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箱庭スローライフ編
第86話 9日目②おっさんはドングリ茶を淹れる
しおりを挟む「……で、このスコップではなにやってるんすか?」
と気を取りなおした美岬が今しがたまで煎っていたスコップのスダジイの殻について訊いてくる。
「スダジイの殻を煎ってるんだ。これを煮出すといいお茶になるからな」
「ほー、なんか香ばしそうっすね。玄米茶みたいな感じになるんすかね?」
「いや、かなり意外な風味だと思うぞ。まあ飲んでのお楽しみだな」
「えー? そんなこと言われたら期待高まるっすね」
「これはあとでな。さあ食べようか」
テーブル代わりのクーラーボックスの上にモヤシと炒め物を盛り付けた皿を置き、別の皿にカレーをよそって美岬に手渡す。
「ほわぁ。カレーの匂いは空腹に堪えるっすねぇ」
「はい、箸とスプーン。どうぞおあがり」
「わぁいっ! いただきまっす!」
手を合わせてさっそくカレーを口に運び、んんーっと至福の表情で目を瞑ってしばし固まる美岬。
「…………うー、ご飯が欲しい。真っ白いご飯が欲しいっすよぅ」
「……ほんとそれな。ご飯の代わりにはならんが、モヤシや炒め野菜と一緒に食べるのも旨いぞ」
「え、じゃあさっそく」
美岬が箸で摘まんだモヤシとスプーンで掬ったカレーを一緒に口に含み、シャクシャクと咀嚼していく。
「おぉ、生のモヤシの歯応えと濃厚なカレーの味がいい感じにマッチするっすねぇ。……およ? このコリコリした食感はドングリっすか?」
「おう。ちょっと栄養バランスを考えてカレーに足した。栗やドングリにはビタミンB1が多く含まれてるからな。ビタミンB1が不足すると疲れやすくなるし、その状況が長く続くと脚気になるからその予防だな」
「なるほど。普通に合うっすね。そういえば今日は採集メインでやるんでしたっけ?」
「そうだな。そうしたいところだが、毎日やらなきゃいけない作業もあるからとりあえず午前中はそっちを優先して片付けて、午後から採集と探索をするのがいいかな」
「あ、そっすね。じゃあ、あたしは午前中は畑の植物の世話をやっちゃうっすね」
「なら俺は、今日の分の葛の蔓の採集と下茹で、それと昨日から発酵させてある蔓を洗って葛緒にして干すぐらいまでをやっとくかな。あ、今日は朝メシ食ってるから昼メシは無しな」
「了解っす。とりま、カレーおかわり欲しいっす」
「おう。大コッヘルを空けたいからこのカレーは今回で食べきるぞ」
元々昨晩の残りで大コッヘルの半分ぐらいしかないから2人で綺麗に平らげる。
食事に使った食器や器具を洗ってから臥せて自然に乾くに任せ、俺は立ち上がって大きく伸びをした。
「ん……ふぅ。さて、腹も膨れたところで仕事にかかるとするかぁ」
今朝は起きるのが遅かった上に一から火を起こして食事をしていたので時間はすでに9時を回っており、太陽も崖の上に出て燦々と照り輝いている。
「あいあい。いっちょやりますか。……ねぇダーリン、なにか忘れてないっすか?」
一緒に立ち上がった美岬がくいくいっと俺のシャツの裾を引っ張り、振り向けば目を閉じて顔を上げ、んっと唇を突きだしてきた。
「忘れるもなにも、そもそもそんな約束ごとなんてしてないだろ」
そう返しながらも指を美岬の顎に添えながら軽く唇を重ねる。
「んふ。そんなこと言いながらもちゃんと応えてくれる、そういうとこも好きっすよ」
嬉しそうにはにかむ美岬があまりに可愛くて、つい引き寄せてぎゅっと抱き締めてしまった。
「そういう可愛いこと言われるとこれから別行動なのに離したくなくなるから困る」
「えへへ……困らせちゃったっすか。それは申し訳ないっす」
ぜんぜん申し訳ないと思ってなさそうな美岬もまた俺の背中に両手を回してぎゅっとハグを返してくる。
そのまましばらく抱き合っていたが、そのままではらちが明かないので名残惜しいと感じつつも離れてそれぞれの活動を始める。
美岬は再び鍬を担いで畑に向かい、俺は葛の蔓を採集するために葛の群生地に向かった。
葛の蔓の採集と下処理ももう3日目なのですっかり慣れたものだ。手早く採集を終わらせて拠点に戻り、いつもの下処理──食用になる新芽、代用トイレットペーパーや茶の材料になる葉を取り外して、残った蔓を大コッヘルにすっぽり収まるサイズのリース状に巻く作業──をして、木灰を混ぜた湯で1巻きのリースあたり20分くらい茹でていく。
茹で上がるのを待つ隙間時間を活用して、昨日試作実験を経て十分な実用性を実証した釣り針の量産も始める。
適度な長さで切った針金の先端を折り返して、赤熱させて叩いて尖らせて『返し』をまず作り、それから針金を曲げて釣り針の形に整え、釣り針全体を赤熱させて軽く叩いて鍛え、水に落として急速冷却で火入れして硬くし、少しの弾力性を持たせる為に焼きなまして自然冷却で冷まし、硬さと弾力のバランスが良ければ先端を砥石で尖らせて完成だ。
今回は量産なので1本ずつ作るのではなく、最初から針金を5本切り出して同時進行で作っていったので作業効率も良く、今日採集してきた5本の葛の蔓を茹で終えるまでには5本の釣り針を完成させることができた。
茹で上がった葛の蔓を小川のそばの発酵槽に運び入れ、入れ替えで昨日から発酵させてあった4本分の葛の蔓を出し、リースをほどいて並べた蔓の中心部分を握って小川に入って流れに漂わせながらドロドロの表皮を洗い落とす。1人でやるのはちょっと大変なのだが、俺が小川に向かうのを見ていた美岬が応援に来てくれたのでその後はスムーズに進む。
洗い終わった葛の蔓を内皮と芯に分け、内皮を小川の流れの中で裂いてほぐして葛緒にして、近くの木の枝に掛けて夜まで干す。
だいたいここまでが午前中の作業である。午後からは採集と探索なのでそこまで汗だくにはならないだろうということで、2人で交代で小川で水浴びをすることにした。
今日は俺が先に水浴びをして、ついでにペットボトルと水筒に水を汲んで拠点に戻って美岬に声をかけ、着替えを持って小川に向かう美岬を見送り、かまどの火を起こして大コッヘルに水と朝煎ったスダジイの殻を入れて煮出していく。
殻から溶け出した赤茶けた色が湯を染めていき、まるで黒ウーロン茶か薄めのコーヒーのような色になる。
「ただいまぁーっす。さっぱりしたっすけどやっぱり水が冷たいっすねぇ」
「おかえり。そうだろうと思って温かいお茶を準備しといたから飲んで温まりな」
「……む、もしや、ガクさんが先に水浴びをしたがったのは、身体を冷して戻ってきたあたしに温かいお茶を準備するためだったんすか?」
「そういうことは気づいてもわざわざ言わすなよ。照れるだろ」
「おうふっ。彼氏がスパダリすぎてキュン死にしそうっす」
「はいはい。とりあえず火のそばに座りな」
美岬をかまどに近づけた椅子に座らせ、ハマグリの湯呑みに注いだドングリの殻茶を渡す。
「あざます。これ……朝煎ってたスダジイの殻のお茶っすか?」
「おう。なかなかしっかりと色が出てるだろ? とりあえず飲んでみな」
「あい。……ずずっ。……え? あれ? これなんか飲んだことある味っすよ。なんだっけ?」
ドングリ茶を一口啜った美岬がキョトンとして首を傾げる。
「うまいだろ?」
「美味しいっすけど……なんかこの辺まで出てきてるんすけど、出てこなくてモニョるっす。ウーロンじゃないしプーアルでもないしキーマンでもないし……あ、ルイボスティー! これルイボスティーの味じゃないっすか!」
「正解。ドングリの殻を煎って煮出すとなぜかルイボスティーとよく似た味になるんだよな」
「ほわぁ。子供の頃はこの独特の癖が好きじゃなかったっすけど、高校生になってからはなんか好きになって時々ペットボトルで買って飲んでたっすよ。ルイボスティーって原料ドングリなんすか?」
「いや、違うぞ。ルイボスは南アフリカの乾燥地帯にだけ生育している植物の葉から作られる茶だ。味が似てるのはただの偶然だな」
「そうなんすねー。でも、好きな飲み物に似ているものが飲めるのは嬉しいっすね。あとはコーヒーが飲めると最高っすけど」
「コーヒーか。それは準備が整うまでもうちょい待て。一応当てはあるから」
「あ・る・ん・す・か! もー、ガクさんってどれだけ引き出しがあるんすか?」
「まあ、俺の場合シェルパ谷川として活動していた頃に色々試す機会があったからな」
「ああ、なるほど。そういえば『ぶらり旅日記』で色々やってたっすよね。ふふ、コーヒーめっちゃ楽しみっす」
俺もコーヒーを飲みたかったのだがあくまで嗜好品だからと後回しにしていた。だが美岬も飲みたがってるとなれば話は別だ。なるべく早くコーヒーを飲めるように準備するとしよう。
【作者コメント】
ドングリの殻をローストしてお茶にするのは作者が自ら実験したものです。驚くぐらいルイボスティーに似ていたので是非とも本編にも登場させたいと思っていました。
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