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事業拡大編

第46話 “古き声の入り江”海戦②

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 初めは勇ましく応戦しようとしていたスループだったが、船同士の距離が近づくにつれ、いよいよ敵わないと悟ったのだろう。100ヤードを切る頃になってようやく錨を巻き上げ始めて逃げるそぶりを見せたがあまりにも判断が遅すぎる。

 向かい風で停船しているスループは船体を右か左に旋回させなければ帆走できない。右側には陸地があるので必然的に左に旋回するしかないが、あの場で左旋回でもしようものなら、旋回が終わる前にどてっ腹に体当たりされ、そのまま接舷斬り込みを許すことになる。

「勝ったな」

 海賊ジョージ・ラウザはにやりと笑い、メガホンでスループに呼び掛ける。

「今さら逃げようったって無駄だぜぇ! さっさと降伏して船と女を寄越せぇぇ! 抵抗しなければ男は見逃してやってもいいぜぇ!」

 舵輪を握る赤毛の若い女がこちらを振り向き、キッと睨み付けてくる。その気の強そうな様子にラウザは舌なめずりする。

「くはっ。いいねぇ。あの気の強そうな女は最高の上玉だ。無理矢理に組み敷いて犯してやったらどんないい声でくか楽しみじゃねぇか」

「3人もいりゃあそれなりに楽しませてくれるだろうよ。女が1人とかだと全員で輪姦まわし終わった頃にゃ抵抗すらしなくなっててつまらねぇからな」

「ラウザ、おめぇがあの赤毛の操舵手を喰うってんなら、もう1人の赤毛の女の最初は俺っちに譲れよ?」

「じゃあ序列3位の俺は黒髪ちゃんをいただくぜ」
 
 海賊の幹部たちがそんなことを話し合っている間にも両船の距離は近づき、体当たりと同時に鉤縄を投げ込んで船同士を繋ぎ合わせるために数人の海賊たちが右舷船首で鉤縄を構える。しかし、敵船の錨の巻き上げは終わらず、いつまでもノロノロと風上に移動し続ける。

「……なんだぁ? 敵船の錨綱ケーブルはやけに長ぇな。このままじゃ進路からズレちまう。進路をちっと左に変えろ」

「あいあいよ」

 操舵手が舵輪を少しだけ左に回した直後、切り上がりの限界に達した帆が風を捉えられなくなって激しく波打ち始める。

──バタバタバタバタ……

「ダメだ船長! この船じゃこれ以上切り上がれねぇ!」

「ちくしょうっ! 帆走限界だとっ?」「くそったれめ! ここまで追い詰めたのに!」

 あと少しで手が届きそうだった獲物がすり抜けていこうとしていることにラウザは焦る。

「まだ諦めるのは早ぇ! 舵戻せ! 仕切り直しだ! 一度奴らの船の後ろをすり抜けてからタッキングでもう一度近づけ!」

 とっさの指示に操舵手の男が舵輪を右に回し、帆が再び風を捉えて膨らみ、船が速力を取り戻す。
 海賊船の左斜め前方ほんの30ヤードの至近距離を横切りつつあるスループの船尾には磨き上げられた真鍮の船名『BanShee』の文字が輝いている。

「……バンシー号か? ……っ! やべぇ! 迎撃砲だ!」

 船名に気をとられて船尾迎撃砲の存在を失念していたラウザがそれに気づくのと、迎撃砲が火を噴くのは同時だった。

──ドォンッ!!
──ピシュンッ ガンッ! バリッ! バスッ!
「ぎゃあっ!」「ぐはっ」「ごふ……」

 至近距離だったのであまり拡散せずに飛来した散弾の一部はそのまま彼方に飛び去り、一部は船体にぶち当たって木片を飛び散らせ、一部は帆を突き破り、一部は射線上にたまたま居た運の悪い海賊たちの身体を引き裂いた。

「くそっ! やりやがったな! 何人殺られたっ?」

「3人はもうダメだ! 怪我をした奴も何人かいる!」

「助からねぇ奴は戦闘の邪魔だ! 海に捨てろ!」

「おいっ! まだ息はあるんだぞ!」

「どのみち結果は変わらん! 可哀想だと思うなら止めを刺してやってから海に捨てろ!」

「……くっ! すまねぇ」

──ドボンッ……ドボンッ……

 ラウザの命令により、仲間の手で止めを刺された海賊の死体が海に落とされ、海中が血で濁る。
 その間にも、ついに錨を上げ切った【バンシー】は船首のジブセイルを展帆し、その場で方向転換のための左旋回を始めていた。

「このままじゃ逃げられる! すぐにタッキングだ! 奴らの風上に出るぞ! 帆を回す配置につけぇ!」

 【バンシー】よりも50ヤードほど陸側でタッキングを始めようとした海賊船だったが、ちょうどその時、左旋回中の【バンシー】の船尾が海賊船に向いた。

──ドォンッ!

 すでに再装填を終わらせていた【バンシー】の迎撃砲が再び火を噴き、今度は距離が離れていたので広範囲に拡散しながら散弾が海賊船に襲いかかる。

──ピシュンッ パチャッ ガンッ バリッ ドスッ
「ぐあっ!」

 散弾のほとんどは当たらずに飛び去ったり海に落ち、船体に当たった物も距離で威力が落ちていたので船体はほとんどダメージを受けなかったが、帆に当たった数発は帆布に穴を開け、1発は偶然にもラウザのすぐそばにいた副長の喉を撃ち抜いて即死させた。

 吹き出した血を浴びて、さしもののラウザも一瞬呆然とし、他の海賊たちにも動揺が走る。結果として、彼らはタッキングするタイミングを逃した。

 元々【バンシー】が停泊していた陸から400ヤードの地点でも水深は4ヤードしかなく、船底から海底までの深さは僅か2ヤードしかなかった。
 しかも【バンシー】の場合、船倉が空荷なので喫水も浅い。対して海賊船は【バンシー】より一回り小さいとはいえ20人もの人間が乗り組み、積み荷もあるので喫水はより深い。
 そんな船が【バンシー】より50ヤード以上も陸に近づいてしまったらどうなるか、結果は明らかだ。

「まずいっ! 陸に近づきすぎだ! 取り舵一杯!」

 我に返ったラウザが叫ぶがすでに時は遅かった。

──ズ……ズズズズ……ズン。

 海賊船の竜骨が海底の砂地に擦り、ついには完全に砂地に乗り上げて停船してしまう。

「ジーザス! 何てこった!」「ちくしょう! まだ陸から300ヤードはあるってぇのに!」「こんなに遠浅なんて聞いてねぇよ!」

 海賊たちは悪態をつくが、ことここに至ってはもはやどうしようもない。獲物には逃げられ、自分たちも再び潮が満ちてきて船が再浮上するまで動けない。

「くそったれが! バンシー号、その名は覚えておくぞ! 次に会ったら絶対に許さねぇ!」

 すでに方向転換を終え、展帆したスパンカーに風を受けながら北東に進路を取って遠ざかりつつある【バンシー】に悔し紛れにラウザが悪態をつく。しかし、海戦がこれで終わったと思っていたのは海賊たちだけだった。

 
 
 
 方向転換の為に使ったジブセイルをすでに畳み、スパンカーだけを展帆して北東方向に切り上がっている【バンシー】の甲板では舵輪を握るサミエラの周りに全員が集まり、次の策を練っていた。

「水深に注意せずにまんまと擱座かくざして身動きが出来なくなるような素人集団だけど、だからといってこのまま放置する理由にはならないわ。奴らが再起できないようにここで徹底的に叩き潰すわよ!」

「そうだな。最初から荷を奪うだけではなく男を皆殺しにするつもりだったからな。奴らはかなりたちが悪い。叩ける時に叩いておいた方がいいな。奴らが海賊としての経験を重ねたらおそらく手に負えなくなる」

「私もそう思います。あえて見逃す理由はありませんね」

 サミエラに同意するロッコとアボット。

「じゃあ、これからタッキングで奴らの風上に出て、まずは横をすり抜けながらマスケット銃による狙撃と迎撃砲の砲撃で敵の数を減らすわよ。ゴン、雑賀の鉄砲撃ちの実力、見させてもらうわね」

「む、これは本気でやらねばならんのぅ。ならばわしはマストの上に陣取ってもよいですかの?」

「いいわ。敵の偉そうな奴から狙い撃ちしてちょうだい」

「お任せを」

「最初の接近攻撃の後、大きく旋回して風上に出て、もう一度同じように近づいて攻撃するわ。最初の攻撃で敵を10人以下まで減らせていたら、そのまま接舷斬り込みで決着をつけるつもりよ。斬り込み隊はアタシ、ショーゴ、ナミ。銃撃による支援隊はゴンとアニー。ゴンはマストの上で、アニーは甲板でマスケット銃を使ってね」

「はいっ!」

「船はおじ様とアボットに任せるわ。接舷してアタシたちが斬り込んだ後は、おじ様とアボットは状況を見て臨機応変に動いてちょうだい」

「イエスマム!」「俺も片腕じゃなきゃあ斬り込むんだがなぁ。追い詰められた奴らは何するか分からねぇ。くれぐれも用心してくれよ」

「ええ! では、ここからは舵取りはおじ様にお任せするわ。最初の接近攻撃での狙撃はアタシとゴンとアニーでやるからショーゴとナミはサポートしてちょうだい」

「「イエスマムッ!」」

 舵輪をロッコに預け、総員が配置についたのを確認してサミエラが次の命令を下す。

面舵一杯ハードスタァボーッ! タッキング開始!」

 攻める側と守る側の立場が逆転し、戦いは新たな局面を迎える。


 

~~~



【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.7 パーソナリティー:Sakura&Nobuna】

Sakura「はあ? あの海賊たちはなんばしよっと? いきなり浅瀬に乗り上げて立ち往生しよるけど」

Nobuna「うーむ。戦いは始まる前に粗方結果は決まっとるというのはこういうことなんじゃなぁ。……あの海賊船はサミエラ殿によって座礁するように仕向けられたんじゃ」

──停泊前に入念に水深計ってたのはそういうことか!
──無防備に停泊してると見せかけて、襲われても対応しやすい場所を選んでたんだね
──デッドゾーンに浅瀬……パッと見では分からないけど城壁や堀みたいに守りにも使えるって興味深いね!
──このまま放置して逃げると思いきや……サミエラやる気じゃん!
──悪の芽は育つ前に摘むってわけか
──……

Sakura「サミエラさんはこぎゃんこつば言うとるばってん、こっちの方が人数少なかとに、ほんなごつ大丈夫と?」

Nobuna「ふむ。こっちは動いていて向こうは止まっておる、それだけでも銃撃戦では有利じゃの。それに、マスケット銃は値段が高いからのぅ。ゴールディ商会でも5丁しか買っておらんのに駆け出しの海賊がそんなに持っとるとも思えんのじゃよなぁ。見たところ持っとる奴はおらなさそうじゃし」

Sakura「ピストルは持っとらすけどそれは気にせんでよかと?」

Nobuna「この時代のピストルなんぞ所詮は白兵戦用の近接武器じゃからな。まともに威力を発揮するのはせいぜい5ヤード。10ヤードも離れればまずは当たらん代物じゃ」

──いよいよゴンの本気が見れるな!
──指揮官先頭はそりゃ士気上がるけどさぁ……
──たった3人で敵船にボーディングかけるとかどこの蛮族かなw
──成功の可否は最初の接近攻撃でどれだけ減らせられるかだよね
──相手の海賊も追ってた相手から逆に攻められるとは考えもしないだろうからなぁ。最初の接近攻撃はある意味では奇襲になるかな?
──それはそうとサミエラとアニーって髪も同じ赤毛だし、姉と妹って感じだよね
──……
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