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箱庭スローライフ編
第88話 9日目④おっさんは島の正体を知る
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赤い石の正体が鉄鉱石の一種である赤鉄鉱であると伝えると、美岬は崖のそこかしこにある赤い岩肌が露出している箇所をきょろきょろと見回し、信じられないという表情で首を振る。
「この赤い石が全部、鉄鉱石ってマジすか。この辺の崖とか鉄だらけじゃないっすか! 鉄ってこんなに都合よくゴロゴロしてるもんなんすか?」
「ああ。火山だとこういうのも珍しくはないぞ。そもそも鉄って地球で最も埋蔵量の多い金属だからな。地球の中心部には溶けた鉄が回っていてそれが磁場を形成してるって授業で習わなかったか? 火山だとその溶けた鉄がマグマとして地表に出てくるから鉄鉱床が多いんだ」
「習ったっすね。そっか、石器を作ってる時にいずれは鉄器時代まで進めたいって言ってたのは、鉄があるって分かってたからなんすね」
「……何気ない会話の内容をよく覚えてるな。だがまあそういうことだ」
しゃべりながら林と崖の間の平地を横切って崖に近づけば、期待していたよりも品質の良さそうな赤鉄鉱がそこらじゅうに落ちている。
「どういうのが品質がいいって見分ける方法ってあるんすか?」
美岬の問いに答える為に手頃な赤鉄鉱を拾い上げる。
「こういうのがいいな。赤茶色の単色、表面にココアパウダーをまぶしたチョコ菓子みたいな見た目、質感は粘土を固めたみたいなざらっとした感じだ」
「ほーん。確かに見た目だけだとほんとにトリュフみたいっすね」
「酸化鉄ってのはようするに錆びた鉄だからな。元々は鉄の塊だった物がだんだん酸素と反応して酸化が進んで赤茶色に変わり、表面が風化して粉っぽくなってこうなるんだ。で、酸化することで鉄同士の分子結合が弱くなっているからこんな感じに簡単に粉々に砕けるんだが、この脆さこそが鉄の純度が高い証でもあるわけだ」
別の石とぶつければ赤鉄鉱はいとも簡単に砕け、擦り合わせれば粉々になる。
「なるほど。この酸化鉄は溶かせば普通の鉄として使えるようになるんすか?」
「いや、鉄として使えるようにするにはまずは還元させて銑鉄という状態にする必要があるな」
「……なんか事も無げに言ってるっすけど、それって簡単にできるんすか?」
「手間はかかるが還元作業そのものは簡単だぞ。少量なら粉々に砕いた赤鉄鉱と木炭の粉と混ぜ合わせて、それを土器みたいな耐熱容器に入れてかまどの中で蒸し焼きにするだけでもできるからな」
「え? え? どういうことっすか? なんでそれで還元できるのかアホの子のあたしにも分かるように説明してほしいっす」
「んー……木炭は炭素だから元素記号はCだな。鉄はFeで酸素はOだから酸化鉄──赤鉄鉱はFeOになる。ここまでは大丈夫か?」
「あい。まだ大丈夫っす」
「赤鉄鉱と木炭を粉々にして混ぜただけでは化学反応は起きないんだが、これを加熱すると化学反応が起きて、炭素(C)が酸化鉄(FeO)から酸素(O)を奪って結合して二酸化炭素(CO2)になって排出されて、鉄(Fe)が残る。この残った鉄が銑鉄だ」
「おお、なるほど! そういうことっすか。理解できたっす」
「ただなぁ、この作業は時間がかかるから、やるならある程度まとまった量を一度に処理したいんだよな。そうなると木炭も大量に必要になるからまずは木炭作りも先にしなきゃいけないし、製鉄炉──たたらも作らなきゃいけないからすぐには無理だ。だから今日は良質な赤鉄鉱があるってことを確認できただけで良しとしよう」
「あー、そっすよね。現状は石器でもなんとかなってるっすから鉄へのグレードアップより先に土器をなんとかしたいっすよね。煮炊き用の鍋とか、皿とかコップなんかの食器も欲しいっす」
「だな。まあ土を50㌢も掘れば粘土層があるのは分かってるんだが、それが地面に露出してる場所の方が採集しやすいからできればそういう採集ポイントを見つけたいよな」
「確かにそっちの方がだんぜん楽っすよね。そういう場所ってどうやって見つけるんすか?」
「断層がずれて段差が出来てる場所とか、自然隆起した小山とか、水が流れてて表土が流されている場所なんかに粘土層が露出してる場所は見つけやすいな」
「……あ、じゃあ小川の川床とか川縁は?」
「それは俺も考えてた。湿地帯までいくと粘土に腐葉土や砂も混ざった泥になってるけど、流れがあるところの川床や川縁は質のいい粘土が採れると思うんだよな」
「じゃあせっかくだから偵察に行きましょっす」
「そだな。行ってみるか」
赤鉄鉱の鉱床のある崖から再び林に戻り、林の中央を流れる小川に向かって歩いていく途中でまだ熟れた実が成っている桑の木を見つけたので、桑の実を採集して摘まみ食いしながら休憩する。
「甘味は貴重だから嬉しいっすね」
「そうだな。時期的にはちょっと遅めだがまだ残っててよかったな」
「なんか、小川の向こうとこっちでは微妙に木の種類が違うっすね。向こうはスダジイばっかりだったっすけど、こっちはそれだけじゃなくて普通の雑木林って感じで種類が多いっすよ」
美岬にそう言われて違和感に気付く。美岬の言う通り、俺たちの拠点がある小川の向こう側はほとんどスダジイばかりだが、今いる小川のこちら側はスダジイはもちろんだが桑やモチノキやキハダなどの樹木に加えて木に巻き付いた蔓植物も多い。
「……む、確かにそうだな。むしろこっちの色々な木が雑ざっている方が本来自然なんだよな。……ということは、スダジイばかりになっている川の向こうは……」
「人の手が入ってるってことっすかね?」
「うーん、必ずしもそうとも言い切れないがその可能性もあるのか。ただ、植えたにしてもその後で手を入れた痕跡は無いんだよな。切り株とか」
「入植しようとして植えたけどやっぱりやめたとか?」
「それはあるかもな。この箱庭は住むのにはいいし、鉄鉱床もあるし、もしかしたら他にも地下資源があるかもしれないから資源地として開拓しようとした人間が過去にいても不思議ではないと思うが……如何せんアクセスが悪すぎるからな」
「トンネルを通れるのが大潮の干潮時だけじゃあほとんど運び出せないっすよね」
「それも外海が荒れてたら難しいしな」
「それもそっすね」
「……むしろ、もしこの島、というかこの箱庭を過去に開拓しようとした人間がいるとするなら近隣の島の住人の可能性が高いよな。美岬の島にはそういう昔話は伝わってないのか? 普通では辿り着けない島で、この世のものとも思えない美しさでお宝が隠されている──的な感じで」
「…………」
何気なく訊いた瞬間に美岬がハッとしたように考え込む。
「どうした?」
「……ヤバい。あたし、もしかしたらこの島の正体に気づいてしまったかもっす」
「心当たりがあったか」
「浦島太郎の昔話があるじゃないっすか。実は、うちの島にはそれの元になったという伝承があるんすよね」
「どんな?」
「昔、うちの島を治めていた豪族で浦嶋子という人がいたらしいんすよね。その人がある時、嵐で遭難してある島に辿り着いたそうなんすけど、崖で囲まれて上陸できなくて神仏に祈ったら突然道が拓けて島に入れたそうなんす。そこには海の守り神の竜神さまがいて、浦嶋子はそこでもてなしを受けたそうっす。竜神さまは浦嶋子を送り出すときにたくさんの宝物をくれて、浦嶋子は島に竜神さまを祭る社を建てて祀ったという話なんすけど……」
「うん。なんというかどう考えてもこの島だよな。そうか、ここは竜宮城のモデルだったのか」
「一応、話には続きがあって、浦嶋子はその後も竜神さまに会うために何度か島に行ってその度にたくさんの宝物をお土産にもらって帰ってきたそうなんすけど、最後は年を取って亡くなり、その後、島に近づいた人間が次々に神隠しに遭うようになって、竜神さまが浦嶋子を探しているんだと云われるようになって、その島には神隠しを畏れて誰も近づかなくなったそうな、という感じで終わるんす」
「あー、なんか何が起きたのかだいたい分かるな」
浦嶋子はこの島の秘密を自分だけのものにしたまま亡くなって、後に続こうとした連中はことごとく遭難したということだろうな。
「そっすね。今でも漁師たちはこの島には近づかないっすし、そもそもこの島全体が今では神域扱いになっててヘリコプターなんかも上空を飛ばないようになってるらしいっす」
「今もそうなのか」
「ばあちゃんから聞いた話だと、この島の近くだと計器が狂っちゃうらしくて大戦中にも飛行機がこの辺りでよく墜ちたらしいっすね。そういう話に加えて、あたしのばあちゃんの弟にあたる大叔父、あたしは直接会ったことはないっすけど、その人がこの島の近くで漁をしていて神隠しで行方不明になったって事件が20年ぐらい前にあって、今でもうちの島の漁師たちはこの島の近くでは漁をしないらしいっす」
「ああ、これだけ鉄が多けりゃ計器も狂うよな。そして今回、その神隠しのリストに俺と美岬も加わったって事かな」
「……たぶんそうっすよね。少なくともうちの島の人たちは絶対神隠しって思ってるっすね。うーん、昔話の裏事情をこんな形で知るなんて複雑っす」
「まあ現実なんてそんなもんさ。俺たちが生きて戻れば真相を明らかにできるしな。……あ、そうだ、じゃあ美岬はこの島の名前も知ってるんだよな?」
俺が訊ねると美岬はうなずいて教えてくれた。
「正式な名称かどうかは知らないっすけど、この島は、うちの島の人たちからは神島って呼ばれてるっすね」
【作者コメント】
赤鉄鉱の還元の説明で岳人は赤鉄鉱をFeOと説明していますが、これは美岬が分かりやすいようにあえて簡略化しています。厳密には赤鉄鉱の化学式はFe2O3です。
赤鉄鉱を炭素と一緒に加熱すると、まずは磁鉄鉱(Fe3O4)に変わり、そのまま還元を続けると酸化第一鉄(FeO)を経て銑鉄(Fe)となります。ちなみに赤鉄鉱も磁鉄鉱も酸化第一鉄も全部同じ酸化鉄というカテゴリーになります。
還元された銑鉄には炭素が多く混ざっているので、堅いですが砕けやすいという特徴があります。この銑鉄を白熱するまで熱して、叩いて延ばして折り畳むという工程を繰り返すうちに混ざっている炭素が叩き出されて炭素含有量が下がり、強さと柔軟さを備えた鋼になります。
還元処理は現代では基本的に石炭を使いますが、木炭を使った低温(といっても数百℃)で処理すると炭素があまり混ざらない高品質な鋼になります。昔ながらのたたら製鉄は木炭を使うので、そこで生まれた玉鋼で鍛えた日本刀の品質が高かったのはこういう理由によります。
「この赤い石が全部、鉄鉱石ってマジすか。この辺の崖とか鉄だらけじゃないっすか! 鉄ってこんなに都合よくゴロゴロしてるもんなんすか?」
「ああ。火山だとこういうのも珍しくはないぞ。そもそも鉄って地球で最も埋蔵量の多い金属だからな。地球の中心部には溶けた鉄が回っていてそれが磁場を形成してるって授業で習わなかったか? 火山だとその溶けた鉄がマグマとして地表に出てくるから鉄鉱床が多いんだ」
「習ったっすね。そっか、石器を作ってる時にいずれは鉄器時代まで進めたいって言ってたのは、鉄があるって分かってたからなんすね」
「……何気ない会話の内容をよく覚えてるな。だがまあそういうことだ」
しゃべりながら林と崖の間の平地を横切って崖に近づけば、期待していたよりも品質の良さそうな赤鉄鉱がそこらじゅうに落ちている。
「どういうのが品質がいいって見分ける方法ってあるんすか?」
美岬の問いに答える為に手頃な赤鉄鉱を拾い上げる。
「こういうのがいいな。赤茶色の単色、表面にココアパウダーをまぶしたチョコ菓子みたいな見た目、質感は粘土を固めたみたいなざらっとした感じだ」
「ほーん。確かに見た目だけだとほんとにトリュフみたいっすね」
「酸化鉄ってのはようするに錆びた鉄だからな。元々は鉄の塊だった物がだんだん酸素と反応して酸化が進んで赤茶色に変わり、表面が風化して粉っぽくなってこうなるんだ。で、酸化することで鉄同士の分子結合が弱くなっているからこんな感じに簡単に粉々に砕けるんだが、この脆さこそが鉄の純度が高い証でもあるわけだ」
別の石とぶつければ赤鉄鉱はいとも簡単に砕け、擦り合わせれば粉々になる。
「なるほど。この酸化鉄は溶かせば普通の鉄として使えるようになるんすか?」
「いや、鉄として使えるようにするにはまずは還元させて銑鉄という状態にする必要があるな」
「……なんか事も無げに言ってるっすけど、それって簡単にできるんすか?」
「手間はかかるが還元作業そのものは簡単だぞ。少量なら粉々に砕いた赤鉄鉱と木炭の粉と混ぜ合わせて、それを土器みたいな耐熱容器に入れてかまどの中で蒸し焼きにするだけでもできるからな」
「え? え? どういうことっすか? なんでそれで還元できるのかアホの子のあたしにも分かるように説明してほしいっす」
「んー……木炭は炭素だから元素記号はCだな。鉄はFeで酸素はOだから酸化鉄──赤鉄鉱はFeOになる。ここまでは大丈夫か?」
「あい。まだ大丈夫っす」
「赤鉄鉱と木炭を粉々にして混ぜただけでは化学反応は起きないんだが、これを加熱すると化学反応が起きて、炭素(C)が酸化鉄(FeO)から酸素(O)を奪って結合して二酸化炭素(CO2)になって排出されて、鉄(Fe)が残る。この残った鉄が銑鉄だ」
「おお、なるほど! そういうことっすか。理解できたっす」
「ただなぁ、この作業は時間がかかるから、やるならある程度まとまった量を一度に処理したいんだよな。そうなると木炭も大量に必要になるからまずは木炭作りも先にしなきゃいけないし、製鉄炉──たたらも作らなきゃいけないからすぐには無理だ。だから今日は良質な赤鉄鉱があるってことを確認できただけで良しとしよう」
「あー、そっすよね。現状は石器でもなんとかなってるっすから鉄へのグレードアップより先に土器をなんとかしたいっすよね。煮炊き用の鍋とか、皿とかコップなんかの食器も欲しいっす」
「だな。まあ土を50㌢も掘れば粘土層があるのは分かってるんだが、それが地面に露出してる場所の方が採集しやすいからできればそういう採集ポイントを見つけたいよな」
「確かにそっちの方がだんぜん楽っすよね。そういう場所ってどうやって見つけるんすか?」
「断層がずれて段差が出来てる場所とか、自然隆起した小山とか、水が流れてて表土が流されている場所なんかに粘土層が露出してる場所は見つけやすいな」
「……あ、じゃあ小川の川床とか川縁は?」
「それは俺も考えてた。湿地帯までいくと粘土に腐葉土や砂も混ざった泥になってるけど、流れがあるところの川床や川縁は質のいい粘土が採れると思うんだよな」
「じゃあせっかくだから偵察に行きましょっす」
「そだな。行ってみるか」
赤鉄鉱の鉱床のある崖から再び林に戻り、林の中央を流れる小川に向かって歩いていく途中でまだ熟れた実が成っている桑の木を見つけたので、桑の実を採集して摘まみ食いしながら休憩する。
「甘味は貴重だから嬉しいっすね」
「そうだな。時期的にはちょっと遅めだがまだ残っててよかったな」
「なんか、小川の向こうとこっちでは微妙に木の種類が違うっすね。向こうはスダジイばっかりだったっすけど、こっちはそれだけじゃなくて普通の雑木林って感じで種類が多いっすよ」
美岬にそう言われて違和感に気付く。美岬の言う通り、俺たちの拠点がある小川の向こう側はほとんどスダジイばかりだが、今いる小川のこちら側はスダジイはもちろんだが桑やモチノキやキハダなどの樹木に加えて木に巻き付いた蔓植物も多い。
「……む、確かにそうだな。むしろこっちの色々な木が雑ざっている方が本来自然なんだよな。……ということは、スダジイばかりになっている川の向こうは……」
「人の手が入ってるってことっすかね?」
「うーん、必ずしもそうとも言い切れないがその可能性もあるのか。ただ、植えたにしてもその後で手を入れた痕跡は無いんだよな。切り株とか」
「入植しようとして植えたけどやっぱりやめたとか?」
「それはあるかもな。この箱庭は住むのにはいいし、鉄鉱床もあるし、もしかしたら他にも地下資源があるかもしれないから資源地として開拓しようとした人間が過去にいても不思議ではないと思うが……如何せんアクセスが悪すぎるからな」
「トンネルを通れるのが大潮の干潮時だけじゃあほとんど運び出せないっすよね」
「それも外海が荒れてたら難しいしな」
「それもそっすね」
「……むしろ、もしこの島、というかこの箱庭を過去に開拓しようとした人間がいるとするなら近隣の島の住人の可能性が高いよな。美岬の島にはそういう昔話は伝わってないのか? 普通では辿り着けない島で、この世のものとも思えない美しさでお宝が隠されている──的な感じで」
「…………」
何気なく訊いた瞬間に美岬がハッとしたように考え込む。
「どうした?」
「……ヤバい。あたし、もしかしたらこの島の正体に気づいてしまったかもっす」
「心当たりがあったか」
「浦島太郎の昔話があるじゃないっすか。実は、うちの島にはそれの元になったという伝承があるんすよね」
「どんな?」
「昔、うちの島を治めていた豪族で浦嶋子という人がいたらしいんすよね。その人がある時、嵐で遭難してある島に辿り着いたそうなんすけど、崖で囲まれて上陸できなくて神仏に祈ったら突然道が拓けて島に入れたそうなんす。そこには海の守り神の竜神さまがいて、浦嶋子はそこでもてなしを受けたそうっす。竜神さまは浦嶋子を送り出すときにたくさんの宝物をくれて、浦嶋子は島に竜神さまを祭る社を建てて祀ったという話なんすけど……」
「うん。なんというかどう考えてもこの島だよな。そうか、ここは竜宮城のモデルだったのか」
「一応、話には続きがあって、浦嶋子はその後も竜神さまに会うために何度か島に行ってその度にたくさんの宝物をお土産にもらって帰ってきたそうなんすけど、最後は年を取って亡くなり、その後、島に近づいた人間が次々に神隠しに遭うようになって、竜神さまが浦嶋子を探しているんだと云われるようになって、その島には神隠しを畏れて誰も近づかなくなったそうな、という感じで終わるんす」
「あー、なんか何が起きたのかだいたい分かるな」
浦嶋子はこの島の秘密を自分だけのものにしたまま亡くなって、後に続こうとした連中はことごとく遭難したということだろうな。
「そっすね。今でも漁師たちはこの島には近づかないっすし、そもそもこの島全体が今では神域扱いになっててヘリコプターなんかも上空を飛ばないようになってるらしいっす」
「今もそうなのか」
「ばあちゃんから聞いた話だと、この島の近くだと計器が狂っちゃうらしくて大戦中にも飛行機がこの辺りでよく墜ちたらしいっすね。そういう話に加えて、あたしのばあちゃんの弟にあたる大叔父、あたしは直接会ったことはないっすけど、その人がこの島の近くで漁をしていて神隠しで行方不明になったって事件が20年ぐらい前にあって、今でもうちの島の漁師たちはこの島の近くでは漁をしないらしいっす」
「ああ、これだけ鉄が多けりゃ計器も狂うよな。そして今回、その神隠しのリストに俺と美岬も加わったって事かな」
「……たぶんそうっすよね。少なくともうちの島の人たちは絶対神隠しって思ってるっすね。うーん、昔話の裏事情をこんな形で知るなんて複雑っす」
「まあ現実なんてそんなもんさ。俺たちが生きて戻れば真相を明らかにできるしな。……あ、そうだ、じゃあ美岬はこの島の名前も知ってるんだよな?」
俺が訊ねると美岬はうなずいて教えてくれた。
「正式な名称かどうかは知らないっすけど、この島は、うちの島の人たちからは神島って呼ばれてるっすね」
【作者コメント】
赤鉄鉱の還元の説明で岳人は赤鉄鉱をFeOと説明していますが、これは美岬が分かりやすいようにあえて簡略化しています。厳密には赤鉄鉱の化学式はFe2O3です。
赤鉄鉱を炭素と一緒に加熱すると、まずは磁鉄鉱(Fe3O4)に変わり、そのまま還元を続けると酸化第一鉄(FeO)を経て銑鉄(Fe)となります。ちなみに赤鉄鉱も磁鉄鉱も酸化第一鉄も全部同じ酸化鉄というカテゴリーになります。
還元された銑鉄には炭素が多く混ざっているので、堅いですが砕けやすいという特徴があります。この銑鉄を白熱するまで熱して、叩いて延ばして折り畳むという工程を繰り返すうちに混ざっている炭素が叩き出されて炭素含有量が下がり、強さと柔軟さを備えた鋼になります。
還元処理は現代では基本的に石炭を使いますが、木炭を使った低温(といっても数百℃)で処理すると炭素があまり混ざらない高品質な鋼になります。昔ながらのたたら製鉄は木炭を使うので、そこで生まれた玉鋼で鍛えた日本刀の品質が高かったのはこういう理由によります。
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そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。
同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。
※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。
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