53 / 227
箱庭スローライフ編
第53話 6日目⑨おっさんはトイレを作る
しおりを挟む
鉄板として使っていたスコップを砂と灰で擦って汚れを落とし、水で洗い流して、まだ火が残っているかまどの上で乾かす。
「ガクさん、今からカゴ作りっすか?」
「いや、先にトイレ作りをしようかな。今、俺たちが用を足すのに使っている岩場はちょっと拠点から離れているし、屋根もないから雨が降ると困るからな」
「あ、そっすよねぇ。じゃああたしも手伝うっす」
「いや、美岬には他に頼みたいことがあるんだがいいか?」
「ほ? もちろんっす。なんでもやるっすよ」
俺は拠点の中から袋に入ったジュズダマとペンチを取ってきた。
「まだかまどの火が残ってるから、ジュズダマをこのスコップの上で煎って乾燥させてくれ。トイレ用の穴を掘るのにスコップは使うが、せっかく洗って綺麗にしたんだから先にジュズダマを煎っておきたい」
「了解っす! ガクさんはスコップはまだしばらく使わないんすか?」
「ああ。今はまだ材料の木の枝なんかが足りないから美岬がそれをしてくれている間に集めてこようと思ってな」
「分業っすね。了解っす! あ、このペンチは何に使うんすか?」
「煎ったジュズダマをペンチで割って殻と中身を分けて欲しい。けっこう地道で面倒くさい作業だがいいか?」
「あ、あたしこういう単純作業好きっすよ。おまかせっす!」
「おっけ。じゃあ任せた。外した殻も後で使うから捨てずに取っといてくれよ」
「はーい」
美岬がさっそくスコップの上にさっき集めてきたジュズダマをざらざらーと流し入れて煎り始めた。
俺は空のリュックとナイフと鉈と鋸と麻紐を持って再び林に向かった。
林と拠点を何回か往復して、トイレ用の小さな小屋を建てるのに十分な木材は手に入った。
ついでにさっき美岬と一緒に林の中を歩いていた時に見つけてあった直径40㌢ぐらいの倒木を輪切りにして、長さ30㌢の玉切り丸太2個と長さ40㌢の玉切り丸太1個を切り出した。
30㌢の玉切り丸太2個はそのまま俺と美岬の椅子として使う。
地面に直接座っての作業は、ずっと動かずに出来る作業ならいいが、頻繁に立ったり座ったりする作業だと地味にしんどい。こういう時に椅子があると作業が断然楽になる。
俺が丸太の椅子を持って戻ると、地面に直座りで作業をしていた美岬が喜んでさっそく使い始めた。
40㌢の玉切り丸太は、縦に割って中心部分から板を切り出してまな板にしようと思う。クーラーボックスは作業台としてはいいが、上に直接食材を置いてまな板として使うのはやっぱり都合が悪い。特にナマモノを扱う場合は頻繁に水洗いができる独立したまな板は絶対必要だ。
刃渡りが30㌢もないような折り畳み鋸で直径40㌢、長さ40㌢の丸太を縦に切るのは難しい。輪切りなら一番太い場所だけが40㌢だから短い鋸でも無理なく切れるが、縦切りだと常に40㌢の太さを切り続けることになるのでこの鋸だけで切るのはなかなか大変だ。
だが、当然こういう場合もいいやり方はある。
俺はまず、太さ5㌢ぐらいの枝を20㌢の長さで2本切り出し、それぞれの片方の端をナイフで削り、マイナスドライバーの先端のような平べったい形に成形して楔を作った。
玉切り丸太を真っ直ぐに立て、まずは鋸で縦に切り溝を入れていく。そして、切り溝に合わせて鋸で切れるところまで切っていく。
これ以上は鋸では難しいというところでいよいよ楔の出番だ。鋸はそのまま切り溝に差したままにしておく。
切り溝の手前と奥の2ヶ所に楔を差し込み、鉈の背を金づち代わりに使って交互に打ち込んでいく。
──コーン……コーン……コーン……コーン……パキッ
ある程度まで楔が打ち込まれると、切り溝に沿って丸太が割れ始める。切り溝が楔によって広がったところで、切り溝の底を鋸でさらに深く切り進み、再び鋸が動かなくなったら上の楔をさらに打ち込んで溝を広げ、鋸で切り進むを繰り返す。
──コーン……パキッ……ギコギコギコ……コーン……パキパキッ……ギコギコギコ……コーン……パキパキッ……パカッ
最後は気持ちいいぐらいに綺麗に割れて丸太の端から2/5ぐらいが落ちる。丸太の反対側も同じように切り落として、中心部分の1/5、厚みとしてはだいたい8㌢ぐらいの柾目板を切り出すことに成功した。
切り落としたかまぼこ型の外側部分の2枚だが、鋸で縦に真っ二つに切って幅20㌢、長さ40㌢、厚みが最大16㌢の角材? 4本にする。これはトイレの便器に使う予定だ。
まな板用の柾目板は横幅40㌢、奥行40㌢、厚み8㌢だが、このままではまだまな板としては使えない。
手前と奥の2ヶ所にはまだ樹皮が残っているし、割ったままの状態だと表面がゴツゴツしているので、削って均す必要がある。
樹皮は鋸で切り落とし、表面は鉈の刃を鉋のように使って削って均し、最終的に完成したまな板の寸法は横幅40㌢、奥行35㌢、厚み6㌢となった。
「おぉ! すごいガクさん、めっちゃ綺麗な木目のまな板じゃないっすか!」
少し前にジュズダマの穀外し作業を終えて俺のまな板作りを見学していた美岬が完成品のまな板に目を輝かせる。本当はもっと小さなまな板でもよかったのだが、いい木材だったからつい最上部位である柾目板を贅沢に使った大きくて分厚いまな板にしてしまった。後悔はしていない。
「晩飯の赤貝とカサガイの調理にまな板が欲しかったからな。これなら最高に旨い飯を作ってやれそうだ」
「わぁっ! さっきお昼食べたばっかりなのに晩ごはんが早くも楽しみっすよぅ」
「おう。期待してていいぞ。さて、じゃあ美岬の手もスコップも空いたし、これで必要な素材も揃ったからトイレ作りを始めるか」
「あいあいさっ!」
まな板作りに時間を掛けすぎたからここからはちょっと急がないとな。
トイレの場所は、拠点から崖沿いに少し内陸側に進み、地面が砂地ではなく土になり、雑草が地表を覆っている辺りを選んだ。ここなら雨が降っても崖沿いに歩けば濡れずに来れるし、草の根が地中に延びているのでトイレ用の穴を掘っても穴の縁が崩れにくい。
「ちなみに排泄物は下肥として利用するのか?」
「いや、よっぽど痩せた土地ならともかく、ここみたいにいい腐葉土がたくさん手に入る環境なら使わなくて大丈夫っす。そもそも人糞肥料ってそのまま使うとかえって植物に有害っすし、ちゃんとした堆肥にするのにめっちゃ手間がかかるんであんまりメリットないんすよ」
「そうなのか。じゃあ汲み取りは考慮しなくていいんだな」
とりあえず、トイレ用の穴として、縦40㌢、横20㌢の長方形の穴を掘っていく。ある程度深くなってきたら俺が地面に腹這いになって穴の中に手を伸ばしてスコップで掘り進めていくが、それで掘れる深さはせいぜい1.5㍍ぐらいまでだ。
肥溜めの容量を増やすために穴の底の方はスコップが届く範囲で掘り広げて、ちょうど花瓶が地面に埋まっているような空洞を作る。
肥溜めが掘り終われば、穴の入り口を左右から挟むように、まな板を切り出した丸太の残りから作った角材を置き、前と後ろからも挟むように置くことで、トイレ穴を囲む木枠にする。
いくら草の根があるといってもただ掘っただけの穴では使っているうちにだんだん縁が崩れてくることは否めない。だが、トイレ穴を囲む木枠があればトイレの穴が広がって使いづらくなることを避けられるだろう。
「あ、なるほど。このために先に板を作ってたんすか」
「まあな。あくまでまな板の副産物ではあるが、こういう使い方もできるかな、とは考えてはいた」
「板だけに?」
「違うわっ!」
とにかく、トイレの穴まわりさえ出来れば後はさほど難しくはない。
トイレの穴を囲むように四方に1㍍ずつ間隔を空けて柱を地面に差し込んで立てていく。これは地面に穴を掘り、柱を立て、隙間に石を詰め込むことでしっかりと立たせることができる。
柱は、崖側の2本を2㍍に、残る2本を180㌢で切り揃えてある。屋根をつけた時に片流しにして、雨が降った時に出入り口である崖側に水が流れないようにするためだ。
次いで、柱を補強するための横木を麻紐で縛って取り付けていく。崖側は出入りの邪魔にならないように横木は上の方の1本だけにして、残る三方にはそれぞれ3本ずつ横木を取り付けたのでかなりしっかりした骨組みになった。
屋根は幅1㍍、長さ1.5㍍で枠を作り、補強用の横木を2本つけて漢字の『目』のようにして、その上にさっき刈ってきた葦を並べて固定して茅葺きにした。
出来上がった屋根を丸太の椅子を足台にして美岬と二人で持ち上げ、骨組みの上に載せて固定し、片流し屋根が完成する。
「おー、ここまでくるとだいぶ建物らしくなってきたっすね」
「そうだな。東屋ならこれでもいいけどトイレだからあと目隠しの壁を作って完成だな」
「壁はどんな感じにするんすか?」
「とりあえず出入り口になる崖側は開けといて、それ以外の三方は地面から1.5㍍ぐらいの高さの横木に葦の束を『稲架掛け』にして並べていく感じだな。美岬の実家が米を作ってるなら、刈った稲を稲架掛けにして干すのはイメージできるよな? 上まで完全に塞いでしまうと中が暗くなりすぎるから、上の方は採光窓として開けておくんだ」
「ふむふむ、なるほど。なんとなくイメージ出来たっす。……あの、あたしからも要望出していいっすか?」
「おう。どうしたい?」
「えっとっすね、今までさんざん断熱シート被っただけでとか、岩陰とかで普通に排泄しときながら何を今さらって思われちゃうかもしれないっすけど……やっぱり、こうしてちゃんとした個室のおトイレになるなら、出入り口がオープンなのは嫌っす。上の採光窓は気にならないっすけど、おトイレしてる時に後ろが全開っていうのは絶対に落ち着かないっす!」
「……あぁ、そりゃそうだな。ちょっと想像して納得した。んー、じゃあどうするかな。……とりあえず目隠しの壁を先に完成させて、そのあとで葦で簾を作って出入り口に垂らすのでどうだ?」
「おぉ! それはいいと思うっす。じゃあさっそく壁作りやっちゃいましょう」
「おう。とりあえず材料の葦がこれだけじゃ足りないから、美岬には壁作りを進めてもらって、俺は追加の葦を伐採しに行くな」
「はーい。とりあえず壁の作り方のお手本を一度見せて欲しいっす」
俺は屋根を作って残った3㍍ぐらいの葦をハサミで真ん中で切って、1.5㍍を2本にする。それを20本ぐらい準備する。
「こういう時に安物でもいいからハサミは重宝するんだよな。美岬が持ち込んでくれててよかったよ」
「そっすね。こういう時にハサミは便利っすね」
20本の1.5㍍の葦を束にして、片方だけを麻紐で縛り、トイレの柱を繋ぐ横木に稲架掛けにする。
「こんな感じだな。横木に葦を稲架掛けにして、どんどん並べて隙間ができないように詰めていくんだ」
「うんうん。なるほど。これなら簡単っすね。了解っす」
「おっけ。じゃあ俺はこのまま葦を伐採に行くから、ここにある分の葦を使い終わったら取りに来てくれ」
「あいあいさっ!」
葦の群生地の向こう側に葛の群生地があるので、葛採集のための道作りも兼ねて、葛の群生地へのルート上に群生している邪魔な葦を意識的に刈り取っていく。
鋸で葦を根本付近から切り、細長い葦の葉を軍手をはめた手で引きちぎって真っ直ぐな竿状にするまでは俺がやる。美岬は材料が足りなくなったら取りに来て、ある程度まとまった量の葦竿を持っていき、向こうで適度な長さに加工して壁を作っていく。
そんなことを繰り返し、トイレ小屋の壁が完成したという報告を俺が受けたのは夕方の5時半頃のことだった。
その時には細いながらも葛の群生地へと至るルートは開通していたので、とりあえず繁茂する葛のなるべく大きな葉っぱを選んで集めて拠点に戻ることにした。
「ガクさん、今からカゴ作りっすか?」
「いや、先にトイレ作りをしようかな。今、俺たちが用を足すのに使っている岩場はちょっと拠点から離れているし、屋根もないから雨が降ると困るからな」
「あ、そっすよねぇ。じゃああたしも手伝うっす」
「いや、美岬には他に頼みたいことがあるんだがいいか?」
「ほ? もちろんっす。なんでもやるっすよ」
俺は拠点の中から袋に入ったジュズダマとペンチを取ってきた。
「まだかまどの火が残ってるから、ジュズダマをこのスコップの上で煎って乾燥させてくれ。トイレ用の穴を掘るのにスコップは使うが、せっかく洗って綺麗にしたんだから先にジュズダマを煎っておきたい」
「了解っす! ガクさんはスコップはまだしばらく使わないんすか?」
「ああ。今はまだ材料の木の枝なんかが足りないから美岬がそれをしてくれている間に集めてこようと思ってな」
「分業っすね。了解っす! あ、このペンチは何に使うんすか?」
「煎ったジュズダマをペンチで割って殻と中身を分けて欲しい。けっこう地道で面倒くさい作業だがいいか?」
「あ、あたしこういう単純作業好きっすよ。おまかせっす!」
「おっけ。じゃあ任せた。外した殻も後で使うから捨てずに取っといてくれよ」
「はーい」
美岬がさっそくスコップの上にさっき集めてきたジュズダマをざらざらーと流し入れて煎り始めた。
俺は空のリュックとナイフと鉈と鋸と麻紐を持って再び林に向かった。
林と拠点を何回か往復して、トイレ用の小さな小屋を建てるのに十分な木材は手に入った。
ついでにさっき美岬と一緒に林の中を歩いていた時に見つけてあった直径40㌢ぐらいの倒木を輪切りにして、長さ30㌢の玉切り丸太2個と長さ40㌢の玉切り丸太1個を切り出した。
30㌢の玉切り丸太2個はそのまま俺と美岬の椅子として使う。
地面に直接座っての作業は、ずっと動かずに出来る作業ならいいが、頻繁に立ったり座ったりする作業だと地味にしんどい。こういう時に椅子があると作業が断然楽になる。
俺が丸太の椅子を持って戻ると、地面に直座りで作業をしていた美岬が喜んでさっそく使い始めた。
40㌢の玉切り丸太は、縦に割って中心部分から板を切り出してまな板にしようと思う。クーラーボックスは作業台としてはいいが、上に直接食材を置いてまな板として使うのはやっぱり都合が悪い。特にナマモノを扱う場合は頻繁に水洗いができる独立したまな板は絶対必要だ。
刃渡りが30㌢もないような折り畳み鋸で直径40㌢、長さ40㌢の丸太を縦に切るのは難しい。輪切りなら一番太い場所だけが40㌢だから短い鋸でも無理なく切れるが、縦切りだと常に40㌢の太さを切り続けることになるのでこの鋸だけで切るのはなかなか大変だ。
だが、当然こういう場合もいいやり方はある。
俺はまず、太さ5㌢ぐらいの枝を20㌢の長さで2本切り出し、それぞれの片方の端をナイフで削り、マイナスドライバーの先端のような平べったい形に成形して楔を作った。
玉切り丸太を真っ直ぐに立て、まずは鋸で縦に切り溝を入れていく。そして、切り溝に合わせて鋸で切れるところまで切っていく。
これ以上は鋸では難しいというところでいよいよ楔の出番だ。鋸はそのまま切り溝に差したままにしておく。
切り溝の手前と奥の2ヶ所に楔を差し込み、鉈の背を金づち代わりに使って交互に打ち込んでいく。
──コーン……コーン……コーン……コーン……パキッ
ある程度まで楔が打ち込まれると、切り溝に沿って丸太が割れ始める。切り溝が楔によって広がったところで、切り溝の底を鋸でさらに深く切り進み、再び鋸が動かなくなったら上の楔をさらに打ち込んで溝を広げ、鋸で切り進むを繰り返す。
──コーン……パキッ……ギコギコギコ……コーン……パキパキッ……ギコギコギコ……コーン……パキパキッ……パカッ
最後は気持ちいいぐらいに綺麗に割れて丸太の端から2/5ぐらいが落ちる。丸太の反対側も同じように切り落として、中心部分の1/5、厚みとしてはだいたい8㌢ぐらいの柾目板を切り出すことに成功した。
切り落としたかまぼこ型の外側部分の2枚だが、鋸で縦に真っ二つに切って幅20㌢、長さ40㌢、厚みが最大16㌢の角材? 4本にする。これはトイレの便器に使う予定だ。
まな板用の柾目板は横幅40㌢、奥行40㌢、厚み8㌢だが、このままではまだまな板としては使えない。
手前と奥の2ヶ所にはまだ樹皮が残っているし、割ったままの状態だと表面がゴツゴツしているので、削って均す必要がある。
樹皮は鋸で切り落とし、表面は鉈の刃を鉋のように使って削って均し、最終的に完成したまな板の寸法は横幅40㌢、奥行35㌢、厚み6㌢となった。
「おぉ! すごいガクさん、めっちゃ綺麗な木目のまな板じゃないっすか!」
少し前にジュズダマの穀外し作業を終えて俺のまな板作りを見学していた美岬が完成品のまな板に目を輝かせる。本当はもっと小さなまな板でもよかったのだが、いい木材だったからつい最上部位である柾目板を贅沢に使った大きくて分厚いまな板にしてしまった。後悔はしていない。
「晩飯の赤貝とカサガイの調理にまな板が欲しかったからな。これなら最高に旨い飯を作ってやれそうだ」
「わぁっ! さっきお昼食べたばっかりなのに晩ごはんが早くも楽しみっすよぅ」
「おう。期待してていいぞ。さて、じゃあ美岬の手もスコップも空いたし、これで必要な素材も揃ったからトイレ作りを始めるか」
「あいあいさっ!」
まな板作りに時間を掛けすぎたからここからはちょっと急がないとな。
トイレの場所は、拠点から崖沿いに少し内陸側に進み、地面が砂地ではなく土になり、雑草が地表を覆っている辺りを選んだ。ここなら雨が降っても崖沿いに歩けば濡れずに来れるし、草の根が地中に延びているのでトイレ用の穴を掘っても穴の縁が崩れにくい。
「ちなみに排泄物は下肥として利用するのか?」
「いや、よっぽど痩せた土地ならともかく、ここみたいにいい腐葉土がたくさん手に入る環境なら使わなくて大丈夫っす。そもそも人糞肥料ってそのまま使うとかえって植物に有害っすし、ちゃんとした堆肥にするのにめっちゃ手間がかかるんであんまりメリットないんすよ」
「そうなのか。じゃあ汲み取りは考慮しなくていいんだな」
とりあえず、トイレ用の穴として、縦40㌢、横20㌢の長方形の穴を掘っていく。ある程度深くなってきたら俺が地面に腹這いになって穴の中に手を伸ばしてスコップで掘り進めていくが、それで掘れる深さはせいぜい1.5㍍ぐらいまでだ。
肥溜めの容量を増やすために穴の底の方はスコップが届く範囲で掘り広げて、ちょうど花瓶が地面に埋まっているような空洞を作る。
肥溜めが掘り終われば、穴の入り口を左右から挟むように、まな板を切り出した丸太の残りから作った角材を置き、前と後ろからも挟むように置くことで、トイレ穴を囲む木枠にする。
いくら草の根があるといってもただ掘っただけの穴では使っているうちにだんだん縁が崩れてくることは否めない。だが、トイレ穴を囲む木枠があればトイレの穴が広がって使いづらくなることを避けられるだろう。
「あ、なるほど。このために先に板を作ってたんすか」
「まあな。あくまでまな板の副産物ではあるが、こういう使い方もできるかな、とは考えてはいた」
「板だけに?」
「違うわっ!」
とにかく、トイレの穴まわりさえ出来れば後はさほど難しくはない。
トイレの穴を囲むように四方に1㍍ずつ間隔を空けて柱を地面に差し込んで立てていく。これは地面に穴を掘り、柱を立て、隙間に石を詰め込むことでしっかりと立たせることができる。
柱は、崖側の2本を2㍍に、残る2本を180㌢で切り揃えてある。屋根をつけた時に片流しにして、雨が降った時に出入り口である崖側に水が流れないようにするためだ。
次いで、柱を補強するための横木を麻紐で縛って取り付けていく。崖側は出入りの邪魔にならないように横木は上の方の1本だけにして、残る三方にはそれぞれ3本ずつ横木を取り付けたのでかなりしっかりした骨組みになった。
屋根は幅1㍍、長さ1.5㍍で枠を作り、補強用の横木を2本つけて漢字の『目』のようにして、その上にさっき刈ってきた葦を並べて固定して茅葺きにした。
出来上がった屋根を丸太の椅子を足台にして美岬と二人で持ち上げ、骨組みの上に載せて固定し、片流し屋根が完成する。
「おー、ここまでくるとだいぶ建物らしくなってきたっすね」
「そうだな。東屋ならこれでもいいけどトイレだからあと目隠しの壁を作って完成だな」
「壁はどんな感じにするんすか?」
「とりあえず出入り口になる崖側は開けといて、それ以外の三方は地面から1.5㍍ぐらいの高さの横木に葦の束を『稲架掛け』にして並べていく感じだな。美岬の実家が米を作ってるなら、刈った稲を稲架掛けにして干すのはイメージできるよな? 上まで完全に塞いでしまうと中が暗くなりすぎるから、上の方は採光窓として開けておくんだ」
「ふむふむ、なるほど。なんとなくイメージ出来たっす。……あの、あたしからも要望出していいっすか?」
「おう。どうしたい?」
「えっとっすね、今までさんざん断熱シート被っただけでとか、岩陰とかで普通に排泄しときながら何を今さらって思われちゃうかもしれないっすけど……やっぱり、こうしてちゃんとした個室のおトイレになるなら、出入り口がオープンなのは嫌っす。上の採光窓は気にならないっすけど、おトイレしてる時に後ろが全開っていうのは絶対に落ち着かないっす!」
「……あぁ、そりゃそうだな。ちょっと想像して納得した。んー、じゃあどうするかな。……とりあえず目隠しの壁を先に完成させて、そのあとで葦で簾を作って出入り口に垂らすのでどうだ?」
「おぉ! それはいいと思うっす。じゃあさっそく壁作りやっちゃいましょう」
「おう。とりあえず材料の葦がこれだけじゃ足りないから、美岬には壁作りを進めてもらって、俺は追加の葦を伐採しに行くな」
「はーい。とりあえず壁の作り方のお手本を一度見せて欲しいっす」
俺は屋根を作って残った3㍍ぐらいの葦をハサミで真ん中で切って、1.5㍍を2本にする。それを20本ぐらい準備する。
「こういう時に安物でもいいからハサミは重宝するんだよな。美岬が持ち込んでくれててよかったよ」
「そっすね。こういう時にハサミは便利っすね」
20本の1.5㍍の葦を束にして、片方だけを麻紐で縛り、トイレの柱を繋ぐ横木に稲架掛けにする。
「こんな感じだな。横木に葦を稲架掛けにして、どんどん並べて隙間ができないように詰めていくんだ」
「うんうん。なるほど。これなら簡単っすね。了解っす」
「おっけ。じゃあ俺はこのまま葦を伐採に行くから、ここにある分の葦を使い終わったら取りに来てくれ」
「あいあいさっ!」
葦の群生地の向こう側に葛の群生地があるので、葛採集のための道作りも兼ねて、葛の群生地へのルート上に群生している邪魔な葦を意識的に刈り取っていく。
鋸で葦を根本付近から切り、細長い葦の葉を軍手をはめた手で引きちぎって真っ直ぐな竿状にするまでは俺がやる。美岬は材料が足りなくなったら取りに来て、ある程度まとまった量の葦竿を持っていき、向こうで適度な長さに加工して壁を作っていく。
そんなことを繰り返し、トイレ小屋の壁が完成したという報告を俺が受けたのは夕方の5時半頃のことだった。
その時には細いながらも葛の群生地へと至るルートは開通していたので、とりあえず繁茂する葛のなるべく大きな葉っぱを選んで集めて拠点に戻ることにした。
110
お気に入りに追加
565
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました
夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。
スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。
ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。
驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。
※カクヨムで先行配信をしています。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる