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箱庭スローライフ編

第75話 8日目③おっさんは言葉責めをする

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 塩作りに使っていた大コッヘルを洗い、中コッヘルで戻していた穴ダコと干し貝を戻し汁ごと移す。貝はそのままでもいいが、穴ダコは一度まな板に出して食べやすいサイズに切ってからコッヘルに戻し、そのままかまどで火にかけていく。
 コッヘルが煮立つのを待つ間にハマヒルガオとハマダイコンの若い実──実ダイコンを採りに行く。実ダイコンは薬味程度なので少しだけ、ハマヒルガオの葉はそこそこ多目に集めて戻る。

 コッヘルの戻し汁が煮立ってきたので、新しく作ったハマグリのお玉で浮いてきた灰汁アクを引き、出汁を味見してみる。

「あ、うま」

 やっぱり一度干すとタンパク質が旨味に変換されるからめちゃくちゃ良い出汁が出るな。ハマグリとタコの旨味が混ざってなんとも言えない上品で奥深い味になっている。そこに出来たばかりの粗塩でやや濃いめに味をつけて、殻剥きをしたスダジイの生ドングリを二掴みほど投入し、煮ていく。そこに美岬が肩に鍬を担いで戻ってきた。

「ただいまっす~。お腹空いたっす」

「おう。おかえりお疲れ。土まみれだから食事の前に手を洗いな」

「あいあい~」

 俺が2㍑のペットボトルを持ってちょろちょろと水を注いでやると、美岬がそれを下で受けながら手をもみ洗いしていく。

「あざっす。もういいっすよ」

 美岬が手を振って水気を飛ばし、Tシャツの裾で拭い、料理中のコッヘルの中身を覗きこむ。

「これは何を作ってるんすか? スープ?」

「干しダコと干し貝のスープでスダジイのドングリを煮ているところだ。あとここにあるハマヒルガオと実ダイコンも入れるぞ」

「ふむふむ。こんなに葉っぱを入れたらスープというより鍋物って感じっすかね?」

「そんな感じだな。昼はこの一品だけで簡単に済まそうと思ってるけどいいか?」

「ぜんぜんオッケーっすよ。てか一品でも量あるから普通にお腹いっぱいになりそうっすよね」

 やがて、ドングリが柔らかく煮えてきたので、実ダイコンを先に入れてかき混ぜ、ハマヒルガオの葉をどばっと入れる。
 スープの量に対して明らかに多すぎるハマヒルガオの葉だが、葉物野菜は煮るとかさが減るのでこれぐらいでちょうどいい。
 実際、火が通り始めると、たちまちのうちに鍋の縁より上までてんこ盛りになっていたハマヒルガオの葉が嵩を減らしながらスープに沈んでいき、最終的にはさほど目立たなくなる。そこでもう一度味見してみれば、ハマヒルガオから出た水分によって味がやや薄まり、ほどよい濃さになっていた。
 最後に風味付けに出汁醤油を一垂らしして完成する。

「よし、出来たぞ。食べようか」

「わぁい。朝から肉体労働してたからお腹ぺこぺこっすよぅ」

 牡蠣殻の皿にまずはクタクタになったハマヒルガオをたっぷりよそい、丸ごとのハマグリを1個ずつと刻んだタコを乗せ、ドングリとスープを上から掛ける。

「おぉ、この大粒のハマグリが実に贅沢な感じっすねぇ」

「今回ハマグリは一人1個な。それ以外の具はおかわりもあるぞ」

「はぁい。じゃあさっそくいただきますっ!」

 美岬が手を合わせてから、まずは持ち上げた皿の縁に口を付けてスープを啜る。

「どうだ? 今回の出汁は干し貝と干しダコだけなんだが」

「ほわぁ……。今までのお出汁ともまた違うっすけど、干しダコもいい出汁が出るんすねぇ。食べ慣れたハマグリ出汁もなんか味が濃い気がするっす」

「そうだな。基本的になんでも干せば旨味が強くなるからな。あと、今回は出来たばかりの粗塩で味つけたから、そっちの旨味もあるかもな」

「だからっすかね、今までの海水で煮た潮煮うしおに? に比べてなんか塩味がはっきりしてるというか、クリアな感じもするっすね」

「海水だとどうしても苦汁にがりの雑味が混じるからな。ちゃんと塩で味つけた方がそりゃ旨いさ」

「いやいやっ! 今までのが美味しくなかったとかじゃないっすから! 今までとは味の雰囲気が違うってだけで、海水での味付けもあたしは好きっすよ! てゆーかガクさんのお料理はいつも最高っすから!!」

「お、おう。サンキュ」

 美岬の力説に思わずたじろぎ、ちょっと妙な感じになった空気を誤魔化そうと俺は小さめのぶつ切りにしてあるタコを箸で摘まんで口に運んだ。
 ほどよい歯応え、そして噛み締めるほどに染み出してくる旨味は、昨日の下茹でして串焼きにしたあの柔らかくてあっさりしたタコと同じものとは思えない。

「あ、タコ旨いわ」

「え、あたしも食べるっす。……んんー!」

 あっさりとタコに関心を移し、タコを頬張ってもぎゅもぎゅと咀嚼し始める美岬。あえて言葉にしなくてもその表情ですべてを物語っている。

「本当に美岬は旨そうに食うよなぁ。料理の作り甲斐があるってもんだ」

「……んぐ、ほえ!? あたしそんなに顔に出てるっすか?」

「おう。今は『タコうまー』って顔してたぞ」

「おふっ! バレてる! …………はっ! まさか、よもや、もしや、あたしがダーリンのことがだぁい好きなのもバレちゃってる感じっすか?」

 『だぁい好き』を強調しながらそんなことを訊いてくる美岬は、おそらく俺がだぁい好きという言葉に対して照れたり喜んだりといった反応を見せるのを期待しているのだろうが、そうは問屋が卸さない。努めて真面目な顔でまっすぐに美岬の目を見て言う。

「実はそうなんだ。うちのめちゃくちゃ可愛い自慢のヨメがいつも俺への好き好きオーラを全開にしてくるから、もう可愛くて可愛くて困ってるんだ。……何かにつけて甘えようとしてくるのも可愛いし、何事にも一生懸命な健気さも可愛いし、俺が作ったメシを嬉しそうに食べてる姿も可愛いし、お揃いのシャツで照れてはにかんでるのも可愛いし、いやもう、本当にこんなに可愛い生き物がいていいのか、いや、この現実ではありえないこの可愛さは実は天使か女神だったのか……」

 ちょっと悪ノリしながら美岬を誉め倒すと美岬がどんどん挙動不審になっていき、ついに……

「ぴぎゃぁぁ……が、ガクさん、もう……やめて……」

 奇声を上げて真っ赤になって降参する美岬。この誉められることに馴れてなくてストレートな愛情表現に弱いところも実に可愛いのだがあえて言わないでおく。

「なんだ、もういいのか。美岬が言葉での愛情表現を欲しがってるみたいだったから望み通りにしてやったのに」

「確かに! 欲しがったのはあたしっすけど! あたしが望んでたのは植木鉢の花にジョウロで水やりする程度のささやかな愛情表現であって、ガクさんみたいなバケツの水をいきなり被せるような言葉責めじゃないっす!」

「ほほぉ、上手いこと言うなー」

「む、その顔は、分かっててわざと言葉責めにしたっすね!」

「いやいや。さっきのは俺の本心だから。美岬のことは常々可愛いと思ってるぞ」

「くっ、その手は桑名くわなの焼きハマグリっす」

「………………ああ、うん。とりあえずメシの続き食おうか」

「……いきなり真顔になって可哀想な人を見る目を止めてほしいっす」

 美岬のしょうもないダジャレをスルーして食事を再開する。
 一度干したハマグリはスープにこれだけの出汁を放出してなお、中に残った旨味だけで十分に旨い。
 柔らかく煮上がっているハマヒルガオは元々がぜんぜん癖がないのでスープの味でほどよく味ついているし、そこに混ざった実ダイコンが噛んだ瞬間に爽やかなダイコンの風味を口の中で弾けさせるので良いアクセントになっている。
 そして、スープと一緒にスプーンで掬って口に含んだスダジイのドングリは、しっかりと煮てあるので、軽く噛んだだけでホロホロと崩れるほどに柔らかく、栗に似た優しい甘味がスープの塩味をまろやかにしてくれている。

「ドングリってスープに入れて煮ても美味しいんすねぇ」

「このほのかな甘味がまたいいんだよな」

「確かに。ドングリってまだまだ拾えるっすか?」

「この島は本土に比べると乾燥気味みたいだからな、落ち葉の隙間とか木の根元あたりの雨の影響が少ない場所にけっこう状態のいいドングリが残ってるな」

「それなら一度ちゃんと時間取り分けて採集するのもいいっすね」

「そうだな。ジュズダマも切れたし、薪の在庫も減ってきたから、いっそ明日を採集メインの日にしてもいいかもな」

「いいっすねー! なんだかんだで拠点からあんまり行動範囲広がってないっすから、お出かけは楽しみっす」

 明日の計画に話が弾み、気がつけば鍋はすっかり空になっていて、俺たちも腹一杯になっていた。






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