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第8話 依頼を終えて

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「お疲れさまでした、依頼達成です。これが報酬になります。ご確認ください」
「はい。ありがとうございます」

 翌日。メアはゴブリンを既定の数討伐し終え、王都へと帰還しギルドへ依頼完遂の報告をしていた。

(LaDOとは違う貨幣か。まあ当然だな)

 受け取った貨幣を見てみれば、LaDO内で使われていた貨幣とは大きく異なっていた。LaDO内で使われていた貨幣と同じであるならば、それをゲーム内で大量に稼いできたメアは大金持ちになれたのだ。とはいえメア自身、それを期待するほど夢を見ているわけでもない。

「ところで……無事で何よりだわ。メアちゃん」
「へっ?」

 あくまで仕事とでも言うかのように淡々とこなしていた彼女が、いきなり砕けた口調になったことに対し面食らうメア。そんなメアの姿が可笑しかったのか、彼女は薄く微笑んだ。

「ふふっ、ごめんなさいね。あなたのような若い女の子が依頼を受けて帰ってきたことが嬉しくて。もちろん帰ってこなくていい冒険者なんていないんだけどね」
「え、ええ……」
「女の子が冒険者をやるっていうのは男の子が冒険者をやるよりも危険が付きまとうの。そこはメアちゃんも分かるでしょ?」
「そうですね」

 一昨日の盗賊3人と昨日のゴブリンがすぐに頭の中に浮かぶ。盗賊が使っていた奴隷と言う言葉、そして自分を見たときのゴブリンの反応。あれらを鑑みるに下手すれば死ぬより苦痛を伴う未来が待っているとメアは容易く想像がついてしまった。

(さしずめ男は労働力、女は”道具”ってところか。俺も足を掬われないようにしないとな)
「だから、メアちゃんにも気を付けてほしくてね。たとえAランク冒険者からお墨付きをもらっていたとしても」
「お墨付きですか?」
「ええそうよ。リューク君からね。貴方はかなりのやり手だろうから低ランクの依頼なら特に問題ないだろうってね」
「そんなことを言ってたんですね。また一つ借りが出来ちゃいましたか」

 会話が止まる。ここでふとメアはこれから宿を探さないといけない事を思い出し、ならば彼女に良い宿を紹介してもらおうと考えた。冒険者ギルドの受付である彼女ならば周辺の宿にも詳しいだろうと思ってのことだ。

「ところで良い宿を知りませんか?」
「リューク君のところにはお世話にならないの?」
「これ以上お世話になるのは申し訳ありませんから」
「あらあら。てっきりリューク君の新しいお嫁さんだと思ったのに」
「ひぃっ。や、やめてください」

 まだ女扱いされることになれていないメアは恒例の如く全身に鳥肌を立たせながら嫌悪を露わにする。

「そ、そんなに嫌だった? ごめんなさいね」
「い、いえ、大丈夫です」
「そう? ならよかった。っと、宿だったわね。ギルドを出てずっと右に行くと『ひだまり亭』っていう宿があるわ。そこまでお金もかからないし、料理もおいしいって評判なのよ。料理だけ食べに来る人も多くてね。そこがおすすめよ」
「ありがとうございます。えっと……」

 感謝を述べようとしてまだ名前を聞いていなかったことに気づく。そんなメアの様子を見て受付嬢である彼女もまだ自分の名前を伝えていないことに気づき、しまったとでも言うかのように僅かに口を開けた。

「あ~。私の名前をまだ伝えてなかったわね。私としたことがうっかりしていたわ。私の名前はマーリンよ。今更だけど、よろしくね」
「はい、マーリンさん。これからもよろしくおねがいします」
「ええ、これからも頑張ってね!」

 別れの挨拶も済ませたメアはそのままギルドの入り口まで歩いていき、そのまま外へ出る。急に溢れだす喧騒に、一仕事終えたという感覚がふつふつと湧き出してくるのを感じた。

「帰ってきたんだな。ここに」

 そこまで言って自嘲する。まだリュークの家に転がり込んだ最初の1日しか滞在していない場所なのに、もうそんな場所になってしまっているのかと。そして、本当に帰るべき場所はここではないかもしれないのにと。

 自分の目の前を横切っていく人々を眺める。人間もいれば、獣の耳が生えている獣人や、耳が鋭くとがっているエルフもいる。前世では到底あり得ない光景。そしてそんな非日常的な風景が急速に自分の中で日常的な風景へと早変わりしつつあることに、メアは面白可笑しく感じていた。

(案外俺って適応能力高いのかね。意外とこの世界でもやっていけるかもしれないな)

 この世界でもうまく生活できるような予感に、一つ安堵する。生きていくのが困難な世界よりは、うまく生きていける世界の方が良いのは当然のことなのだから。

「さて、まずは教わった宿に行くとしよう」



「ここが『ひだまり亭』かな」

 街道を歩くこと数分。メアの前方には宿らしい、周りよりも少し大きめの建物が佇んでいた。入口と思しきドアの上方には『ひだまり亭』と書かれた看板が掲げられており、ここがメアの目的地であることを強く主張している。

「おや、いらっしゃい!」

 メアが中に入った途端、女性の声が響き渡る。そちらの方を見れば受付らしき場所で恰幅の良い獣人の女性がメアに笑いかけていた。

「え~と、宿泊したいんですが」

 そういいつつメアは女性に気づかれぬようこっそり内装を見る。清掃は行き渡っており、食事を取るために設置されているのであろうテーブルや椅子も損傷が見られない。清潔感の溢れる宿だった。

(この世界の宿のレベルは知らないが、”当たり”だろうな)

 日本の宿のレベルが全体的に高いことはメアは知っていた。海外の安宿なんてそれこそベッドに虫がいることがざらだということも。それらの情報からこの世界でも同じだろうと思っていたメアだが、この宿の内装を見て常識を改めざるを得なかった。

「宿泊かい? 個室と相部屋、どっちがいい?」
「個室があるんですか?」
「ああ。相部屋よりも値段が張るところだが、お嬢ちゃんは貴族様でも見たことないくらい可愛らしいから特別サービスで相部屋と同じ値段にしたげるよ!」

 願ってもみない幸運だ。そうメアは心の中で呟く。ゴブリン討伐は命がけとはいえ、所詮は低ランクの依頼なのだ。それ相応に報酬も寂しいものとなる。そんな寂しい懐でも個室で寝られるとなれば、断る理由はなかった。

「個室でお願いします」
「あいよ! 個室は2階の一番奥の部屋だ。夜には食堂もやってるから、食べたいときは来るといいよ」
「分かりました」

 代金を支払い、代わりに個室の鍵を受け取る。鍵と言ってもそこまで緻密なものではなく、かなりお粗末なものではあるが。

「ああそうだ。あたしはマーサだよ。あんたの名前は?」
「メアと言います」
「メアね。なんだか長い付き合いになりそうだ! よろしくね!」
「ええ。こちらこそ」

 自己紹介もほどほどにメアは2階への階段を昇り、自分に宛がわれた部屋へと向かう。ドアには鍵穴が付いており、鍵を差し込みまわしてやれば解錠することができた。

(安宿にしてはセキュリティも結構できているんだな)

 心の中でそう思いつつ、部屋の中へと入る。ベッドをよく見ても清潔に保たれており、横になるのに忌避感を抱くことはなかった。そして十字に組まれた木だけの窓から下を覗いてみれば、先程まで歩いてきた喧騒に満ちた街道が視界に入る。

「ガラスはないのか。リュークの家にはあったが、まあガラスを張るのは貴族ぐらいなんだろうな。にしても……」

 手持ちの残金を確認してみると、まだこの宿で数日過ごせるだけの金額はあるものの、不安が拭いきれない。手元にはもう少しおいておきたいとメアは考えた。

「もう少し冒険者ランクが上がれば報酬も良いものになるんだろうがなぁ。飲食を必要としない体とはいえ、金はあったほうがいい」

 いっそLaDOの武器でも売りさばいてやろうか。そんな考えさえメアの頭によぎってしまう。

「初期装備ぐらいなら売っても目立たないんじゃないか……?」

 そこまで言って頭を横に振る。自分は今メア、つまりは少女なのである。足元を見られて安く買いたたかれるだろうし、何よりそんな少女が武器を売りに来るなんて怪しまれるだけだろうと。

「でもリュークに買い取ってもらうのはありかもな。まあそれはどうしようもないときにしよう。まずは順当に冒険者として稼いでいかなきゃ」

これからの不安をひとまず忘れようと、メアは硬いベッドへと飛び込む。

「あうっ」

 男の時にはなかった、胸が硬いベッドとの間で潰れる感覚。その感覚がきっかけとなり、メアはこれまでのことを振り返る。忙しなく動き続けたこの3日間のことと、今になってようやく精神的にもゆとりが生まれてきたと実感していることを。

(そういやなんだかんだ忙しかったしな。だが今なら存分にこの体をあじわ……調べられる! そうこれは純然たる身体検査! 何もやましいことなどない!)

 ベッドから飛び起き、一気に纏っている衣服を脱ぎすてる。そして全裸になるとすぐさまベッドへと潜り込みなおした。

(男なら皆する。こういう状況になったら絶対する! さあこの体を調べ……ああもう建前なんてどうでもいいや! 自分に正直になろう! この体をたっぷり味わうぞ!)

 まだ日も高く街道は喧騒に満ちているというのに、メアはそんなことはどうでもいいと言わんばかりに自分の体に手を這わし始める。ベッドから嬌声が響き始めるのにそう時間はかからなかった。
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