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事業拡大編

第44話 サミエラは戦うことにする

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 海賊船は【バンシー】より一回り小さい船体に2本のマストを持ち、それぞれに大三角帆ラテンセイルを張っているピンネス船であり、見たところ大砲は積んでいないようだが、そのかわり武装した海賊が20人ほど乗っている。
 対して【バンシー】はといえば、大砲は船尾迎撃砲の2ポンド小型ファルコネット砲が1門だけで人数も定員割れの7人しかいない。接舷されて斬り込まれたらまず勝ち目はない。

 マストから降りてきたショーゴとサザナミがアネッタと共に食べかけの食事を急いでまとめて船内に運び込んだところで、船尾側の武器弾薬庫から出てきたサミエラたちと鉢合わせる。

「ああ、ちょうど良かったわ。手伝ってちょうだい。ショーゴ、これはファルコネット砲の砲弾と装薬と砲控ブラシよ。これを大砲のそばに持っていってとりあえず散弾を装填しておいて。撃鉄は下げたままでいいわ」

「イエスマム! ただちに!」

「アニー、ナミ、この木箱にはマスケット銃とピストルと早合はやごうの弾薬がまとめて入っているわ。この箱ごと二人で甲板に運び出して、すべてに装填しておいてちょうだい。ゴンが手空きになってたら手伝ってもらって」

「「イエスマムッ!」」

 改装前の視察時には武器弾薬庫にはファルコネット砲用の砲弾と装薬しか無かったが、この1ヶ月と少しの間に武器類はそれなりの数を購入して運び込んであったので充実している。
 これらの武器はすべてクライスト工房製であり、経営難で倒産寸前だった同工房の在庫をまとめ買いで安くしてもらったものだ。また、その件でサミエラがクライスト工房製の武器の質の高さに気づいたことが、工房そのものをゴールディ商会で買い取ることのきっかけにもなっている。

 甲板への武器の搬出を終え、サミエラは一度船長室に入ってシンプルなデザインの鉄帽を被り、堅革ハードレザーの胴だけを守る軽冑を身に付け、短槍の刀身をカトラスの刀身に替えた特注の薙刀を掴んで甲板に戻った。

「状況は?」

 サミエラの問いにロッコが答える。

「敵船は現在左舷後方1マイルでなおも接近中だ。こっちに向かってまっすぐに切り上がってくるぜ。こっちはマスケット銃5丁、ピストル8丁の装填が完了だ。ファルコネット砲への散弾の装填も終わってるぜ」

「OK! 風下からの切り上がりで接近中ならまだ時間の余裕はあるわ。全員、得意の得物を装備しなさい」

 甲板にはマスケット銃とピストル以外にもカトラスやサーベルやダガーやレイピアといった刀剣や歩兵槍パイク斧槍ハルバードといった長柄武器も用意されている。

 ロッコはカトラスとピストルを身に付け、アボットはサーベルとダガーとピストル、アネッタはマスケット銃とピストルとカトラスでそれぞれ武装する。
 すでに自分のメイン武器を持っているショーゴたち3人もピストルを1丁ずつ拝借して腰帯に差す。
 サミエラもカトラスとピストル2丁を腰に差した。

「もうそれでいいのね? では、ショーゴたち4人は敵が斬り込みを躊躇するように残ったパイクやハルバードの穂先を外側に向けて左舷側の船縁にずらっと並べてロープで固定しなさい! それが済んだらキャップスタンに取り付いて合図を待ちなさい」

槍衾やりぶすまだな。承知した」

 若者たちが長柄武器を抱えて左舷に向かう中、サミエラはアボットに向き直る。

「アボット。敵船についてどう思う? あなたの所見を聞かせて」

「そうですね。敵船は旧式のキャラベル・ラティーナ……あ、こちらではピンネスでしたか。船の性能はこちらより数ランク下です。当然、切り上がり性能も。大砲も積んでいないところを見るに、おそらく元は漁船でしょう。ただし、漁師が海賊に転向したのではなく、何者かが漁師の船を奪って海賊として旗揚げしたものと思われます」

「そう判断した理由は?」

「自分の持ち船にしてはずいぶんと操船の腕がお粗末です。明らかに慣れていない。見たところ切り上がりでせいぜい3ノット程度しか出ていないようですが、同じ条件ならこちらは5ノット出せますから逃げようと思えば今からでも逃げることは容易です。いくらこちらが停船しているとはいえ、性能面で劣る船で海賊旗を掲げながら風下からゆっくり近づいて来てこちらに備えさせる時間を与えるなど、操船も海戦も素人としか思えませんね」

「そうね。アタシもそう思うわ。連中、こちらを見つけるなりすぐにタッキングして向かって来たけど、切り上がり性能で劣る以上、一度こちらを追い越してから有利な風上からターンして一気に肉薄するのがセオリーよね。こういう近づき方をしてくるから何か裏があるんじゃないかと勘繰っていたのだけど」

「いや、この様子からしてそんなものはないでしょうね。ただ良さげな獲物が居たから何も考えずに襲撃してきた、というところでしょう」

「おじ様はどう思う?」

「俺もアボットと同じ意見だ。奴らはやり方があまりにも素人臭すぎる。海賊としても旗揚げしたばかりなんじゃねぇか? でなきゃこんな場所で白昼堂々襲撃なんかしねぇだろうよ。おそらく、すぐそこのパロ・セコ島に海軍の監視所があることも、その向こうに海軍の泊地とデル・モロ要塞があることも知らねぇんだろうな」

「うーん、やっぱりそうよねぇ。じゃあ、海賊として世界に宣戦布告した馬鹿な連中には海賊行為の愚かさをしっかり教育してあげましょう」

「嬢ちゃん、この戦いは避けられるものだぜ。それでもやるのか? 少なくとも人数はこっちの3倍だ」

「ええ。逆に言えば人数以外はすべてこちらが凌駕しているわね。ここで逃げてもいずれどこかで海賊との戦いは避けられないわ。初めての海戦がこんなクリケットの練習試合みたいなおつらえ向きの敵なんてそうそう望めないわよ。奴らにはアタシたちの経験値になってもらいましょう。船の性能差、船乗りの技量の差で斬り込まれないように立ち回って、アウトレンジから徹底的に叩くわよ!」

「OK! そこまでちゃんと分かってるならいいさ」

「イエスマム! おぅい! 聞こえたな? 船長は応戦すると決めたぞ! 敵から距離を保って徹底的に叩く! 船長の操船をしっかり支えろ!」

「「「「ヤーッ!」」」」

 そしてショーゴが今こそと声を張り上げる。

「たとえこの身が朽ち果てるともっ!」

 残りの3人が唱和する。

「「「姫のためなら惜しくなしっ!!」」」

「よぅし! よく言った! 全員最善を尽くせ! ……船長、ご指示を」

「OK! このままでは敵船がこの船に体当たりして接舷斬り込みをかけてくるわ。まずはそれを躱してから迎撃砲を叩き込むわよ! 敵が100ヤードまで近づいたら錨の巻き上げ開始! 敵の帆走不可能範囲デッドゾーンに入るわ。おじ様、砲撃はお任せするわ。使う弾は散弾だけよ。アボットも装填を手伝ってね」

「おうよ! 任せとけ!」「イエスマム! お任せを!」

 そして、いよいよ戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。



~~~


【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.7 パーソナリティー:Sakura&Nobuna】

Nobuna「ふははは! さすがサミエラ殿じゃ。逃げるどころか勝ちにいく気じゃぞ」

Sakura「どげんしよ。こげんいきなり海戦になると思っとらんかったけん、心の準備ができとらんとよ! ハラハラするったい!」

──武器準備してるけど勝てるのか?
──人数は3倍だけど船レベルなら1対1よ
──白兵戦にならなきゃなんとかなるか
──てか、サミエラなんで【バンシー】を動かさないの?
──逃げてぇー! 超逃げてぇー!
──何か考えてのことだろうけど見ててハラハラすんね
──バンシーに積んである銃は全部クライスト工房製だっけ?
──……

Nobuna「そうじゃぞ。ついでにファルコネット砲もクライスト工房製じゃな。規格があってないようなこの時代じゃが、さすがに同じ工房製なら性能面でのバラツキはほぼ無くなるからの。現在【バンシー】に積んであるクライスト工房製のマスケット銃とピストルは口径が全部同じじゃから、口径にピッタリ合った同じ弾丸を揃えてあるのじゃ。これだけでも海賊よりかなり有利じゃな」

Sakura「ゴンさんの銃と同じ口径で統一するより前から、サミエラさんは銃の規格を統一することば重視しとらしたんやね」

Nobuna「そうじゃな。同じ工房製で揃えるだけである程度は規格を揃えられるからの。工房を買い取った以上、今後はもっと厳密に規格を統一するじゃろうがの」

Sakura「ばってん、先ずはこの戦いから生きて戻らんといかんばい」

Nobuna「それもそうじゃ。といっても妾たちには応援することしかできんがのぅ」






【作者コメント】
3ノットは時速換算だと約5.6km/hなのでせいぜい歩くぐらいのスピードです。1マイルを進むのに20分かかります。帆船時代の海戦はスピードがゆっくりなのでそのあたりの臨場感も感じ取っていただけたらと思います。

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