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小学生編
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三年生は、とても順調にスタートを切ることができた。美紀ちゃんと遼子ちゃんと同じクラスだったのだ。前川とはクラスが離れたが、前川との交換日記は今も続いているし、友達関係も問題ない。
……が。
困ったことが起きた。
妹が小学生になったことで、何かと開催されるパーティへの欠席がしづらくなってしまったのだ。
「私は、行かなくてもよいのではないでしょうか?」
「桃ちゃんも行くのよ。楓ちゃんは、桃ちゃんよりもお姉さんなんだから我慢なさい」
とバッサリ切られてしまう。
……仕方ないか。去年は散々、仮病やら何やら使えるものをひたすら駆使して欠席しまくったのだ。今年は頑張ろう。
「……はぁ」
パーティ会場のキラキラ光る照明も、鮮やかな衣装も私の眼には眩しすぎる。きっと、この光景に慣れる日はこないんだろうなぁと思う。
姉の周りには、いつものごとく逆ハーレムが形成されているし、それに加え妹の周りにも人の輪ができている。妹は女学園に通っているが、先日道脇家主催のパーティでお披露目会があったので、取り囲んでいる中にすでに異性も何人かいる。
私はといえば、それを横目に壁際で料理を食べている。立食形式だが、椅子もいくつか設けてあるので、それに座って食べている。うん、流石前川家主催のパーティ。とてもおいしい。
黙々と食べ進めていると、声を掛けられた。顔を上げると、淳お兄様だった。中学生になった淳お兄様は、以前にも増して背も伸び、格好良くなっていて、『長女のキミ』がスタートする頃の淳お兄様の姿に、より近づいていた。
「直接会って話すのは久しぶりだね」
「そうですね」
電話はよくしているが、道脇家主催のパーティでは淳お兄様は次期当主として忙しく、あまり話せなかったのだ。こうして電話越しではない声を聴くと、もう既に声変りが始まっているのか、以前よりも少し低くなっていて年の差を感じた。
淳お兄様の周りに人だかりができていないことを見ると、父と共に挨拶回りを済ませた直後のようだった。そうでなければ、淳お兄様はあっという間に男女問わず取り囲まれて、ろくに自分から声を掛けることはできないだろう。淳お兄様とお話しできるのはとても嬉しいけれど、そんな貴重な時間を私に割いていていいのだろうか。
一樹様の元へは……、行かれないか。今回の主催の長男である一樹様は姉以上に囲まれているに違いない。
「そういえば、新しい習い事を始めたんだってね」
「はい。水泳教室を」
母と父に交渉して一年。私は遂に、ピアノを辞めることができた。けれど、その代わりに新たな習い事として、水泳を始めたのだ。
■ □ ■
水泳教室はお金持ちがいくような所ではなく、極々普通の水泳教室にしてもらった。私の目標は、自殺をしないこと。そして、バリバリ稼ぐエリートになって、養育費を親に返すことだ。習いごとをしている時点で、より養育費がかかっていることには違いないが、少しでも安くできるところは、安くしておきたい。
今日は、その水泳教室初めての日だ。
「はい、Pコースの道脇さんね」
申し込みをした日にどの程度泳げるかテストがあり、テストの結果、私が入れられたのはPコースだった。Pコース……!!名前の響きからして、特別そうなコースだ。きっとプレミアムとか、パーフェクトのPだろう。ようやく私の泳力が認められる日が来たのだ。きっと、淳お兄様ももう私のことを金槌とは言うまい。
「ふふふふふ」
想像しただけで普段仕事をしない表情筋が、緩みそうになる。
「あら、大丈夫……?」
受付の人から怪訝そうな顔をされてしまった。危なかった!この程度で調子に乗ってはいけない。能ある鷹とは爪を隠すもの。私が、真に実力を発揮するのはPコースに入ってからだ。コース決めテストとは所詮肩慣らしよ。
「ここがPコースよ。初めてで、戸惑うことばかりだろうけれど、頑張ってね」
案内をしてくれた受付の人はそう言って去っていった。
さぁ今こそ、音楽では発揮されなかった才能が開花するとき……!!意気込んだ私の前に現れたのは、信じられない光景だった。
何と白いスイミングキャップを被った子たちばかり――、いや、白い子しかいないのだ。
ここの水泳教室は、学年ごとにスイミングキャップの色を分けている。
白が、一、二年生
赤が、三、四年生
緑が、五、六年生、といった具合だ。
つまり、このコースには私を除くと低学年の子しかいないことになる。何ということだろう。この水泳教室はよほどレベルが高いのか。これは、気合を入れて望まねば……!
あっれー。さっきからけのびと、ビート板でバタ足をすることしかやってない。おかしくないか?プレミアムなPコースのはずなのに。いや、まてよ。これは、応用をやる前に基礎を固めるべし、という先生からのメッセージなのだ。きっと。この後、バタフライや、背泳ぎに移行するに違いない。
しかし、一向にそんな気配はなく、結局、その日は本当にけのびやビート板だけで終わった。今日は基礎の日だったんだな、と思ったが、次に行った日も、その次に行った日もメニューはさして変わらなかった。
――後に、PコースのPの由来はprimaryのPだと知った。
Pコースの由来を知ってから、水泳教室に行くのが恥ずかしかった。何せ、他の子は全員下級生、しかも、話を聞いたところほとんどが一年生なのだ。
白いキャップ一つだけ混じる赤いキャップはすごく目立つ。それだけでも恥ずかしいのに、皆優しくてそのことをからかう子がいないのも自分だけ意識してるのが丸見えで、余計恥ずかしかった。だが、気にしないことにした。良いことが起きたのだ。
■ □ ■
「どう?その水泳教室は」
「特別なコースに入りました」
正確には特別初心者向けコースなのだが、無駄な情報は言わない。嘘はついていない。普通、特別と聞けば何かいいものを想像するはずだ。
「そうなんだ」
……だが、淳お兄様の生暖かい目をみるとバレているような気がしないでもない。特別ってどんな風に?と聞かれる前に畳みかける。
「そ、それに、新しいお友達もできたんですよ!」
これが良いことだ。そして、これは嘘ではない。
同じコースの子は皆優しいので、物は試しと思って友達がほぼいないことを相談すると、
「え~、楓ちゃん友達いないの?じゃあ、リカが友達になってあげるよ」
二年生の可愛い友達ができた。ちなみに、リカちゃんの友達は五十人以上で、すでに彼氏もいるらしい。まじかリカちゃん。
年下の子に同情されて友達になるという、何か友達を得る代わりに大切なものを失った気がしないでもないが、小さいことは気にしない。
しばらく話に花を咲かせた後、不意に淳お兄様は私が必死に目を逸らしていたことを指摘した。
「ところで、楓、お友達はいいの?」
うっ。淳お兄様の言うお友達とは、リカちゃんのことでない。
そう、さっきからずっと、視線を感じてはいたのだが気づかないふりをしていたのだ。ちらり、とそちらのほうへ目をやると、案の定、お嬢様方に取り囲まれた前川が死にそうな顔で私を見つめていた。
やめろ。やめるんだ!
私はあれを必殺『お前と俺は友達だよな?ビーム』と呼んでいる。何だかんだ言っても前川は最初にできた友達なのだ。それなりに、大切に思っている。しかも、あの捨てられた子犬のような眼を普段目つきが最悪な前川がやるのだ。効果は抜群だ。
「……行ってきます」
前川の隣にいる赤田もそろそろ限界らしく、ハチミツに砂糖をぶちまけたような笑みも若干ひきつってきている。
久しぶりの淳お兄様との歓談だが、仕方ない。淳お兄様にしぶしぶお別れを告げると、柔らかな笑顔で頭を撫でられた。
「うん、行っておいで」
憂鬱な気分が回復したので、前川と赤田の方へと向かう。
「私も、前川様と赤田様とお話ししたいのですが、少しよろしいでしょうか」
私が一言そういうと前川と赤田を取り囲んでいたお嬢様方は、さっと通してくれた。これぞ、ザ☆権力。
前川と赤田はほっとしたような顔をしたが、そんなことより、猫が逃げ出してるよ!ちゃんと猫を被って!!と言いたくなるような顔をしているお嬢様方の方が気になる。
前川と赤田を無事救出し、一息ついたもののやはり突き刺さる視線の数々。
顔は平凡で、特に愛嬌があるわけでもない。普通なら敵対戦力として見なされないというか歯牙にもかからない私でも、権力を使えばあら、不思議。なんとイケメンたちとお近づきになれちゃう……のである。
――自分で思ってて吐きそうになってきた。このままだと、私は自殺ではなく恨みを買ったお嬢様方から殺されるのではなかろうか。
もしかして、私自分から悪役ルートを突っ走ってる……?
自分のお馬鹿さに涙が出そうになった時、素晴らしいアイディアを閃いた!
「――はっ!」
誰かが言っていた。
――そう、運命とは切り開くものであると。
……が。
困ったことが起きた。
妹が小学生になったことで、何かと開催されるパーティへの欠席がしづらくなってしまったのだ。
「私は、行かなくてもよいのではないでしょうか?」
「桃ちゃんも行くのよ。楓ちゃんは、桃ちゃんよりもお姉さんなんだから我慢なさい」
とバッサリ切られてしまう。
……仕方ないか。去年は散々、仮病やら何やら使えるものをひたすら駆使して欠席しまくったのだ。今年は頑張ろう。
「……はぁ」
パーティ会場のキラキラ光る照明も、鮮やかな衣装も私の眼には眩しすぎる。きっと、この光景に慣れる日はこないんだろうなぁと思う。
姉の周りには、いつものごとく逆ハーレムが形成されているし、それに加え妹の周りにも人の輪ができている。妹は女学園に通っているが、先日道脇家主催のパーティでお披露目会があったので、取り囲んでいる中にすでに異性も何人かいる。
私はといえば、それを横目に壁際で料理を食べている。立食形式だが、椅子もいくつか設けてあるので、それに座って食べている。うん、流石前川家主催のパーティ。とてもおいしい。
黙々と食べ進めていると、声を掛けられた。顔を上げると、淳お兄様だった。中学生になった淳お兄様は、以前にも増して背も伸び、格好良くなっていて、『長女のキミ』がスタートする頃の淳お兄様の姿に、より近づいていた。
「直接会って話すのは久しぶりだね」
「そうですね」
電話はよくしているが、道脇家主催のパーティでは淳お兄様は次期当主として忙しく、あまり話せなかったのだ。こうして電話越しではない声を聴くと、もう既に声変りが始まっているのか、以前よりも少し低くなっていて年の差を感じた。
淳お兄様の周りに人だかりができていないことを見ると、父と共に挨拶回りを済ませた直後のようだった。そうでなければ、淳お兄様はあっという間に男女問わず取り囲まれて、ろくに自分から声を掛けることはできないだろう。淳お兄様とお話しできるのはとても嬉しいけれど、そんな貴重な時間を私に割いていていいのだろうか。
一樹様の元へは……、行かれないか。今回の主催の長男である一樹様は姉以上に囲まれているに違いない。
「そういえば、新しい習い事を始めたんだってね」
「はい。水泳教室を」
母と父に交渉して一年。私は遂に、ピアノを辞めることができた。けれど、その代わりに新たな習い事として、水泳を始めたのだ。
■ □ ■
水泳教室はお金持ちがいくような所ではなく、極々普通の水泳教室にしてもらった。私の目標は、自殺をしないこと。そして、バリバリ稼ぐエリートになって、養育費を親に返すことだ。習いごとをしている時点で、より養育費がかかっていることには違いないが、少しでも安くできるところは、安くしておきたい。
今日は、その水泳教室初めての日だ。
「はい、Pコースの道脇さんね」
申し込みをした日にどの程度泳げるかテストがあり、テストの結果、私が入れられたのはPコースだった。Pコース……!!名前の響きからして、特別そうなコースだ。きっとプレミアムとか、パーフェクトのPだろう。ようやく私の泳力が認められる日が来たのだ。きっと、淳お兄様ももう私のことを金槌とは言うまい。
「ふふふふふ」
想像しただけで普段仕事をしない表情筋が、緩みそうになる。
「あら、大丈夫……?」
受付の人から怪訝そうな顔をされてしまった。危なかった!この程度で調子に乗ってはいけない。能ある鷹とは爪を隠すもの。私が、真に実力を発揮するのはPコースに入ってからだ。コース決めテストとは所詮肩慣らしよ。
「ここがPコースよ。初めてで、戸惑うことばかりだろうけれど、頑張ってね」
案内をしてくれた受付の人はそう言って去っていった。
さぁ今こそ、音楽では発揮されなかった才能が開花するとき……!!意気込んだ私の前に現れたのは、信じられない光景だった。
何と白いスイミングキャップを被った子たちばかり――、いや、白い子しかいないのだ。
ここの水泳教室は、学年ごとにスイミングキャップの色を分けている。
白が、一、二年生
赤が、三、四年生
緑が、五、六年生、といった具合だ。
つまり、このコースには私を除くと低学年の子しかいないことになる。何ということだろう。この水泳教室はよほどレベルが高いのか。これは、気合を入れて望まねば……!
あっれー。さっきからけのびと、ビート板でバタ足をすることしかやってない。おかしくないか?プレミアムなPコースのはずなのに。いや、まてよ。これは、応用をやる前に基礎を固めるべし、という先生からのメッセージなのだ。きっと。この後、バタフライや、背泳ぎに移行するに違いない。
しかし、一向にそんな気配はなく、結局、その日は本当にけのびやビート板だけで終わった。今日は基礎の日だったんだな、と思ったが、次に行った日も、その次に行った日もメニューはさして変わらなかった。
――後に、PコースのPの由来はprimaryのPだと知った。
Pコースの由来を知ってから、水泳教室に行くのが恥ずかしかった。何せ、他の子は全員下級生、しかも、話を聞いたところほとんどが一年生なのだ。
白いキャップ一つだけ混じる赤いキャップはすごく目立つ。それだけでも恥ずかしいのに、皆優しくてそのことをからかう子がいないのも自分だけ意識してるのが丸見えで、余計恥ずかしかった。だが、気にしないことにした。良いことが起きたのだ。
■ □ ■
「どう?その水泳教室は」
「特別なコースに入りました」
正確には特別初心者向けコースなのだが、無駄な情報は言わない。嘘はついていない。普通、特別と聞けば何かいいものを想像するはずだ。
「そうなんだ」
……だが、淳お兄様の生暖かい目をみるとバレているような気がしないでもない。特別ってどんな風に?と聞かれる前に畳みかける。
「そ、それに、新しいお友達もできたんですよ!」
これが良いことだ。そして、これは嘘ではない。
同じコースの子は皆優しいので、物は試しと思って友達がほぼいないことを相談すると、
「え~、楓ちゃん友達いないの?じゃあ、リカが友達になってあげるよ」
二年生の可愛い友達ができた。ちなみに、リカちゃんの友達は五十人以上で、すでに彼氏もいるらしい。まじかリカちゃん。
年下の子に同情されて友達になるという、何か友達を得る代わりに大切なものを失った気がしないでもないが、小さいことは気にしない。
しばらく話に花を咲かせた後、不意に淳お兄様は私が必死に目を逸らしていたことを指摘した。
「ところで、楓、お友達はいいの?」
うっ。淳お兄様の言うお友達とは、リカちゃんのことでない。
そう、さっきからずっと、視線を感じてはいたのだが気づかないふりをしていたのだ。ちらり、とそちらのほうへ目をやると、案の定、お嬢様方に取り囲まれた前川が死にそうな顔で私を見つめていた。
やめろ。やめるんだ!
私はあれを必殺『お前と俺は友達だよな?ビーム』と呼んでいる。何だかんだ言っても前川は最初にできた友達なのだ。それなりに、大切に思っている。しかも、あの捨てられた子犬のような眼を普段目つきが最悪な前川がやるのだ。効果は抜群だ。
「……行ってきます」
前川の隣にいる赤田もそろそろ限界らしく、ハチミツに砂糖をぶちまけたような笑みも若干ひきつってきている。
久しぶりの淳お兄様との歓談だが、仕方ない。淳お兄様にしぶしぶお別れを告げると、柔らかな笑顔で頭を撫でられた。
「うん、行っておいで」
憂鬱な気分が回復したので、前川と赤田の方へと向かう。
「私も、前川様と赤田様とお話ししたいのですが、少しよろしいでしょうか」
私が一言そういうと前川と赤田を取り囲んでいたお嬢様方は、さっと通してくれた。これぞ、ザ☆権力。
前川と赤田はほっとしたような顔をしたが、そんなことより、猫が逃げ出してるよ!ちゃんと猫を被って!!と言いたくなるような顔をしているお嬢様方の方が気になる。
前川と赤田を無事救出し、一息ついたもののやはり突き刺さる視線の数々。
顔は平凡で、特に愛嬌があるわけでもない。普通なら敵対戦力として見なされないというか歯牙にもかからない私でも、権力を使えばあら、不思議。なんとイケメンたちとお近づきになれちゃう……のである。
――自分で思ってて吐きそうになってきた。このままだと、私は自殺ではなく恨みを買ったお嬢様方から殺されるのではなかろうか。
もしかして、私自分から悪役ルートを突っ走ってる……?
自分のお馬鹿さに涙が出そうになった時、素晴らしいアイディアを閃いた!
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