上 下
78 / 225
箱庭スローライフ編

第78話 8日目⑥おっさんは釣りをする

しおりを挟む
 今の時刻は午後6時頃で、干潮のピークから4時間ぐらい過ぎているのでかなり潮が満ちてきている。干満のピークは潮止まりで魚が釣れにくくなるが、今みたいに満ちている途中で潮が動いている時というのは一番魚が釣れやすくなる。箱庭はすでに陰っているが、日が沈んで本格的に暗くなるまではまだ1時間ぐらいあるな。
 釣りをするなら岩場での穴釣りがいいだろう。岩の隙間の暗がりに潜む根魚なら、今回作ったような大きな釣り針で、かつ透明でない釣糸でも普通に釣れるはずだ。

 茹で上がった葛蔓を美岬と一緒に小川のそばの蒸らして発酵させる為の穴──発酵槽はっこうそうに運び入れ、昨日と同じく上から葦の葉を被せて蒸らし、その足で林に入り、釣竿用に長さが2㍍ぐらいで根本の太さが3㌢ぐらいの枝を1本切り出してきて一度拠点に戻る。

 釣竿は曲がっても簡単には折れない『しなり』が重要なので、乾いた枯れ枝ではなく生木から直接採ってきた。
 その枝にはまだ青葉や小枝が付いているので、ナイフで余分な物を切り落とし、削って釣竿の形を整えていく。
 それから裁縫セットに入れてあるPEラインを釣竿より少し長めで切り、片方を釣竿の先端に、反対側を釣り針に直接結ぶ。おもりは付けていないが、あくまでテストなので今回はいいだろう。

「餌はどうするっすか?」

「そうだなー……カメノテの生の剥き身でやってみるか」

「あ、それは良さそうっすね。エビやカニの仲間っすもんね」

 釣竿を美岬に持たせ、俺はスコップとクーラーボックスを持って岩場に向かう。まだ満潮のピークではないので、満潮ピーク時には海中に沈む岩が今はまだ剥き出しになっている。そういう場所にカメノテのコロニーはよくあるので、そんな岩の1つから手頃なコロニーをスコップで引き剥がしてクーラーボックスに入れて岩場に上がり、根魚が潜んでいそうな岩の隙間を探す。

「この辺りとかどうっすか?」

「いい感じだな。ちょっと試してみるか」

 岩と岩の隙間に海面があり、海中にも暗礁が立ち並んでいていかにも根魚が好みそうな場所を見つけたのでちょっと釣ってみることにする。

 カメノテの皮を手で剥いてピンク色の剥き身にして釣り針に刺す。針が大きいのでとりあえず2個つけて、これで釣りの準備は完了だが……。

「……美岬、やりたい?」

「やりたいっすっ!」

 ワクワクを隠しきれない美岬に初手は譲ることにする。

「おけおけ。じゃあやってみてくれ」

「あいあいっ!」

 美岬が竿を操って針を海面に落とす。おもりが付いてないので自然落下でゆらゆらとゆっくり沈んでいくのを目で追う。水の透明度が高いのでピンク色の餌がよく見えている。
 餌を沈ませながら、美岬が時々竿先をチョイチョイとしゃくり、餌を水中で踊らせて魚を誘う。
 そしてそのまま餌が岩陰の近くに沈んだ瞬間、岩陰から黒い魚影が飛び出してきて餌をくわえ、すぐに元の岩陰に戻ろうと身を翻した。

「お、食った!」

「おわっ! いきなりでかいのきたっすよ!」

 グイーンと竿が大きくしなり、美岬がその場に踏ん張って魚が岩陰に潜らないように引きとどめる。カサゴやソイなどの根魚は一度岩陰に逃げ込まれてしまうと狭い隙間でヒレを大きく広げて引きずり出されないように力一杯抵抗してくるので、いかに根に潜らせないかが重要だ。

 根に潜るのに失敗したその魚は抵抗しつつも引っ張り上げられてきてついに海面にその姿を見せる。全体的なシルエットはカサゴにも似ているがカサゴほど頭が大きくなく、色も灰色と黒のまだら模様で全体的に黒っぽい。サイズは30㌢は越えているが40㌢まではないぐらいか。

「クロソイか! なかなかでかいぞ。そのまま上げれるか?」

「たぶん! でもクーラーボックスは開けといてほしいっす」

「おっけ! よしこい!」

「お、重い。よいしょおっ!」

 俺がクーラーボックスの蓋を開けて中からカメノテの塊を取り出し、美岬の方に向けたところで、美岬がクロソイを一気に釣り上げて、クレーン車のようにそのまま体を回転させてクーラーボックス内にクロソイを降ろす。その瞬間、バタバタバタと大暴れするがクーラーボックスからは逃げ出せない。
 俺が釣り糸を持って吊り上げるとかぱっと大きな口を開けたので、すかさず口の中に親指を入れて下顎をしっかり掴んでホールドし、まだ刺さったままの針を取り外す。その時に針の状態をチェックしてみたがこれだけの大物を釣り上げたのにまったく変形もしていない。これなら大丈夫だな。

「いきなりクロソイの大物とは幸先がいいな」

「まったく無警戒でいきなり食いついてきたっすからね。さすが縄文の海っすね。ぜんぜんスレてないっす」

「ある程度成長した根魚は磯の生態系の頂点だからな。この感じならこれからは魚にも困らないな。自作の針もいい感じだから戻ったら量産しておこう」

「貝やタコも美味しいっすけど、魚が食べれるのは嬉しいっすねー。クロソイ食べるなんて久しぶりっす」

「そうだな。本土じゃクロソイは高級魚だからな。刺身も旨いがいい出汁が出るから煮付けが最高なんだよな」

 ナイフをクロソイの頭の付け根、えらぶたから差し込んで背骨の腹側にある太い血管を切ってしめる。クーラーボックスに海水を少し入れておけばバチャバチャと暴れ、たちまちのうちに海水が流れ出した血で染まっていく。
 カサゴもそうだが、しょうが強い根魚は頸動脈を切られてもなかなか死なない。この状態でも1時間ぐらいは暴れるので、こうして〆て海水に入れておけば結果的に綺麗に血抜きが出来て、臭みがまったく無い最高の白身に仕上がるのだ。

「さて、晩飯用としてはこの1匹だけでも十分なんだが、一応は釣り針の耐久テストも兼ねてるからもうちょっと釣ってみるか」

「そっすね。多い分は干物にしてもいいっすし」

「そうだな。じゃあ次は俺がやらせてもらおうか」

「はい。じゃあ今度はあたしが餌をつけるっす」

 釣竿を受け取り、美岬に餌をつけてもらってから別の穴を探す。クロソイを釣った時にだいぶ暴れていたから、同じ場所で釣るより場所を変えた方がいいだろう。

 別の岩の隙間の穴に仕掛けを落とすと、こっちも入れ食いですぐにアタリがきたが、食いが浅かったようで合わせに失敗して逃げられる。針をチェックしてみれば、2個つけてあった餌のうちの1個が食いちぎられていた。

「ドンマイっすよ。餌をもう1個つけるんでもう一度この穴でチャレンジしてみてほしいっす。あと、次はすぐに合わせないでちょっと待ってから合わせてみてほしいっす。今のアタリ方からして、あたしの予想が当たってたらそれで釣れると思うっす」

「ふむ。いきなり合わすんじゃなくてワンテンポ遅らせるんだな? やってみよう」

 再び仕掛けを落とし、そのままゆっくりと沈めていくと……コン、コン、コン、とノックするようなアタリがくる。さっきと同じだ。そこであえて合わさずにあえて一度手を緩めると、コン、コン、としたアタリの後でグイッと竿先が引き込まれたので、そこでグッと引いて合わせる。
 今度はしっかりフッキングしたようでズッシリとした重さが竿越しに感じられ、ビビビビッと竿先を振動させるようなアタリがくる。
 引き上げようとすると、竿先を激しく振動させるようなアタリは続いているものの、魚自身が泳いで逃げようとする『走り』はほとんどなく、ソイに比べるとやや長めの魚影が体をうねらせながらも水面に近づいてくる。なんだろう? ギンポかゴンズイかな?
 予想に反してついに海面から顔を出したのはスマートな顔立ちにおちょぼ口の明るい茶色の魚。

「あ、アイナメか!」

「あは。やっぱりこの引きはアイナメだったっすね。尺越えのいいサイズっすよ! クーラーボックス開けるっす」

「おう。頼む」

 美岬が開けてくれたクーラーボックスに竿をしならせながら釣り上げたアイナメを降ろしてようやくひと安心する。なんとかバレずに上げれたが、これだけの大物根魚が次々に釣れるとなるとやり方を考え直さないといけないな。
 根魚は泳ぐ能力があまり高くないから針に掛かった時の抵抗がさほど大きくないのでこのサイズでもなんとか竿だけで釣り上げられるが、これ以上大きくなると魚の重さで糸が切れるか、竿が先に折れる。
 タモ網があれば一番だがすぐには準備できないから、せめて棒の先にフックを付けた手鉤てかぎぐらいは準備しといた方が良さそうだ。手鉤があれば竿だけで海面から上げれない魚の顎にフックを引っ掛けて引き上げることができるからな。

 その後もアイナメの入れ食いが続き、同じぐらいのサイズのアイナメが追加で2匹釣れ、最後の奴を釣り上げる途中でついに竿が折れそうになったのでそこで納竿にした。
 とりあえず見えた課題としては、竿そのものをもっと強いものに改良することと、大物の魚を海面から引き上げるための手鉤を準備することだな。





【作者コメント】

アイナメ、クロソイは塩分があまり濃くない川の河口近くの岩礁帯によくいる根魚です。箱庭の海は外海に比べて塩分濃度低めなのでこの2種にご登場いただきました。アイナメは餌をくわえては吐き出し、またくわえるというのを繰り返す習性があるので最初はコンコンとノックするようなアタリがありますがしっかり呑み込むとグイッと引きが強くなるのでその時が合わせ時です。針が掛かると外そうとして大きく頭を振るのでブルブルとした強い引きがあります。クロソイなどのソイの仲間は一気に餌を呑み込んですぐに根に潜ろうとするのですぐに引っ張りあげるのが大事です。根に潜られさえしなければ抵抗はさほど強くないのですぐに上がります。作者はソイはブラクリ仕掛けに塩サバの切り身を餌にして釣ります。







しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

強制無人島生活

デンヒロ
ファンタジー
主人公の名前は高松 真。 修学旅行中に乗っていたクルーズ船が事故に遭い、 救命いかだで脱出するも無人島に漂着してしまう。 更に一緒に流れ着いた者たちに追放された挙げ句に取り残されてしまった。 だが、助けた女の子たちと共に無人島でスローライフな日々を過ごすことに…… 果たして彼は無事に日本へ帰ることができるのか? 注意 この作品は作者のモチベーション維持のために少しずつ投稿します。 1話あたり300~1000文字くらいです。 ご了承のほどよろしくお願いします。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

身体交換

廣瀬純一
SF
男と女の身体を交換する話

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...