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事業拡大編
第40話 サミエラはタッキングする
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午前の6点鐘(11時)を鳴らし終えたロッコが船尾のサミエラとアボットの所に戻るのを待ち、サミエラは次の指示を出す。
「じゃあ今から徐々に進路を右寄り──風上に変えていくわ。帆をクロス・ホールドまでしても風を捉えられなくなる帆走限界までね。おじ様は切り上がりの限界の角度を計測してちょうだい」
「おうよ。任せとけ」
「おぅい! 仕事だぞ! 今から切り上がりを始めるから風向きに合わせてスパンカーとステイセイルをブロード・リーチからクロス・ホールドまで徐々に回せぇー!」
「「「「ヤーッ!!」」」」
アボットの号令に左舷船首側に集まって話し合っていた若者たちが一斉に持ち場に走る。ショーゴとアネッタはスパンカーを操作するロープの巻き上げ器のハンドルに取り付き、ゴンノスケとサザナミはステイセイルのウインチのハンドルに取り付く。
帆を回す準備が調ったことを確認してからサミエラが少しずつ舵輪を右に回して北に向いていた進路を少しずつ風上である東寄りに変えていけば、それまで右から吹いていた風が少しずつ右斜め前からの風に変わってくる。
右からの風を捉える為に、船の左側にブロード・リーチで大きく開かれていた帆だったが、風向きが右前に変わってくるとブロード・リーチのままでは帆が風と平行になってしまって風を捉えることができなくなる。それで、帆で風を捉え続けることができるように、外側に開いていた帆を少しずつ船体の内側に引き込んでいく必要がある。
帆を完全に引き込んで、帆の角度が船の首尾線と平行、あるいは限界までそれに近づけた状態がクロス・ホールドであり、このクロス・ホールドでも風を捉えられなくなった角度がその船の切り上がり限界となり、それよりも風上は帆走不可能領域となる。
緩やかな曲線を描きながら少しずつ風上に切り上がっていく【バンシー】ではロッコが風上からの角度を読み上げ、アボットが帆の状態をチェックして報告する。
「今で風上から50°まで切り上がってるぜ」「スパンカー、ステイセイル共に今クロス・ホールドになりましたが、まだしっかり風を捉えています!」
「ならまだもう少し上がれそうね」
「……48……47……46……45……44」
──パタパタパタパタ……
「帆走限界です。帆が波打ち始めました!」「OK! ちょっと舵を戻すわ」
サミエラが舵を少し左に戻せば波打っていた帆が再び風を捉える。
──ヴァフッ
「今が45°だ」「ギリギリですがなんとか風は捉えられています」
「OK! じゃあもう一度試してみるわよ」
サミエラが再び舵を右に切れば、風を捉えられなくなった帆が波打ち、帆からの推力を得られなくなった【バンシー】の速力がみるみる落ちていく。
──パタパタパタパタ……
「44°だ」
「うん。どうやらここが彼女の切り上がり限界ね」
納得したサミエラが舵輪を左に戻して再び帆が風を捉えられるようにすれば、膨らんだ帆によって推力を取り戻した【バンシー】の速力の低下が止まり、およそ4ノットを維持しつつ北東に進む。
ちなみに【バンシー】の舵効速力の限界は2ノットであり、それ以下まで速力が下がると舵が効かなくなる。
「いやはや……素晴らしい船ですね。45°まで上がれる船はなかなかありませんよ。私が乗っていたキャラックでは60°が限界でしたから」
アボットが興奮を隠しきれない様子で感想を口にすれば、ロッコが得意気に胸を張る。
「そりゃあ【バンシー】は元々ゴールディ商会に所属していたどの船よりも切り上がり性能は優れていたからな。どんな海賊船も風上に逃げたら追ってこれなかったもんさ」
「切り上がり角が45°ならばデッドエリアはたったの90°しかないわけですね。それならば上手回しも簡単でしょう」
「そうさな、開始速力が4ノットもありゃ問題なくタッキングできるな」
「それはすごい! キャラックはデッドエリアが120°もある上に横帆船の特性で必ずタッキング中に向かい風で裏帆を打ちますからね。タッキングの開始速力が最低でも7ノットはないと旋回途中で惰性を失って停船したものです」
そんなアボットとロッコの会話にサミエラが割り込む。
「……おじ様、4ノットでタッキング出来るならこのまま加速せずにタッキングを始めてもいいかしら? 今でもだいたい4ノットぐらいは出てると思うけど」
「おう。そうさな、この速力なら余裕はねぇがなんとか出来るだろうよ」
「OK! じゃあ今からタッキングで向かい風を間切って“古き声の入り江”の湾内に入るわよ。そこで一度投錨して昼食にしましょう。アボット、皆に伝えてちょうだい」
「イエスマム! おぅい! 今からタッキングをして湾内に入るぞ! デッドエリアを間切る間は帆を風に流して、抜けたらすぐに逆開きだ!」
「お父様ぁー! タッキングには速力が足りていないのではー?」
今までの常識からすれば当然のアネッタの問いにアボットはにやりと笑って応じる。
「この船はこの速力からタッキングできるそうだ! さあ、配置につけ!」
「なんじゃと! そらすごいのぅ」「この状態から上手回しができるのか」「嘘やろ」
半信半疑ながらも操帆のために若者たちが配置につくのを確認してからサミエラが号令と共に舵輪を目一杯右に回す。
「面舵一杯! 上手回し開始! 向かい風を間切って湾内へ!」
「イエスマム! ハード・スタァボーッ! タッキング開始! 帆から風を抜けぇ! 逆開き用意!」
帆を風に流して向かい風への抵抗を最小限にした【バンシー】が惰性のまま右旋回をする。
右舷前方からの風が旋回に伴い船の真正面からの向かい風に変わり、【バンシー】の速力を落とす抵抗となるが、真正面からの風を受けるのは僅かな時間だけなのでなんとか舵効速力を保ったまま【バンシー】はデッドエリアを惰性航行で抜けきって船首を南東に向け終わり、再び帆に風を捉えて速力を上げ始めた。
固唾を飲んで見守っていた全員がはぁーと大きく息を吐く。
「タッキング終了! みんな、よくやってくれたわ。このまま湾内の風と波が穏やかな場所まで進んで投錨して休憩にするわよ」
難易度の高い、向かい風を受けながらの旋回──上手回しを難なくこなして休憩できそうな場所を探して上機嫌に船を進めるサミエラ。
張りつめていた緊張の糸が弛み、弛緩した空気の中、皆が口々に雑談に興じる。
「すごいわ! ほんとにタッキングできたのね」「いやはや凄いもんだ」「なんとも見事な軽快さじゃな」「ハラハラしたわ」
「いくら小型船とはいえ、これほど小さな半径でタッキングできるものなのですね」「開始速力が遅いからこそだな。開始速力が速ければそれだけ旋回半径は大きくなるからよ」「なるほど、失速ギリギリなればこその高機動というわけね。リスクは大きいけど成功すれば敵船に対して優位に立てるわね」「俺は実戦でこんな機動をやろうと考える嬢ちゃんの胆力が怖いぜ。……おっとそろそろ次の鐘だ。鳴らしてくるぜ」
──カンカァーン……カンカァーン……カンカァーン……カァーン……
~~~
【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.7 パーソナリティー:Sakura&Nobuna】
Sakura「この切り上がりっていったいどげんなっとっと?」
Nobuna「ほ? 切り上がりは帆船が向かい風を受けながら航行することじゃが?」
Sakura「そぎゃんこつば聞いとるんじゃなか。どげんして帆船が向かい風ば受けながら航行できるんかが不思議ったいね」
Nobuna「……あー、そういえばサクラの姉御は初日の主様の感想戦は用事で観ておらんかったんじゃったな」
──サクラさんに激しく同意
──なんで向かい風を受けながら前に進めるのかホント不思議
──ほんそれ。45°の向かい風で前に進めるって理解できんわ
──向かい風を帆に受けるとか、普通に考えたら後ろに押し戻されそうなもんだけど……
──初日にマサムネが切り上がりのメカニズムは解説しとったで?
──まぁ、初回の感想戦観てなきゃ分からんよな。本編では今日が初航海だし
──くっ! 感想戦民との情報格差の是正をお願いしたい!
──……
Nobuna「そうじゃのぅ。初日の感想戦で主様が切り上がりについては詳しく説明しておったから、ほぼその内容の踏襲になるがそれで良ければ説明するがの?」
Sakura「そいでよかよ!」
──よかよか!
──マサムネの説明で理解してるけどノブナの説明も聞きたい!
──1ヶ月前の内容とかフワッとしか覚えてないから助かる
──教えて! ノブナ先生!
──あのスポーンがあるかなwktk
──スポーンw
──……
Nobuna「それではちと小道具を用意するので待っておれ」
ノブナがホロディスプレイを操作して、長さ30㌢ぐらいの涙形の氷の塊を実体化させ、その尖った方を下にして両手で持つ。
Nobuna「さて、ここに涙形の氷があるわけじゃが、これに横からの力を加えるとこうなるわけじゃ」
ノブナが氷を強く握ると、氷がスポーンとノブナの手から飛び出して宙に舞う。
──出た! スポーン!
──スポーン!
──スポーン!
──これは確かにスポーン
──よくわからんけどスポーンやな
──……
Nobuna「こら! 茶化すでないわ! ……この通り、押し上げたわけではなく、横から力を加えただけなのに氷は上に移動したじゃろう? つまり、こういう形じゃと横からの力のベクトルが太い方から細い方に流れて、氷を太い方に動かす力になるわけじゃ。そして船の喫水下は船首側が太く、船尾に向けて段々細くなっておるんじゃが、さっきの氷と同じで横からの力を後方に流して船を前進させる力に変換できるようになっておるわけじゃ。……さてサクラの姉御、クロス・ホールド状態の帆で捉えた風の力はどの方向に働くかの?」
Sakura「ほうじゃねぇ……横方向に働くっとね?」
Nobuna「そうじゃ。向かい風でもクロス・ホールドの帆で捉えられる限りは船体を横に押す力になるんじゃ。抵抗のない宇宙空間じゃと船体はそのまま横に流されるだけじゃが、水は抵抗の大きい物体じゃからの、喫水下の船体の形に沿って流体力学が作用して結果的に船を前進させるというわけじゃ。これが切り上がりの原理じゃが分かったかの?」
──なるほど! 理解できた【投げ銭】
──授業料【投げ銭】
──流体力学かぁ……宇宙空間にいるとあまり実感ないんだよな
──フルダイブしてるとお馴染み感覚だけどね
──向かい風でも前進できる理由が分かってスッキリしたわ
──帆船ってこんなに原始的なのに意外と科学的な理論に基づいて運用されてて興味深いね
──……
【作者コメント】
切り上がりについては14話でも説明していますが、かなり前の話になりますので改めてもう一度扱わせていただきました。作者自身、切り上がりの原理を最初は理解できずに首を傾げていたクチですが、理解できた時、すげぇなーと感動したのを覚えています。
「じゃあ今から徐々に進路を右寄り──風上に変えていくわ。帆をクロス・ホールドまでしても風を捉えられなくなる帆走限界までね。おじ様は切り上がりの限界の角度を計測してちょうだい」
「おうよ。任せとけ」
「おぅい! 仕事だぞ! 今から切り上がりを始めるから風向きに合わせてスパンカーとステイセイルをブロード・リーチからクロス・ホールドまで徐々に回せぇー!」
「「「「ヤーッ!!」」」」
アボットの号令に左舷船首側に集まって話し合っていた若者たちが一斉に持ち場に走る。ショーゴとアネッタはスパンカーを操作するロープの巻き上げ器のハンドルに取り付き、ゴンノスケとサザナミはステイセイルのウインチのハンドルに取り付く。
帆を回す準備が調ったことを確認してからサミエラが少しずつ舵輪を右に回して北に向いていた進路を少しずつ風上である東寄りに変えていけば、それまで右から吹いていた風が少しずつ右斜め前からの風に変わってくる。
右からの風を捉える為に、船の左側にブロード・リーチで大きく開かれていた帆だったが、風向きが右前に変わってくるとブロード・リーチのままでは帆が風と平行になってしまって風を捉えることができなくなる。それで、帆で風を捉え続けることができるように、外側に開いていた帆を少しずつ船体の内側に引き込んでいく必要がある。
帆を完全に引き込んで、帆の角度が船の首尾線と平行、あるいは限界までそれに近づけた状態がクロス・ホールドであり、このクロス・ホールドでも風を捉えられなくなった角度がその船の切り上がり限界となり、それよりも風上は帆走不可能領域となる。
緩やかな曲線を描きながら少しずつ風上に切り上がっていく【バンシー】ではロッコが風上からの角度を読み上げ、アボットが帆の状態をチェックして報告する。
「今で風上から50°まで切り上がってるぜ」「スパンカー、ステイセイル共に今クロス・ホールドになりましたが、まだしっかり風を捉えています!」
「ならまだもう少し上がれそうね」
「……48……47……46……45……44」
──パタパタパタパタ……
「帆走限界です。帆が波打ち始めました!」「OK! ちょっと舵を戻すわ」
サミエラが舵を少し左に戻せば波打っていた帆が再び風を捉える。
──ヴァフッ
「今が45°だ」「ギリギリですがなんとか風は捉えられています」
「OK! じゃあもう一度試してみるわよ」
サミエラが再び舵を右に切れば、風を捉えられなくなった帆が波打ち、帆からの推力を得られなくなった【バンシー】の速力がみるみる落ちていく。
──パタパタパタパタ……
「44°だ」
「うん。どうやらここが彼女の切り上がり限界ね」
納得したサミエラが舵輪を左に戻して再び帆が風を捉えられるようにすれば、膨らんだ帆によって推力を取り戻した【バンシー】の速力の低下が止まり、およそ4ノットを維持しつつ北東に進む。
ちなみに【バンシー】の舵効速力の限界は2ノットであり、それ以下まで速力が下がると舵が効かなくなる。
「いやはや……素晴らしい船ですね。45°まで上がれる船はなかなかありませんよ。私が乗っていたキャラックでは60°が限界でしたから」
アボットが興奮を隠しきれない様子で感想を口にすれば、ロッコが得意気に胸を張る。
「そりゃあ【バンシー】は元々ゴールディ商会に所属していたどの船よりも切り上がり性能は優れていたからな。どんな海賊船も風上に逃げたら追ってこれなかったもんさ」
「切り上がり角が45°ならばデッドエリアはたったの90°しかないわけですね。それならば上手回しも簡単でしょう」
「そうさな、開始速力が4ノットもありゃ問題なくタッキングできるな」
「それはすごい! キャラックはデッドエリアが120°もある上に横帆船の特性で必ずタッキング中に向かい風で裏帆を打ちますからね。タッキングの開始速力が最低でも7ノットはないと旋回途中で惰性を失って停船したものです」
そんなアボットとロッコの会話にサミエラが割り込む。
「……おじ様、4ノットでタッキング出来るならこのまま加速せずにタッキングを始めてもいいかしら? 今でもだいたい4ノットぐらいは出てると思うけど」
「おう。そうさな、この速力なら余裕はねぇがなんとか出来るだろうよ」
「OK! じゃあ今からタッキングで向かい風を間切って“古き声の入り江”の湾内に入るわよ。そこで一度投錨して昼食にしましょう。アボット、皆に伝えてちょうだい」
「イエスマム! おぅい! 今からタッキングをして湾内に入るぞ! デッドエリアを間切る間は帆を風に流して、抜けたらすぐに逆開きだ!」
「お父様ぁー! タッキングには速力が足りていないのではー?」
今までの常識からすれば当然のアネッタの問いにアボットはにやりと笑って応じる。
「この船はこの速力からタッキングできるそうだ! さあ、配置につけ!」
「なんじゃと! そらすごいのぅ」「この状態から上手回しができるのか」「嘘やろ」
半信半疑ながらも操帆のために若者たちが配置につくのを確認してからサミエラが号令と共に舵輪を目一杯右に回す。
「面舵一杯! 上手回し開始! 向かい風を間切って湾内へ!」
「イエスマム! ハード・スタァボーッ! タッキング開始! 帆から風を抜けぇ! 逆開き用意!」
帆を風に流して向かい風への抵抗を最小限にした【バンシー】が惰性のまま右旋回をする。
右舷前方からの風が旋回に伴い船の真正面からの向かい風に変わり、【バンシー】の速力を落とす抵抗となるが、真正面からの風を受けるのは僅かな時間だけなのでなんとか舵効速力を保ったまま【バンシー】はデッドエリアを惰性航行で抜けきって船首を南東に向け終わり、再び帆に風を捉えて速力を上げ始めた。
固唾を飲んで見守っていた全員がはぁーと大きく息を吐く。
「タッキング終了! みんな、よくやってくれたわ。このまま湾内の風と波が穏やかな場所まで進んで投錨して休憩にするわよ」
難易度の高い、向かい風を受けながらの旋回──上手回しを難なくこなして休憩できそうな場所を探して上機嫌に船を進めるサミエラ。
張りつめていた緊張の糸が弛み、弛緩した空気の中、皆が口々に雑談に興じる。
「すごいわ! ほんとにタッキングできたのね」「いやはや凄いもんだ」「なんとも見事な軽快さじゃな」「ハラハラしたわ」
「いくら小型船とはいえ、これほど小さな半径でタッキングできるものなのですね」「開始速力が遅いからこそだな。開始速力が速ければそれだけ旋回半径は大きくなるからよ」「なるほど、失速ギリギリなればこその高機動というわけね。リスクは大きいけど成功すれば敵船に対して優位に立てるわね」「俺は実戦でこんな機動をやろうと考える嬢ちゃんの胆力が怖いぜ。……おっとそろそろ次の鐘だ。鳴らしてくるぜ」
──カンカァーン……カンカァーン……カンカァーン……カァーン……
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【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.7 パーソナリティー:Sakura&Nobuna】
Sakura「この切り上がりっていったいどげんなっとっと?」
Nobuna「ほ? 切り上がりは帆船が向かい風を受けながら航行することじゃが?」
Sakura「そぎゃんこつば聞いとるんじゃなか。どげんして帆船が向かい風ば受けながら航行できるんかが不思議ったいね」
Nobuna「……あー、そういえばサクラの姉御は初日の主様の感想戦は用事で観ておらんかったんじゃったな」
──サクラさんに激しく同意
──なんで向かい風を受けながら前に進めるのかホント不思議
──ほんそれ。45°の向かい風で前に進めるって理解できんわ
──向かい風を帆に受けるとか、普通に考えたら後ろに押し戻されそうなもんだけど……
──初日にマサムネが切り上がりのメカニズムは解説しとったで?
──まぁ、初回の感想戦観てなきゃ分からんよな。本編では今日が初航海だし
──くっ! 感想戦民との情報格差の是正をお願いしたい!
──……
Nobuna「そうじゃのぅ。初日の感想戦で主様が切り上がりについては詳しく説明しておったから、ほぼその内容の踏襲になるがそれで良ければ説明するがの?」
Sakura「そいでよかよ!」
──よかよか!
──マサムネの説明で理解してるけどノブナの説明も聞きたい!
──1ヶ月前の内容とかフワッとしか覚えてないから助かる
──教えて! ノブナ先生!
──あのスポーンがあるかなwktk
──スポーンw
──……
Nobuna「それではちと小道具を用意するので待っておれ」
ノブナがホロディスプレイを操作して、長さ30㌢ぐらいの涙形の氷の塊を実体化させ、その尖った方を下にして両手で持つ。
Nobuna「さて、ここに涙形の氷があるわけじゃが、これに横からの力を加えるとこうなるわけじゃ」
ノブナが氷を強く握ると、氷がスポーンとノブナの手から飛び出して宙に舞う。
──出た! スポーン!
──スポーン!
──スポーン!
──これは確かにスポーン
──よくわからんけどスポーンやな
──……
Nobuna「こら! 茶化すでないわ! ……この通り、押し上げたわけではなく、横から力を加えただけなのに氷は上に移動したじゃろう? つまり、こういう形じゃと横からの力のベクトルが太い方から細い方に流れて、氷を太い方に動かす力になるわけじゃ。そして船の喫水下は船首側が太く、船尾に向けて段々細くなっておるんじゃが、さっきの氷と同じで横からの力を後方に流して船を前進させる力に変換できるようになっておるわけじゃ。……さてサクラの姉御、クロス・ホールド状態の帆で捉えた風の力はどの方向に働くかの?」
Sakura「ほうじゃねぇ……横方向に働くっとね?」
Nobuna「そうじゃ。向かい風でもクロス・ホールドの帆で捉えられる限りは船体を横に押す力になるんじゃ。抵抗のない宇宙空間じゃと船体はそのまま横に流されるだけじゃが、水は抵抗の大きい物体じゃからの、喫水下の船体の形に沿って流体力学が作用して結果的に船を前進させるというわけじゃ。これが切り上がりの原理じゃが分かったかの?」
──なるほど! 理解できた【投げ銭】
──授業料【投げ銭】
──流体力学かぁ……宇宙空間にいるとあまり実感ないんだよな
──フルダイブしてるとお馴染み感覚だけどね
──向かい風でも前進できる理由が分かってスッキリしたわ
──帆船ってこんなに原始的なのに意外と科学的な理論に基づいて運用されてて興味深いね
──……
【作者コメント】
切り上がりについては14話でも説明していますが、かなり前の話になりますので改めてもう一度扱わせていただきました。作者自身、切り上がりの原理を最初は理解できずに首を傾げていたクチですが、理解できた時、すげぇなーと感動したのを覚えています。
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