功しているが、殺精成分がどの程度抽出できているのか確かめる方法がないってのがちょっと不安だな」

「もうそれは仕方ないっすよ。頸管粘液チェックで危険日を避けるのが一番で、殺精子ゼリーはあくまで保険みたいなものと思うしか」

「まあそうだな」

 そのまましばらく蒸留を見守っていたところで、美岬がポツリと言う。

「……もし、もしもっすよ。避妊に失敗して……その、出来ちゃったらどうするっすか?」

「その時は、大変にはなるが二人で頑張って育てるしかないな。俺は代わりに産むことはできないけど、それ以外では全力でサポートするから」

「うぇ? 即答っすか。ダーリンは嫌がるかと思ってたっす」

 ちょっと意外そうな美岬の肩を抱き寄せる。

「別に親になることや子育てが嫌ってわけじゃないさ。いずれは産んでほしいと思ってるよ。ただ、前も言ったけど、若すぎる妊娠と出産は母体へのリスクが大きすぎるからな。それに…………」

 いや、これは言わなくていいかな。言いかけた言葉を飲み込んだが、美岬が怪訝そうに聞き返してくる。

「それに? なんすか? その続きは聞くべきだとあたしの女の勘が囁いてるんすけど」

 すごいな女の勘。

「……心が大人になるには時間がかかるってことだ。子供が出来たら自動的に心が大人になるわけじゃない。でも、子育て中、親にはひたすら自己犠牲が求められるし、子供がある程度育つまではずっとその状態が続くことになる。精神的に成熟していて心にゆとりがあればそんな状況も楽しめるんだろうが、心にゆとりがないとストレスでいっぱいいっぱいになって精神を病んだり自暴自棄になることもある。……そうなると……ど、どっちにとっても……ふ、不幸なことになる」

 あ、駄目だ。とっくに乗り越えたと思っていたのに、フラッシュバックで熱いものがこみ上がってきて言葉が詰まる。美岬がハッと息を飲むのが分かる。
 スッと立ち上がった美岬が俺の正面に立ち、俺の頭を自分の胸元に抱き寄せてぎゅっとハグしてくれる。図らずも知ることになった柔らかさと温かさに包まれ、波立っていた心がゆっくりと凪いでいくのを感じる。

「……無理にとは言わないっすけど、もし話せるなら話してほしいっす。あたしの大好きなダーリンが抱えてるもの、それをあたしも一緒に担いたいっす。夫婦って、そういうものじゃないっすか?」

「うん。そうだな。……じゃあ、あまり後味のいい話じゃないが聞いてくれるか?」






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