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沈没漂流編
第40話 5日目⑨おっさんは疲れでうっかりしていた
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二人で連れ立って拠点から外に出てみればまだ空は雲で覆われているものの雨は止み、雲も薄くなっている。台風は完全に過ぎ去ったようだ。その時、はっと気づく。
「……あ、そうか。自力でこの島から脱出して本土ないしは有人島まで行かなきゃいけないと思ってたから、準備が整うまでしばらくこの島に居ることになると思ってたが……考えてみれば台風が過ぎたなら俺たちの捜索も再開されるだろうし、この島の周辺にも探しに来てくれるだろうから、俺たちがあのトンネル洞窟を反対側に抜けて待ってればすぐに助けてもらえるんじゃないか!」
「おぉ、そういえばそうっすよね! この時間は満潮っすからあのトンネルも水没しちゃってるでしょうけど、明日の午前の干潮の時間なら、潮も逆にこっちから外に向かって流れるから、外に出るのはそんなに難しくないっすよね」
「よし、それなら明日は干潮の時間に合わせて外に出てみるか。もし助けが来なければまたここに戻ればいいし」
「そっすね。いいと思うっす。それで助けてもらえるならそれが一番っすもんね」
この島内の谷あいの盆地では見つけてもらえないなら、見つけてもらえる場所にいればいい。考えてみれば当たり前のことだ。
だが、俺たちの目論みはあっさり潰える。
砂浜まで戻ってみれば、筏が無くなっていた。いや、筏を引き上げてあった浜が満潮の水位上昇で海に沈み、筏が流されてしまっていた。
筏は湾内の陸からかなり離れたところにぷかぷかと浮いているのが見えているが、普段の生活で泳ぐことにほとんど縁の無い俺が泳いで取りに行くには明らかに無謀な距離だ。
「…………あ、ああ! やっちまった! マジかぁ……」
「…………おうふっ。そういえばここに来たのって干潮のピークが過ぎて潮が満ち始めた直後だったっすね。大潮の時は干満の水位が2㍍近く変わるっすから……」
「…………さっきからずっとなんか忘れてるような気はしてたんだが、これだったか。しまったなぁ。ちょっと考えれば分かったはずなのに」
「疲れすぎてたんすよ。ガクさんのせいじゃないっす。あたしだって今の今まで全然気づいてなかったんすから」
「……そう言ってもらえると気が楽になる。しかし、筏の回収をどうしたものかなぁ……」
「今泳いで行くとか言ったら全力で止めるっすよ」
「いやいや。そんな無謀はさすがに言わんから。……あー……まあ、この件は一旦棚上げするしかないよなぁ。運良く浜に近づいてくれば引き上げるということで」
これはもう考えてもどうしようもないことだから切り替えるしかないよな。
「……現実的にそれしかないっすよね。そろそろ薄暗くもなってきたっすし、せっかくだからこの辺で何か適当に採集して戻るっすか?」
「そうだな。何か食えるものでも採っていけば晩メシになるな」
「この砂浜の上の方は海浜植物がけっこう自生してるっすね。パッと見で確認した中ではハマボウフウ、ハマナス、ハマダイコンは食べれるはずっすよ。食べたことはないっすけど」
「それは俺がなんとか料理するさ。あとは、貝とか甲殻類とかもあったらいいんだが、それは明日の干潮時に期待かな」
「んー、あの岩場とかカメノテぐらいなら満潮の今でも取れそうじゃないっすか?」
この砂浜はそのすべてが砂地ではなく所々に岩があり、特に崖のそばは過去に崖が崩れてできたであろう岩場になっている。
「そうだな。ならちょっと覗いていくか」
「あ、じゃあガクさんはここで食べれる植物を集めてほしいっす。岩場にはあたしが一人で行ってくるっす」
「一緒に行けばいいじゃないか」
「……やー、その、ちょっとオシッコしたいなーと。あの岩場はちょうど良さげな岩陰になってるっすし」
「おっけ。ごゆっくりどうぞ」
陸に上がった以上はトイレの問題も出てくる。そのへんも早めに整備しないといかんな。特に大便に関しては今までは直接海中に排便して、そのまま海水で尻を洗っていたから問題なかったが、これからは用を足した後で尻を拭けるトイレットペーパーの代用になるものを探す必要も出てくるよな。なんとかいい方法を考えないと。
そんなことを考えながらハマボウフウとハマダイコンを採集する。
セリ科の香味山菜であるハマボウフウは春なら生食でもいけるが、今の時期だとかなりエグ味が強くなっているのでアク抜きの為の下茹でが必須になる。可食部位は葉だから、若そうな葉だけを選んでむしっていく。
野生種の大根であるハマダイコンは旬であれば一応全部食べられるのだが、その旬は冬から春にかけてで、真夏の今だと白く立ち枯れてもはや食べる場所が無いのが普通だ。
実際、ほとんどはそのように枯れているのだが、野生種の植物には一定の割合で狂い咲きが起きる。おそらく開花時期や結実時期をずらすことで種として生き延びる可能性を高める植物なりのサバイバル術なのだろうが、おかげさまでほとんどのハマダイコンが立ち枯れている中、元気に青々としていて薄紫の花を咲かせているものも少し残っている。
とはいえ、今は時期を完全に外しているし、辛すぎてあまり量を食べられるものではないので一株だけ引っこ抜く。
それとちょっと思うところがあり、すでに立ち枯れているものも一本採っておく。
俺の腰ぐらいの高さの茂みになっているバラ科の低木のハマナスは今ちょうど花が咲いていて、この花もそのまま食べれるが、匂いが強すぎて使い所を選ぶタイプだから今回はやめておこう。このまま置いておけばいずれフルーツとして食べられる実も成るはずだからそれまで待つのでもいい。
海水でじゃばじゃばとハマボウフウとハマダイコンについている砂を洗い落としているところに美岬が戻ってくる。
「カメノテはいっぱいあったっすよ。岩牡蛎とか傘貝もでかいのが付いてたっすけど、そっちは道具がいるんでちょっと断念したっす。とりあえずカメノテはこれぐらい取ってきたっすよ」
とスーパーで売ってるシメジ1パックぐらいのカメノテの塊を両手で持って見せてきた。どうやらコロニーごと岩から剥がしてきたようだ。
「いいな。晩メシにする分ならそれだけあれば十分だ。とりあえず戻ろうか」
「あいあいさ」
拠点に一旦戻り、収穫物をとりあえずクーラーボックスに入れる。床が砂地だから砂まみれにならない場所はクーラーボックスが一番無難だ。
「さて、料理に取りかかる前に、俺も服を着替えて体を拭きたいんだが……」
「あ、じゃあ今度はあたしがちょっと外に出てるっすね。……んー、なんか今のうちにやっておけることがあるならやっとくっすけど?」
「そうだな、じゃあ一番大きいコッヘルに一杯分の海水を汲んできてもらっていいか?」
「らじゃっ! では、ちょっと行ってくるっす。ついでになんか良さげな物があったら拾ってくるっす」
コッヘルを手に美岬が出ていき、その間に体を拭きながら服を着替えていく。
速乾素材であることをいいことに漂流初日から着たきりだったカーゴパンツと長袖のラッシュガードと下着は、さすがに潮まみれと皮脂汚れによるベタつきで不快感がすごいことになっているから着替えられるのが嬉しい。だが、ズボンの換えは無いので、下は下着の上にラッシュ素材のハーフレギンス、上はインナーシャツは着ないでフードつきのパーカータイプの長袖のラッシュガードを直接着る。着替え後の爽快感に思わず口許が緩む。
とはいえ普通に過ごす分にはこれでいいだろうが、林や茂みの中に分け入ることを考えるなら、カーゴパンツは早めに洗濯して使えるようにしておきたいところだな。
とりあえず着替えと清拭も済んだので美岬は? と外に出てみれば、そこにはすでに海水の汲まれたコッヘルが置かれており、美岬本人は再び波打ち際の方に出向いて何やら拾っているようだった。俺に気づいた美岬が小走りに戻ってくる。そして俺の姿を上から下まで眺め回して眉を八の字にする。
「ガクさん、ひどいっす!」
「なんでっ?」
思わず身構えるが──
「あたし、さっきまで今のガクさんと同じ格好してたのに! あたしが今の服に着替えてすぐにその服に着替えるなんてイケズっす!」
本当にしょうもない理由だった。悲しそうな顔を装いつつもお揃いへの期待感で口許がニヨニヨしている大根役者っぷりにも脱力する。
「……あー、はいはい。汚れ物の洗濯が終わったらペアルックしようなー。……で、何か拾ってるようだったがなんかあったか?」
「ふふ。いいものを見つけたっすよ。これ何か分かります?」
美岬が手のひらを開いて見せてきたのは真っ黒な豆の莢。中身は無くて莢だけだ。サイズ的には枝豆に近いが、枝豆よりかなり長く、剛毛で覆われている。美岬がわざわざ“いいもの”と言う以上、ただの食用豆じゃないだろう。食用豆ならすでに美岬が何種類も持ち込んでいる。
いや待てよ、この見た目は見覚えがあるな。それも珍しいものではなく割りとよく見る感じだ。と思ったところではっと気づく。
「ああ、分かった。葛豆か」
「むう。すぐに分かるとはさすがっすね。この時期だと今年の豆はまだ出来てないと思うんで、これは多分去年のやつだと思うっすけど、砂浜にいくつか打ち上がってたから、この島には多分葛が自生してると思うんすよ」
「おお、確かにそれはいい情報だな。明日から意識して葛を探してみるか」
生命力と繁殖力が滅茶苦茶強くてどんな場所でもバンバン蔓延り、日本のみならず世界中の農家から厄介者扱いされてグリーンモンスターなどと呼ばれているマメ科植物の葛だが、その有用性は非常に高い。特にこのサバイバル生活では葛が手に入るだけで様々な問題が解決する。
根、茎、葉、花、実のすべてが食べれる上に普通に旨い。茎の繊維からは葛布という布が作れる。葉と茎からはお茶も作れるし、そして何よりも──
「こういう状況っすから風邪薬は早めに手に入れておきたいっすもんね」
そう。風邪薬になるのだ。漢方の風邪薬として有名な葛根湯は読んで字のごとし葛の根から作られるし、作り方そのものもさほど難しくない。あとついでに葛の花からは葛花という薬も作れてこちらは酔いざましや胃薬となる。
「まったくだ。……しかし、美岬はなかなか物知りだな。そういうのも学校で習うのか?」
「いやーこういうのは趣味というか、部活の方っすね」
「そういや今まで聞かなかったが部活は何をやってるんだ?」
「有用植物研究会ってサークルなんすけど、そこらへんで雑草扱いされてる植物の活用法を調べてデータベース化するのが主な活動っすね。名前を知らなきゃ雑草でも、調べて薬草だったり山菜だったりっていうのが分かってくると楽しいんすよね」
「それは分かるな。俺もそういうのは好きだぞ」
「ガクさんなら分かってくれると思ってたっす。で、特にあたしの研究テーマが将来実家の島で活用できるようにと、海浜植物とパイオニア植物なんすよ」
「なるほど、色々と繋がった。葛なんてパイオニア植物の代表格だもんな。ははぁ、アイスプラントもその実験の一環だな?」
「その通りっす。夏休みの自由研究っていうか高校ではホームプロジェクトって言うんすけど、自分で自由に決める研究課題にあたしの場合は離島でのアイスプラントの有用性を調べることを選んでたんす」
「ふむふむ。ならせっかくだからこの島で色々実験してデータを取ったらいいじゃないか。俺も協力するし」
「おぉ、あざっす! ガクさんが一緒にやってくれるならめっちゃ捗るっすね!」
「ま、そのへんも含めて今後の優先順位を晩メシを食いながらじっくり話し合おうか。だいぶ暗くなってきたし、中に入って晩メシにしよう。美岬も手伝ってくれ」
「あいあいっ! お腹すいたっす~」
俺は足元にある美岬が汲んできてくれた海水の入ったコッヘルを持ち上げて拠点の中に入り、美岬も続いて入ってきた。
【作者コメント】
葛はめっちゃ迷惑な植物ではありますが、サバイバルにおいては凄まじく有用な植物です。詳しい加工や使い方に関してはまた後述しますが、火山噴火後の荒れ地でも育つパイオニア植物であり、1日で50㌢伸びる成長の早い植物であり、食べてよし、飲んでよし、布にもなり、薬にもなり、バイオ燃料にもなる、俺TUEEEEなチート植物です。世界の侵略的外来種ワースト100にもランクインしているヤバイ奴です。【俺は異世界で葛を育てて無双する】的な内政チート話があっても驚かんね。
「……あ、そうか。自力でこの島から脱出して本土ないしは有人島まで行かなきゃいけないと思ってたから、準備が整うまでしばらくこの島に居ることになると思ってたが……考えてみれば台風が過ぎたなら俺たちの捜索も再開されるだろうし、この島の周辺にも探しに来てくれるだろうから、俺たちがあのトンネル洞窟を反対側に抜けて待ってればすぐに助けてもらえるんじゃないか!」
「おぉ、そういえばそうっすよね! この時間は満潮っすからあのトンネルも水没しちゃってるでしょうけど、明日の午前の干潮の時間なら、潮も逆にこっちから外に向かって流れるから、外に出るのはそんなに難しくないっすよね」
「よし、それなら明日は干潮の時間に合わせて外に出てみるか。もし助けが来なければまたここに戻ればいいし」
「そっすね。いいと思うっす。それで助けてもらえるならそれが一番っすもんね」
この島内の谷あいの盆地では見つけてもらえないなら、見つけてもらえる場所にいればいい。考えてみれば当たり前のことだ。
だが、俺たちの目論みはあっさり潰える。
砂浜まで戻ってみれば、筏が無くなっていた。いや、筏を引き上げてあった浜が満潮の水位上昇で海に沈み、筏が流されてしまっていた。
筏は湾内の陸からかなり離れたところにぷかぷかと浮いているのが見えているが、普段の生活で泳ぐことにほとんど縁の無い俺が泳いで取りに行くには明らかに無謀な距離だ。
「…………あ、ああ! やっちまった! マジかぁ……」
「…………おうふっ。そういえばここに来たのって干潮のピークが過ぎて潮が満ち始めた直後だったっすね。大潮の時は干満の水位が2㍍近く変わるっすから……」
「…………さっきからずっとなんか忘れてるような気はしてたんだが、これだったか。しまったなぁ。ちょっと考えれば分かったはずなのに」
「疲れすぎてたんすよ。ガクさんのせいじゃないっす。あたしだって今の今まで全然気づいてなかったんすから」
「……そう言ってもらえると気が楽になる。しかし、筏の回収をどうしたものかなぁ……」
「今泳いで行くとか言ったら全力で止めるっすよ」
「いやいや。そんな無謀はさすがに言わんから。……あー……まあ、この件は一旦棚上げするしかないよなぁ。運良く浜に近づいてくれば引き上げるということで」
これはもう考えてもどうしようもないことだから切り替えるしかないよな。
「……現実的にそれしかないっすよね。そろそろ薄暗くもなってきたっすし、せっかくだからこの辺で何か適当に採集して戻るっすか?」
「そうだな。何か食えるものでも採っていけば晩メシになるな」
「この砂浜の上の方は海浜植物がけっこう自生してるっすね。パッと見で確認した中ではハマボウフウ、ハマナス、ハマダイコンは食べれるはずっすよ。食べたことはないっすけど」
「それは俺がなんとか料理するさ。あとは、貝とか甲殻類とかもあったらいいんだが、それは明日の干潮時に期待かな」
「んー、あの岩場とかカメノテぐらいなら満潮の今でも取れそうじゃないっすか?」
この砂浜はそのすべてが砂地ではなく所々に岩があり、特に崖のそばは過去に崖が崩れてできたであろう岩場になっている。
「そうだな。ならちょっと覗いていくか」
「あ、じゃあガクさんはここで食べれる植物を集めてほしいっす。岩場にはあたしが一人で行ってくるっす」
「一緒に行けばいいじゃないか」
「……やー、その、ちょっとオシッコしたいなーと。あの岩場はちょうど良さげな岩陰になってるっすし」
「おっけ。ごゆっくりどうぞ」
陸に上がった以上はトイレの問題も出てくる。そのへんも早めに整備しないといかんな。特に大便に関しては今までは直接海中に排便して、そのまま海水で尻を洗っていたから問題なかったが、これからは用を足した後で尻を拭けるトイレットペーパーの代用になるものを探す必要も出てくるよな。なんとかいい方法を考えないと。
そんなことを考えながらハマボウフウとハマダイコンを採集する。
セリ科の香味山菜であるハマボウフウは春なら生食でもいけるが、今の時期だとかなりエグ味が強くなっているのでアク抜きの為の下茹でが必須になる。可食部位は葉だから、若そうな葉だけを選んでむしっていく。
野生種の大根であるハマダイコンは旬であれば一応全部食べられるのだが、その旬は冬から春にかけてで、真夏の今だと白く立ち枯れてもはや食べる場所が無いのが普通だ。
実際、ほとんどはそのように枯れているのだが、野生種の植物には一定の割合で狂い咲きが起きる。おそらく開花時期や結実時期をずらすことで種として生き延びる可能性を高める植物なりのサバイバル術なのだろうが、おかげさまでほとんどのハマダイコンが立ち枯れている中、元気に青々としていて薄紫の花を咲かせているものも少し残っている。
とはいえ、今は時期を完全に外しているし、辛すぎてあまり量を食べられるものではないので一株だけ引っこ抜く。
それとちょっと思うところがあり、すでに立ち枯れているものも一本採っておく。
俺の腰ぐらいの高さの茂みになっているバラ科の低木のハマナスは今ちょうど花が咲いていて、この花もそのまま食べれるが、匂いが強すぎて使い所を選ぶタイプだから今回はやめておこう。このまま置いておけばいずれフルーツとして食べられる実も成るはずだからそれまで待つのでもいい。
海水でじゃばじゃばとハマボウフウとハマダイコンについている砂を洗い落としているところに美岬が戻ってくる。
「カメノテはいっぱいあったっすよ。岩牡蛎とか傘貝もでかいのが付いてたっすけど、そっちは道具がいるんでちょっと断念したっす。とりあえずカメノテはこれぐらい取ってきたっすよ」
とスーパーで売ってるシメジ1パックぐらいのカメノテの塊を両手で持って見せてきた。どうやらコロニーごと岩から剥がしてきたようだ。
「いいな。晩メシにする分ならそれだけあれば十分だ。とりあえず戻ろうか」
「あいあいさ」
拠点に一旦戻り、収穫物をとりあえずクーラーボックスに入れる。床が砂地だから砂まみれにならない場所はクーラーボックスが一番無難だ。
「さて、料理に取りかかる前に、俺も服を着替えて体を拭きたいんだが……」
「あ、じゃあ今度はあたしがちょっと外に出てるっすね。……んー、なんか今のうちにやっておけることがあるならやっとくっすけど?」
「そうだな、じゃあ一番大きいコッヘルに一杯分の海水を汲んできてもらっていいか?」
「らじゃっ! では、ちょっと行ってくるっす。ついでになんか良さげな物があったら拾ってくるっす」
コッヘルを手に美岬が出ていき、その間に体を拭きながら服を着替えていく。
速乾素材であることをいいことに漂流初日から着たきりだったカーゴパンツと長袖のラッシュガードと下着は、さすがに潮まみれと皮脂汚れによるベタつきで不快感がすごいことになっているから着替えられるのが嬉しい。だが、ズボンの換えは無いので、下は下着の上にラッシュ素材のハーフレギンス、上はインナーシャツは着ないでフードつきのパーカータイプの長袖のラッシュガードを直接着る。着替え後の爽快感に思わず口許が緩む。
とはいえ普通に過ごす分にはこれでいいだろうが、林や茂みの中に分け入ることを考えるなら、カーゴパンツは早めに洗濯して使えるようにしておきたいところだな。
とりあえず着替えと清拭も済んだので美岬は? と外に出てみれば、そこにはすでに海水の汲まれたコッヘルが置かれており、美岬本人は再び波打ち際の方に出向いて何やら拾っているようだった。俺に気づいた美岬が小走りに戻ってくる。そして俺の姿を上から下まで眺め回して眉を八の字にする。
「ガクさん、ひどいっす!」
「なんでっ?」
思わず身構えるが──
「あたし、さっきまで今のガクさんと同じ格好してたのに! あたしが今の服に着替えてすぐにその服に着替えるなんてイケズっす!」
本当にしょうもない理由だった。悲しそうな顔を装いつつもお揃いへの期待感で口許がニヨニヨしている大根役者っぷりにも脱力する。
「……あー、はいはい。汚れ物の洗濯が終わったらペアルックしようなー。……で、何か拾ってるようだったがなんかあったか?」
「ふふ。いいものを見つけたっすよ。これ何か分かります?」
美岬が手のひらを開いて見せてきたのは真っ黒な豆の莢。中身は無くて莢だけだ。サイズ的には枝豆に近いが、枝豆よりかなり長く、剛毛で覆われている。美岬がわざわざ“いいもの”と言う以上、ただの食用豆じゃないだろう。食用豆ならすでに美岬が何種類も持ち込んでいる。
いや待てよ、この見た目は見覚えがあるな。それも珍しいものではなく割りとよく見る感じだ。と思ったところではっと気づく。
「ああ、分かった。葛豆か」
「むう。すぐに分かるとはさすがっすね。この時期だと今年の豆はまだ出来てないと思うんで、これは多分去年のやつだと思うっすけど、砂浜にいくつか打ち上がってたから、この島には多分葛が自生してると思うんすよ」
「おお、確かにそれはいい情報だな。明日から意識して葛を探してみるか」
生命力と繁殖力が滅茶苦茶強くてどんな場所でもバンバン蔓延り、日本のみならず世界中の農家から厄介者扱いされてグリーンモンスターなどと呼ばれているマメ科植物の葛だが、その有用性は非常に高い。特にこのサバイバル生活では葛が手に入るだけで様々な問題が解決する。
根、茎、葉、花、実のすべてが食べれる上に普通に旨い。茎の繊維からは葛布という布が作れる。葉と茎からはお茶も作れるし、そして何よりも──
「こういう状況っすから風邪薬は早めに手に入れておきたいっすもんね」
そう。風邪薬になるのだ。漢方の風邪薬として有名な葛根湯は読んで字のごとし葛の根から作られるし、作り方そのものもさほど難しくない。あとついでに葛の花からは葛花という薬も作れてこちらは酔いざましや胃薬となる。
「まったくだ。……しかし、美岬はなかなか物知りだな。そういうのも学校で習うのか?」
「いやーこういうのは趣味というか、部活の方っすね」
「そういや今まで聞かなかったが部活は何をやってるんだ?」
「有用植物研究会ってサークルなんすけど、そこらへんで雑草扱いされてる植物の活用法を調べてデータベース化するのが主な活動っすね。名前を知らなきゃ雑草でも、調べて薬草だったり山菜だったりっていうのが分かってくると楽しいんすよね」
「それは分かるな。俺もそういうのは好きだぞ」
「ガクさんなら分かってくれると思ってたっす。で、特にあたしの研究テーマが将来実家の島で活用できるようにと、海浜植物とパイオニア植物なんすよ」
「なるほど、色々と繋がった。葛なんてパイオニア植物の代表格だもんな。ははぁ、アイスプラントもその実験の一環だな?」
「その通りっす。夏休みの自由研究っていうか高校ではホームプロジェクトって言うんすけど、自分で自由に決める研究課題にあたしの場合は離島でのアイスプラントの有用性を調べることを選んでたんす」
「ふむふむ。ならせっかくだからこの島で色々実験してデータを取ったらいいじゃないか。俺も協力するし」
「おぉ、あざっす! ガクさんが一緒にやってくれるならめっちゃ捗るっすね!」
「ま、そのへんも含めて今後の優先順位を晩メシを食いながらじっくり話し合おうか。だいぶ暗くなってきたし、中に入って晩メシにしよう。美岬も手伝ってくれ」
「あいあいっ! お腹すいたっす~」
俺は足元にある美岬が汲んできてくれた海水の入ったコッヘルを持ち上げて拠点の中に入り、美岬も続いて入ってきた。
【作者コメント】
葛はめっちゃ迷惑な植物ではありますが、サバイバルにおいては凄まじく有用な植物です。詳しい加工や使い方に関してはまた後述しますが、火山噴火後の荒れ地でも育つパイオニア植物であり、1日で50㌢伸びる成長の早い植物であり、食べてよし、飲んでよし、布にもなり、薬にもなり、バイオ燃料にもなる、俺TUEEEEなチート植物です。世界の侵略的外来種ワースト100にもランクインしているヤバイ奴です。【俺は異世界で葛を育てて無双する】的な内政チート話があっても驚かんね。
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