37 / 61
事業拡大編
第37話 サミエラは出航する
しおりを挟む
サミエラが奴隷たちの担当する仕事を割り振った翌日、朝の8点鐘(8:00)が鳴る頃にサミエラはロッコと奴隷たちと共にサンファンの交易広場にやってきた。まだ早い時間なので露天商や屋台小屋にも商品は多く、多くの買い物客で賑わっている。
「この時間に客側としてここに来るのはなんだか新鮮ね」
「だな。普段は逆だかんな」
サミエラの言葉にロッコが同意する。
「あらサミエラちゃんおはようさん! 昨日お店開けてたから今日は違うわよね。どうしたんだい?」
「今日はちょっと船を動かそうと思ってて、その前にちょっと買い出しなのよ」
「あらそうかい。焼き立てのパンはどうだい? サミエラちゃんとこの干し果物を入れて焼いたんだよ」
「美味しそうね。船の上で食べるのに買ってくわ」
「まいどっ」
遠出はしないとはいえ、食料や飲み物も多少は必要になるのでそれらを朝市で買い込んでいき、ショーゴとゴンノスケがそれを持つ。
今日は全員、防具は着けていないが各々の武器だけは身に帯びた軽装姿だ。この時代、護身用の武器は身に帯びていても誰も気にしない。むしろ外出時のたしなみでもある。さすがに火縄銃を背負っているゴンノスケだけは少々浮いているが、それでも護衛としてならさほど不自然でもない。
必要な物を買い込んだ一行は交易広場から波止場に出て、マリーナの方に向かった。
スループ船【バンシー】はドックでの改装後、再びマリーナの桟橋に戻されている。彼女にとってはこれが改装後初の航海となる。
マリーナを管理するマリーナ砦にて出港の手続きを終えてから指定された桟橋に停泊中の【バンシー】に向かう。
空き樽に板を渡しただけの簡易な浮き桟橋を揺らしながら【バンシー】に近づいていけば、以前と外見がかなり変わっていることが分かる。
船尾には船名であるBanSheeの名が刻まれた真新しい真鍮のプレートが打ち付けられ、金色に輝いている。
ドックで船底に付着したフジツボや貝を落とした際に船底の防水と防腐の為のタールが塗り直され、ついでに船体全体も再塗装され、黒地に赤と白のラインが入った美しい仕上がりになっている。
メインマストにはトップマストが継ぎ足され、上横帆を張るための帆桁も追加されている。
船首にも前方に突き出した船首マストが追加され、船首三角帆を張るための支索がバウスプリットとトップマストの間に張られている。
そしてバウスプリットの下にはこの船の象徴でもあるバンシーの船首像が飾られている。このフィギュアヘッドはフードで顔を半分隠した女性の上半身像で、木製の彫刻である。ちなみに商会のエンブレムの方は、フードで顔を半分隠し、頬に涙を流している女性の横顔を意匠化したものである。
船体のサイズは変わっていないものの、マストの追加により【バンシー】は以前よりも一回り大きく見える。
「彼女がうちの船【バンシー】よ!」
「ほう……。これは美しい船ですな」「わぁ、素敵な船ですね」「これはじつに足が速そうだ」「ほー、思っとったより立派な船じゃったのぅ」「横帆が1枚だけやったら楽やなぁ」
口々に感想を言い合いながら全員が船に乗り組み、サミエラが持ってきた商船旗の長旗をマストのトップに掲揚する。
「さて、ご主人様が船長として舵輪を握り、ロッコ様が航海士として補佐されるとのことなので、私がさしあたっては甲板長をさせていただいてよろしいでしょうか?」
アボットの提案をサミエラが承認すれば、アボットは若者たち4人を集めて指示を出す。
「ショーゴとアニーは下、ゴンとナミは上だ。ただし、錨の巻き上げはゴンも下で手伝うように。艤装のルールは今までとは全然違うから最初は戸惑うだろうが、我々がこっちのやり方に合わせるんだ。まずはそれぞれのロープの働きを把握するぞ」
「「「「ヤーッ!」」」」
全員が甲板を順番に回っていき、それぞれのロープがどの帆の操作に対応しているのかを把握し、理解の調整をしていく。帆船にはたくさんのロープがあり、それはマストを支える為のものであったり、帆を張るためのものであったり、マストを回すためのものであったりと用途は様々だ。
同じ国に所属している船同士であればある程度艤装のルールは共通であるが、国が違うとそのあたりがだいぶ変わってくるので、アボットたちが船を実際に動かす前に艤装を把握しようとするのは非常に重要な準備といえた。
しばらくして、アボットから艤装を概ね把握したとの報告が上がる。
「じゃあ、さっそく動かしてみるわよ。まずは港湾を北に出てから西に進路を取るわ。港湾の西の岬を越えてすぐに“古き声の入り江”と呼ばれる大きな穏やかな湾があるから今日はそこで船の性能試験と操船の練習をするわよ」
「イエスマム! ……出港だ! ナミは上に上がってトップセイルを展帆。ショーゴはもやい綱を外せ。それから錨の巻き上げだ。アニーとゴンは先に巻き上げ機に取りついて準備をしておけ!」
アボットの指示でサザナミがするするとマストを登っていき、ショーゴが一度桟橋に降りて船を係留しているもやい綱を外し、ゴンノスケとアネッタがキャップスタンに錨綱を巻き付け、操作用の柄を差し込んで巻き上げの準備を調える。
垂直軸回転式のウインチであるキャップスタンは普段は甲板に立っている円柱だが、使う時は錨綱を巻き付け、放射状に差し込んだ柄を複数の人間で回すことで巻き上げることができる。
当然、船の大きさによってキャップスタンの大きさも操作人数も変わるが、小型船である【バンシー】のキャップスタンは柄を十字に取り付け、それぞれに1人ずつの4人で操作するタイプである。
4本の柄それぞれを、アボット、アネッタ、ショーゴ、ゴンノスケが掴んで力いっぱい押していけば、キャップスタンが時計回りにカタン、カタンと回り始め、錨綱が巻き上げられていき、海底の錨に引っ張られて船体がゆっくりと桟橋を離れて前進し始める。
錨本体が海底から離れた瞬間、船体が少し横揺れし、前方からの引っ張る力を失った船の行き足が止まりそうになるが、タイミングよくサザナミによって開かれたトップセイルが追い風を受けて大きく脹らみ、推進力を得た【バンシー】は船首波を蹴立てて走り始めた。
その間も錨の巻き上げは続けられ、ついに錨が海面から引き上げられる。錨が金具で船体に固定されれば、役目を終えたキャップスタンから柄が引き抜かれ、巻き付いている錨綱もほどかれて、投錨時に絡まらないように工夫しつつも錨の近くの甲板に置かれる。
「ゴン、マストに上がってメインセイル展帆用意! ショーゴ、アニー、トップセイルを回す用意!」
マリーナの桟橋は東側に向いていたので、現在【バンシー】は追い風を受けながら船首を東に向けている。湾の出口は北側にあるのでまずは面舵を切って進路を北寄りに変える必要がある。
若者たちが次の配置についたことを確認してアボットが報告を上げる。
「船長、旋回およびメインセイル展帆の準備よし!」
「OK! 面舵! 下手回しで進路を北へ!」
「面舵だ! 帆を回せ!」「「ヤーッ!」」
サミエラが舵輪を右に回し始めれば【バンシー】が右旋回を始め、真後ろから吹いていた風が右寄りに変わっていき、それに合わせてショーゴとアネッタが甲板からトップマストを操作して回転させ、常に帆が風を受けられる状態に保つ。
「旋回終了! 舵を戻すわ」
「イエスマム! 舵戻ぉし! 進路このまま! メインセイル展帆!」
メインセイルであるスパンカー縦帆がサザナミとゴンノスケによって開かれ、風を受けて大きく脹らみ、一気に推力を得た【バンシー】が一気に加速する。
マストの上でのサザナミが5人分の働きをするというのは誇張ではなく、本来なら足場綱を伝いながら配置に着き、数人がかりで作業する帆の展帆作業を、サザナミは帆桁の上を軽業師のように危なげなく走り回って、あっという間に終わらせてしまい、その手際の良さには熟練の船乗りであるロッコも舌を巻く。
「はー……すげぇなアイツ。まるで猿じゃねぇか」
「うふふ。さすが忍者の本領発揮ね。頼もしいわ」
サザナミの仕事振りに満足げに笑うサミエラにアボットが訊ねる。
「船長、他の帆はどうしますか?」
「今はまだいいわ。総帆での全速航行は外洋に出てからにしましょう。港湾内は他の船も多いし」
「イエスマム!」
「嬢ちゃん、右舷前方、沿岸警備の海軍のブリッグが近づいてくるぜ」
ロッコの報告にサミエラが右前方に目をやれば、イングランドの海軍旗をはためかせたブリッグがまっすぐにこちらに向かってくるのが見えた。
~~~
【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.7 パーソナリティー:Sakura&Nobuna】
Nobuna「ゲームが始まってひと月と少し。ようやく出航じゃな。ここまで長かったのぅ」
Sakura「他のプレイヤーさんはどげんしとるんかね?」
──ほとんどのプレイヤーは始まってすぐに海に出とるでwww
──準備期間に1ヶ月以上かけてるサミエラはかなりの異端だよね
──まずは交易所で水夫を募集して、だいたい1週間以内には出航するのがほとんどだね
──やっぱ、とりあえず船を動かしたいじゃん?
──むしろ帆船を動かしたいがゆえにこのゲームやってる奴がほとんどじゃないかな?
──ただ、準備不足で出航してすでにリタイアした奴も多いけどね
──それな! 難破、海賊の襲撃、水夫の謀反、食料不足での飢え死に……この辺りが現時点でのリタイア理由の大半だな
──……
Nobuna「サーバーによってはすでにプレイヤーが全滅しとるところもあるようじゃからのぅ。それを考えるとサミエラ殿がまずは足場を固めておるのは正解じゃったのぅ」
Sakura「ほんなごつ、急がば回れじゃね。サミエラさんはアボットさんたちともよか関係ば築いとるけん、安心して仕事ば任せらるったいね」
──てゆーかアボットチームの実力ヤバない?
──他のプレイヤーの配信も観てるけど、全員、船乗りとしての技量は頭ひとつ抜けとるな。少なくとも募集かけて来る水夫にこのレベルはまずおらんで?
──ナミちゃんが帆手としてどちゃくそ優秀でワロタw 忍者の帆手って最強かよw
──サミエラ含めてチームとして息が合ってるのがいいよね!
──本来なら最低10人は必要な操船を7人で問題なく回してるもんな
──そういえばサミエラの面舵の時の掛け声ってあれなに? スタアボーとか言ってたけど
──……
Nobuna「ああ、あれはじゃな、舵取り板がなまってスタアボードになっとるんじゃ。……ちょいと歴史的な話になるがの、サミエラ殿の時代においては船の舵取り板は船尾中央に付いておるが、もっと昔、大航海時代前まで遡ると船の船尾右側に付いておっての、それで右舷をスタアボードと呼び習わすようになったんじゃ。ちなみに反対側の左舷はポートと呼ぶが、右舷に舵取り板がある船は必ず左舷を港に接舷しておったからその名残じゃな」
Sakura「へぇーそうったい。それで今では右に舵を切る時の掛け声がスタアボードで、左に舵を切る時がポートなんね?」
Nobuna「そういうことじゃな」
【作者コメント】
船の三人称代名詞は『彼女』です。古来より船の船長、あるいは艦長は乗組員にとって家長である父親のような存在であり、そのパートナーである船は母親また妻のような存在でした。故に船は女性として扱われ、女性名を付けられることが多いです。
日本では船に人名は付けませんが、それでも船を女性と見なす習慣はあり、同型艦は姉妹艦と呼ばれますし、航空母艦や捕鯨母船という呼び名にも母という字が使われています。
『蒼き鋼のアルペジオ』や『艦隊これくしょん』などにおいて軍艦が美少女に擬人化されるのはある意味きわめて真っ当と言えるかもしれません。……まあ日本の場合なんでも美少女化させますからそこまで意図しているかどうかは知りませんが。
「この時間に客側としてここに来るのはなんだか新鮮ね」
「だな。普段は逆だかんな」
サミエラの言葉にロッコが同意する。
「あらサミエラちゃんおはようさん! 昨日お店開けてたから今日は違うわよね。どうしたんだい?」
「今日はちょっと船を動かそうと思ってて、その前にちょっと買い出しなのよ」
「あらそうかい。焼き立てのパンはどうだい? サミエラちゃんとこの干し果物を入れて焼いたんだよ」
「美味しそうね。船の上で食べるのに買ってくわ」
「まいどっ」
遠出はしないとはいえ、食料や飲み物も多少は必要になるのでそれらを朝市で買い込んでいき、ショーゴとゴンノスケがそれを持つ。
今日は全員、防具は着けていないが各々の武器だけは身に帯びた軽装姿だ。この時代、護身用の武器は身に帯びていても誰も気にしない。むしろ外出時のたしなみでもある。さすがに火縄銃を背負っているゴンノスケだけは少々浮いているが、それでも護衛としてならさほど不自然でもない。
必要な物を買い込んだ一行は交易広場から波止場に出て、マリーナの方に向かった。
スループ船【バンシー】はドックでの改装後、再びマリーナの桟橋に戻されている。彼女にとってはこれが改装後初の航海となる。
マリーナを管理するマリーナ砦にて出港の手続きを終えてから指定された桟橋に停泊中の【バンシー】に向かう。
空き樽に板を渡しただけの簡易な浮き桟橋を揺らしながら【バンシー】に近づいていけば、以前と外見がかなり変わっていることが分かる。
船尾には船名であるBanSheeの名が刻まれた真新しい真鍮のプレートが打ち付けられ、金色に輝いている。
ドックで船底に付着したフジツボや貝を落とした際に船底の防水と防腐の為のタールが塗り直され、ついでに船体全体も再塗装され、黒地に赤と白のラインが入った美しい仕上がりになっている。
メインマストにはトップマストが継ぎ足され、上横帆を張るための帆桁も追加されている。
船首にも前方に突き出した船首マストが追加され、船首三角帆を張るための支索がバウスプリットとトップマストの間に張られている。
そしてバウスプリットの下にはこの船の象徴でもあるバンシーの船首像が飾られている。このフィギュアヘッドはフードで顔を半分隠した女性の上半身像で、木製の彫刻である。ちなみに商会のエンブレムの方は、フードで顔を半分隠し、頬に涙を流している女性の横顔を意匠化したものである。
船体のサイズは変わっていないものの、マストの追加により【バンシー】は以前よりも一回り大きく見える。
「彼女がうちの船【バンシー】よ!」
「ほう……。これは美しい船ですな」「わぁ、素敵な船ですね」「これはじつに足が速そうだ」「ほー、思っとったより立派な船じゃったのぅ」「横帆が1枚だけやったら楽やなぁ」
口々に感想を言い合いながら全員が船に乗り組み、サミエラが持ってきた商船旗の長旗をマストのトップに掲揚する。
「さて、ご主人様が船長として舵輪を握り、ロッコ様が航海士として補佐されるとのことなので、私がさしあたっては甲板長をさせていただいてよろしいでしょうか?」
アボットの提案をサミエラが承認すれば、アボットは若者たち4人を集めて指示を出す。
「ショーゴとアニーは下、ゴンとナミは上だ。ただし、錨の巻き上げはゴンも下で手伝うように。艤装のルールは今までとは全然違うから最初は戸惑うだろうが、我々がこっちのやり方に合わせるんだ。まずはそれぞれのロープの働きを把握するぞ」
「「「「ヤーッ!」」」」
全員が甲板を順番に回っていき、それぞれのロープがどの帆の操作に対応しているのかを把握し、理解の調整をしていく。帆船にはたくさんのロープがあり、それはマストを支える為のものであったり、帆を張るためのものであったり、マストを回すためのものであったりと用途は様々だ。
同じ国に所属している船同士であればある程度艤装のルールは共通であるが、国が違うとそのあたりがだいぶ変わってくるので、アボットたちが船を実際に動かす前に艤装を把握しようとするのは非常に重要な準備といえた。
しばらくして、アボットから艤装を概ね把握したとの報告が上がる。
「じゃあ、さっそく動かしてみるわよ。まずは港湾を北に出てから西に進路を取るわ。港湾の西の岬を越えてすぐに“古き声の入り江”と呼ばれる大きな穏やかな湾があるから今日はそこで船の性能試験と操船の練習をするわよ」
「イエスマム! ……出港だ! ナミは上に上がってトップセイルを展帆。ショーゴはもやい綱を外せ。それから錨の巻き上げだ。アニーとゴンは先に巻き上げ機に取りついて準備をしておけ!」
アボットの指示でサザナミがするするとマストを登っていき、ショーゴが一度桟橋に降りて船を係留しているもやい綱を外し、ゴンノスケとアネッタがキャップスタンに錨綱を巻き付け、操作用の柄を差し込んで巻き上げの準備を調える。
垂直軸回転式のウインチであるキャップスタンは普段は甲板に立っている円柱だが、使う時は錨綱を巻き付け、放射状に差し込んだ柄を複数の人間で回すことで巻き上げることができる。
当然、船の大きさによってキャップスタンの大きさも操作人数も変わるが、小型船である【バンシー】のキャップスタンは柄を十字に取り付け、それぞれに1人ずつの4人で操作するタイプである。
4本の柄それぞれを、アボット、アネッタ、ショーゴ、ゴンノスケが掴んで力いっぱい押していけば、キャップスタンが時計回りにカタン、カタンと回り始め、錨綱が巻き上げられていき、海底の錨に引っ張られて船体がゆっくりと桟橋を離れて前進し始める。
錨本体が海底から離れた瞬間、船体が少し横揺れし、前方からの引っ張る力を失った船の行き足が止まりそうになるが、タイミングよくサザナミによって開かれたトップセイルが追い風を受けて大きく脹らみ、推進力を得た【バンシー】は船首波を蹴立てて走り始めた。
その間も錨の巻き上げは続けられ、ついに錨が海面から引き上げられる。錨が金具で船体に固定されれば、役目を終えたキャップスタンから柄が引き抜かれ、巻き付いている錨綱もほどかれて、投錨時に絡まらないように工夫しつつも錨の近くの甲板に置かれる。
「ゴン、マストに上がってメインセイル展帆用意! ショーゴ、アニー、トップセイルを回す用意!」
マリーナの桟橋は東側に向いていたので、現在【バンシー】は追い風を受けながら船首を東に向けている。湾の出口は北側にあるのでまずは面舵を切って進路を北寄りに変える必要がある。
若者たちが次の配置についたことを確認してアボットが報告を上げる。
「船長、旋回およびメインセイル展帆の準備よし!」
「OK! 面舵! 下手回しで進路を北へ!」
「面舵だ! 帆を回せ!」「「ヤーッ!」」
サミエラが舵輪を右に回し始めれば【バンシー】が右旋回を始め、真後ろから吹いていた風が右寄りに変わっていき、それに合わせてショーゴとアネッタが甲板からトップマストを操作して回転させ、常に帆が風を受けられる状態に保つ。
「旋回終了! 舵を戻すわ」
「イエスマム! 舵戻ぉし! 進路このまま! メインセイル展帆!」
メインセイルであるスパンカー縦帆がサザナミとゴンノスケによって開かれ、風を受けて大きく脹らみ、一気に推力を得た【バンシー】が一気に加速する。
マストの上でのサザナミが5人分の働きをするというのは誇張ではなく、本来なら足場綱を伝いながら配置に着き、数人がかりで作業する帆の展帆作業を、サザナミは帆桁の上を軽業師のように危なげなく走り回って、あっという間に終わらせてしまい、その手際の良さには熟練の船乗りであるロッコも舌を巻く。
「はー……すげぇなアイツ。まるで猿じゃねぇか」
「うふふ。さすが忍者の本領発揮ね。頼もしいわ」
サザナミの仕事振りに満足げに笑うサミエラにアボットが訊ねる。
「船長、他の帆はどうしますか?」
「今はまだいいわ。総帆での全速航行は外洋に出てからにしましょう。港湾内は他の船も多いし」
「イエスマム!」
「嬢ちゃん、右舷前方、沿岸警備の海軍のブリッグが近づいてくるぜ」
ロッコの報告にサミエラが右前方に目をやれば、イングランドの海軍旗をはためかせたブリッグがまっすぐにこちらに向かってくるのが見えた。
~~~
【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.7 パーソナリティー:Sakura&Nobuna】
Nobuna「ゲームが始まってひと月と少し。ようやく出航じゃな。ここまで長かったのぅ」
Sakura「他のプレイヤーさんはどげんしとるんかね?」
──ほとんどのプレイヤーは始まってすぐに海に出とるでwww
──準備期間に1ヶ月以上かけてるサミエラはかなりの異端だよね
──まずは交易所で水夫を募集して、だいたい1週間以内には出航するのがほとんどだね
──やっぱ、とりあえず船を動かしたいじゃん?
──むしろ帆船を動かしたいがゆえにこのゲームやってる奴がほとんどじゃないかな?
──ただ、準備不足で出航してすでにリタイアした奴も多いけどね
──それな! 難破、海賊の襲撃、水夫の謀反、食料不足での飢え死に……この辺りが現時点でのリタイア理由の大半だな
──……
Nobuna「サーバーによってはすでにプレイヤーが全滅しとるところもあるようじゃからのぅ。それを考えるとサミエラ殿がまずは足場を固めておるのは正解じゃったのぅ」
Sakura「ほんなごつ、急がば回れじゃね。サミエラさんはアボットさんたちともよか関係ば築いとるけん、安心して仕事ば任せらるったいね」
──てゆーかアボットチームの実力ヤバない?
──他のプレイヤーの配信も観てるけど、全員、船乗りとしての技量は頭ひとつ抜けとるな。少なくとも募集かけて来る水夫にこのレベルはまずおらんで?
──ナミちゃんが帆手としてどちゃくそ優秀でワロタw 忍者の帆手って最強かよw
──サミエラ含めてチームとして息が合ってるのがいいよね!
──本来なら最低10人は必要な操船を7人で問題なく回してるもんな
──そういえばサミエラの面舵の時の掛け声ってあれなに? スタアボーとか言ってたけど
──……
Nobuna「ああ、あれはじゃな、舵取り板がなまってスタアボードになっとるんじゃ。……ちょいと歴史的な話になるがの、サミエラ殿の時代においては船の舵取り板は船尾中央に付いておるが、もっと昔、大航海時代前まで遡ると船の船尾右側に付いておっての、それで右舷をスタアボードと呼び習わすようになったんじゃ。ちなみに反対側の左舷はポートと呼ぶが、右舷に舵取り板がある船は必ず左舷を港に接舷しておったからその名残じゃな」
Sakura「へぇーそうったい。それで今では右に舵を切る時の掛け声がスタアボードで、左に舵を切る時がポートなんね?」
Nobuna「そういうことじゃな」
【作者コメント】
船の三人称代名詞は『彼女』です。古来より船の船長、あるいは艦長は乗組員にとって家長である父親のような存在であり、そのパートナーである船は母親また妻のような存在でした。故に船は女性として扱われ、女性名を付けられることが多いです。
日本では船に人名は付けませんが、それでも船を女性と見なす習慣はあり、同型艦は姉妹艦と呼ばれますし、航空母艦や捕鯨母船という呼び名にも母という字が使われています。
『蒼き鋼のアルペジオ』や『艦隊これくしょん』などにおいて軍艦が美少女に擬人化されるのはある意味きわめて真っ当と言えるかもしれません。……まあ日本の場合なんでも美少女化させますからそこまで意図しているかどうかは知りませんが。
1
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる