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箱庭スローライフ編
第115話 12日目⑤おっさんは燻製作りを始める
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精製した脂の入ったペットボトルを小川で冷やして蝋が分離して固まるのを待つ間、残った軟骨の処理を進めておくことにする。
頭蓋骨は兜割りにして脳や目玉や頬肉などをこそぎ落とし、脊柱も大コッヘルに収まるぐらいのサイズに分割する。
それらを大コッヘルで軽く茹で、小川に持っていって流水で洗って肉片や脂分を洗い流して軟骨だけにする。
綺麗になった軟骨と水を大コッヘルに入れて再び火に掛ける。これはこのまま軟骨がすっかり溶けて無くなるまでじっくりと数時間煮込むつもりだ。
俺はこの軟骨で膠いわゆるゼラチンを作ろうと思っている。魚から作るゼラチンは魚膠と呼ばれ、食用にも使えるが接着剤にもなる。水溶性なので屋外には使えないが、室内専用の家具を作るときには木工ボンドの代用品として役立ってくれるはずだ。
水気がある程度蒸発してドロリとするまで煮詰め、それを冷やし固め、薄く切って乾燥させれば板ゼラチンとなる。板ゼラチンまでしておけば常温で保存しておけるので使いたい時に使える。
とはいえ、ずっと火のそばにいる必要もないので、別の作業も同時進行で進めていく。朝にやろうと思っていて結局できなかった葦の採集だ。
すでに採集済みの葦もそこそこあるが、今後必要になる分を考えると全然足りない。むしろ葦はいくらあってもいい。
本来、葦は冬枯れしたものを採集するのだが、そんな悠長に待っていられないので青々しているものを刈って干して乾燥させて使うことにする。
手には軍手を嵌め、鋸を持って葦の群生地に向かい、密集している葦の株を根本近くでギコギコと切り、数本をまとめて一度に採集していく。
笹の葉に似た細長い葉を手でむしり、まっすぐな葦竿状態に整えたら、1ヶ所にまとめて積み上げていく。
ある程度数が溜まってきたら、適当な蔓で数ヶ所を縛って束にして、肩に担いで拠点に戻り、乾燥の為に拠点の崖に立て掛けておく。
葦の群生地に戻る前にかまどに寄って軟骨の煮詰まり具合をチェックし、薪を継ぎ足してから再び群生地で葦を採集する。このルーティーンを何回か繰り返した結果、葦の群生地はいくぶんかスッキリし、拠点の崖には葦の束がずらっと並ぶことになった。
伐採したものをそのまま積んでおくと腐ったりカビが発生してしまうが、こうして立てておけばいずれ乾き、クラフト用の素材として使いやすくなる。
そうこうしているうちに軟骨の方もすっかりどろどろに溶けていい感じになっていたので溶け残った固形物だけ取り除き、大コッヘルごと持って小川に移動し、水が鍋に入らない程度の浅い場所で水に浸けて冷ます。これはこのまま固まるまでしばらく放置だ。
この場所には美岬が精油を精製中の簡易蒸留器も設置してある。これは黒のエチケット袋と透明なビニール袋をボールペンのペン軸の筒で繋げただけのもので、透明な袋の方が水に浸かっている。
黒の袋の中に精油を抽出するための植物が入っていて、黒の袋が太陽熱で温められると熱によって揮発する芳香成分の混じった水蒸気が発生して膨張し、ペン軸を通って透明な袋に押し出された水蒸気が冷水で冷却されて還元し、香りのついた水──フローラルウォーターとなる。
このフローラルウォーターに浮かぶ油が精油ということらしい。
ちなみに簡易蒸留器は2つあり、そのうちの1つでハマナスの花、もう1つで松葉の精油が精製中とのことだ。
それにしても、ハマナスは野バラの1種でバラらしい華やかな芳香があるから精油を取るのも分かるのだが、松の葉の精油はぶっちゃけ松ヤニの匂いだからそんなに良い香りとも思えない。美岬は松の精油なんか集めてどうするつもりなんだろう。
そんなことを考えているところに林の中から美岬が戻ってくる。空き時間を利用して採集に行ってくれていたようで採集用のビニール袋にスダジイのドングリがたっぷり入っている。
「おう、おかえり。たくさん拾ってきたな」
「未選別っすからたぶんダメなやつもけっこう混じってると思うっすけどね。でも、殻もお茶で使えるからいいかなーと思ってそのまま拾ってきたっす。ガクさんの作業はもう終わったんすか?」
「んー、まあ一段落ってとこかな。今、大コッヘルごとゼラチンを冷却して固まるのを待ってるところだ。これが固まったら大コッヘルが空くから、そしたら脂の脱ろう処理に移れるかな」
「なるほどー。あたしの方は精油精製の実験中っすけど、これでどれだけ採れるか未知数なんすよね。普通は水を沸騰させた蒸気で植物を蒸して精油を揮発させて、蒸気を還元させた後で精油を分離させるんすけど、学校では専用の器具でやってたから効率性がぜんぜん違うっすよね」
「そうだな。焼き物作りが上手くいったら次は焼き物で精油用の蒸留器を作ってもいいかもな。そういえば、美岬は松の精油なんか集めてどうするつもりなんだ? ぶっちゃけ俺はあまり良い香りとは思わないんだが」
「あ……う……それはっすね……」
美岬が妙に挙動不審になって目を泳がせる。なんか変なことでも考えてるのか?
思わずジト目になってしまった俺に美岬が手をワタワタしながら言い訳する。
「そ、そんな変なことは企んでないっすよ! ただ、松の精油には色々な薬効成分があるんで、いずれあたしたちにとって必要になる薬を作れるかもしれないなってつい好奇心で実験しちゃってるだけで、とりあえず今のところ使うアテはないかなって!」
「ふむ。まあ別に好奇心に任せて実験するのはぜんぜん構わないんだけどな。いずれ俺たちの役に立つものなんだろう?」
「それはもう! 絶対必要なものだと思うっす。その詳細はまた実用化の目処が立ってからということで。あまり期待させるのも悪いかなって思うっすし」
「……? まあいいか。じゃあ楽しみにしとく」
妙に頬を紅潮させた美岬の含みのある言い方が気になったが、とりあえずそのうち教えてくれるだろうと思うことにした。
そのまま2人で一度拠点に戻る。
燻製にするために昨日から干している魚をチェックしてみたら表面はすっかり乾いていたので予定より早いが燻製作りを始めることにした。
魚は頭を落として尻尾から吊るして干してあったが、それをそのまま燻製小屋の中に吊るし直す。
また、塩漬けにして昨日から小川に沈めっぱなしの貝の身も針金をS字に曲げたフックで燻製小屋に吊るしていく。貝の身は塩漬けにしてビニール袋に入れてあったので塩による浸透圧の働きで水分が吸い出され、一回り小さくなったがほどよく引き締まっている。
身を取り出した袋に残るドリップだが、これは貝のうま味エキスその物であり、言うなれば発酵していないオイスターソースだ。これは後で晩飯に使おう。
「こうなってるとまさに今から燻製にするぞって感じでワクワクするっすね?」
「それな」
燻製小屋の地下ボイラーの火山煙突直上は熱くなりすぎるのでそれを囲むように魚と貝が吊るされている。貝は魚よりも短い時間でいいので途中で取り出せるように手前に固めてある。
地下ボイラー内にはすでに燃料兼木炭に加工するための薪が入れてあるのであとは火を着けるだけだ。
燻製小屋の扉は開けたままで、外の燃料投入口に焚き付け用の細枝や枯れ草や松ぼっくりを入れていざ点火。
焚き付けが燃え上がったらさらに小枝を投入し、扇いで酸素を供給すると共に、炎と熱をボイラー内に送り込んでいく。
やがて、ボイラー内が十分に熱くなり、蒸し焼き状態で熱せられた薪から可燃性の物質がガス化して揮発し始め、それに引火して火山煙突から炎が噴き上がり始める。
このままだと燻製小屋ごと燃えてしまうし、ボイラー内の薪も炭にならずに燃え尽きてしまうので、あらかじめ準備してあった石で煙突の出口を狭めて炎が立たないようにし、さらに燻製小屋の外の燃料投入口兼空気の供給口も石で入り口を狭めて酸素の供給を減らし、意図的に不完全燃焼の状態を作り出す。
すると、火山煙突の隙間からは白い煙が噴き出し始める。ボイラー内が高温になっているため薪からは可燃ガスが出続けるので、空気の供給口さえ完全に塞がなければこのままずっと不完全燃焼状態で燃え続ける。この煙で燻製を作り、可燃ガスが抜けきった薪が木炭になるというわけだ。
煙の状態が安定したのを確認してから燻製小屋の扉を閉めれば、小屋の隙間からもわもわと煙が漂い始める。内部は完全に煙が充満していることだろう。
「よし。じゃあこれであとは燻製が出来上がるのを待つだけだな」
「楽しみっすねぇ。それにしても……お腹すいたっす」
お腹を押さえて眉をへんにょりとさせる美岬の頭をポンポンして立ち上がる。
「そうだな。昼飯抜きでずっと働いててもう4時近くなってきたもんな。ちょうど干潮の時間だし、昨日仕掛けたトラップがどうなってるか確認して、大コッヘルを空けるためにゼラチンの処理だけやってから、例のシーラカンスを食ってみるか」
「おぉ! ついにこの時が来てしまったっすか! 楽しみだけど怖いっすねぇ」
そう言いながら腕を絡めてきて俺の顔を見上げてにへらっと笑う美岬。
「あまり期待しないでおこう。そもそも前評判はくそ不味いといわれている代物だからな」
「闇鍋に挑む心構えでいくっす」
「闇鍋か。言い得て妙だな。駄目で元々、旨くなればめっけもんってとこだな」
「そんなことを言いつつ結局美味しくしちゃうのがガクさんクオリティっすけどね」
「ハードル上げるな」
「なはは」
とりとめもない話をしながら俺たちはトラップの確認をするために海に向かうのだった。
【作者コメント】
今回は炭作りと一石二鳥を狙っているので少々面倒くさいことになっていますが、燻製作りは本来そんなに難しいものではありません。
燻煙材は落葉広葉樹なら基本的になんでもいいですが、バラ科、ブナ科が鉄板ですね。肉でも魚でも相性がいいのがバラ科、特にサクラですが、ブナ科いわゆるドングリの木はタンニンが多く短時間で色が付きやすいので魚に向いているといわれます。
燻製を作るスモーカーは段ボールでもよく、ホームセンターや最近は百均でも売ってます。私は燻製はガチで作るので今は小型焼却炉を改造したスモーカーを使ってますが、初心者の頃(高校時代)は段ボールスモーカーを使ってました。
不馴れな人だとチップをうまく不完全燃焼させて燻(いぶ)すのを難しいと感じるようなので、簡単な方法をお教えしましょう。
鋳物製のスキレット(百均)に火を着けた豆練炭を2個ぐらい入れ、そこにアルミホイルで包んだ燻製用チップを練炭にくっつけるようにして入れるだけ。これをスキレットごとスモーカーに入れておけばそれなりに長い時間、煙が出続けます。煙が出なくなったらアルミホイルで包んだ別のチップと交換するだけです。色々試してみましたが、【練炭+アルミホイルで包んだ燻煙材】これが一番簡単でコスパも良いと思いますね。ちなみに練炭は普通の炭に比べて低温でゆっくり燃えるという特徴があるので燻煙材用の熱源に最適なのです。
燻製にするものとしては、生姜焼き用の豚肉スライスに塩コショウで下味を付けたものや塩鮭の切り身なんかが初心者向け、かつ分かりやすく美味しくなる素材です。燻し始める前に表面が乾く程度に天日干ししておけばまず失敗はないでしょう。夏もそろそろたけなわですが、バーベキューなどの機会にぜひ一度お試しください。
頭蓋骨は兜割りにして脳や目玉や頬肉などをこそぎ落とし、脊柱も大コッヘルに収まるぐらいのサイズに分割する。
それらを大コッヘルで軽く茹で、小川に持っていって流水で洗って肉片や脂分を洗い流して軟骨だけにする。
綺麗になった軟骨と水を大コッヘルに入れて再び火に掛ける。これはこのまま軟骨がすっかり溶けて無くなるまでじっくりと数時間煮込むつもりだ。
俺はこの軟骨で膠いわゆるゼラチンを作ろうと思っている。魚から作るゼラチンは魚膠と呼ばれ、食用にも使えるが接着剤にもなる。水溶性なので屋外には使えないが、室内専用の家具を作るときには木工ボンドの代用品として役立ってくれるはずだ。
水気がある程度蒸発してドロリとするまで煮詰め、それを冷やし固め、薄く切って乾燥させれば板ゼラチンとなる。板ゼラチンまでしておけば常温で保存しておけるので使いたい時に使える。
とはいえ、ずっと火のそばにいる必要もないので、別の作業も同時進行で進めていく。朝にやろうと思っていて結局できなかった葦の採集だ。
すでに採集済みの葦もそこそこあるが、今後必要になる分を考えると全然足りない。むしろ葦はいくらあってもいい。
本来、葦は冬枯れしたものを採集するのだが、そんな悠長に待っていられないので青々しているものを刈って干して乾燥させて使うことにする。
手には軍手を嵌め、鋸を持って葦の群生地に向かい、密集している葦の株を根本近くでギコギコと切り、数本をまとめて一度に採集していく。
笹の葉に似た細長い葉を手でむしり、まっすぐな葦竿状態に整えたら、1ヶ所にまとめて積み上げていく。
ある程度数が溜まってきたら、適当な蔓で数ヶ所を縛って束にして、肩に担いで拠点に戻り、乾燥の為に拠点の崖に立て掛けておく。
葦の群生地に戻る前にかまどに寄って軟骨の煮詰まり具合をチェックし、薪を継ぎ足してから再び群生地で葦を採集する。このルーティーンを何回か繰り返した結果、葦の群生地はいくぶんかスッキリし、拠点の崖には葦の束がずらっと並ぶことになった。
伐採したものをそのまま積んでおくと腐ったりカビが発生してしまうが、こうして立てておけばいずれ乾き、クラフト用の素材として使いやすくなる。
そうこうしているうちに軟骨の方もすっかりどろどろに溶けていい感じになっていたので溶け残った固形物だけ取り除き、大コッヘルごと持って小川に移動し、水が鍋に入らない程度の浅い場所で水に浸けて冷ます。これはこのまま固まるまでしばらく放置だ。
この場所には美岬が精油を精製中の簡易蒸留器も設置してある。これは黒のエチケット袋と透明なビニール袋をボールペンのペン軸の筒で繋げただけのもので、透明な袋の方が水に浸かっている。
黒の袋の中に精油を抽出するための植物が入っていて、黒の袋が太陽熱で温められると熱によって揮発する芳香成分の混じった水蒸気が発生して膨張し、ペン軸を通って透明な袋に押し出された水蒸気が冷水で冷却されて還元し、香りのついた水──フローラルウォーターとなる。
このフローラルウォーターに浮かぶ油が精油ということらしい。
ちなみに簡易蒸留器は2つあり、そのうちの1つでハマナスの花、もう1つで松葉の精油が精製中とのことだ。
それにしても、ハマナスは野バラの1種でバラらしい華やかな芳香があるから精油を取るのも分かるのだが、松の葉の精油はぶっちゃけ松ヤニの匂いだからそんなに良い香りとも思えない。美岬は松の精油なんか集めてどうするつもりなんだろう。
そんなことを考えているところに林の中から美岬が戻ってくる。空き時間を利用して採集に行ってくれていたようで採集用のビニール袋にスダジイのドングリがたっぷり入っている。
「おう、おかえり。たくさん拾ってきたな」
「未選別っすからたぶんダメなやつもけっこう混じってると思うっすけどね。でも、殻もお茶で使えるからいいかなーと思ってそのまま拾ってきたっす。ガクさんの作業はもう終わったんすか?」
「んー、まあ一段落ってとこかな。今、大コッヘルごとゼラチンを冷却して固まるのを待ってるところだ。これが固まったら大コッヘルが空くから、そしたら脂の脱ろう処理に移れるかな」
「なるほどー。あたしの方は精油精製の実験中っすけど、これでどれだけ採れるか未知数なんすよね。普通は水を沸騰させた蒸気で植物を蒸して精油を揮発させて、蒸気を還元させた後で精油を分離させるんすけど、学校では専用の器具でやってたから効率性がぜんぜん違うっすよね」
「そうだな。焼き物作りが上手くいったら次は焼き物で精油用の蒸留器を作ってもいいかもな。そういえば、美岬は松の精油なんか集めてどうするつもりなんだ? ぶっちゃけ俺はあまり良い香りとは思わないんだが」
「あ……う……それはっすね……」
美岬が妙に挙動不審になって目を泳がせる。なんか変なことでも考えてるのか?
思わずジト目になってしまった俺に美岬が手をワタワタしながら言い訳する。
「そ、そんな変なことは企んでないっすよ! ただ、松の精油には色々な薬効成分があるんで、いずれあたしたちにとって必要になる薬を作れるかもしれないなってつい好奇心で実験しちゃってるだけで、とりあえず今のところ使うアテはないかなって!」
「ふむ。まあ別に好奇心に任せて実験するのはぜんぜん構わないんだけどな。いずれ俺たちの役に立つものなんだろう?」
「それはもう! 絶対必要なものだと思うっす。その詳細はまた実用化の目処が立ってからということで。あまり期待させるのも悪いかなって思うっすし」
「……? まあいいか。じゃあ楽しみにしとく」
妙に頬を紅潮させた美岬の含みのある言い方が気になったが、とりあえずそのうち教えてくれるだろうと思うことにした。
そのまま2人で一度拠点に戻る。
燻製にするために昨日から干している魚をチェックしてみたら表面はすっかり乾いていたので予定より早いが燻製作りを始めることにした。
魚は頭を落として尻尾から吊るして干してあったが、それをそのまま燻製小屋の中に吊るし直す。
また、塩漬けにして昨日から小川に沈めっぱなしの貝の身も針金をS字に曲げたフックで燻製小屋に吊るしていく。貝の身は塩漬けにしてビニール袋に入れてあったので塩による浸透圧の働きで水分が吸い出され、一回り小さくなったがほどよく引き締まっている。
身を取り出した袋に残るドリップだが、これは貝のうま味エキスその物であり、言うなれば発酵していないオイスターソースだ。これは後で晩飯に使おう。
「こうなってるとまさに今から燻製にするぞって感じでワクワクするっすね?」
「それな」
燻製小屋の地下ボイラーの火山煙突直上は熱くなりすぎるのでそれを囲むように魚と貝が吊るされている。貝は魚よりも短い時間でいいので途中で取り出せるように手前に固めてある。
地下ボイラー内にはすでに燃料兼木炭に加工するための薪が入れてあるのであとは火を着けるだけだ。
燻製小屋の扉は開けたままで、外の燃料投入口に焚き付け用の細枝や枯れ草や松ぼっくりを入れていざ点火。
焚き付けが燃え上がったらさらに小枝を投入し、扇いで酸素を供給すると共に、炎と熱をボイラー内に送り込んでいく。
やがて、ボイラー内が十分に熱くなり、蒸し焼き状態で熱せられた薪から可燃性の物質がガス化して揮発し始め、それに引火して火山煙突から炎が噴き上がり始める。
このままだと燻製小屋ごと燃えてしまうし、ボイラー内の薪も炭にならずに燃え尽きてしまうので、あらかじめ準備してあった石で煙突の出口を狭めて炎が立たないようにし、さらに燻製小屋の外の燃料投入口兼空気の供給口も石で入り口を狭めて酸素の供給を減らし、意図的に不完全燃焼の状態を作り出す。
すると、火山煙突の隙間からは白い煙が噴き出し始める。ボイラー内が高温になっているため薪からは可燃ガスが出続けるので、空気の供給口さえ完全に塞がなければこのままずっと不完全燃焼状態で燃え続ける。この煙で燻製を作り、可燃ガスが抜けきった薪が木炭になるというわけだ。
煙の状態が安定したのを確認してから燻製小屋の扉を閉めれば、小屋の隙間からもわもわと煙が漂い始める。内部は完全に煙が充満していることだろう。
「よし。じゃあこれであとは燻製が出来上がるのを待つだけだな」
「楽しみっすねぇ。それにしても……お腹すいたっす」
お腹を押さえて眉をへんにょりとさせる美岬の頭をポンポンして立ち上がる。
「そうだな。昼飯抜きでずっと働いててもう4時近くなってきたもんな。ちょうど干潮の時間だし、昨日仕掛けたトラップがどうなってるか確認して、大コッヘルを空けるためにゼラチンの処理だけやってから、例のシーラカンスを食ってみるか」
「おぉ! ついにこの時が来てしまったっすか! 楽しみだけど怖いっすねぇ」
そう言いながら腕を絡めてきて俺の顔を見上げてにへらっと笑う美岬。
「あまり期待しないでおこう。そもそも前評判はくそ不味いといわれている代物だからな」
「闇鍋に挑む心構えでいくっす」
「闇鍋か。言い得て妙だな。駄目で元々、旨くなればめっけもんってとこだな」
「そんなことを言いつつ結局美味しくしちゃうのがガクさんクオリティっすけどね」
「ハードル上げるな」
「なはは」
とりとめもない話をしながら俺たちはトラップの確認をするために海に向かうのだった。
【作者コメント】
今回は炭作りと一石二鳥を狙っているので少々面倒くさいことになっていますが、燻製作りは本来そんなに難しいものではありません。
燻煙材は落葉広葉樹なら基本的になんでもいいですが、バラ科、ブナ科が鉄板ですね。肉でも魚でも相性がいいのがバラ科、特にサクラですが、ブナ科いわゆるドングリの木はタンニンが多く短時間で色が付きやすいので魚に向いているといわれます。
燻製を作るスモーカーは段ボールでもよく、ホームセンターや最近は百均でも売ってます。私は燻製はガチで作るので今は小型焼却炉を改造したスモーカーを使ってますが、初心者の頃(高校時代)は段ボールスモーカーを使ってました。
不馴れな人だとチップをうまく不完全燃焼させて燻(いぶ)すのを難しいと感じるようなので、簡単な方法をお教えしましょう。
鋳物製のスキレット(百均)に火を着けた豆練炭を2個ぐらい入れ、そこにアルミホイルで包んだ燻製用チップを練炭にくっつけるようにして入れるだけ。これをスキレットごとスモーカーに入れておけばそれなりに長い時間、煙が出続けます。煙が出なくなったらアルミホイルで包んだ別のチップと交換するだけです。色々試してみましたが、【練炭+アルミホイルで包んだ燻煙材】これが一番簡単でコスパも良いと思いますね。ちなみに練炭は普通の炭に比べて低温でゆっくり燃えるという特徴があるので燻煙材用の熱源に最適なのです。
燻製にするものとしては、生姜焼き用の豚肉スライスに塩コショウで下味を付けたものや塩鮭の切り身なんかが初心者向け、かつ分かりやすく美味しくなる素材です。燻し始める前に表面が乾く程度に天日干ししておけばまず失敗はないでしょう。夏もそろそろたけなわですが、バーベキューなどの機会にぜひ一度お試しください。
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