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箱庭スローライフ編
第117話 12日目⑦おっさんはシーラカンスを食べる
しおりを挟むシーラカンスの肉ヒレからまずは皮を剥ぐことにした。鱗はつけたまま、皮に一部切り込みを入れてそこから裂いていき、裂いたところから皮をめくって剥いでいく。ライチの皮を剥くような感覚で思ったより簡単に剥き身になった。
シーラカンスの肉は見た感じ筋肉質ではあるが水分の含有量が多い。これはアレだ。サンショウウオとかカエルみたいな両生類の肉質に似ているな。とりあえず一口サイズの肉片を2切れ削ぎ取ってみる。
「まずは生で食えるかチェックしてみよう」
生の肉片に貝出汁醤油をまぶして美岬と1切れずつ味見してみる。
思っていた以上に水っぽくて、噛み締めるごとに身から染み出してくる水分で貝出汁醤油の味が薄くなる。そしてシーラカンス自身は大味でほとんど味らしい味がない。うーん、なるほど。こういう感じか。
「これは確かに旨いもんではないな」
「噛むたびにじゅわっと水気が出てくるっすね。なんか水を含ませたスポンジを噛んでるような感じっす」
「長く冷凍して冷凍焼けで霜まみれになった刺身を解凍したらこんな感じになるぞ」
「……釣ってすぐに活け〆にして一晩冷蔵熟成させた鮮度抜群の魚が、冷凍庫で何ヵ月も忘れられてたような刺身と同程度ってもはや致命的じゃないっすか?」
「それな。シーラカンスの刺身は不味い。これは確定だな」
次は削いだ身を串に刺して塩を振ってシンプルに焼いてみた。
これはもう焼いている途中から駄目だと分かった。焼ける匂いが悪すぎる。身に含まれる脂の質が問題だと思うが、ビニールを燃やしたような臭いがした。食べてみるとやっぱり不味かった。
「これはマジでダメだな」
「プラごみを燃やした煙で燻製にしたらこんな味になりそうっすね」
「発ガン性がヤバそうだな」
「隠し味にダイオキシンたっぷりっす」
脂がダメなら脂を落とすために次は茹でてみることにした。
茹で上がった身は鶏の笹身に似ていたので、ほぐして棒々鶏っぽくしてみた。
「あ、これは今までで一番まともっすね。食感は魚よりも肉っぽいっす。ただ、やっぱり味はないっすけど」
「うーん。茹でると今度はパサパサになりすぎるか。なかなか扱いがむずかしい食材だな」
「いやもうこれは食材扱いしなくていい気がするっす」
「まあそうだな。少なくともこれ単体の素材の味を活かすという方向ではなしだな。ただ、味はないが食感は肉だから、別の素材と混ぜて使うのはありだと思うんだよな」
ここまでで素材としての特性がだいたい分かったので、それを踏まえて最後の試作にチャレンジしてみる。
シーラカンスの身と軟骨をまとめて細かく刻む。カメノテも剥き身にして細かく刻む。三つ葉も細かく刻み、この3つの素材を全部混ぜ合わせてナイフで叩いてペースト状にしていく。
現在燻製にしている貝を塩漬けにした際に出た貝の旨味エキスも少し混ぜ、つなぎとして葛粉も少し入れ、出来上がったミンチペーストを沸騰している湯に千切りながら入れていけば、肉団子になって茹で上がってくる。
「軟骨入りのつみれ団子だ。たぶんこれならいけると思うが」
「ではでは……はふっ! はふはふっ! おおーっ! これは普通に美味しいっす! ふわっとしてる中に軟骨のコリコリ感もあって、カメノテと貝エキスでちゃんと美味しい味になってて、明らかに不味かったさっきまでと全然違うっす!」
「どれ。……ふむ。やっぱりこういう使い方ならなんとかなるか」
とはいえそれでも『不味い』が『まあまあ美味しい』になった程度で特筆するほど旨くなったわけではない。そもそもこの味だってほぼ貝とカメノテ由来だし。
シーラカンスの肉ヒレはそれ単体ではなく、別の味の濃い食材と混ぜて味を調えればそれなりに食べれる物になることは分かった。だが、可食部位の少なさとかかる手間を考えるとシーラカンスを食用目的で捕る魅力はないな。
次回からは釣れても基本的にリリース。利用するのは脂やゼラチンが欲しいときだけでいいだろう。
俺がそう言うと美岬も頷く。
「頑張ってわざわざシーラカンス食べなくても、ここにはもっと美味しい魚がいっぱいいるっすからねぇ」
「シーラカンスが今に至るまで生き残れた理由の1つは不味かったからだ、という説もあるがあながち間違いでもないかもしれんな」
「実際に食べてみると信憑性あるっすねぇ。それでもガクさんにかかるとそれなりに美味しく食べれるようになるんだからすごいっす」
「頑張ってもそれなりにしかならないってのが悔しいけどな。とりあえず残りの肉ヒレも全部つみれに加工して、今夜はカレイとつみれの鍋だな。バイ貝はシンプルに塩茹ででいいだろ?」
「バイ貝は塩茹でだけでも普通に美味しいっすからねー。生姜と醤油で煮付けたのも好きっすけど」
「ああ、バイ貝の煮付けは旨いよな」
そのまま晩飯作りに移行し、美岬にシーラカンスの残りの肉ヒレをつみれにしてもらっている間に、俺はカレイの鱗を落とし、頭と内臓を取った残りの部分を鍋用にぶつ切りにした。
カメノテで出汁を取り、カレイの切身とシーラカンスのつみれとモツ、ハマヒルガオと三つ葉と実ダイコンの鍋にする。
バイ貝は表面を洗ってから中コッヘルに海水と共に入れ、焼き石調理でしばらく塩茹でにする。貝は茹ですぎると固くなるから加熱はほどほどで止めて余熱で火を通す。味見の為に1個取り出し、小枝を尖らせた爪楊枝で身を刺して回せばクリンッと綺麗に殻から身が抜ける。湯気が立っているそれをぱくっと食べてみれば、ほどよい塩加減で食感はコリコリしていて、濃い旨味とコクが口の中に広がる。
「やっぱりバイ貝は旨いな。サザエより俺は断然こっちがいいな」
「サザエの肝は苦いからあたしもこっちの方が好きっす。でも、お醤油が欲しいっすねぇ」
と美岬もしれっと1個つまみ食いしていた。
「大豆がわりのハマエンドウ、小麦がわりのジュズダマも収穫してあるし、そろそろ味噌と醤油を実験的に仕込んでみるか」
「おおーっ! ついにやりますか。晩ごはん食べ終わったらさっそくやっちゃいます?」
「いや、晩飯の後は石鹸作りをしよう。ハマエンドウの豆も一晩ぐらい水につけて戻さないといけないから、晩飯が終わったら美岬はそれをしといてくれるか? そうすれば明日にでも始められるから」
「あい。おまかせられ」
そして出来上がったカレイとつみれの鍋と塩茹でのバイ貝でちょっと早めの晩飯にする。ぶっちゃけ手間のかかっているつみれよりもカレイの切身の方が普通に美味かった。シーラカンスのモツは味はともかくグリグリとした食感は楽しめた。
俺たちが食事をしている間、かまどの火力を上げ、そこに貝殻と波打ち際で拾ってきた海藻を入れて燃やして灰にしておく。焼き貝殻と海藻灰からはかなり強力なアルカリ溶剤が作れて、それを使えば木灰液で作るよりも硬くてしっかりした石鹸が作れる。
「木灰液で作る石鹸は軟らかいっすもんね。でも、貝殻と海藻なんて簡単に手に入る材料でそんなに強力なアルカリ溶剤が作れるなんて知らなかったっす」
「焼いた貝殻が生石灰──酸化カルシウムなのは前に説明したよな。これを水と反応させると消石灰──水酸化カルシウムになる。で、海藻灰は炭酸ナトリウムなんだが、水酸化カルシウムと炭酸ナトリウムを水と混ぜて加熱すると化学反応で炭酸カルシウムが結晶化して沈殿するから、残った液体が苛性ソーダ──水酸化ナトリウム水溶液になるんだ」
「うぇ? 水酸化ナトリウムって劇薬じゃないっすか! こんな簡単に作れちゃうんすか!」
「おう。目に入ると失明するから、扱いは気を付けなきゃいけないぞ」
「うわぁ……本当にあたしたちって無人島でガチな化学実験やってるっすよね」
「そうだな。これは高校の理科レベルだが、高校ぐらいまでで勉強する内容は割と実生活に応用利くものは多いぞ。家作りとかでは三角関数とかも使うしな。まあ使わない人間は一生使わないだろうが、人生は何があるか分からんから保険として授業は真面目に受けておいた方がいいと思うな」
「もし文明が崩壊したり無人島に漂着することがあって、一から色々作らなきゃいけなくなった時に役に立つものもあるんすね」
「そういうものは多い。俺としては学校で『この理論や化学反応はこういう場面で役立つ』と具体的な応用例をきちんと教えてやってほしいと思うな。そうすれば勉強に熱が入る子が増えると思うんだが」
「ガクさんって本当に先生向きっすね。ガクさんが数学や理科の先生だったら生徒たちは勉強好きになると思うっす。あたしも毎回ワクワクしてるっすし」
「……まぁ、誉めてくれるのは嬉しいが、たくさんの人間を教え導くなんて俺の柄じゃないな。俺の生徒は美岬だけで十分だ」
「それは困るっすよ」
「なんで?」
聞き返すと美岬が照れてモジモジしながら上目遣いで答える。
「……いつか、あたしとダーリンの間に生まれる子供にもちゃんと教えてあげてほしいっす」
「…………おう」
なにこの可愛すぎる生き物。美岬が一瞬垣間見せた女の顔の色気に危うく理性が吹っ飛ぶところだった。なんとか踏み止まった俺の自制心を誉めてやりたい。
だがこのままだといずれ抑えが利かなくなりそうで怖い。持続可能な避妊方法をなんとか見つけ出さないと……。
【作者コメント】
グルメが売りの作品でも、毎回の食事毎に細かく描写しているのはあまり好きじゃないので、今回は試食シーンのみの描写にしました。シーラカンスの味については実際に食べた人の感想をベースにしています。水っぽいならフライとかが向いてるんじゃないかな、と個人的には思いますがね。メルルーサとかもそんな感じだし。
むしろ今回のハイライトは水酸化ナトリウムの作り方の方かな、と。これは96話10日目③のあとがきで仄めかしていたことのアンサーです。
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