【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる

文字の大きさ
上 下
94 / 227
箱庭スローライフ編

第94話 10日目①おっさんは稲妻とマメの働きを知る

しおりを挟む

──ゴロゴロゴロ……ピシャーン!!

 拠点の外が稲光で真っ白に染まり、直後に落雷の音と僅かな地揺れが伝わってくる。

「ひゃあっ! びっくりしたっす」

「これは落ちたな」

 昨晩から降り始めていた雨は翌朝になっても止まずに降り続いていた。いや、むしろ夜よりも雨足は強くなり、雷を伴って激しく降っている。こうして落ちた雷によってこの島の鉄が磁鉄化してコンパスを狂わせるほどの磁場を作っているんだろうな。

「これは外に出るのも嫌になるぐらいの土砂降りっすねぇ」

 外を見ればほんの少し先でも輪郭がボヤけるほどの豪雨で正面にあるはずの東側の崖は分厚い雨のカーテンで視認できない。

「そうだな。これだけ激しい雨だと崖伝いにトイレに行くだけでもけっこう濡れるだろうな」

「こういう時こそ折り畳み傘の出番っすね」

「またトイレに行く時に使わせてもらおう。美岬は、雷は別に平気っぽいな」

「…………はっ! キャー! 雷怖いっすー! ダーリン助けてー!」

「わざとらしい演技やめい」「あぅ」

 わざとらしく怖がるふりをしながら抱きついてこようとした美岬に軽いデコピンをくれてやる。

「……まあ、農家にとっちゃ雷は恐怖の対象というよりどっちかといえば天の恵みっすからね。稲妻いなずまって稲の妻って書くじゃないっすか。雷が多い年は米が豊作になるって昔から言われてるんすよ。ちょっと元気が無くなってた稲が雷のあとにはシャキーンとなるんで、妻が実家に帰ってションボリしている男のところに妻が戻ってきたかのように分かりやすく元気になるから稲の妻、稲妻っす」

「それは知らなかったな。どういうメカニズムなんだ?」

「大気の主成分は窒素っすよね。植物の生育に窒素は欠かせないんすけど、そのままの窒素では植物は利用できないんで、いったん植物が取り込める窒素化合物に変える必要があるんすけど、自然界でその役割を担っているのが雷とマメ科植物なんすよ」

「ほうほう」

「マメ科植物の根には特殊なバクテリアが住み着いてて、それが窒素を植物が肥料として取り込める窒素化合物に変えるんでマメ科植物を植えた後の土は他の作物を育てやすくなるんす。日本でも昔から田植え前の春の田んぼにマメ科のレンゲを植えてたのはそういう生活の知恵っすね」

「レンゲか。最近ではあまり見なくなったが昔はどこの農家も春先に田んぼに植えてたな。そういう理由があったのか」

「マメ科が窒素化合物を生成するメカニズムが分かったのは割と近年っすけど、昔から生活の知恵として根付いてたんすねぇ。で、雷っすけど、稲妻が空気中を走る時も窒素化合物が大量に生成されて地表に降り注ぐんすよ。いわば天然肥料っすね。だから雷が多い年は米が豊作になるってわけっす」

「なるほどな。稲妻という漢字が昔からあったことを考えると、雷が豊作に直結してるってのはずっと前から分かってたんだろうな。昔からの生活の知恵ってのはなかなか馬鹿にできないな」

「言うなれば何世代にも渡る研究観察のデータに裏打ちされた信頼できる法則っすからね。現代の研究者がメカニズムを解き明かして後から科学的な合理性が証明される昔からのしきたりってけっこうあるんすよ」

「ああ、そういうのは料理の世界でもよくあるな。特に旨味に関わる出汁の相乗作用なんて科学的に解き明かされるずっと前から料理人たちには常識だったわけだし、デンプンの糖化のメカニズムが分からなくても昔から利用されてきてるわけだしな」

「確かにそうっすね。先人の知恵ってすごいっす。むしろそういう先人の知恵にこそとんでもない科学的な発見のヒントが隠されているかもっすね」

 朝の起き抜けから妙に知的な会話をしてしまったのですっかり目が覚めてしまった。とりあえず美岬の折り畳み傘を交代で使ってトイレを行ってから今日の予定を話し合うことにする。




 トイレを済ませてから、昨晩のウッドキャンドルの燃え残りと回収してあった消し炭を利用して焚き火を起こし、適当な長さの枝を3本組み合わせて焚き火用三脚トライポッドを作って大コッヘルを吊るして湯を沸かし始める。

 現在残っている茶のストックは、ハトムギ茶があと1回分、ドングリ茶があと2回分、葛葉茶は毎日追加されているのでたっぷり。なので今日は余裕のある葛葉のほうじ茶にすることにした。

 焙じ茶は炭火と紙があれば簡単に作れる。ノートの紙を1枚取り、そこに乾燥させてビニール袋にストックしている葛の葉を一掴み乗せる。
 燃えている焚き火からコッヘルを退かし、葛の葉を乗せた紙を火の上で揺すりながらあぶっていく。あまりに火に近すぎると紙が燃え出してしまうので、それなりに距離を開けて、炭火の熱が紙越しに茶葉に伝わるようにする。ちなみにガス火は水分が多く含まれるので火の温度が低く、このやり方には向かないが、炭火は乾燥していて熱量も多いのでこのように紙越しに遠赤外線で茶葉を焙じるのに向いている。

 芳ばしい香りが漂ってきたので茶葉を熱するのを止めて再びコッヘルを焚き火の上に戻し、沸いてきた湯に焙じたての茶葉を入れて煮出していけば、やや緑がかった黄色いお茶になる。


「とりあえず日課の畑の水やりは今日はしなくていいんで、あたしの午前の予定はぽっかり空いてるっすね。……ずず。ふぅ、これは優しい香りっすねぇ」

「俺もこの天気だから葛の蔓の採集と加工は無しだな。保存食もあるから今日はこのまま引きこもりでクラフトの続きでもやるかね。……ずず。やっぱりマメ科だからか黒豆茶を彷彿させる味だな」

 葛葉の焙じ茶をすすりながら2人でまったりしながら話し合う。

「昨日できなかった土器作りもやってみたいっすし、もっと大きな篭を作るのもいいっすね。藤蔓ってまだあるっすか?」

「うーん、そうだな……中型の篭1個分ぐらいならありそうだな。あ、そうだ。篭で思い出したが、小さい篭ができたことだし、掘ってきたまま放置してあった葛芋から葛粉を取るのもそろそろやってみるか」

「あー、葛粉を取るのには篭があると便利なんでしたっけ。どう使うんすか?」

「まあざっくり説明すると、葛芋を潰すと繊維とデンプンの混ざったドロドロになるから、そのドロドロを水で薄めて篭で濾せば繊維質を取り除けるってわけだ」

「なるほど。納得っす。今ある葛芋からはどれぐらいの葛粉が取れるんすかねぇ?」

「わからん。自然薯じねんじょと同じで今は芋に蓄えたデンプンを使って葛そのものが成長してる時期だからな。まったく取れないってことはないと思うが、冬に比べるとかなり少なくはなるだろうな。とりあえず俺たちの必要分さえあればいいからあまり期待せずにやってみるとしようか」

「そっすね。そもそもあたしは葛粉をどう使うのかも知らないっすからね。料理のトロミぐらい?」

「まあ、普段料理をしないならそうだろな。料理人にとっては必須レベルで汎用性の高い食材だが、まあ、それは後々の楽しみでいいだろ」

 葛粉──デンプンは料理のみならず菓子作りでも活躍する食材だが、それを言うと美岬がまた騒ぎ出すだろうからあえて黙っておく。葛粉を使ってこっそりとお菓子を作ってサプライズするのもありだな。美岬がどんな反応を見せるか今から楽しみだ。




【作者コメント】
 豆類と雷が大気中の窒素を植物が取り込める窒素化合物に変えてるということを初めて知った時はこの自然界が本当に良くできていると感動したものですが、それを踏まえた上で稲妻という漢字や春に田んぼにレンゲを植えることがいかに合理的か気づいた時には戦慄を覚えました。すげえな昔の人! 今では化学肥料などで効率的に窒素化合物を土に補充できるので春先に田んぼにレンゲを植えることは少なくなりましたが、知られずに消えていくのは勿体ないと思ったのでこの場でご紹介してみました。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

処理中です...