【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる

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箱庭スローライフ編

第54話 6日目⑩おっさんは狼煙を上げない理由を説明する

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 そこらじゅうに散らばっている葦を俺を呼びに来た美岬と二人で拾い集めながら拠点に戻ると、いい感じにトイレ小屋の壁が完成していた。壁材である葦はきっちり高さを揃えてあり、隙間ができないように丁寧に組まれている。

「ふふっ、どうっすか?」

 体ごとクルリと俺の方に向き直った美岬がどや顔で言う。まあその気持ちは分かるので美岬の頭に手を置いてワシャワシャッと撫でてやる。

「いいな。美岬の丁寧な仕事っぷりがよく分かる素敵なトイレ小屋じゃないか。よく頑張ったな」

「へへへっ。なんか、かまどはただ石を運んだだけっすけど、このトイレ小屋は壁を完全に任せてもらえたから、ガクさんとの共同作業って実感があって嬉しいっす!」

 崖側に回って小屋の中に入ってみれば、三方の壁の上端と屋根の隙間の採光窓から外の光が入ってきているので十分な明るさがあり、昼間に用を足すには全く支障はなさそうに見える。
 とりあえず葛の群生地で集めてきた葛の大きな葉を、木枠で囲まれたトイレ穴――もう便器でいいか、の傍にまとめて置く。

「んー、この葛の葉っぱは……もしやアレっすか?」

「おう。トイレットペーパーの代用品だな。これまでも何度か世話になったことはあるが意外と問題なく使えるぞ。大きいし、そこそこ丈夫だし、かぶれるような毒や刺もないからな」

「確かに聞いてる限り悪くなさそうっすね。葛の葉っぱなんていくらでも手に入るっすし」

「そういうことだ。……ん? なんか爽やかな匂いがするが……これはハマゴウか?」

「お、さすがに気づくっすね。芳香剤と虫除けを兼ねてハマゴウの葉っぱを採ってきてちぎって床に撒いてるっす」

「なるほど。いいアイディアだな。いっそ香炉みたいな物を作って蚊取り香にするのもいいかもな」

「んー、確かにその方が効果は期待できるっすけど、可燃物が多いここで火を使うのは火事になりそうで怖くないっすか?」

「あー、それもそうだな。排泄物から出るメタンガスに引火するのも怖いからやっぱりトイレは火気厳禁だな」

「臭い対策は後回しでいいっすから、出入り口のすだれを先に作ってトイレを完成させましょ? あたし、せっかくおトイレができるからとしばらく我慢してるんすけど……」

「お、おう、それは悪かった。じゃあちょっと急ぐか。じきに暗くなるしな」

 崖に囲まれた箱庭はすでに日は陰っているが、空はまだまだ明るいので作業に支障はない。今の時期は日没が7時頃で、残照が消えて暗くなるのが7時半過ぎだが、谷底であるこの場所で灯り無しで作業出来るのはせいぜい7時までだろう。
 晩飯の準備のことを考えると6時半までにはこちらの作業は切り上げる必要があるし、美岬もトイレを使いたがってるから急がないとな。

 乾燥していない葦は弾力があってぐにゃぐにゃ曲がるので、すだれの両端は葦ではなく乾いた木の枝にすることで簾が曲がらないようにする。
 使う材料は、1㍍の長さの真っ直ぐな木の棒を2本、4㍍の長さの麻紐3本、1㍍の長さに揃えた葦をたくさん。葦は実のところ何本必要になるかはやってみるまで分からない。

 まずは起点となる木の棒の両端と真ん中の3ヶ所に麻紐を結ぶ。4㍍のちょうど真ん中部分で結ぶので、3ヶ所の結び目それぞれから2本ずつ2㍍の麻紐が延びている状態だ。
 その3ヶ所の麻紐でまずは葦を1本結び、1本を結び終えたら次の1本を隣に並べて同じように結び、それが終わったら次の1本という具合に、葦を順番に1本ずつ3ヶ所で結びながら繋げていき、簾を作っていく。

「なんか、ひたすら地道な作業っすね」

「そうだな。特別な技術はいらないがとにかく根気よく並べて結んで繋げていくだけだな」

 並べる。結ぶ。並べる。結ぶ。並べる。結ぶ。並べる。結ぶ。

 やっているうちにだんだん馴れてきて作業が効率良くなっていき、二人で1分間に4本ぐらい繋げることができるようになってきた。

「……単純作業って、頭のなかで秒数をカウントしてるとだんだん早くなるっすよね」

「……分かる。なんとなく最速チャレンジがしたくなってきて、自分の中でタイムトライアルが始まるよな」

「だんだん次に繋がる動きを意識し始めて効率が上がるっすよね」

「結び終わった時の紐のポジションとか、次の材料の置場所とか、隙間時間の使い方とか、とにかく無駄を無くそうとして実際に時間短縮ができると妙に達成感があるんだよな」

「分かりみ深いっす」

 しゃべりながらも手は止めないので、どんどん簾が組上がっていく。
 だいたい100本ぐらいの葦を組み上げて1.8㍍ほどの簾になったので、これぐらいで十分だろうと最後に木の棒を端に結んでとりあえず完成。余った紐は切らずに、そのまま簾をトイレ小屋の出入り口上部の横木に結びつけるために使用する。
 所要時間は1時間弱。予定通りに6時半までには終わらせることができた。

「トイレができちゃったっすねぇ」

「文化的な生活にまた一歩近づいたな」

「さっそく使ってみていいっすか?」

「いいとも。俺はこのまま、まだ明るいうちに晩飯の準備をしたいから、美岬はトイレが済んだら干しっぱなしの洗濯物を取ってきてもらえるか? その時についでに小川で水浴びしてきたらどうだ? 今日はかなり肉体労働したから汗だくだろう」

「わぁっ! いいんすか? じゃあお言葉に甘えちゃうっすよ! ……あ、水浴びついでに今着てる服も洗濯して換わりに干してきていいっすか?」

「いいぞ。ゆっくりしてきな。こっちはボチボチ進めておくから」

「あざーっす! じゃあおトイレお先っす」

 完成したばかりのトイレに入っていく美岬と別れて俺は拠点に戻る。途中で枯れたハマダイコンの周囲の土から新しいダイコンの芽が出ていることに気づく。おそらく早く実が熟して落ちた早熟な株だったのだろう。
 種から芽吹いたばかりのダイコンの新芽とはつまりカイワレダイコンだ。これを採っていかない選択肢はないな。
 晩飯に使う分のカイワレダイコンと、ついでにハマボウフウも少し採っていく。

 拠点に戻り、かまどの近くにクーラーボックスを置き、その上に作ったばかりのまな板を乗せ、ペットボトルから水を掛けて湿らせておく。
 食材の処理より先に火を起こしておいた方がよさそうだな、と頭の中で段取りを組み、かまどで火を起こし始める。

 火の着け始めは煙が多い。かまどから煙がモクモクと立ち上っているところに洗濯物を両手に抱えた美岬が戻ってくる。
 服はさっきまで干してあったラッシュガードの上下に変わり、頭にセームタオルを巻いている。

「ただいまっす。水浴びできてめっちゃさっぱりしたっす。とりあえずこれ中に置いてから火の番替わるっすね」

「おう。頼む」

 洗濯物を拠点内に置いて戻ってきた美岬が立ち上る煙の先を見上げて納得したように言う。

「なんか、無人島に漂着したら狼煙のろしを上げるのがお約束じゃないっすか。でもガクさんがそれをしなかった理由がなんとなく分かったっす」

「なんだ、疑問に思ってたなら聞いてくれればよかったのに」

「いやー、疑問に感じたのはさっき一人でトイレの壁を作ってた時だったんすよねー。着々と生活環境が整っていく中で、あれ? もしかしてガクさんってもう帰る気が無いのかなって」

「いやいや、帰る気はあるし、早期に救出してもらえるならその方がいいとは思ってるぞ」

「そっすよね。ただ、ならなんで狼煙を上げないのかなーって思ってたんすけど……あまり効果が見込めないからっすね?」

 ここからはモクモクと立ち上っている煙だが、次第に広がり、崖の上に出る頃にはかなり薄くなり、その先では風に吹き散らされて見えなくなっている。

「正解。ここが外海からよく見える浜なら狼煙は真っ先に準備するんだが、ここは内陸で100㍍以上の高さの崖に四方を囲まれた谷底の盆地だからな。ちょっとやそっとの煙では崖の上に上がる前に散ってしまってほぼ視認できなくなるってのが主な理由だな。それにここからじゃ外海が見れないから救助が近くに来ているのかすら分からない。だからもし狼煙を上げるならずっとやりつづけないと意味がないし、そうなると薪を大量に消費し続けることになるというリソースの問題と、常にどちらかが火のそばに張り付いていなくちゃいけないという人手の問題もある」

「そっか。大量に薪を燃やしちゃって、もし助けが来なかったら自分たちのこれからが大変になるんすね」

「そう。それに俺は山での遭難者の捜索ボランティアもやってたからな。捜索する側の視点から考えても狼煙の効果はほとんどないと思ってた」

「捜索側の視点っすか?」

「捜索側からすると、俺たちが最後に生存を確認されたのは二日前の夕方の環礁だ。その後の台風で再び行方不明になった。だから当然、まずは環礁とその周辺海域での捜索になる。
 そこから捜索範囲は広がるだろうが、この広い大海原で二人の生死不明の行方不明者の痕跡を探し出すのは簡単じゃない。特に捜索初期は要救助者が生きている可能性が高いから早く見つけなくちゃいけないという焦りもある。当然、捜索範囲は広く浅くということになる。おおざっぱに探して、見つかる可能性が低いと判断された場所は後回しになる」

「この島は後回しっすか?」

「分かりやすい目印ではあるから島の外周は真っ先に調べるだろうが、上陸出来そうにないと判断されたらわざわざ内陸に捜索の手を伸ばすより、ここを切り捨てて別の場所の捜索するだろうな。実際に俺たちもこの島の海岸線の崖を見て上陸出来ないと諦めていた。捜索側もたぶんそう判断するはずだ」

「上空から見たらどうっすかね?」

「まぁ、今のところはそれにワンチャン賭けたいところだな。夜に灯火トーチを燃やしてみて、たまたまこの上空を通るヘリがいたら気づいてもらえるかもしれないからそれは今夜からしばらくはやろうと思ってる。
 ただ、この崖の上がどうなってるかは想像でしかないが、たぶん原生林に覆われてて、ここはその中にポッカリ空いた大穴って感じじゃないかな。滝が落ちてるってことは川が流れ込んでるとは思うが、そうなるとこの内湾も海と繋がっていないただの水溜まりと思われるかもしれないから、あえて中を調べようとこの上空に来る可能性は低いだろう。
 常識的に考えると、俺たちがこの場所にたどりつく為には、まずは海岸の断崖絶壁をよじ登って、道の無い原生林の中を踏破して、またわざわざ切り立った崖を降下しなきゃいけないから、ここにいるとはまず思われないだろうな」

「あー、確かに。出入り口のトンネルも干潮時以外は水没してるっすし、大潮以外だと干潮時でも通れないっすから、この島にいるわけないってなっちゃうっすよね。狼煙を上げないという選択の裏にここまで深い考えがあるとは思ってなかったっす」

「俺の中では、なによりもまず俺たち二人の生存が最優先だ。その上で狼煙のメリットとデメリットを天秤にかけてデメリットが上回ったってことだな。まったく意味がないとは思わんがかなり分の悪い賭けになるな」

「あ、じゃあ明日の昼間に焼畑してみないっすか? 芋と豆を植えるのに落ち葉を焼いてその灰をそのまま地面にき込んで畑の土作りをしたいと思ってるんすけど、これなら薪を消費せずに大量の煙が出るから、もし近くに救助隊がいれば運が良ければ見つけてもらえるんじゃないっすかね? 見つけてもらえなくても、あくまで土作りが目的なのでダメ元ってことで」

「ああ。それなら十分にやる価値はあるな。試してみよう」
 

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