【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる

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箱庭スローライフ編

第49話 6日目⑤おっさんは偉大なる母に出会う

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 林の奥の方まで来ると、地面は太い木の根に覆い尽くされ、土はほとんど見えない。地表も、立ち並ぶ巨木の幹も、倒木も緑色の苔に覆われて周囲のすべてが緑一色になっている。
 小川もここまで来るとすでに形を為しておらず、そこかしこからチョロチョロと湧水が湧き出して細い流れを作って地面を潤し、そのうちの一部は再び地中に染み込んで消え、一部は合流しながら小川の源流となっている。
 湧水によって常に潤されているのでこの辺りは空気そのものがしっとりと湿っており、ひんやりと涼しい。もうこの辺りにはジュズダマをはじめとした草の類はほとんど生えておらず、頭上には日光を得るために木々が伸ばした梢が幾重にも重なりあっているので木漏れ日もほとんど射し込まない。古い木が倒れて空いたスペースに例外的に光が射しているものの、そこでは今がチャンスとばかりに若木が上へ上へと枝葉を伸ばしつつある。それ以外では倒木を苗床としたキノコやシダ類が時々目につく程度だ。

「てっきり滝の水がそのまま川になってるものと思っていたが違ったんだな。一度地下に染み込んで、森の植物が吸い上げ切れなかった分が湧き出してきて小川の源流になってたのか」

「滝の水煙が明らかにここまで届いてないのに、この辺りから急に木の密度が上がってるのはそういうことだったんすね」

 小川沿いに木が間隔を空けてぽつぽつ立ち並ぶ林の中をここまで歩いて来たが、ちょうどこの辺りが林と森の境界なのだろう。
 浜からここまでの直線距離は1kmぐらいだ。地中から湧き出して海に注ぎ込むまでがたった1km程度の短い川なら、生水でそのまま飲んでも問題はないだろう。この時点で水の品質への不安は解消された。

「滝の水と直接繋がっていないならそのまま飲んで大丈夫だな」

 俺はしゃがんで今まさに湧いたばかりの水を手のひらで掬って飲んでみた。地中で濾過されたばかりの水のほどよい冷たさと雑味のないクリアな味わいにただ単純に旨いと感じる。そういえば、冷たいと感じるものを口にするのは本当に久しぶりだ。

「どうっすか?」

「……これは、ちょっと感動するな」

「マジすか! じゃああたしも……ふわぁ!」

 両手で掬った湧水を一口飲んだ美岬が歓声を上げ、そのまま続けてゴクゴクと飲み干す。俺ももう一度両手で水を掬って飲んだ。

「……あたし、今までミネラルウォーターを美味しいと思って飲んだことなかったんすけど、この水はほんとに雑味がぜんぜん無いのに喉ごしもすごく軟らかくて美味しいっすね! それに、この手が痺れるぐらいの冷たさ! 冷たい水ってそれだけで贅沢なんだって心底納得したっすよ」

「それな。俺たちが洗濯をしていた辺りの水でも問題なく飲めるだろうが、ここの水はわざわざ汲みにくる価値があるな。とりあえず持ってきたペットボトルだけは満たしておこう」

 ペットボトルを沈められるほど深い場所はないが、土地の段差を利用して、湧水がポタポタと滴になって落ちている場所を見つけ、その下に空のペットボトルを置くことで水が貯まるようにする。このままここに放置しておけば帰る頃には貯まっているだろう。
 持ってきた空のペットボトルをすべて滴り落ちる湧水の下にセットし終えて、俺と美岬は林のさらに奥に目を向ける。まだ全貌は見えていないが木立の向こうにマザーツリーとおぼしき明らかに異彩の存在感を放つ巨木の姿が垣間見えている。

「…………」

 引き寄せられるようにそちらに近づき、視線を遮っていた直径2㍍ほどの木を迂回すればついにその全貌が明らかになる。

「…………っ! これは……」

 美岬が何か言おうと口をはくはくさせるが言葉にならない。だが俺もそんな美岬の気持ちが分かる気がした。それほどまでに圧倒されてしまったのだ。
 500年? 1000年? いったいどれ程の昔からこの地に鎮座していたのかも分からないが、悠久とも言える積み重ねた歴史によって醸成された荘厳さをその木は醸し出していた。
 根本付近はどこまでが根でどこからが幹なのか判別できない。地表に出ている苔むしながら台形に広がっている木の土台部分は最大で直径10㍍以上はあるだろう。当然、地中ではさらに広範囲に根が広がっているのだろうが。
 俺の胸の高さ辺りでも直径は5㍍以上ある。直径×3.14で計算するなら胴回りで16㍍ぐらいはあるということになる。これほどの巨木になると枝ぶりもすごい。まっすぐに伸びる杉のような針葉樹とは違い、広葉樹であるスダジイは高さはさほどでもないが、四方八方に伸ばされた枝は圧巻と言うしかない。下の方の大枝は幹から枝分かれしている辺りは太さが1.5㍍ほどもあり、梢までの長さも20㍍ぐらいはあるように見える。つまり、幹を中心に直径40㍍ほどの範囲内がマザーツリーの傘下ということになる。

「……立派なんて言葉じゃとても言い表せないな。すごい木だ。……いや、だめだ。俺の語彙ではこの感動を、この偉容や荘厳さをとても表現できそうにない」

「……大丈夫っす。あたしも同じものを見て、この感動をとても言葉にはできないって分かってるっすから。これはただのマザーツリーじゃなくて、偉大なる母──グランドマザーって感じっすね」

「グランドマザーか。確かにそうだな。じゃあとりあえずこれからこの木はグランドマザーと呼ぶことにするか」

 気を取り直してグランドマザーの傘下を進みながら上を見上げれば重なりあう枝のスケールの大きさに、さながら自分が縮んでしまったような錯覚さえしてしまう。
 下の方の大枝の中には枝そのものの重みに耐えきれずに折れて落ちてしまっているものもあるようだ。そりゃ枝だけで巨木サイズもあれば重さも凄まじいことになるだろう。折れて転がっている大枝に近づいてみれば内部が空洞化している。この空洞化による強度の低下も折れた要因かもしれない。
 内部はかなり腐敗が進んで脆くなっているものの、外側はしっかりとした固さを保っているし、十分に乾いているようだから材木として使えそうだ。通常なら太さが1㍍以上もあるような巨大な丸太を俺の折り畳み鋸ごときでどうこうすることなんて出来ようはずもないが、中が空洞化しているならその部分をうまく利用しながら切れば、なんとかなりそうな気がする。
 そして、もし入手できたなら中が空洞化した丸太は非常にありがたい。底を塞いで桶として使うこともできるが、このサイズならそのまま風呂桶にもできるだろう。この場所でしばらく暮らすことになる以上、いずれはちゃんとした風呂も作りたいと思っていたが、このグランドマザーの巨大な枝はそれを一気に現実的にしてくれるものだ。そのことを言えば美岬が目を輝かせて食いついてきた。

「お風呂っすか! 大賛成っす! さあガクさん、このでっかい枝は持って帰りましょう。そしてお風呂っす!」

「落ち着け。今はまだだめだ。風呂を作ろうと思ったらまだ解決しなきゃいけない技術的な問題もあるし、時間もかかる。それに風呂の優先順位は高くない。今はまずは衣食住を整える方が優先だ」

「うう……。残念っす」

 しょんぼりと落ち込む美岬の頭をわしゃわしゃと撫でて慰める。

「俺も風呂には入りたいから、なるべく早く整備するからあまり凹むな。今でも小川や海で水浴びぐらいならできるからとりあえずそれでがまんしてくれ」

「……はぁい。ガクさんが素敵なお風呂を作ってくれるのを楽しみに待つっす」

「いい子だ」

「むう。またそうやって子供扱いする」

 ぷうっとむくれる美岬の顎を指でくいっと持ち上げて上を向かせ、軽く屈んで唇を奪う。そして囁く。

「……誰が子供扱いしてるって?」

「……っ!?」

 前触れ無しのいきなりのキスに目を白黒させている美岬に何事もなかったように平静を装って言う。

「さあ、そろそろペットボトルに水も貯まっている頃だろう。運べるものだけ回収してぼちぼち拠点に戻るぞ」

 そう言いながらグランドマザーに背を向けて歩き出す。

「……ちょ、なんすか? ……今のキス、ちょっと、もー!」

 あまりの展開の早さに処理能力がついてこれない美岬が混乱状態のまま追いかけてきてぽこぽこと叩いてくるが全く痛くなかった。ただの照れ隠しだったようだ。かくいう俺もあまりにも自分らしくない行動をしてしまったことで恥ずかしくなってまともに美岬の顔を見れないわけだが。

 湧水のところまで戻れば、500ccのペットボトル2本がすでにいっぱいになって溢れており、2㍑のペットボトルは半分ちょっと貯まっていた。ここならいつでも汲みに来れるので別にめいっぱい貯めなくてもいい。現時点で貯まっている分でよしとしてペットボトルのキャップを締めて俺のリュックに詰め込む。美岬のスポーツバッグにはすでに薪用の枝がいっぱいに詰め込まれている。
 そして工作用として太さが5㌢ぐらいで長さ3㍍ぐらいのそこそこ真っ直ぐな枝を6本、麻紐で縛って束にして、俺と美岬の二人がかりで肩に担ぐ。美岬が前で俺が後ろだ。

「どうだ、美岬? 無理せず持てるか?」

「んー、ちょっとキツいけど休憩しながらだったらいけると思うっす」

 俺は自分が肩に担ぐ位置を少し前にずらす。こうすれば重心が移動して美岬にかかる負担が少し減るはずだ。

「これならどうだ?」

「あ、大分楽になったっす。でもガクさんへの負担が増えたんじゃないっすか?」

「これぐらいなら全然余裕だ。じゃあこのまま林から平原の方に抜けてまっすぐに拠点に戻るぞ」

「了解っす」

 ここに来るときは小川の状態を確かめたかったのと薪用の枝を拾いたかったからあえて林の中を通ってきたが、ただ拠点に帰るだけなら林を出て平原を抜けて行く方が断然楽だ。平原の方は水の供給源が雨水だけだから丈の低い草とポツンポツンと疎らに生えた木ぐらいしかないから歩きやすいし見張らしもいい。林から平原に出ると1㎞ほど先に俺たちの拠点とその周辺に積み上げられている葦が見えた。

「おお、なるほどー、ここに出るんすね」

「この場所の特徴を覚えておけば、次回に水汲みに来る時に迷わずにまっすぐ行けるな」

「んー、でもここはあまり目印になりそうなものはないっすね。位置関係でだいたいこの辺って覚えとくぐらいっすかね」

「まあとりあえずそれでいいさ。あ、ちなみに昨日言ってた洞窟はあれだ」

 歩きながら崖にぽっかりと口を開けた洞窟を指差す。

「ああ、あれっすかぁ。……ねぇガクさん、昨日、洞窟を調べて良さげだったら引っ越すって言ってたっすけど、それって急がなきゃいけないものっすか?」

「いや、そうでもないぞ。別に今の拠点でも不具合があるわけじゃないからな」

「うーん、じゃああれ調べるのはもうちょっと後回しにしません? やらなきゃいけないことが多すぎてちょっとオーバーワークじゃないっすか?」

「そうだな。働きすぎはよくないな。それに今の拠点は海に行ったり洗濯場に行くのには近くて便利だから引っ越しを急ぐ理由もないよな」

「じゃあとりあえずもうしばらくは浜の拠点を中心に活動するってことでいいっすね?」

「おっけ。なら今の拠点も仮住まい用としてじゃなくて、本住まい用としてちゃんと整備しなきゃな」

「そのうち愛着が出てきて引っ越すのが辛くなりそっすね」

「別に引っ越しにこだわらなくても、必要に応じて拠点を増やしていくと考えればいいんじゃないか?」

「……おぉ! 別荘っすか! なんかセレブな感じっすね」

「まあこの箱庭はとりあえず俺たち二人だけで好きなように出来るわけだからな。環境に配慮しつつ好きなように整備してみるのもありだな」

「あは。夢が広がるっすねー!」

 そんなことを駄弁りながら洞窟の前を通り過ぎ、ファットウッド化した松のそばも通り過ぎ、俺と美岬は無事に砂浜の拠点に帰り着いたのだった。今の時刻は午前11時過ぎ。かなり潮も引いているからこれから食材調達のために潮干狩りだ。

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