上 下
105 / 220
箱庭スローライフ編

第105話 11日目④おっさんは健康的で文化的な食事をする

しおりを挟む
 拠点に戻ってくるとかまどに掛けてある大コッヘルの湯がぐらぐらに沸いていたのでそれを一度火から下ろし、代わりにハマグリの吸い物の入った中コッヘルを温めなおす。
 それをしている間に三つ葉を細かく刻んでおく。吸い物の薬味に使うのは茎の部分なので、葉の部分は小コッヘルに作ってある浸けダレの方に混ぜておく。

「わぁ……なんか今日も美味しそうっすねぇ。なにか手伝うことはあるっすか?」

「んー、じゃあ串焼き用にぶつ切りにしてあるタケノコメバルの身に串を刺しておいてくれるか?」

「おまかせられっ!」

 美岬がすっかり慣れた様子でナイフで小枝の先端を尖らせてから大きめに切ってある魚の身を串刺しにしていく。

「こっちの薄い身はどうするんすか? 刺身にしてはずいぶん大きいっすけど」

「それはしゃぶしゃぶ用だ」

「な・ん・で・す・とっ! しゃぶしゃぶってマジっすか?」

「おう。この身の質からするとたぶん旨いぞ」

「そんなことわかってるっすよ! しゃぶしゃぶなんてそんな贅沢しちゃっていいんすか!」

「……しゃぶしゃぶで贅沢っていったいどこの昭和の子だよ。俺にとっちゃむしろ手抜き飯の部類だぞ」

「……え、そうなんすか? うちの実家のラインナップにはなかったんでついテンションが上がってしまったっす」

「しゃぶしゃぶは野菜も温野菜になるから胃腸に優しいし、肉から余分な脂を落とすから若い女の子向けのメニューでもあるんだけどな。まあこの島では現状太る心配はないが」

「なんと! じゃあもしあたしが一人暮らししてた頃にしゃぶしゃぶばかり食べてたら……」

「……何事もそればかりってのは良くないが、ジャンクフードばかりの生活に比べればよっぽど健康的で今ぐらいスマートになってたかもな」

「くっ……しゃぶしゃぶ恐るべし」

 拠点からモヤシと豆苗を取ってくる。ちなみにモヤシは食べれば終わりだが、豆苗は根を残して上だけ切ればまた伸びてくる。
 モヤシはそろそろ終わりだが、豆苗はもうしばらく食べられるだろう。

 温めなおしたハマグリの吸い物が沸騰する前に火から下ろして刻んだ三つ葉を入れればふわっと爽やかな香りが立ち上り、美岬がうっとりとする。

「うわぁ……これは食欲をそそる香りっすね」

「これはシンプルにハマグリと三つ葉だけだからな。素材の味をとことんまで活かした上品なスープだ」

「シンプルイズベストっすね」

「まあそうだな」

 かまどの火力を上げて、軽く下味をつけてある串刺しの魚肉に振り塩をしてから強火の遠火で一気に焼き上げる。よく脂が乗っていたので熱で脂が弾けてジュージューぱちぱちと音を立てている串焼きをテーブルの上に準備してあった牡蠣皿に乗せる。
 空いたかまどに湯の入った大コッヘルを戻すがすぐには沸騰しないので先に出来上がった物から食べ始めることにする。

「いただきます」
「いっただきまーす!」

 さっそく美岬が串焼きにかぶりつき、はふはふしながら咀嚼する。

「はふっはふっ! 熱っ! うまっ!」

 シンプルな塩焼きではあるが、この魚が育った環境の海塩から作り出した塩が合わないわけがない。焼く直前の振り塩により塩の結晶をわざと残すのも旨さの秘訣だ。

 俺はまずハマグリの吸い物を啜る。

「……あ、うま」

 ハマグリの繊細で上品な出汁を引き立てる三つ葉の爽やかな香味がベストマッチで、塩だけの味付けとは思えないほど奥深い味わいに仕上がっている。

「…………」

 しばらく2人で黙々と食べているうちに大コッヘルの湯が沸騰してきたのでまず先にモヤシと豆苗をサッと湯通しして皿に上げ、薄造りの魚肉を箸でつまんで湯の中をくぐらせて表面が白くなっただけの状態で野菜の上に乗せていく。

「小コッヘルの浸けダレをつけながら野菜と一緒に食べてみな」

「……っ! ふぉれはおいひいっす!」

「そんな感想は焦らんでいいから落ち着いて食べな」

「……」

 コクコクと何度も頷く美岬の反応に満足を覚えつつ、俺もしゃぶしゃぶを食べてみる。期待通りの味だ。これで柑橘系とかネギやショウガの香味を加えられればもっといいんだけどな。
 雑木林に自生してそうな香味野菜としては、シソ、ネギ、ミョウガあたりかな。ちょっと真面目に探してみるか。シソやネギの近縁種はわりとどこにでも自生してるからあってもおかしくはない。

 あっという間にしゃぶしゃぶを食べ終わり、残ったのは旨味がたっぷり溶け込んだゆで汁と浸けダレ。

「じゃ、最後はこれで締めだな」

「ま、まさかそれをここで投入っすか!?」

 ゆで汁に浸けダレの残りを入れ、それだけじゃ出汁が弱いので残り8枚のヨコワジャーキーのうちの4枚をちぎって入れ、更に塩で味を調整してから、さっき作ってあった生くずきりを投入。冷えて白く濁っていたくずきりが透明かつプルプルに戻ったところで牡蠣皿2つに上げ、その上からスープをお玉で掛ける。

「はいできた。スープくずきりだ。麺みたいにツルツルとすすればいい」

「うわぁ。この透明なくずきりのツヤツヤプルプル感がヤバイっすね。しかも箸でつまんでツルツル啜れるって、これぞ文化的な食事っすよね!」

「たしかに手間は掛かってるな。味の方はどうだ?」

「サイコーっす。なんすかこのもちっとしてプルンってなるこの食感! スープの塩加減もちょうど良いし、ヨコワとハマグリの出汁も利いてるし、大根のピリ辛さと三つ葉とハマボウフウの香りも活きてるし……もう大満足っすよ」

「そかそか。葛粉があればどんどん料理の幅が広がるからこれからは料理がさらにグレードアップするぞ」

「わぁっ! それは楽しみっす! …………ふぅ、どうしよう、鍋にスープがまだ残ってるのにお腹いっぱいになっちゃったっす」

「ああ、残ったスープは晩にまた使うから気にしなくていいぞ。さすがにこれ全部一度で食うには多いだろ」

「あ、そっすよね。じゃ、ごちそうさまっす。今回も美味しかったっす。…………? なんでそんなに嬉しそうなんすか?」

「ああ。大したことじゃないから気にするな。俺の美岬への好感度がまた上がっただけだ」

「ホワイッ!?」

 些細なことではあるが、美味しかったと言ってもらえるのは作った人間にとってすごく嬉しいことなのだ。だが、親しい相手には何故か照れが入ってしまって意識しないと言えなくなってしまう。気負わずに素直にそれを言えるのがやっぱり美岬の美徳だな。




【作者コメント】
ミョウガはうちの近所の森の中に普通に自生してますね。といっても食用にする部分はタケノコみたいな地面から出る前の芽なので、見つけるにはコツがいります。

まずは成長しきったミョウガを探します。一本の茎から笹の葉のような細長い20~30㌢ぐらいの長さの葉が交互に出ている100㌢ぐらいまでの植物が森や林の中に疎らに生えていたらミョウガの可能性が高いです。笹に比べると葉が大きいので慣れればすぐに見分けがつきます。

そんな成長したミョウガの根本の地面を調べれば、地面から芽を出したばかりの食べ頃のミョウガがきっと見つかります。ちなみにショウガ、ウコンも近縁種なので素人では見分けるのは難しいですが、日本の山林に自生しているならミョウガの可能性が高いです。

へぇーと思ったら❤️をポチポチお願いします。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無人島ほのぼのサバイバル ~最強の高校生、S級美少女達と無人島に遭難したので本気出す~

絢乃
ファンタジー
【ストレスフリーの無人島生活】 修学旅行中の事故により、無人島での生活を余儀なくされる俺。 仲間はスクールカースト最上位の美少女3人組。 俺たちの漂着した無人島は決してイージーモードではない。 巨大なイノシシやワニなど、獰猛な動物がたくさん棲息している。 普通の人間なら勝つのはまず不可能だろう。 だが、俺は普通の人間とはほんの少しだけ違っていて――。 キノコを焼き、皮をなめし、魚を捌いて、土器を作る。 過酷なはずの大自然を満喫しながら、日本へ戻る方法を模索する。 美少女たちと楽しく生き抜く無人島サバイバル物語。

強制無人島生活

デンヒロ
ファンタジー
主人公の名前は高松 真。 修学旅行中に乗っていたクルーズ船が事故に遭い、 救命いかだで脱出するも無人島に漂着してしまう。 更に一緒に流れ着いた者たちに追放された挙げ句に取り残されてしまった。 だが、助けた女の子たちと共に無人島でスローライフな日々を過ごすことに…… 果たして彼は無事に日本へ帰ることができるのか? 注意 この作品は作者のモチベーション維持のために少しずつ投稿します。 1話あたり300~1000文字くらいです。 ご了承のほどよろしくお願いします。

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

第一次世界大戦はウィルスが終わらせた・しかし第三次世界大戦はウィルスを終らせる為に始められた・bai/AI

パラレル・タイム
SF
この作品は創造論を元に30年前に『あすかあきお』さんの コミック本とジョンタイターを初めとするタイムトラベラーや シュタインズゲートとGATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて・斯く戦えり アングロ・サクソン計画に影響されています 当時発行されたあすかあきおさんの作品を引っ張り出して再読すると『中国』が経済大国・ 強大な軍事力を持つ超大国化や中東で 核戦争が始まる事は私の作品に大きな影響を与えましたが・一つだけ忘れていたのが 全世界に伝染病が蔓延して多くの方が無くなる部分を忘れていました 本編は反物質宇宙でアベが艦長を務める古代文明の戦闘艦アルディーンが 戦うだけでなく反物質人類の未来を切り開く話を再開しました この話では主人公のアベが22世紀から21世紀にタイムトラベルした時に 分岐したパラレルワールドの話を『小説家になろう』で 『青い空とひまわりの花が咲く大地に生まれて』のタイトルで発表する準備に入っています 2023年2月24日第三話が書き上がり順次発表する予定です 話は2019年にウィルス2019が発生した 今の我々の世界に非常に近い世界です 物語は第四次世界大戦前夜の2038年からスタートします

異世界に行ったら才能に満ち溢れていました

みずうし
ファンタジー
銀行に勤めるそこそこ頭はイイところ以外に取り柄のない23歳青山 零 は突如、自称神からの死亡宣言を受けた。そして気がついたら異世界。 異世界ではまるで別人のような体になった零だが、その体には類い稀なる才能が隠されていて....

じいちゃんから譲られた土地に店を開いた。そしたら限界集落だった店の周りが都会になっていた。

ゆうらしあ
ファンタジー
死ぬ間際、俺はじいちゃんからある土地を譲られた。 木に囲まれてるから陽当たりは悪いし、土地を管理するのにも金は掛かるし…此処だと売ったとしても買う者が居ない。 何より、世話になったじいちゃんから譲られたものだ。 そうだ。この雰囲気を利用してカフェを作ってみよう。 なんか、まぁ、ダラダラと。 で、お客さんは井戸端会議するお婆ちゃんばっかなんだけど……? 「おぉ〜っ!!? 腰が!! 腰が痛くないよ!?」 「あ、足が軽いよぉ〜っ!!」 「あの時みたいに頭が冴えるわ…!!」 あ、あのー…? その場所には何故か特別な事が起こり続けて…? これは後々、地球上で異世界の扉が開かれる前からのお話。 ※HOT男性向けランキング1位達成 ※ファンタジーランキング 24h 3位達成 ※ゆる〜く、思うがままに書いている作品です。読者様もゆる〜く呼んで頂ければ幸いです。カクヨムでも投稿中。

チュートリアル場所でLv9999になっちゃいました。

ss
ファンタジー
これは、ひょんなことから異世界へと飛ばされた青年の物語である。 高校三年生の竹林 健(たけばやし たける)を含めた地球人100名がなんらかの力により異世界で過ごすことを要求される。 そんな中、安全地帯と呼ばれている最初のリスポーン地点の「チュートリアル場所」で主人公 健はあるスキルによりレベルがMAXまで到達した。 そして、チュートリアル場所で出会った一人の青年 相斗と一緒に異世界へと身を乗り出す。 弱体した異世界を救うために二人は立ち上がる。 ※基本的には毎日7時投稿です。作者は気まぐれなのであくまで目安くらいに思ってください。設定はかなりガバガバしようですので、暖かい目で見てくれたら嬉しいです。 ※コメントはあんまり見れないかもしれません。ランキングが上がっていたら、報告していただいたら嬉しいです。 Hotランキング 1位 ファンタジーランキング 1位 人気ランキング 2位 100000Pt達成!!

処理中です...