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箱庭スローライフ編
第82話 8日目⑩おっさんは星空を見上げる
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葛緒の長さはおよそ4㍍ほどあるが、真ん中の部分だけは繊維を解していないので、そこだけ5本分の内皮がそのままの形で残っており、その両端から素麺ぐらいの太さまで解された葛緒の束が2㍍ずつ伸びている状態だ。
葛緒を1本千切って手に持つ。
「この通り、葛緒の状態だとまだ手で簡単に切れるぐらいの強度なんだが、何本か束ねて撚ることで強い糸にできるわけだな。撚って完成品の糸にするのはまた別の日にやるとして、今夜は葛緒同士を繋いで長くして、それを紡錘に巻きつけるところまでは終わらせよう」
「あいあいっ! ちなみに葛緒同士はどうやって繋ぐんすか?」
「一応、伝統的な葛緒を繋ぐ方法として『葛緒結び』という結び方もあるんだが、今からやるのは俺の我流だ」
「ほほう。さしずめ『谷川結び』ってわけっすね」
「その通り。正式名称は時短手抜適当流・谷川結びという」
「かっけぇ」
「……まあ冗談はさておき、この2㍍ぐらいの葛緒の両端を弛く結んで輪にして、その輪に次の葛緒を通して同じように輪にして繋げていく……ようは鎖にしていくわけだな」
「なるほど。イメージは出来たっす。ちなみに弛く結ぶのはなんでっすか? 固く結んだらダメなんすか?」
「固く結ぶと、その結び目が瘤になるから糸にした時に邪魔になるのと、固い結び目は繊維に負担をかけるからそこから切れやすくなるんだよ」
「へー、強く結べばいいってもんでもないんすね」
「そういうことだ。とりあえず仮止めぐらいの感覚で弛く結んで、でもそれだけだとほどけやすいから、その場所だけ何回かねじって撚《よ》っておけばちょっと引っ張ったぐらいじゃほどけなくなるからそんな感じでどんどん繋げて巻いていこう」
まずは最初に手に取った2㍍の葛緒を輪にして、向かい合った両端を弛く結び、結んだ箇所を何回かねじってほどけないようにする。俺の真似をして美岬も同じように葛緒を輪にする。
「こんな感じっすね?」
「ああ、それでいい。じゃあそれを紡錘に結びつけて巻いていこう。巻きの向きは揃えた方がいいから、紡錘を左手に持った状態で時計回り巻いていくようにな」
「あいあい」
葛緒の輪をまっすぐにすれば1㍍ぐらいの紐状になるから、それを紡錘に結んでくるくると巻きつけていき、残りが少なくなったところで次の葛緒の輪を繋げてそのまま巻きつけていき、残りが少なくなったらまた次の葛緒を繋げて巻きつけていく、というのを繰り返していく。
これ自体は何も難しくない単純作業だから美岬もすぐに慣れてどんどんこなしていき、作業をしながらしゃべる余裕もある。
「この状態はまだ糸じゃないっすよね。この葛緒を糸にするために繋げて紡錘に巻いた段階の名称って無いんすか?」
「無いなー。もしかするとあるのかもしれんが俺は知らんな。そもそも葛を糸にすることが日本ではまず無いからな。静岡の伝統工芸品の葛布の場合は葛緒を糸にせずにそのまま織って布に加工するのが普通だし。その織りの前段階の葛緒の束なら『つぐり』と呼ばれてるけどな」
「生糸とはまた違うんすかね?」
生糸というのは蚕の繭を茹でてほどけた長い繊維を巻いたもので、絹糸の前段階に当たるものだ。
「まあ状態としては確かに生糸に近いけど、生糸という言葉そのものが絹にしか使わないからな。俺たちが便宜上これをここで生糸と呼ぶのはありだけど」
「じゃあ生糸と呼んじゃいましょう。この状態の名称は絶対にあった方が便利っすよ。これからは葛緒を生糸にするって言われればそれで通じるわけっすし」
「そうだな。おっけ、じゃあこの紡錘に巻いた状態はこれから『生糸』と呼ぶことにするか」
そんな感じで駄弁りつつも手は動かし続けてこの作業を進めていく。
最終的に5本分の葛緒から、紡錘に巻きつけた40㍍ほどの生糸を2本作ることができた。
美岬が大きく伸びをする。
「んん~。ノルマ達成っすねー! ふわぁ……今、何時っすか?」
「お疲れ。23時前だな。もうそろそろ眠くなってきたんじゃないか?」
「そっすね。でも寝る前に身体を拭いてスッキリしたいんでちょっと小川まで行ってくるっす。ガクさんは?」
「ん。じゃあ美岬が戻ってきてから交代で小川に行くとするかな。それまでこの辺を片付けとくから行ってきな」
「ふわぁい。お先っす」
美岬が一度拠点に入って着替えを持って小川に向かうのを見送り、かまど周辺の片付けを進めていく。
晩メシで使いそびれたアク抜きをした葛の芽が入ったビニール袋の存在に気付き、水気を絞ってからビニール袋の中で出汁醤油に絡めてそのままクーラーボックスに入れておく。明日の朝、そのままお浸しとして食べてもいいし、刻んだチクワと一緒に炒めてもいい。
片付けが一段落ついても美岬はまだ戻ってきていないので、なんとなく思い立ち、かまど周辺のウッドキャンドルの火灯りで照らされている範囲から出て砂浜の波打ち際まで歩いていく。
満天の星と崖の上に昇り始めたレモンのような月の淡い光が、歩くのに不自由しない程度に周囲を照らしていて、風もなく凪いだ内湾の海面がまるで鏡のように夜空を写し、現実離れした幻想的なまでの美しさを湛えていて、その情景に思わず見入ってしまう。
──サク……サク……
砂を踏む足音に振り向くと、まだしっとりと濡れた髪の美岬が近づいてきていた。
「おう、おかえり」
「ただいまっす。……どしたんすか? こんなところで」
「ん……まあ別に理由はないけど、なんとなく夜空が見たくなってな。……今までなんだかんだでのんびり夜空を眺める余裕もなかったが、すごい星だな」
俺の隣に立って同じように上を見上げた美岬が感嘆の声を上げる。
「ほわぁ……確かに、すっごい星空っすね。うちの実家の島も星空は綺麗っすけど、それでも多少は街灯や民家の明かりもあるんでこれほどの星空にはならないっす。……あの筏での漂流初日の夜空を思い出すっすね。あの日も今日と同じようなレモンみたいな月だったっすよね」
「ああ、そういえばそうだったな。満月ほどじゃないちょうどいい月明かりだったから星もよく見えてたんだよな」
「今夜も天の川がすごくハッキリ見えてるっすね」
空気が汚れていたり周囲に明かりがあると白っぽいモヤのようにしか見えない天の川も、今夜は構成する小さな星々さえも見分けることができる。
「これだけ空気が綺麗で邪魔な明かりが無い状態だと、星座に含まれない小さい星まではっきり見えてるから、逆に星座が判別しにくくなるな」
「そっすねー。……でも、文明から切り離されたこの島からでも星座の形が変わらないのは、なんかホッとするっす」
「そうだな。見慣れたものがあるって安心感は大きいな」
「北極星って北斗七星とカシオペア座の間にあるんでしたっけ?」
「ああ。北斗七星の柄杓の杓の方の最初の2つの星、α星ドゥーべとβ星メラクを結んだ線をドゥーべ方向に5倍くらい延長したあたりにあるあれが北極星だな」
「……おー、あれっすかぁ。一番有名な星なのに意外と目立って明るい星じゃないんすね」
「そうなんだよ。北極星は明るさの等級では2等星だからちょっと探さないと見つからないんだよな。だが夜にコンパス無しで方角を知るためにはやっぱり北極星を探すのが一番手っ取り早くはあるんだ。北斗七星とカシオペア座という分かりやすい目印もあるし。俺たちもいずれこの島を出て行く時にはお世話になることになるだろうな」
「あー、そっか。今って一応トンネルが塞がってて箱庭に閉じ込められてる状態っすけど、またトンネルが通れるようになって、この島から出れたとしても、方角が分からなかったり、そもそも目指す方向に進んでいけないなら結局のところただの漂流者に逆戻りで、今よりも状況悪化するだけなんすよね」
「そういうことだな。この島には生きていくのに必要なものは十分にあるんだから、早く帰りたいと焦って準備不足で出ていくのは完全に悪手になるな」
「急がば回れっすね。あたしも見切り発車は良くないと思うっす。むしろ賭け金が自分の命なんだから石橋を叩くぐらいでちょうどいいと思うっす。……あ、でもあたしはダーリンが一緒ならどんな状況でも乗り越えていけるって信じてるっすけどね」
そう言いながら美岬がそっと寄り添って俺の手を握ってくる。俺も恋人繋ぎで握り返す。
「それは俺も同じだ。美岬がいてくれているから俺も頑張れるんだ。物事にタラレバはないが、もし俺が一人で漂流してたら、例え生き延びるのに必要なものは持っててもさっさと諦めてた可能性は高かっただろうな。……たった一人の家族を亡くしたばかりで全然立ち直れてなかった俺が生にしがみつけたとは思えんしな」
「……もう、そんな気はないっすよね」
「当たり前だ。こんな可愛い嫁を残して死ねるわけないだろ。石にかじりついてでも生き延びてみせるさ。もちろん、美岬が死んだ場合はその限りではないが」
「……ちょ、あたしが死んだら後追いする気満々じゃないっすか。愛が重いっすよ」
「……もうな、これ以上愛する者の死には耐えられそうになくてなぁ。ま、美岬が天寿を全うしてくれればいいだけの話だから」
「…………もぅ、そういう言い方はずるいっす。ダメって言えないじゃないっすか」
そう言いながら抱きついてきた美岬をしっかりと抱き締める。柔らかくて温かくてこれ以上ないぐらいに生を実感させてくれる愛しい存在。そんな彼女を腕の中に感じながら、絶対に守り抜く、と決意を新たにする。
「……二人でしっかり長生きしましょうね、ダーリン」
「ああ。これからもずっと一緒だ」
夜空を一条の流れ星がツーッと駆け抜けていく。誰が言い出したか、流れ星が消えるまでに願い事を唱えれば叶うなどといった戯言など信じてはいない。だが願わくば、これから先も美岬と二人でずっと一緒に年を重ねて、今のこの漂流生活を振り返って懐かしみ、思い出話に花を咲かせるような日々に至りたい、とそう思った。
【作者コメント】
葛緒(葛苧という字を当てる場合もある)を鎖状に繋いで、それを撚って糸にする方法は、作者が実際に葛緒を使ってなるべく簡単で丈夫な連結方法を模索してたどり着いた方法です。輪と輪を繋ぐ方法は鎖式だけでなくチチワ式でもいいです。むしろチチワ式の方が簡単で丈夫なのですが、チチワ式を文章だけで、それも岳人と美岬の会話文の中で説明するのは難しくて断念しました。
あとついでに蛇足的な説明を加えますが、アルファ星というのは1つの星座を構成する星々の中で一番明るい星で、ベータ星というのは二番目に明るい星です。ギリシャ語のアルファベッド順ですね。
葛緒を1本千切って手に持つ。
「この通り、葛緒の状態だとまだ手で簡単に切れるぐらいの強度なんだが、何本か束ねて撚ることで強い糸にできるわけだな。撚って完成品の糸にするのはまた別の日にやるとして、今夜は葛緒同士を繋いで長くして、それを紡錘に巻きつけるところまでは終わらせよう」
「あいあいっ! ちなみに葛緒同士はどうやって繋ぐんすか?」
「一応、伝統的な葛緒を繋ぐ方法として『葛緒結び』という結び方もあるんだが、今からやるのは俺の我流だ」
「ほほう。さしずめ『谷川結び』ってわけっすね」
「その通り。正式名称は時短手抜適当流・谷川結びという」
「かっけぇ」
「……まあ冗談はさておき、この2㍍ぐらいの葛緒の両端を弛く結んで輪にして、その輪に次の葛緒を通して同じように輪にして繋げていく……ようは鎖にしていくわけだな」
「なるほど。イメージは出来たっす。ちなみに弛く結ぶのはなんでっすか? 固く結んだらダメなんすか?」
「固く結ぶと、その結び目が瘤になるから糸にした時に邪魔になるのと、固い結び目は繊維に負担をかけるからそこから切れやすくなるんだよ」
「へー、強く結べばいいってもんでもないんすね」
「そういうことだ。とりあえず仮止めぐらいの感覚で弛く結んで、でもそれだけだとほどけやすいから、その場所だけ何回かねじって撚《よ》っておけばちょっと引っ張ったぐらいじゃほどけなくなるからそんな感じでどんどん繋げて巻いていこう」
まずは最初に手に取った2㍍の葛緒を輪にして、向かい合った両端を弛く結び、結んだ箇所を何回かねじってほどけないようにする。俺の真似をして美岬も同じように葛緒を輪にする。
「こんな感じっすね?」
「ああ、それでいい。じゃあそれを紡錘に結びつけて巻いていこう。巻きの向きは揃えた方がいいから、紡錘を左手に持った状態で時計回り巻いていくようにな」
「あいあい」
葛緒の輪をまっすぐにすれば1㍍ぐらいの紐状になるから、それを紡錘に結んでくるくると巻きつけていき、残りが少なくなったところで次の葛緒の輪を繋げてそのまま巻きつけていき、残りが少なくなったらまた次の葛緒を繋げて巻きつけていく、というのを繰り返していく。
これ自体は何も難しくない単純作業だから美岬もすぐに慣れてどんどんこなしていき、作業をしながらしゃべる余裕もある。
「この状態はまだ糸じゃないっすよね。この葛緒を糸にするために繋げて紡錘に巻いた段階の名称って無いんすか?」
「無いなー。もしかするとあるのかもしれんが俺は知らんな。そもそも葛を糸にすることが日本ではまず無いからな。静岡の伝統工芸品の葛布の場合は葛緒を糸にせずにそのまま織って布に加工するのが普通だし。その織りの前段階の葛緒の束なら『つぐり』と呼ばれてるけどな」
「生糸とはまた違うんすかね?」
生糸というのは蚕の繭を茹でてほどけた長い繊維を巻いたもので、絹糸の前段階に当たるものだ。
「まあ状態としては確かに生糸に近いけど、生糸という言葉そのものが絹にしか使わないからな。俺たちが便宜上これをここで生糸と呼ぶのはありだけど」
「じゃあ生糸と呼んじゃいましょう。この状態の名称は絶対にあった方が便利っすよ。これからは葛緒を生糸にするって言われればそれで通じるわけっすし」
「そうだな。おっけ、じゃあこの紡錘に巻いた状態はこれから『生糸』と呼ぶことにするか」
そんな感じで駄弁りつつも手は動かし続けてこの作業を進めていく。
最終的に5本分の葛緒から、紡錘に巻きつけた40㍍ほどの生糸を2本作ることができた。
美岬が大きく伸びをする。
「んん~。ノルマ達成っすねー! ふわぁ……今、何時っすか?」
「お疲れ。23時前だな。もうそろそろ眠くなってきたんじゃないか?」
「そっすね。でも寝る前に身体を拭いてスッキリしたいんでちょっと小川まで行ってくるっす。ガクさんは?」
「ん。じゃあ美岬が戻ってきてから交代で小川に行くとするかな。それまでこの辺を片付けとくから行ってきな」
「ふわぁい。お先っす」
美岬が一度拠点に入って着替えを持って小川に向かうのを見送り、かまど周辺の片付けを進めていく。
晩メシで使いそびれたアク抜きをした葛の芽が入ったビニール袋の存在に気付き、水気を絞ってからビニール袋の中で出汁醤油に絡めてそのままクーラーボックスに入れておく。明日の朝、そのままお浸しとして食べてもいいし、刻んだチクワと一緒に炒めてもいい。
片付けが一段落ついても美岬はまだ戻ってきていないので、なんとなく思い立ち、かまど周辺のウッドキャンドルの火灯りで照らされている範囲から出て砂浜の波打ち際まで歩いていく。
満天の星と崖の上に昇り始めたレモンのような月の淡い光が、歩くのに不自由しない程度に周囲を照らしていて、風もなく凪いだ内湾の海面がまるで鏡のように夜空を写し、現実離れした幻想的なまでの美しさを湛えていて、その情景に思わず見入ってしまう。
──サク……サク……
砂を踏む足音に振り向くと、まだしっとりと濡れた髪の美岬が近づいてきていた。
「おう、おかえり」
「ただいまっす。……どしたんすか? こんなところで」
「ん……まあ別に理由はないけど、なんとなく夜空が見たくなってな。……今までなんだかんだでのんびり夜空を眺める余裕もなかったが、すごい星だな」
俺の隣に立って同じように上を見上げた美岬が感嘆の声を上げる。
「ほわぁ……確かに、すっごい星空っすね。うちの実家の島も星空は綺麗っすけど、それでも多少は街灯や民家の明かりもあるんでこれほどの星空にはならないっす。……あの筏での漂流初日の夜空を思い出すっすね。あの日も今日と同じようなレモンみたいな月だったっすよね」
「ああ、そういえばそうだったな。満月ほどじゃないちょうどいい月明かりだったから星もよく見えてたんだよな」
「今夜も天の川がすごくハッキリ見えてるっすね」
空気が汚れていたり周囲に明かりがあると白っぽいモヤのようにしか見えない天の川も、今夜は構成する小さな星々さえも見分けることができる。
「これだけ空気が綺麗で邪魔な明かりが無い状態だと、星座に含まれない小さい星まではっきり見えてるから、逆に星座が判別しにくくなるな」
「そっすねー。……でも、文明から切り離されたこの島からでも星座の形が変わらないのは、なんかホッとするっす」
「そうだな。見慣れたものがあるって安心感は大きいな」
「北極星って北斗七星とカシオペア座の間にあるんでしたっけ?」
「ああ。北斗七星の柄杓の杓の方の最初の2つの星、α星ドゥーべとβ星メラクを結んだ線をドゥーべ方向に5倍くらい延長したあたりにあるあれが北極星だな」
「……おー、あれっすかぁ。一番有名な星なのに意外と目立って明るい星じゃないんすね」
「そうなんだよ。北極星は明るさの等級では2等星だからちょっと探さないと見つからないんだよな。だが夜にコンパス無しで方角を知るためにはやっぱり北極星を探すのが一番手っ取り早くはあるんだ。北斗七星とカシオペア座という分かりやすい目印もあるし。俺たちもいずれこの島を出て行く時にはお世話になることになるだろうな」
「あー、そっか。今って一応トンネルが塞がってて箱庭に閉じ込められてる状態っすけど、またトンネルが通れるようになって、この島から出れたとしても、方角が分からなかったり、そもそも目指す方向に進んでいけないなら結局のところただの漂流者に逆戻りで、今よりも状況悪化するだけなんすよね」
「そういうことだな。この島には生きていくのに必要なものは十分にあるんだから、早く帰りたいと焦って準備不足で出ていくのは完全に悪手になるな」
「急がば回れっすね。あたしも見切り発車は良くないと思うっす。むしろ賭け金が自分の命なんだから石橋を叩くぐらいでちょうどいいと思うっす。……あ、でもあたしはダーリンが一緒ならどんな状況でも乗り越えていけるって信じてるっすけどね」
そう言いながら美岬がそっと寄り添って俺の手を握ってくる。俺も恋人繋ぎで握り返す。
「それは俺も同じだ。美岬がいてくれているから俺も頑張れるんだ。物事にタラレバはないが、もし俺が一人で漂流してたら、例え生き延びるのに必要なものは持っててもさっさと諦めてた可能性は高かっただろうな。……たった一人の家族を亡くしたばかりで全然立ち直れてなかった俺が生にしがみつけたとは思えんしな」
「……もう、そんな気はないっすよね」
「当たり前だ。こんな可愛い嫁を残して死ねるわけないだろ。石にかじりついてでも生き延びてみせるさ。もちろん、美岬が死んだ場合はその限りではないが」
「……ちょ、あたしが死んだら後追いする気満々じゃないっすか。愛が重いっすよ」
「……もうな、これ以上愛する者の死には耐えられそうになくてなぁ。ま、美岬が天寿を全うしてくれればいいだけの話だから」
「…………もぅ、そういう言い方はずるいっす。ダメって言えないじゃないっすか」
そう言いながら抱きついてきた美岬をしっかりと抱き締める。柔らかくて温かくてこれ以上ないぐらいに生を実感させてくれる愛しい存在。そんな彼女を腕の中に感じながら、絶対に守り抜く、と決意を新たにする。
「……二人でしっかり長生きしましょうね、ダーリン」
「ああ。これからもずっと一緒だ」
夜空を一条の流れ星がツーッと駆け抜けていく。誰が言い出したか、流れ星が消えるまでに願い事を唱えれば叶うなどといった戯言など信じてはいない。だが願わくば、これから先も美岬と二人でずっと一緒に年を重ねて、今のこの漂流生活を振り返って懐かしみ、思い出話に花を咲かせるような日々に至りたい、とそう思った。
【作者コメント】
葛緒(葛苧という字を当てる場合もある)を鎖状に繋いで、それを撚って糸にする方法は、作者が実際に葛緒を使ってなるべく簡単で丈夫な連結方法を模索してたどり着いた方法です。輪と輪を繋ぐ方法は鎖式だけでなくチチワ式でもいいです。むしろチチワ式の方が簡単で丈夫なのですが、チチワ式を文章だけで、それも岳人と美岬の会話文の中で説明するのは難しくて断念しました。
あとついでに蛇足的な説明を加えますが、アルファ星というのは1つの星座を構成する星々の中で一番明るい星で、ベータ星というのは二番目に明るい星です。ギリシャ語のアルファベッド順ですね。
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