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商会躍進編
第59話 サミエラは教えられる
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海賊特赦令に関する話し合いが一区切りつき、サミエラは今日の訪問の目的であった仕事の打ち合わせに会話の流れを誘導する。
「そうでしたな。今日は元々報告と打ち合わせの予定でしたな。では、新しい紅茶を準備して仕切り直しとしましょうか」
──カラン、カラン……
トーマスがベルを鳴らすと隣室に控えていた本来の部屋付きメイドが入室してきてお仕着せの裾を摘まんで恭しく一礼する。
「ナタリア、新しい紅茶の用意を頼む」
「畏まりました」
「閣下、ここからはアタシの秘書たちも同席させてもよろしいかしら?」
「うむ。構いませんぞ。ではナタリア、紅茶はあと二人分追加だ。サミエラ嬢の同行者たちもこちらに案内するように」
「はい。畏まりました」
再び一礼してナタリアが退出していき、ほどなくしてナタリアが出ていったドアから今日のサミエラの同行者である秘書のアネッタと護衛のサザナミが入ってくる。二人は今まで部屋付きメイドの控え室である隣室にて待機していた。
サミエラの使用人である二人は黙ったままトーマスに一礼し、サミエラの背後に並んで立つ。
「君たちもサミエラ嬢と一緒に座りなさい。君たちの分の紅茶も準備させているから、今は使用人という立場のことは一旦忘れて寛いでくれて構わない」
トーマスの言葉に顔を見合わせる二人にサミエラが声をかける。
「閣下の言う通りになさいな。公の場では駄目だけど、閣下が構わないとおっしゃってくれているのだから、ご厚意に甘えていいわよ」
「それでは失礼いたします」「シツレイシマス」
アネッタが流暢な英語で、サザナミはまだ片言の英語で応じてサミエラの右と左に座る。
「ふむ。何度か一緒にいるところは見かけていますが、こちらの二人はどちらの出身ですかな?」
「ご紹介します。こちらはうちの商会の実務を監督しているアボットの娘であるアネッタ。過去にはオランダ東インド会社の貿易船船長だった父のパートナーとして社交の場にも出ており、ある程度の教養とマナーをすでに身に付けていたので現在はアタシの秘書見習いとして教育中です」
「ほう。すでに淑女教育を受けている令嬢がサミエラ嬢から学んだらどうなるか今から楽しみですな」
トーマスが面白そうに笑い、サミエラの反対隣に座るサザナミに視線を移す。
「こちらは護衛のサザナミ。極東の国ヒノモト──ジパングとして知られている国における由緒正しい武門出身の女戦士です。この場にいない同僚二人と共に元はアネッタの護衛としてアボットに雇われていた者です」
諜報担当の忍者であるサザナミの説明として決して正確とは言えないが、サミエラとしてもいくら友好的な関係とはいえトーマスに自分の手の内すべてを開示する気はない。同じ理由でアネッタの能力も伏せている。
「ほほう。今なお神秘のヴェールに包まれた東洋の国ジパングの民でしたか。なかなか珍しい縁があったようですな」
「ええ。彼女たちとの出会いによってアタシも知見が広がりました。やはりアジア、インド、アフリカ、ヨーロッパと世界中を自分の目で見てきた者たちから直接聞ける話というのは興味深いですね」
「なるほど。その話もいずれお聞きしたいところですな」
雑談をしている間にナタリアが人数分の紅茶を運んでくる。見慣れたいつもの干しオレンジが紅茶に添えられている。
「そういえば、先ほどロジャース総督との会談中にサミエラ嬢が出してくれたあの焼き菓子は絶品でしたな。ロジャース総督が遠慮なく全部持って帰ってしまいましたが。干しオレンジを含め、何種類もの干し果物が入っていて実に美味でありましたぞ」
「フルーツパウンドケーキですね。干し果物の製造ノウハウの開示後もうちの商会のブランド力を維持するための取り組みとして、上顧客様向けの新商品として新開発したものです。今回は試作品を味見してもらおうと持ってきていたのですが」
「むう、確かにあれはゴールディ商会の干し果物がいかに美味であるかを宣伝するのに大いに役立つでしょうな。……今日の打ち合わせの内容はその件でしたか? ならばロジャース総督に全部持たせたのは失敗でしたかな?」
「うふふ。ご安心を。実はパウンドケーキのバリエーションは他にもありまして、先ほどお出ししたのは子供から年配者までの全世代向けのもので、特に大人で酒好きの人向けの試作品もお持ちしています。アネッタ」
「はい、商会長」
アネッタがバスケットから蝋紙で包まれた長方形の物を出す。包みを開くと、ホールのパウンドケーキが姿を現し、ふわりとフルーツとバターとラム酒の香りが周囲に広がる。
「む、これは」
「フルーツラムケーキです。ナタリアさんにカットしていただいても?」
さすがにこの場でサミエラたちが刃物を使うのはまずい。
「そうですな。ナタリア、この場で切り分けなさい。全部は多いからこの場にいる人数分が味見できるだけでいい。もちろんお前の分もな」
「…………わたくしもいただいてよろしいのですか?」
「そんな目をされて除け者にできるはずがなかろう。ただし他言は無用だ」
トーマスがナタリアにニヤリと笑いかけるとナタリアは頬を染めて一度下がり、パン切り用のナイフと小皿をカートに乗せて戻ってきて、ホールのラムケーキから5枚を切り出す。
切り分けられたラムケーキは先ほどロジャース総督との会談中に出されたパウンドケーキに比べると色が濃く、しっとりとしている。
ゴールディ商会では干し果物を殺菌するために一度皮ごと若いラム酒に漬け込むのだが、そのラム酒には果物の皮から芳香成分が溶け出し、副産物としてフルーツの風味の付いたラム酒が出来上がる。そのラム酒を焼きたてのパウンドケーキにたっぷり染ませたものがこのラムケーキである。
「では、一応の毒見としてアタシたちから」
サミエラ、アネッタ、サザナミがラムケーキを食べてみせて微笑む。
「よい出来です。閣下とナタリアさんもどうぞ」
促されてラムケーキをフォークで切り分けて口に運んだトーマスとナタリアが目を見開いて言葉を失う。
「むぅ……」「んん~……」
ゆっくりと味わって飲み込み、紅茶を一口飲んだトーマスが首を軽く振り、ほぅ……と息を吐く。
「……いやはや、なんと言うべきか。これは……よいものですな。この、まるで生の果物のような芳醇な香り、舌が痺れるほどの濃厚なラム、甘味とバターの風味も絶妙で、普通にラムを飲むより私はこちらの方が好みですぞ」
「はうぅ……これは堪りません。紅茶との相性も素晴らしいです」
「これは売りに出したら大変なことになりますぞ。この一本の塊で1ペソ銀貨5枚でもすぐに売れてなくなるでしょうな」
「え、それはさすがに高すぎるのでは?」
1ペソは一般的な日雇い労働者が丸一日働いてやっと手にする賃金相当である。5ペソとなれば五日分の賃金相当だ。
サミエラはそこまでの強気な値段設定は考えていなかったが、トーマスの感覚ではそれでも安いらしい。
「まだ安すぎるぐらいですぞ。ご婦人たちが茶会でこれを出すのがステータスとなる未来が脳裏に浮かぶようです。まず間違いなく取り合いになって10ペソでも買えなくなるでしょう」
「そ、そんなにですか?」
「ふむ。ナタリアはどう思う?」
「畏れながら閣下のおっしゃる通りかと。今でさえ巷では大人気のゴールディ商会の干し果物、それをふんだんに使用した他所では手に入らない限定のお菓子ともなれば欲しがる者も多いでしょうし、こんなに美味しいならば尚更です。裕福な者なら高くても気にせず買いますし、そうでなくても複数人で金を出し合って買うことも考えられます。このお菓子にはそれだけの価値があります。ゴールディ商会が5ペソで売り出しても、転売によって10ペソ……いやそれ以上で取引されるようになる様は容易に想像できます」
「……というわけですな。ナタリアはそれなりに大きな商家の娘でしてな。私も庶民の一般的な価値観や市場の動向を知る上で頼りにしておるのですよ」
期待していたよりも評価がかなり高かったことにサミエラは困惑する。
「それでは、普通に売るのはまずいでしょうか?」
「そうですな。購入制限など何らかの転売防止の対策はして然るべきでしょうな。今でもゴールディ商会の干し果物の高額転売は少々問題になっておりますからな。一部の者による買い占めと転売を許せばゴールディ商会の評判にも傷がつきかねない」
「なるほど。本当に大切な常連客が買えるように対策が必要なのですね。この件は持ち帰って皆と相談してみます。貴重なご意見ありがとうございます」
「……まあそれはそうと、きちんと代金は払いますので私の分は確保していただけますかな?」
「うふふ。閣下はズルい人ですね。そんなことを言われたら断れないじゃないですか。職権濫用ですよ」
「ははは。私はこういう時の為に権力を握っているのですぞ」
~~~~
【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.35 パーソナリティー:Mulan&Nobuna】
Nobuna 「インフラ関係や兵站といったストラテジーには滅法強いんじゃがのぅ。……商人としての経験値の低さが露呈してしまった感じじゃな」
Mulan「で、ありますな。そもそも、最初から商人という立場は何気に今回が初めてでありますからな」
──パウンドケーキでさえ時代を先取りしすぎていたか
── 一応発祥はイギリスなんだけどな。ただ、18世紀後半に登場したからまだ半世紀ほど早いんよな。この時代なら確実に菓子の革命レベル
──サミエラは自分の商会のブランド力を過小評価しすぎてるのね
──まだ情報収集力が弱いんかな? ナミタンの今後の活躍に期待
──軍関係での駆け引きは強いんだけど、商売だともうちょっとあざとさや強かさも必要って感じだね
──てゆーか、他の得意分野が強すぎるだけで商売人としても普通に成功してるんだが?
──有能すぎて採点が厳しくなってる件w
──転売ヤー死すべし! 慈悲はない!
──……
Nobuna「転売のぅ。実際に頭が痛い問題ではあるんじゃよな。ゴールディ商会から大量に干し果物を購入して、翌日に市場で堂々と2倍の値段で売るような輩も現れておるからのぅ」
Mulan「それどころか粗悪品で水増しして売るような奴らもいてござるな。サミエラ殿の熱心なファンと揉め事も起きているようであるし」
──そらファンからしたらムカつくわな。サミエラをお姉様呼ばわりしている親衛隊の子らとか
──転売そのものが悪いわけじゃないから売らないというのも難しいよな
── 一人あたりの購入上限も導入したからとりあえず様子見だよね
──ゴールディ商会も毎日市場に売りに来てるわけじゃないからな
──それな。ゴールディ商会が市場に来てない時にだけやってるから競合しているわけでもないし、むしろ競合してしのぎを削り合ってるのは転売ヤー同士だから、そこで粗悪品で水増しするという事態になってるわけだ
──干し果物の製法を広めてそれなりの品質の同業者が増えたらある程度落ち着くとは思うけど、タイミング的にはどうなん?
──……
Nobuna「そうじゃな。海賊から鹵獲してピンネースからケッチへ改装しておった【メロウ】の工事がちょうど終わったからの。海軍に引き渡して、武装を施して、乗組員たちの慣らしが終わるまで数日といったところか。【メロウ】がクレブラ島周辺の哨戒任務に就けば本格的にサンファンとクレブラ間の行き来を始められるから、クレブラの蒸留所のラムの供給が安定的にできるようになるわけじゃな」
Mulan「今現在でも商会内に向こう数ヶ月分はラムのストックがありますからな。ラムの安定供給の目処が立った以上、そろそろ製法公開に踏み切るのではあるまいか?」
Nobuna「お、どうやらサミエラ殿もその話をするようじゃな」
「そうでしたな。今日は元々報告と打ち合わせの予定でしたな。では、新しい紅茶を準備して仕切り直しとしましょうか」
──カラン、カラン……
トーマスがベルを鳴らすと隣室に控えていた本来の部屋付きメイドが入室してきてお仕着せの裾を摘まんで恭しく一礼する。
「ナタリア、新しい紅茶の用意を頼む」
「畏まりました」
「閣下、ここからはアタシの秘書たちも同席させてもよろしいかしら?」
「うむ。構いませんぞ。ではナタリア、紅茶はあと二人分追加だ。サミエラ嬢の同行者たちもこちらに案内するように」
「はい。畏まりました」
再び一礼してナタリアが退出していき、ほどなくしてナタリアが出ていったドアから今日のサミエラの同行者である秘書のアネッタと護衛のサザナミが入ってくる。二人は今まで部屋付きメイドの控え室である隣室にて待機していた。
サミエラの使用人である二人は黙ったままトーマスに一礼し、サミエラの背後に並んで立つ。
「君たちもサミエラ嬢と一緒に座りなさい。君たちの分の紅茶も準備させているから、今は使用人という立場のことは一旦忘れて寛いでくれて構わない」
トーマスの言葉に顔を見合わせる二人にサミエラが声をかける。
「閣下の言う通りになさいな。公の場では駄目だけど、閣下が構わないとおっしゃってくれているのだから、ご厚意に甘えていいわよ」
「それでは失礼いたします」「シツレイシマス」
アネッタが流暢な英語で、サザナミはまだ片言の英語で応じてサミエラの右と左に座る。
「ふむ。何度か一緒にいるところは見かけていますが、こちらの二人はどちらの出身ですかな?」
「ご紹介します。こちらはうちの商会の実務を監督しているアボットの娘であるアネッタ。過去にはオランダ東インド会社の貿易船船長だった父のパートナーとして社交の場にも出ており、ある程度の教養とマナーをすでに身に付けていたので現在はアタシの秘書見習いとして教育中です」
「ほう。すでに淑女教育を受けている令嬢がサミエラ嬢から学んだらどうなるか今から楽しみですな」
トーマスが面白そうに笑い、サミエラの反対隣に座るサザナミに視線を移す。
「こちらは護衛のサザナミ。極東の国ヒノモト──ジパングとして知られている国における由緒正しい武門出身の女戦士です。この場にいない同僚二人と共に元はアネッタの護衛としてアボットに雇われていた者です」
諜報担当の忍者であるサザナミの説明として決して正確とは言えないが、サミエラとしてもいくら友好的な関係とはいえトーマスに自分の手の内すべてを開示する気はない。同じ理由でアネッタの能力も伏せている。
「ほほう。今なお神秘のヴェールに包まれた東洋の国ジパングの民でしたか。なかなか珍しい縁があったようですな」
「ええ。彼女たちとの出会いによってアタシも知見が広がりました。やはりアジア、インド、アフリカ、ヨーロッパと世界中を自分の目で見てきた者たちから直接聞ける話というのは興味深いですね」
「なるほど。その話もいずれお聞きしたいところですな」
雑談をしている間にナタリアが人数分の紅茶を運んでくる。見慣れたいつもの干しオレンジが紅茶に添えられている。
「そういえば、先ほどロジャース総督との会談中にサミエラ嬢が出してくれたあの焼き菓子は絶品でしたな。ロジャース総督が遠慮なく全部持って帰ってしまいましたが。干しオレンジを含め、何種類もの干し果物が入っていて実に美味でありましたぞ」
「フルーツパウンドケーキですね。干し果物の製造ノウハウの開示後もうちの商会のブランド力を維持するための取り組みとして、上顧客様向けの新商品として新開発したものです。今回は試作品を味見してもらおうと持ってきていたのですが」
「むう、確かにあれはゴールディ商会の干し果物がいかに美味であるかを宣伝するのに大いに役立つでしょうな。……今日の打ち合わせの内容はその件でしたか? ならばロジャース総督に全部持たせたのは失敗でしたかな?」
「うふふ。ご安心を。実はパウンドケーキのバリエーションは他にもありまして、先ほどお出ししたのは子供から年配者までの全世代向けのもので、特に大人で酒好きの人向けの試作品もお持ちしています。アネッタ」
「はい、商会長」
アネッタがバスケットから蝋紙で包まれた長方形の物を出す。包みを開くと、ホールのパウンドケーキが姿を現し、ふわりとフルーツとバターとラム酒の香りが周囲に広がる。
「む、これは」
「フルーツラムケーキです。ナタリアさんにカットしていただいても?」
さすがにこの場でサミエラたちが刃物を使うのはまずい。
「そうですな。ナタリア、この場で切り分けなさい。全部は多いからこの場にいる人数分が味見できるだけでいい。もちろんお前の分もな」
「…………わたくしもいただいてよろしいのですか?」
「そんな目をされて除け者にできるはずがなかろう。ただし他言は無用だ」
トーマスがナタリアにニヤリと笑いかけるとナタリアは頬を染めて一度下がり、パン切り用のナイフと小皿をカートに乗せて戻ってきて、ホールのラムケーキから5枚を切り出す。
切り分けられたラムケーキは先ほどロジャース総督との会談中に出されたパウンドケーキに比べると色が濃く、しっとりとしている。
ゴールディ商会では干し果物を殺菌するために一度皮ごと若いラム酒に漬け込むのだが、そのラム酒には果物の皮から芳香成分が溶け出し、副産物としてフルーツの風味の付いたラム酒が出来上がる。そのラム酒を焼きたてのパウンドケーキにたっぷり染ませたものがこのラムケーキである。
「では、一応の毒見としてアタシたちから」
サミエラ、アネッタ、サザナミがラムケーキを食べてみせて微笑む。
「よい出来です。閣下とナタリアさんもどうぞ」
促されてラムケーキをフォークで切り分けて口に運んだトーマスとナタリアが目を見開いて言葉を失う。
「むぅ……」「んん~……」
ゆっくりと味わって飲み込み、紅茶を一口飲んだトーマスが首を軽く振り、ほぅ……と息を吐く。
「……いやはや、なんと言うべきか。これは……よいものですな。この、まるで生の果物のような芳醇な香り、舌が痺れるほどの濃厚なラム、甘味とバターの風味も絶妙で、普通にラムを飲むより私はこちらの方が好みですぞ」
「はうぅ……これは堪りません。紅茶との相性も素晴らしいです」
「これは売りに出したら大変なことになりますぞ。この一本の塊で1ペソ銀貨5枚でもすぐに売れてなくなるでしょうな」
「え、それはさすがに高すぎるのでは?」
1ペソは一般的な日雇い労働者が丸一日働いてやっと手にする賃金相当である。5ペソとなれば五日分の賃金相当だ。
サミエラはそこまでの強気な値段設定は考えていなかったが、トーマスの感覚ではそれでも安いらしい。
「まだ安すぎるぐらいですぞ。ご婦人たちが茶会でこれを出すのがステータスとなる未来が脳裏に浮かぶようです。まず間違いなく取り合いになって10ペソでも買えなくなるでしょう」
「そ、そんなにですか?」
「ふむ。ナタリアはどう思う?」
「畏れながら閣下のおっしゃる通りかと。今でさえ巷では大人気のゴールディ商会の干し果物、それをふんだんに使用した他所では手に入らない限定のお菓子ともなれば欲しがる者も多いでしょうし、こんなに美味しいならば尚更です。裕福な者なら高くても気にせず買いますし、そうでなくても複数人で金を出し合って買うことも考えられます。このお菓子にはそれだけの価値があります。ゴールディ商会が5ペソで売り出しても、転売によって10ペソ……いやそれ以上で取引されるようになる様は容易に想像できます」
「……というわけですな。ナタリアはそれなりに大きな商家の娘でしてな。私も庶民の一般的な価値観や市場の動向を知る上で頼りにしておるのですよ」
期待していたよりも評価がかなり高かったことにサミエラは困惑する。
「それでは、普通に売るのはまずいでしょうか?」
「そうですな。購入制限など何らかの転売防止の対策はして然るべきでしょうな。今でもゴールディ商会の干し果物の高額転売は少々問題になっておりますからな。一部の者による買い占めと転売を許せばゴールディ商会の評判にも傷がつきかねない」
「なるほど。本当に大切な常連客が買えるように対策が必要なのですね。この件は持ち帰って皆と相談してみます。貴重なご意見ありがとうございます」
「……まあそれはそうと、きちんと代金は払いますので私の分は確保していただけますかな?」
「うふふ。閣下はズルい人ですね。そんなことを言われたら断れないじゃないですか。職権濫用ですよ」
「ははは。私はこういう時の為に権力を握っているのですぞ」
~~~~
【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.35 パーソナリティー:Mulan&Nobuna】
Nobuna 「インフラ関係や兵站といったストラテジーには滅法強いんじゃがのぅ。……商人としての経験値の低さが露呈してしまった感じじゃな」
Mulan「で、ありますな。そもそも、最初から商人という立場は何気に今回が初めてでありますからな」
──パウンドケーキでさえ時代を先取りしすぎていたか
── 一応発祥はイギリスなんだけどな。ただ、18世紀後半に登場したからまだ半世紀ほど早いんよな。この時代なら確実に菓子の革命レベル
──サミエラは自分の商会のブランド力を過小評価しすぎてるのね
──まだ情報収集力が弱いんかな? ナミタンの今後の活躍に期待
──軍関係での駆け引きは強いんだけど、商売だともうちょっとあざとさや強かさも必要って感じだね
──てゆーか、他の得意分野が強すぎるだけで商売人としても普通に成功してるんだが?
──有能すぎて採点が厳しくなってる件w
──転売ヤー死すべし! 慈悲はない!
──……
Nobuna「転売のぅ。実際に頭が痛い問題ではあるんじゃよな。ゴールディ商会から大量に干し果物を購入して、翌日に市場で堂々と2倍の値段で売るような輩も現れておるからのぅ」
Mulan「それどころか粗悪品で水増しして売るような奴らもいてござるな。サミエラ殿の熱心なファンと揉め事も起きているようであるし」
──そらファンからしたらムカつくわな。サミエラをお姉様呼ばわりしている親衛隊の子らとか
──転売そのものが悪いわけじゃないから売らないというのも難しいよな
── 一人あたりの購入上限も導入したからとりあえず様子見だよね
──ゴールディ商会も毎日市場に売りに来てるわけじゃないからな
──それな。ゴールディ商会が市場に来てない時にだけやってるから競合しているわけでもないし、むしろ競合してしのぎを削り合ってるのは転売ヤー同士だから、そこで粗悪品で水増しするという事態になってるわけだ
──干し果物の製法を広めてそれなりの品質の同業者が増えたらある程度落ち着くとは思うけど、タイミング的にはどうなん?
──……
Nobuna「そうじゃな。海賊から鹵獲してピンネースからケッチへ改装しておった【メロウ】の工事がちょうど終わったからの。海軍に引き渡して、武装を施して、乗組員たちの慣らしが終わるまで数日といったところか。【メロウ】がクレブラ島周辺の哨戒任務に就けば本格的にサンファンとクレブラ間の行き来を始められるから、クレブラの蒸留所のラムの供給が安定的にできるようになるわけじゃな」
Mulan「今現在でも商会内に向こう数ヶ月分はラムのストックがありますからな。ラムの安定供給の目処が立った以上、そろそろ製法公開に踏み切るのではあるまいか?」
Nobuna「お、どうやらサミエラ殿もその話をするようじゃな」
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