59 / 59
その後の話
1 道脇淳 どんな季節も君と
しおりを挟む
今日は、バレンタインデーだ。待ち合わせをしている噴水の前で待っていると、楓が勢いよく駆けてきた。
「淳お兄様!」
駆けてきた楓を抱き留めると、楓は幸せそうに笑った。そんな楓の顔をみると、僕まで幸せな気持ちになってくる。
「これ、いつものコーヒー豆です」
毎年、楓はバレンタインデーにコーヒー豆をくれるのだ。それを有難く受け取ると、楓は緊張した顔をした。
「楓?」
「えっと、あの、その」
何だか歯切れが悪い。僕がそのことを追求すると、楓はしばらく唸っていたが、やがて観念したように、早口でしゃべりだした。
「あの、淳お兄様が毎年たくさんのチョコレートを貰っていることは知っているんです。だから、ご迷惑になるってわかっていたんですけど、でも、その、どうしても、チョコレートを渡したくて」
だから、これも受け取って貰えませんか? と楓はピンクの包みを差し出した。
「……本当に嬉しいよ。ありがとう。……実は、楓から貰えないかなって、今年のチョコレートは全部断ってきたんだ」
「えっ!」
楓の顔がわかりやすく真っ赤に染まる。おそらく僕も同じような顔をしているだろう。
僕たちがお互いに照れていると、楓は急に不安そうな顔をした。
「……でも、淳お兄様は本当に私でよかったんでしょうか。私は、お姉様のように、品があるわけでも、美しいわけでもないし、桃のように、可愛くて、愛嬌があるわけでもないのに」
そう言って、楓はうつむいてしまった。楓は、自分に自信がない。おそらく、叔父様と叔母様の愛情の量にも問題があったのだろうと思うけれど。
「僕にとって、楓は十分魅力的だよ。楓以上に大切にしたい人なんていない」
そして、おそらくそう思っていたのは僕だけじゃなかった。
「楓こそ、僕でいいの? 僕は楓が思っているような人間じゃないよ」
本当は楓が思っているような、優しい人間じゃない。優しい人間なら、あのホワイトデーの飴に秘められた意味を伝えるべきだった。そうできなかった僕は、とてもずるい人間だ。
「私は淳お兄様が好きです。どんな淳お兄様でも、貴方のことが大好きです」
そう言って楓は微笑んだ。その笑みに胸が熱くなる。
「僕も楓のことが好きだよ」
きっと、ずっと前から。僕が自分の思いに気づいたのは、楓が中学一年生だった頃のバレンタインデーの日だったけれど、本当は、ずっと前から楓のことが好きだった。一見、無表情に見えるけれど、本当は、誰よりも感情豊かで、すねるとアヒル口になって、笑うとえくぼができて、歌が苦手で、面倒くさがりのくせに妙に行動力がある楓のことが。
僕がそういうと、楓はまた顔を真っ赤にした。
■ □ ■
楓と手を繋ぎながら、近くの店を散策する。
バレンタインデーだからか、どこも熱に浮かされていた。
そういえば、と思う。
――楓は、気づいているのだろうか? 楓の方向音痴が治っていることに。
以前なら、楓は待ち合わせ場所を決めていても、それとは逆方向で待っていることもあった。でも、今日は、偶然かもしれないけれど、ぴったり待ち合わせ場所にきた。
楓にそのことを言うと、楓は頬を膨らませた。
「だから淳お兄様、私は元々、方向音痴じゃありません。……でも、もし方向音痴が治ったとしたら、淳お兄様のおかげですね」
「? 僕の?」
「だって、一番に会いたい人ができたから。だから、もう、迷わないのかも」
そう言って、楓は笑った。
「……っ」
ああ、どうしよう。街中だというのに、今すぐ楓を抱きしめたい。僕も、大概熱に浮かされて馬鹿になっている。こんな姿一樹に見られたら笑われそうだな、なんて思いながら必死の思いで気持ちを抑える。
「淳お兄様?」
楓はそんな僕に気づかず、顔を覗き込んでくる。
「ううん、何でもないよ」
――と、ふいに空を見上げると雪が降ってきた。
「雪ですよ、淳お兄様!」
楓は無邪気に歓声をあげた。
「そうだね。もう、二月だから」
笑って返して、繋ぐ指に力を籠める。
――暖かい春も、熱い夏も、涼しい秋も、寒い冬も。楓と一緒に歩んでいく。これからも、二人で。
「淳お兄様!」
駆けてきた楓を抱き留めると、楓は幸せそうに笑った。そんな楓の顔をみると、僕まで幸せな気持ちになってくる。
「これ、いつものコーヒー豆です」
毎年、楓はバレンタインデーにコーヒー豆をくれるのだ。それを有難く受け取ると、楓は緊張した顔をした。
「楓?」
「えっと、あの、その」
何だか歯切れが悪い。僕がそのことを追求すると、楓はしばらく唸っていたが、やがて観念したように、早口でしゃべりだした。
「あの、淳お兄様が毎年たくさんのチョコレートを貰っていることは知っているんです。だから、ご迷惑になるってわかっていたんですけど、でも、その、どうしても、チョコレートを渡したくて」
だから、これも受け取って貰えませんか? と楓はピンクの包みを差し出した。
「……本当に嬉しいよ。ありがとう。……実は、楓から貰えないかなって、今年のチョコレートは全部断ってきたんだ」
「えっ!」
楓の顔がわかりやすく真っ赤に染まる。おそらく僕も同じような顔をしているだろう。
僕たちがお互いに照れていると、楓は急に不安そうな顔をした。
「……でも、淳お兄様は本当に私でよかったんでしょうか。私は、お姉様のように、品があるわけでも、美しいわけでもないし、桃のように、可愛くて、愛嬌があるわけでもないのに」
そう言って、楓はうつむいてしまった。楓は、自分に自信がない。おそらく、叔父様と叔母様の愛情の量にも問題があったのだろうと思うけれど。
「僕にとって、楓は十分魅力的だよ。楓以上に大切にしたい人なんていない」
そして、おそらくそう思っていたのは僕だけじゃなかった。
「楓こそ、僕でいいの? 僕は楓が思っているような人間じゃないよ」
本当は楓が思っているような、優しい人間じゃない。優しい人間なら、あのホワイトデーの飴に秘められた意味を伝えるべきだった。そうできなかった僕は、とてもずるい人間だ。
「私は淳お兄様が好きです。どんな淳お兄様でも、貴方のことが大好きです」
そう言って楓は微笑んだ。その笑みに胸が熱くなる。
「僕も楓のことが好きだよ」
きっと、ずっと前から。僕が自分の思いに気づいたのは、楓が中学一年生だった頃のバレンタインデーの日だったけれど、本当は、ずっと前から楓のことが好きだった。一見、無表情に見えるけれど、本当は、誰よりも感情豊かで、すねるとアヒル口になって、笑うとえくぼができて、歌が苦手で、面倒くさがりのくせに妙に行動力がある楓のことが。
僕がそういうと、楓はまた顔を真っ赤にした。
■ □ ■
楓と手を繋ぎながら、近くの店を散策する。
バレンタインデーだからか、どこも熱に浮かされていた。
そういえば、と思う。
――楓は、気づいているのだろうか? 楓の方向音痴が治っていることに。
以前なら、楓は待ち合わせ場所を決めていても、それとは逆方向で待っていることもあった。でも、今日は、偶然かもしれないけれど、ぴったり待ち合わせ場所にきた。
楓にそのことを言うと、楓は頬を膨らませた。
「だから淳お兄様、私は元々、方向音痴じゃありません。……でも、もし方向音痴が治ったとしたら、淳お兄様のおかげですね」
「? 僕の?」
「だって、一番に会いたい人ができたから。だから、もう、迷わないのかも」
そう言って、楓は笑った。
「……っ」
ああ、どうしよう。街中だというのに、今すぐ楓を抱きしめたい。僕も、大概熱に浮かされて馬鹿になっている。こんな姿一樹に見られたら笑われそうだな、なんて思いながら必死の思いで気持ちを抑える。
「淳お兄様?」
楓はそんな僕に気づかず、顔を覗き込んでくる。
「ううん、何でもないよ」
――と、ふいに空を見上げると雪が降ってきた。
「雪ですよ、淳お兄様!」
楓は無邪気に歓声をあげた。
「そうだね。もう、二月だから」
笑って返して、繋ぐ指に力を籠める。
――暖かい春も、熱い夏も、涼しい秋も、寒い冬も。楓と一緒に歩んでいく。これからも、二人で。
25
お気に入りに追加
2,993
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(89件)
あなたにおすすめの小説
【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした
犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。
思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。
何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
殿下、今日こそ帰ります!
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
彼女はある日、別人になって異世界で生きている事に気づいた。しかも、エミリアなどという名前で、養女ながらも男爵家令嬢などという御身分だ。迷惑極まりない。自分には仕事がある。早く帰らなければならないと焦る中、よりにもよって第一王子に見初められてしまった。彼にはすでに正妃になる女性が定まっていたが、妾をご所望だという。別に自分でなくても良いだろうと思ったが、言動を面白がられて、どんどん気に入られてしまう。「殿下、今日こそ帰ります!」と意気込む転生令嬢と、「そうか。分かったから……可愛がらせろ?」と、彼女への溺愛が止まらない王子の恋のお話。
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
楓さんの64度位ずれている感性にしっかり合わせられる淳さんは素晴らしい人柄なんだと思いますww
読みながらニヤニヤ。ぷぷっと笑いながらとても楽しく読ませて頂きました。
この二人の後日談も楽しそうですが桜編・桃編、赤田編などの話も読みたいと思いました。
キャラクターが確り作られていてとても読みやすかったです。
お読みくださりありがとうございます。コメディーを目指したので笑っていただけてとても嬉しいです。
この作品に限らずどの作品も面白いです。思わず笑ってしまったり、ホロッとさせられたりします。凄いのは、作品が似通っていないところです。次はどんな作品で楽しませてくれるんだろうってワクワクします。時節柄、ご自愛下さい。拝読をいつも楽しみにしてます。
お読みくださりありがとうございます。また、お気遣いくださり、ありがとうございます!面白いといっていただけてとても嬉しいです!
すごいいい話でウルッときました。
楓ちゃんと淳さんの続編出て欲しいです!
お読みくださりありがとうございます。そういっていただけて嬉しいです。続編はあまり考えてなかったのですが、少し考えて見ようと思います。