上 下
4 / 5

今日のわたし

しおりを挟む
……ラノーシャ姉様。
 実の弟であるマルクスは母と父にべったりでめったにわたしのことなんて呼ばないから、とても久しぶりに姉様という言葉を聞いた。

 それに恋しいアイゼン殿下にそう呼ばれるのは、やっぱり少しくすぐったい。

 いえ、でも今のわたしは「義姉」だものね。
 アイゼン殿下を恋い慕う気持ちは、一旦置いておき、家族のように慈しむ。

「ふふ、アイゼン殿下はとても可愛らしいですね」
「可愛い?」
「はい」
 アイゼン殿下は、顔を隠していた腕をのけ、わたしを見つめた。泣いたせいで赤くなったアイゼン殿下の瞼を、わたしら人差し指で、そっと拭った。

「男相手に可愛いとか……」
「だって、今のわたしは姉ですもの」
 姉からしたら、弟は可愛いものだもの。マルクスは、あんまりわたしを慕ってくれないけど、可愛いとは思っている。
「……ならいっか」

 納得したように頷いて、アイゼン殿下は目を閉じた。
「ねぇ、ラノーシャ姉様」
「はい、どうしましたか?」
「もっと……撫でて」
「もちろん」

 ——わたしは、アイゼン殿下が満足するまで、その頭を撫で続けた。

 その後、両親たちがやってくるまでの間、2人で穏やかな時間を過ごした。

◇◇◇

 ——数日後。王城の一室で、アイゼン殿下と向かい合う。

「おはようございます! アイゼン殿下」
「……あ、うん。おはよ」
 アイゼン殿下は、なぜか戸惑った顔をしている。
 ? どうしたんだろう?

「いかがなさいましたか、アイゼン殿下」
「いや、その髪……どうしたのかなって」
「あぁ、髪ですか! ご安心を。ちゃんと長いままですよ」
 ほら、とかつらを脱いで、束ねていた髪を解く。

「……よかった」
「よかった、ですか?」
「うん。君の、茜色の髪は……その綺麗だと思っていたから。切るのは、勿体無いなって」

 アイゼン殿下! 綺麗!? 綺麗っておっしゃいましたか!? すっごく嬉しい!

 いますぐ叫びたい気持ちをおさえて、咳払いをする。
「ありがとうございます、アイゼン殿下」
 落ち着いた声でお礼を言い、わたしがかつらを被ると、アイゼン殿下は不思議そうな顔をした。
「それで、そのかつらはどうしたの、ラノーシャ嬢」
「今日のわたしは、アイゼン殿下の親友です! ぜひ、ラノとお呼びください」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト

待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。 不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった! けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。 前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。 ……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?! ♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

悪役令嬢に転生しましたがモブが好き放題やっていたので私の仕事はありませんでした

蔵崎とら
恋愛
権力と知識を持ったモブは、たちが悪い。そんなお話。

どうせ愛されない子なので、呪われた婚約者のために命を使ってみようと思います

下菊みこと
恋愛
愛されずに育った少女が、唯一優しくしてくれた婚約者のために自分の命をかけて呪いを解こうとするお話。 ご都合主義のハッピーエンドのSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ

海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。 あぁ、大丈夫よ。 だって彼私の部屋にいるもん。 部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

処理中です...