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沈没漂流編
第33話 閑話2:父の涙
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帰省途中の海難事故で行方不明になっていた娘の美岬が見つかったとの知らせを受けたのは、事故発生から4日目の夜、俺と漁師仲間たちによる捜索が空振りに終わり、海が荒れてきてこれ以上の捜索は二重遭難の危険があるからと島の港に帰港した時だった。
桟橋で俺たちを出迎えた駐在が興奮を隠しきれない様子で言う。
「浜崎さん! 無線しようと思ったところにあんたの船が見えたから待っとったんじゃ! つい今しがた捜索本部から連絡があってな、美岬ちゃんたちが見つかったそうじゃぞ!」
「見つかった!? 本当か? どこでだ? 無事か?」
「お、おう。無事らしいぞ。といってもまだ救助まではされとらんようじゃが。たまたま通りがかったドクターヘリが見つけたそうじゃ」
「場所はどこだ?」
詳しく聞き出してみれば、俺たちが捜索していた範囲よりもかなり遠くまで流されていたらしいということが判明した。事故現場から南西に200㎞ほど離れた海域にある岩礁帯、その中心にあるカルデラ環礁内に手作り筏で停泊しているとのこと。
ドクターヘリに乗り組んでいた看護師がスマホで撮ったという動画ファイルもメールで添付されていたとのことなので漁師仲間の厳さんと一緒に駐在所のパソコンでチェックさせてもらう。
手ブレとヘリそのものの揺れもあってあまり鮮明ではなかったものの、周辺の地形や筏の様子はある程度は知ることができた。
筏は竹で三角形の外枠を作り、その内側に救命浮き輪やエアーマットレスを収めた構造になっているが、よくもまあ身一つで海に投げ出された状態からこれだけしっかりした筏を作れたものだと感心する。さすがはアウトドア業界でサバイバルマスターと呼ばれるだけのことはあると、筏から火の燃えている松明を振っているシェルパ谷川の姿を見ながら納得した。彼と一緒にいなかったら美岬は確実に生きてはいなかっただろう。たまたま彼と一緒にいたということが美岬にとっての一番の幸運に違いない。
シェルパ谷川は若い頃はバックパッカーとして世界中を旅して回り、その紀行文をアウトドア雑誌『バックパッカーズ』に掲載していた。バックパッカーズは俺が昔から購読していたから、美岬も小さい頃からシェルパ谷川のコラム『ぶらり旅日記』を好んで読んでいたのが思い出される。美岬にとってシェルパ谷川はアイドルやプロスポーツ選手よりも身近な憧れの有名人だったから船で一緒になってテンションがぶち上がっただろうな、とその時の様子を容易に想像できる。
バックパッカーズでのコラム掲載終了後、実家である僻地の山にあるジビエ料理の店を継ぎ、それまでの経験を活かして兼業で山岳ガイドや遭難捜索ボランティアなどをしているというインタビュー記事が数年前のバックパッカーズに特集されていたことも覚えている。
二人の様子を見れば、美岬は大きめのレインポンチョを着ていて、シェルパ谷川は銀色の断熱シートをマントのようにして身に纏って雨具代わりにしているようだ。使い勝手のいいポンチョを美岬に使わせてくれているところに彼の人柄が表れているように感じた。
二人の筏はカルデラ環礁の外縁山を形成する中で一番大きな岩のすぐ内側に停泊していて、そこがちょうど南から近づきつつある台風の風や高波からの避難場所として理想的なスポットであることにも感心する。
「大岩の風裏とは、この男なかなかよく考えてるな」と厳さんも頷く。
「よくこの場所を見つけたもんだ。少なくともこの辺り一帯ではこれ以上の待避場所はないだろう」
「……しかし、よりにもよってここか。この特徴的なカルデラからしてこの辺りはアレだぞ」
「ああ。神島の近海の『魔の海』……昔から神隠しがよく起きる場所だ」
「徳さんの件があって以来、暗黙の了解で誰も近づかなくなっていたからな。俺らだけではこの場所に捜索の手を延ばすことすらしなかっただろうから、ヘリが通ってくれてよかったな」
難破や行方不明事件が起こりやすい魔の海というものは世界中に存在している。有名どころだとバミューダトライアングルやホーン岬などがそうだが、この神島近海も俺たち地元の漁師たちに代々語り継がれ、恐れられている魔の海の一つだ。
神島というのはこのカルデラから10kmほどの距離にある無人島だ。この辺りでは一番大きい島で普通なら有人島になっていて然るべきだが、海岸線すべてが断崖絶壁になっていて港に適した場所も無く、島全体がジャングル化しているため上陸することはできない。南米ベネズエラのギアナ高地のテーブルマウンテンのような形の島で、海神である龍の住まう地──龍宮とも言い伝えられている。
そして、この神島の近海では船から人だけが消える謎の失踪事件が度々起きてきて、神隠しと恐れられている。乗組員だけがいなくなった漁船やボートだけが見つかることもあれば、何十年も前に行方不明になった人が使っていた小舟が漂っているのが見つかることもある。
俺が駆け出しの頃に世話になった妻の叔父にあたるベテラン漁師の徳さんはあまり迷信を恐れないタイプの人間で、時々この辺りに進出して漁をしていたが、20年ほど前のある時、漁に出たまま帰らず、神島近くで漁船だけが漂流しているのが見つかった。漁船に積んであったはずの小型ボートが無くなっていたので神島に上陸したのではないかと当時捜索に当たった複数の漁師たちがその痕跡を探したものの手掛かりは見つからず、また神島にはやはり上陸出来そうな場所が無いということも改めて確認された。
それから数ヵ月して、徳さんの小型ボートだけが神島近海を漂流しているのが見つかり、徳さんもまた神隠しに遇ったのだという結論になった。そしてそれ以来、うちの島の漁師たちは神島の近くには近づかなくなって今に到っている。
そんな地元の漁師も近づかない危険な海域に二人がいるということが焦燥感を募らせる。俺自身はあまり迷信深くはないが、それでも同じような状況の失踪事件が度々起きるということは、この場所にはその状況を起こさせる何らかの理由があるのだとは思っている。そして、その理由が判明していない以上、二人をなるべくあの海域に居させたくないというのが本心だ。
だが現時点ですでにこの辺りは台風の強風域に入っており、しかも予想進路の中心に位置しているので暴風域に入るのも時間の問題だ。海上保安庁がヘリ搭載の巡視船を現場近くの海域に向かわせてくれているそうだが、それでもヘリを飛ばしての救助活動そのものは嵐のピークが過ぎて海と風が少し落ち着くまでは始められないとのことで、恐らく救助活動は明日の昼以降にはなってしまうだろう。
なんとか無事でいてくれ、とヘリに向かってグッドラックサインを見せる二人を見ながら切実に祈った。
だが、俺の願いもむなしく、台風が去った翌日に現場上空に救助ヘリが到着した時にはカルデラ環礁内に二人の筏もその残骸もなかった。
ただちに大規模な捜索活動が組織され、俺たちも海が収まり次第漁船で周辺海域──神島も含めて探し回ったが手掛かりを見つけることはできなかった。
1週間後、現場海域からさらに西に100kmほど離れた小さな島の浜に二人の乗っていた筏の残骸が打ち上がっているのが発見されたので捜索範囲の中心はその島に移った。しかしその島に二人が上陸した形跡は無く、周辺海域を探しても一切の痕跡も見つからなかったので1週間ほどで大規模な捜索は終了した。
二人の生存を周囲が諦める中、俺は一つの可能性にすがりついていた。神隠しに遭い、どこかで生きているという可能性に。
冷静に考えて、あの状況で二人が生きている可能性は万に一つもないだろう。沈没から4日間も生き延びていただけでも奇跡だったのだ。それでも、俺は二人が生きている可能性を信じたかった。二人が死んだ証拠もまたないのだから。
結局、筏以外になんの成果もないまますべての捜索は打ち切られ、証拠品として回収されていた筏は事実上の『遺品』として俺に引き渡された。
筏は発見された状態のままでうちの倉庫に安置され、1日に一度はそれの様子を見に来ることがいつしか俺の日課になっていた。
俺はきっと生きていると信じているが、二人が最後に生存が確認された8月16日から1年たっても生死が分からなければ、二人が最後に生存確認されたあの日が二人の死亡日ということになる。
たらればを言い出したら本当にキリがないが、筏を見る度にどうしてもこの結末しかなかったのか、と考えてしまう。
あの台風のスピードがせめてもう少し遅かったなら、ドクターヘリが二人を見つけたあの日のうちに救助出来たのにとか、台風の進路がもう少しずれていたら二人はあのままあそこで救助を待てたのになどと思うとやるせなさと悔しさでいっぱいになる。
筏のエアーマットレスは破れ、オールも一本しか残っていないが、美岬のジーンズ製のシーアンカーや、各所に設置されている握り輪などはそのまま残っており、嵐の海で二人が一生懸命に生き延びようと努力した痕跡が明らかに見て取れた。二人は間違いなくベストを尽くした。それでも及ばなかったのだ。
二人がヘリに向けてグッドラックサインを送っていたあの最期の姿がフラッシュバックしてきて、俺はとうとう堪えきれずに泣き崩れ、声を出して泣いた。
【作者コメント】
漂流サバイバルものって昔から人気ジャンルですよね。今回の作品に確実にインスピレーションを与えてくれた作品をこの場を借りていくつかご紹介したいと思います。
・さいとうたかを著『サバイバル』
言うまでもなく日本のサバイバル漫画のレジェンド。特に第一部の無人島編は本当にヤバい。ヒロインとの死別にはマジで泣いた。ただ、現代風にアレンジされたリメイク版は原作の流れに沿っていた部分は最高だったがオリジナル展開になってからは……うーん(-""-;)
・ダニエル・デフォー著『ロビンソン・クルーソー』
この作品を語らずに漂流サバイバルは語れないでしょ! と自信をもっておすすめする漂流サバイバル物の元祖にして傑作中の傑作。船が難破して無人島にたどり着いた主人公が創意工夫しながら28年暮らし、その間に仲間を得たり、人喰い人種と戦ったりしながら最終的に無人島を脱出する話。仲間に無人島に置き去りにされるも生還し、最後は海軍兵として生涯を終えた海賊アレクサンダー・セルカークの実話がモデル。18世紀に書かれた古典小説なのに今読んでも普通におもしろい。
・ランダル・クレイザー監督『青い珊瑚礁』原作はヘンリー・D・スタックプールの小説”The Biue Lagoon”
1980年公開の古い映画だけどめっちゃ好き。明らかにロビンソン・クルーソーのオマージュな少年少女が主役の無人島漂流記。船が火事で沈み、老水夫と8才の少年主人公と7才の従妹ヒロインの3人が小舟で無人島にたどり着いて3人で生活し始めるも、やがて老水夫が死に、若い二人が助け合って成長していく話。成長して思春期になった二人が自分の心と身体の変化に戸惑いつつもお互いに惹かれていく様子が尊すぎる。そして二人のイケメンと美少女っぷりがヤバい。
・任天堂DSコナミ『サバイバルキッズ LOST in BLUE』
DSソフトの超名作。おそらく元ネタは青い珊瑚礁と思われる。船が沈んで無人島に漂着した15才の少年と14才の少女が助け合いながら生活し、最終的には無人島を脱出して社会復帰を目指すゲーム。脱出ルートは複数あり、最初は少年主人公ルートだけどクリアするとヒロインルートが解放されて、ヒロインルートをクリアすると隠しルートが解放されるというなかなかのボリュームと、釣りや料理や大工などのクラフト系のやりこみ要素も多くて正直ハマる。過去にやったゲームで一番は? と聞かれたらまずこれを挙げる。もし家にまだDSがあるなら、中古ソフトが安く手に入るので一度プレイしてみることをオススメします。この作品を楽しんでくれてる方なら絶対ハマるはず。
この中でも特に今回の作品への影響が大きいのはサバイバルキッズかなぁ。そもそもサバイバルキッズのノベライズを書きたいと思ったのがこの作品の構想の最初のきっかけだし。
ということでいろいろ不穏な美岬の父視点の閑話②でした。続きが気になる! という方はぜひ⭐や♥で応援いただけると幸いです。
16話に登場した作中作【大海賊時代より……美少女船長の生・配・信!】も同時連載中。こちらは大海賊時代18世紀のカリブ海を舞台に、小さな帆船を1隻所有する駆け出し商人の少女が成り上がっていく歴史アドベンチャー……っぽく見せかけたジャンル迷子の謎小説です。読めば納得。
桟橋で俺たちを出迎えた駐在が興奮を隠しきれない様子で言う。
「浜崎さん! 無線しようと思ったところにあんたの船が見えたから待っとったんじゃ! つい今しがた捜索本部から連絡があってな、美岬ちゃんたちが見つかったそうじゃぞ!」
「見つかった!? 本当か? どこでだ? 無事か?」
「お、おう。無事らしいぞ。といってもまだ救助まではされとらんようじゃが。たまたま通りがかったドクターヘリが見つけたそうじゃ」
「場所はどこだ?」
詳しく聞き出してみれば、俺たちが捜索していた範囲よりもかなり遠くまで流されていたらしいということが判明した。事故現場から南西に200㎞ほど離れた海域にある岩礁帯、その中心にあるカルデラ環礁内に手作り筏で停泊しているとのこと。
ドクターヘリに乗り組んでいた看護師がスマホで撮ったという動画ファイルもメールで添付されていたとのことなので漁師仲間の厳さんと一緒に駐在所のパソコンでチェックさせてもらう。
手ブレとヘリそのものの揺れもあってあまり鮮明ではなかったものの、周辺の地形や筏の様子はある程度は知ることができた。
筏は竹で三角形の外枠を作り、その内側に救命浮き輪やエアーマットレスを収めた構造になっているが、よくもまあ身一つで海に投げ出された状態からこれだけしっかりした筏を作れたものだと感心する。さすがはアウトドア業界でサバイバルマスターと呼ばれるだけのことはあると、筏から火の燃えている松明を振っているシェルパ谷川の姿を見ながら納得した。彼と一緒にいなかったら美岬は確実に生きてはいなかっただろう。たまたま彼と一緒にいたということが美岬にとっての一番の幸運に違いない。
シェルパ谷川は若い頃はバックパッカーとして世界中を旅して回り、その紀行文をアウトドア雑誌『バックパッカーズ』に掲載していた。バックパッカーズは俺が昔から購読していたから、美岬も小さい頃からシェルパ谷川のコラム『ぶらり旅日記』を好んで読んでいたのが思い出される。美岬にとってシェルパ谷川はアイドルやプロスポーツ選手よりも身近な憧れの有名人だったから船で一緒になってテンションがぶち上がっただろうな、とその時の様子を容易に想像できる。
バックパッカーズでのコラム掲載終了後、実家である僻地の山にあるジビエ料理の店を継ぎ、それまでの経験を活かして兼業で山岳ガイドや遭難捜索ボランティアなどをしているというインタビュー記事が数年前のバックパッカーズに特集されていたことも覚えている。
二人の様子を見れば、美岬は大きめのレインポンチョを着ていて、シェルパ谷川は銀色の断熱シートをマントのようにして身に纏って雨具代わりにしているようだ。使い勝手のいいポンチョを美岬に使わせてくれているところに彼の人柄が表れているように感じた。
二人の筏はカルデラ環礁の外縁山を形成する中で一番大きな岩のすぐ内側に停泊していて、そこがちょうど南から近づきつつある台風の風や高波からの避難場所として理想的なスポットであることにも感心する。
「大岩の風裏とは、この男なかなかよく考えてるな」と厳さんも頷く。
「よくこの場所を見つけたもんだ。少なくともこの辺り一帯ではこれ以上の待避場所はないだろう」
「……しかし、よりにもよってここか。この特徴的なカルデラからしてこの辺りはアレだぞ」
「ああ。神島の近海の『魔の海』……昔から神隠しがよく起きる場所だ」
「徳さんの件があって以来、暗黙の了解で誰も近づかなくなっていたからな。俺らだけではこの場所に捜索の手を延ばすことすらしなかっただろうから、ヘリが通ってくれてよかったな」
難破や行方不明事件が起こりやすい魔の海というものは世界中に存在している。有名どころだとバミューダトライアングルやホーン岬などがそうだが、この神島近海も俺たち地元の漁師たちに代々語り継がれ、恐れられている魔の海の一つだ。
神島というのはこのカルデラから10kmほどの距離にある無人島だ。この辺りでは一番大きい島で普通なら有人島になっていて然るべきだが、海岸線すべてが断崖絶壁になっていて港に適した場所も無く、島全体がジャングル化しているため上陸することはできない。南米ベネズエラのギアナ高地のテーブルマウンテンのような形の島で、海神である龍の住まう地──龍宮とも言い伝えられている。
そして、この神島の近海では船から人だけが消える謎の失踪事件が度々起きてきて、神隠しと恐れられている。乗組員だけがいなくなった漁船やボートだけが見つかることもあれば、何十年も前に行方不明になった人が使っていた小舟が漂っているのが見つかることもある。
俺が駆け出しの頃に世話になった妻の叔父にあたるベテラン漁師の徳さんはあまり迷信を恐れないタイプの人間で、時々この辺りに進出して漁をしていたが、20年ほど前のある時、漁に出たまま帰らず、神島近くで漁船だけが漂流しているのが見つかった。漁船に積んであったはずの小型ボートが無くなっていたので神島に上陸したのではないかと当時捜索に当たった複数の漁師たちがその痕跡を探したものの手掛かりは見つからず、また神島にはやはり上陸出来そうな場所が無いということも改めて確認された。
それから数ヵ月して、徳さんの小型ボートだけが神島近海を漂流しているのが見つかり、徳さんもまた神隠しに遇ったのだという結論になった。そしてそれ以来、うちの島の漁師たちは神島の近くには近づかなくなって今に到っている。
そんな地元の漁師も近づかない危険な海域に二人がいるということが焦燥感を募らせる。俺自身はあまり迷信深くはないが、それでも同じような状況の失踪事件が度々起きるということは、この場所にはその状況を起こさせる何らかの理由があるのだとは思っている。そして、その理由が判明していない以上、二人をなるべくあの海域に居させたくないというのが本心だ。
だが現時点ですでにこの辺りは台風の強風域に入っており、しかも予想進路の中心に位置しているので暴風域に入るのも時間の問題だ。海上保安庁がヘリ搭載の巡視船を現場近くの海域に向かわせてくれているそうだが、それでもヘリを飛ばしての救助活動そのものは嵐のピークが過ぎて海と風が少し落ち着くまでは始められないとのことで、恐らく救助活動は明日の昼以降にはなってしまうだろう。
なんとか無事でいてくれ、とヘリに向かってグッドラックサインを見せる二人を見ながら切実に祈った。
だが、俺の願いもむなしく、台風が去った翌日に現場上空に救助ヘリが到着した時にはカルデラ環礁内に二人の筏もその残骸もなかった。
ただちに大規模な捜索活動が組織され、俺たちも海が収まり次第漁船で周辺海域──神島も含めて探し回ったが手掛かりを見つけることはできなかった。
1週間後、現場海域からさらに西に100kmほど離れた小さな島の浜に二人の乗っていた筏の残骸が打ち上がっているのが発見されたので捜索範囲の中心はその島に移った。しかしその島に二人が上陸した形跡は無く、周辺海域を探しても一切の痕跡も見つからなかったので1週間ほどで大規模な捜索は終了した。
二人の生存を周囲が諦める中、俺は一つの可能性にすがりついていた。神隠しに遭い、どこかで生きているという可能性に。
冷静に考えて、あの状況で二人が生きている可能性は万に一つもないだろう。沈没から4日間も生き延びていただけでも奇跡だったのだ。それでも、俺は二人が生きている可能性を信じたかった。二人が死んだ証拠もまたないのだから。
結局、筏以外になんの成果もないまますべての捜索は打ち切られ、証拠品として回収されていた筏は事実上の『遺品』として俺に引き渡された。
筏は発見された状態のままでうちの倉庫に安置され、1日に一度はそれの様子を見に来ることがいつしか俺の日課になっていた。
俺はきっと生きていると信じているが、二人が最後に生存が確認された8月16日から1年たっても生死が分からなければ、二人が最後に生存確認されたあの日が二人の死亡日ということになる。
たらればを言い出したら本当にキリがないが、筏を見る度にどうしてもこの結末しかなかったのか、と考えてしまう。
あの台風のスピードがせめてもう少し遅かったなら、ドクターヘリが二人を見つけたあの日のうちに救助出来たのにとか、台風の進路がもう少しずれていたら二人はあのままあそこで救助を待てたのになどと思うとやるせなさと悔しさでいっぱいになる。
筏のエアーマットレスは破れ、オールも一本しか残っていないが、美岬のジーンズ製のシーアンカーや、各所に設置されている握り輪などはそのまま残っており、嵐の海で二人が一生懸命に生き延びようと努力した痕跡が明らかに見て取れた。二人は間違いなくベストを尽くした。それでも及ばなかったのだ。
二人がヘリに向けてグッドラックサインを送っていたあの最期の姿がフラッシュバックしてきて、俺はとうとう堪えきれずに泣き崩れ、声を出して泣いた。
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この中でも特に今回の作品への影響が大きいのはサバイバルキッズかなぁ。そもそもサバイバルキッズのノベライズを書きたいと思ったのがこの作品の構想の最初のきっかけだし。
ということでいろいろ不穏な美岬の父視点の閑話②でした。続きが気になる! という方はぜひ⭐や♥で応援いただけると幸いです。
16話に登場した作中作【大海賊時代より……美少女船長の生・配・信!】も同時連載中。こちらは大海賊時代18世紀のカリブ海を舞台に、小さな帆船を1隻所有する駆け出し商人の少女が成り上がっていく歴史アドベンチャー……っぽく見せかけたジャンル迷子の謎小説です。読めば納得。
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